2019年07月07日

祝 世界遺産登録 古市古墳群 白鳥陵 〜 オックス / スワンの涙

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大阪のGSオックス The OX were a Japanese rock band formed in Osaka in 1967. They were famous for radical performance.


今日の1曲
 オックス / スワンの涙  1968年
 オックス / ガールフレンド 1968年
 近鉄南大阪線・吉野線 観光特急 「青の交響曲(シンフォニー)」


 明るいニュースとして、大阪百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録が決まりました。
 子供のころに古市に住んでいたので嬉しく思いました。安閑天皇陵のそばでしたが、一番懐かしいのは白鳥陵でした。誉田山古墳も遊びに行きました。

空から見た白鳥陵。写真の右下の枠外に住んでいた。
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 白鳥陵の正式名は軽里大塚古墳で、友達のT君、Y君がそばに住んでいました。
 古墳は、そばで見ると大きな池の向こうに鬱蒼とした森があるだけにしか見えません。
 大きなお墓であることは知っていました。今思うと、歴史と郷愁を感じます。

古市古墳群〜未来に伝える羽曳野の文化遺産〜
https://www.youtube.com/watch?v=C9bAiCuVIMQ
12:00から白鳥陵。よく歩いた御陵とT君の家の間の脇道が最古の竹内街道だった

近鉄南大阪線・吉野線 観光特急 「青の交響曲(シンフォニー)」
https://www.youtube.com/watch?v=wFw2M0PnNxM
20:48からの車内放送で、古市古墳群を紹介。
スピード重視の京急「快特」の対極にある豪華特急。鉄道シリーズ。

パワースポットだった白鳥陵。日本武尊(やまとたけるのみこと)の墓とされる。
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 そのころはGSの全盛期。
 タイガース、テンプターズ、オックスがカッコいいなと思いました。
 野球は、江夏対王が凄いときでした。

江夏豊 vs 王貞治 江夏シーズン奪三振新記録達成 (1968)
https://www.youtube.com/watch?v=ANC485sGG3E

 中でも、大阪のGSといえばオックス。
 宝塚の男性版という戦略で売り出されて「芸能」を追求し、ゴールデンカップス、モップス、ダイナマイツなど「音楽」を追求した実力派の対極にあるバンドと言われます。

 しかし、野口ヒデトは後に全日本歌謡選手権で10週勝ち抜いて演歌歌手になり、ギターはビーングを起こして一世を風靡するなど、実際は実力者揃い。当時は「スワンの涙」以外は知らなかったのですが、映像を見てオックスも凄かったと改めて思いました。

 「白鳥」は「スワン」だったことに、いま初めて気がつきました。
 通っていた保育園は白鳥保育園でした。
 自分の中で「白鳥陵」と「スワンの涙」がつながった気がしました。


ビジュアル系ロックの元祖OX
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オックスThe OX / スワンの涙 カラー映像
https://www.youtube.com/watch?v=L9C9kVot25E
筒美京平の最初期のヒット曲。間奏のピアノはビートルズのインマイライフの影響とも思える。野口ヒデトの歌には情念がある。芸名は野口英世にあやかった。

オックスThe OX / ガールフレンド
https://www.youtube.com/watch?v=p7cIGXXDZmo
貴重なライブ音源。古参GSキングスからの叩き上げのドラム、ベースのコンビと、オルガンのグルーブが素晴らしい。ライブ盤ではドアーズ / ハロー・アイラブユーもカバー。

オックスThe OX / テルミーTell me(Rolling Stones cover)
https://www.youtube.com/watch?v=LwsFM2u9M7o&t=1s
オックスの伝説の失神パフォーマンス。

オックス 失神について 赤松愛
https://www.youtube.com/watch?v=KZ5XD-7YYbA
野口ヒデトは、Xのヨシキ君が今やっていることをオックスはやっていたと語っていた。




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2019年06月14日

海外から見た日本の60年代GS・70年代ニューロック 〜 ロンドンCamden Palaceの思い出 

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ロンドンのライブハウス・ディスコクラブ Camden Palaceの1985年2月のフライヤーと、その水曜Twist & Shoutの日にかかったゴールデンカップスの「銀色のグラス」
ジャケット右下は、エディ藩のサイン


今日の1曲
 「内田裕也とフラワーズ」with麻生レミ
タイガース / 廃墟の鳩
アラン・メリルAlan Merrill /あなたがほしい Anata Ga Hoshi 1970
ハプニングスフォー /あなたがほしい
 Rolling Stones / Let's Spend the Night Together
 Golden Cups / 銀色のグラス
 ダイナマイツ / トンネル天国
 マドンナ / ホリデイ



〜 海外ニューヨークから見た日本の60年代GS・70年代ニューロック 
   アランメリルの日本のGS体験レポート 〜


 タイガース、フラワーズ、フラワートラベリンバンドを世に出した内田裕也、テンプターズ、PYGのショーケンと日本の60年代GS、70年代の日本のロック史における重要な人たちの死が続きました。

 先日、Youtubeで、元テンプターズの大口広司とウォッカコリンズを作ったアランメリルが、「内田裕也とフラワーズ」の麻生レミの歌にRemi was so cuteとコメントしていました。彼は日本にいたころフラワーズを直接見たのでしょう。

REMI ASO with FLOWERS - Psychedelic Flower
https://www.youtube.com/watch?v=GOx4jBdw1hM

 今まで読んだ、外国人によるリアルタイムでの日本のGSやロックの唯一のレポートは、2002年8月の「ロック画報 (09) - 特集 ディスカヴァー・GS」におけるアランメリルのインタビューだけです。それを読んだときは感動しました。





 彼は、その中で、「タイガースやテンプターズなどは自分がニューヨークで見たバンドにひけをとらなかった。ショーケンのアクションはよかった。タイガースのトッポの歌で涙したことがあるよ。」と語っていました。また、ゴールデンカップス、山口冨士夫のダイナマイツなど、日本でも実力派と評価されていたバンドを彼も特に評価していました。

タイガース/廃墟の鳩
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 Alan Merrill は後にArrowsとして,イギリスでI Love Rock N Rollを1位にし、また、Clifford Brownとの共演盤で有名なHelen Merrillの子息でもあり、この人によるGS評はたいへん信ぴょう性が高いと言えます。

 アラン・メリルの1stアルバム「ひとりぼっちの東京」は、すべてが安井かずみ作詞のオリジナル曲で、1曲だけハプニングスフォーの「あなたがほしい」 Anata Ga Hoshiがカバーされています。「あなたがほしい」 はオリコン70位ぐらいで、GS通しか聞かなかったハプニングスフォーを彼が評価しているのも興味深いところです。

アラン・メリルAlan Merrill /あなたがほしい Anata Ga Hoshi1970
https://www.youtube.com/watch?v=be7MQujlgvk

あなたがほしい/ザ・ハプニングスフォー
https://www.youtube.com/watch?v=DfdmXiBKxTs





 アランメリルのレポート以前で、海外からのGSへの反応や評価について読んだのは、1994年10月の故黒沢進著「日本ロック紀(GS編)」で書かれた「GS海外コンピレーションの現状」が初めてです。そこでも、GS海外コンピの存在は、今までの「日本のGSは世界に通用しない」という常識を覆す事実だ、と熱く語られています。

今までで一番読んだ本の一つ 黒沢進著「日本ロック紀(GS編)」初版
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 その中で「1987年、アメリカでとんでもないレコードが出た」と紹介。A面1曲目のGolden Cups / 銀色のグラスは「驚かない」としつつ、日本でもめったに見ないアウトキャストのLPの音源に驚き、アメリカ人が求めているのはFuzzの音だとしています。

ザ゙・ダイナマイツThe Dynamites/トンネル天国Tunnel Tengoku (album Version)1968年
https://www.youtube.com/watch?v=8FGJMUxnr78
アメリカ盤コンピ「Sixties Japanese garage psych sampler」A面2曲目に収録。





 さらに続けて、「1990年、まったく思いがけない国イタリアから突如GSのコンピ2枚(Monster a GoGo)が発売されたのだ」「日本のコレクターでもほとんど持っていないボルテージをどうやって入手したのか」等と紹介しています。

 また、1990年代前半ころだったと記憶していますが、雑誌「宝島」で、来日したイギリスのロックバンドにダイナマイツの「トンネル天国」を聞かせたところ熱狂して、これはなんだと言っていたという記事を読んだことがあります。





 2008年にすごい本が出ました。ジュリアン・コープの「JAP ROCK SAMPLER ジャップ・ロック・サンプラー -戦後、日本人がどのようにして独自の音楽を模索してきたか」です。トップ50アルバムで、FTB、シーザー、裸のラリーズ等が上位に挙げられています。

 これは、GS以降の1970年代前半のニューロックに焦点を当てた本です。レコードが非常に入手が困難で、情報もほとんどない時代について、誤解もありますが日本人でさえ手をつけていなかった分野をよくここまで調べたものだと称賛されています。

 この本で、「内田裕也とフラワーズ」がフラワートラベリンバンドに変化していった過程が詳述されています。ジュリアン・コープは、ドイツのTangerine Dream、Ash Ra TempelなどCosmic系のバンドについての本が最初に話題になりました。





〜 1985年 ロンドンCamden Palaceの思い出 〜


 実はこれらより以前、1985年2月13日に私はロンドンで日本のGSが評価されているのを体験していました。老舗のライブハウスで、夜はClubDiscoの営業をしていたCamden Palaceで、Golden Cupsの銀色のグラスがかかったのです。

 初めての海外旅行で、ロンドンに着いた私は翌日、さっそくアビーロードなどの名所を廻りました。夜はパブで、「我々は船員で日本に行ったことがある」と言って近づいてきた男たちに詐欺にあう洗礼を受けました。
 その後、ロンドンのDiscoで有名だったCamden Palaceに踊りに行きました。

Camden Palace wiki
https://en.wikipedia.org/wiki/KOKO_(music_venue)

地図
https://www.residentadvisor.net/club.aspx?id=729

Camden Palaceの歴史 history-koko
http://www.koko.uk.com/history-koko
1964年にRolling StonesのレコーディングやSex Pistols、1983年にMadonnaの最初のUKツアーが行われた。

Madonna Holliday (1983)
https://www.youtube.com/watch?v=lTpA0_uNSGI


Camden Palaceの内部
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 1982年の夏に私はDiscoに2か月ほど通い、これ以上速いステップで踊れないと思ったときにダンスへの意欲を失い、2年以上全くDiscoに行かなくなりました。その後、私のダンスは伝説になっていたらしく、知らない人から声をかけられたりしました。

 1985年2月初旬に知人から「おまえ昔、六本木で一世を風靡したんだって」と強く誘われて、久々に赤坂の日本初のDisco Mugenに隣接していたビブロスに行きました。しかし、そのときもしぼんだ風船のようであまり踊れませんでした。

 しかし、このCamden Palaceの日は徹底的に踊りました。
 冬用の靴が汗でびしょびしょになったのを憶えています。
 日記によると、そこで21:30から23:40まで、終電に間に合うまで踊りました。

 その日は水曜日で、「London’s Most Popular Night of Nostalgia. All the hits of the 60’s」というオールディーズのイベントでした。
 最新の音で踊りたかった私は少しがっかりしました。

 なぜ徹底的にやるスイッチが入ったかというと、知っている曲がかかったからです。
 特に、Rolling Stonesの「夜をぶっとばせ」Let's Spend the Night Together を大音量で聴いたのは初めてだったので感動しました。

Rolling Stones Let's Spend the Night Together COLOR エドサリバンショー
https://www.youtube.com/watch?v=ks9gCpVsdgY
1964年のTAMIショーで、トリだったRolling StonesはJames Brownに打ちのめされ、以後、Mick Jaggerはアクションを積極的に取り入れた。


The Golden Cups (1968)
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 さらに驚いたのは、ゴールデンカップスの「銀色のグラス」がかかったことです。
 Discoに行かなくなった私は、1983年、1984年頃は山口冨士夫のライブをきっかけに日本の昔のGSなど古いロックに希望を見出していました。

 「銀色のグラス」は、そのころ、雑誌や本などでもルイズルイス加部のベースがGS最大の伝説の一つとして紹介されていました。「日本のGS人気投票ベスト100」というFMラジオを偶然録音でき、「銀色のグラス」に驚愕しました。

 これは世界レベルだ、
 こんなバンドができたのはどういう所だったのかと思い、
 1984年に横浜の本牧を探訪したこともありました。

ザ・ゴールデン・カップスThe Golden Cups/銀色のグラスLove Is My Life 1967
https://www.youtube.com/watch?v=cyZRRMr85s4
ベトナム戦争で明日死ぬかもしれないアメリカ兵のために、ゴールデン・カップスは本牧Golden Cupで演奏していた。「甘い音を出したらぶっ飛ばされるよ」(デイブ平尾)


 DJが日本人が踊っていると気が付いてかけてくれたのかもしれません。
 「銀色のグラス」で完全に踊る気になった私は、1982年に掴んだThird World、Gino Soccio、EWF、John FoxxなどDiscoやFunkのグルーブで、初めて1960年代の曲ばかり2時間踊りました。Camden Palaceは観客席もあり歓声も上がりました。

 地下鉄の終電に近づいてきたため、切り上げて帰ることにしました。帰るときに男たちが花道のように並んで、私に大声をかけてきました。直前にパブで詐欺に遭い、人間不信になっていた私は、罵声を浴びせられていると思い、逃げるように出ていきました。
 
 しかし、10年前オーストラリアのゴールドコーストのClubで踊った時、ゴリラのような白人の大男たちが応援してくれました。Camden Palaceでも、私の踊りに何かを感じた60年代のロッカーズモッズファンなどが声をかけてくれたのかもしれません。


1987年 世界初の海外制作のアメリカ盤GSコンピレーションLP。
ゴールデンカップス「銀色のグラス」、ダイナマイツ「トンネル天国」等を収録。
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 どちらにしても、1987年のアメリカ盤コンピが出る前に、1985年にロンドンのDJがGolden Cupsの「銀色のグラス」の日本盤レコードを所有し、それがロンドン最盛期1960年代のRolling Stones等と同格に、Clubでかけられたことは事実です。


The Golden Cups-I'm So Glad (1968)
https://www.youtube.com/watch?v=IrXJ3vpvKww
Creamのカバー。テレビ出演の貴重映像





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2019年04月24日

加藤登紀子 頭脳警察 いとうせいこう @アースデイ東京2019コンサート

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加藤登紀子とPanta


今日の1曲
 ホセ・フェリシアーノ「ケ・サラ」1971年
 加藤登紀子 愛のくらし
 頭脳警察 それでも私は 
 いとうせいこう ポエトリーリーディング


 世界で環境問題を取り上げているアースデイコンサートに行きました。

 加藤登紀子のライブは残念ながら終わっていて、頭脳警察のPantaとのトークショーになっていました。1971年の幻野祭のライブに頭脳警察だけでなく加藤登紀子も出演していたことを初めて知りました。





 NHKや紅白などで見てきたイメージと違って、加藤登紀子は危険な発言を連発。7歳年下のPantaがそれを穏便にフォローしていくという絶妙の会話で、笑わせてくれました。76歳の女性が過激なことを言うと、とてもいい塩梅で刺激があって、とても前向きな元気の力をもらうことができました。






加藤 登紀子 Wikipedia 凄い作品の数に驚く
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E7%99%BB%E7%B4%80%E5%AD%90

加藤登紀子 愛のくらし 
https://www.youtube.com/watch?v=Av20x26yrFI


 そして頭脳警察。Panta、Toshiの揃った頭脳警察を見るのは、ジョー山中の支援ライブ以来です。あのときは1曲目が「あしたのジョー」でした。
 今回は、アコースティックライブ。地球環境問題のイベントに力を吹き込むような歌と演奏で、ベテランの力の素晴らしさを再認識しました。

頭脳警察 さようなら世界夫人よ アースデイ2019
https://www.youtube.com/watch?v=b7BDAIoPMBk





 最後のホセ・フェリシアーノの「ケ・サラ」が特によかったです。もとは1971年のサンレモ音楽祭で2位になったカンツォーネですが、日本語の歌詞がついて現代の歌になっているようです。

コミック雑誌なんか要らない 頭脳警察&遠藤賢司with制服向上委員会
https://www.youtube.com/watch?v=kh3Onq4dOUE
この日は、「裕也さんのために」と演奏

内田裕也&ジョー山中/コミック雑誌なんかいらない
https://www.youtube.com/watch?v=6VusVDcCDLs
1993-1994 New Year Rock Festival HIROKO

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頭脳警察 それでも私は
https://www.youtube.com/watch?v=H9sjp107kXA

Jose Feliciano - Che sara (sanremo '71).
https://www.youtube.com/watch?v=OpJawDFqoAI






 最後は、日本のヒップホップ、ラッパーの元祖の一人であるいとうせいこうのポエトリーリーディングを初めて見ました。
 有名な環境問題、足尾銅山事件の田中正造の言葉も読んでいました。終始ダンスビートに乗って、踊れ踊れとも言っていました。


東京アースデイ2008 いとうせいこう
https://www.youtube.com/watch?v=S2Qb27s3Hm0


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いとうせいこう□□□(クチロロ)/ヒップホップの初期衝動
https://www.youtube.com/watch?v=2LHzmejwUtY





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 最後は、出演者が全員で「ケ・サラ」を歌いました。
 ホセ・フェリシアーノもとても喜ぶと思います。
 すごい力のある表現者たちのライブ&トークで前向きな気持ちをもらいました。

ケ・サラ合唱「アースデイ東京2019:フィナーレ」2019.4.21 @代々木公園
https://www.youtube.com/watch?v=b151qEU1-zw&t=571s
加藤登紀子、Panta、大高清流、いとうせいこう



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2019年03月30日

さようならショーケン 追悼萩原健一・追悼内田裕也

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ショーケンのデビュー曲「今日を生きよう」。テンプターズの赤ラベル見本盤。


今日の1曲
ザ・テンプターズThe Tempters/純愛
 ザ・テンプターズThe Tempters / 雨よ降らないで
 タイガース / 僕のマリー
 Flower Travellin' Band - ''Broken Strings''


〜 さようならショーケン 追悼萩原健一 〜




テンプターズからの大ファンだったショーケンこと萩原健一の訃報がありました。

最近、人生で大事なことを学びました。亡き父が尊敬したアーティストと、父のビデオ映像を見て、故人からエールを受け取る気持ちを持つことができました。今まで人が衰弱し死ぬたびに、自分も病気になり苦しんできました。しかし、当然ながら、亡くなる人たちは、残された人たちに、悲しんで体調を崩してほしいと思うはずがないと気づきました。

ショーケンの死に接してショックを受けました。しかし、以前なら落ち込むところですが、今回はテレビでショーケンの生前のプラスになる言葉(「できるだけ集中を無駄にしたくない」など)をメモに書き取り、前向きな気持ちになることができました。ショーケンもファンに心配をかけないように、今まで重大な病気にかかっていたことを秘密にしていたとのことです。改めて凄い人だったんだなあと思いました。




ザ・テンプターズThe Tempters/純愛(1968年)
https://www.youtube.com/watch?v=oblKy_Upskk
プログレッシブなロックンロールとも呼びたい村井邦彦の名曲。

ザ・テンプターズThe Tempters / 雨よ降らないで
https://www.youtube.com/watch?v=dmPbgTJ9-yk
シングルとLPのヴァージョンあり。子供の頃好きだった曲。

テンプターズ / 秘密の合言葉
https://www.youtube.com/watch?v=TsFdcNNRMaU
海外で人気の高い曲。かっこいい


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テンプターズの最大ヒット曲「エメラルドの伝説」の3面ジャケット

 以前、クロコダイルでのジョー山中の癌の支援コンサートで(2010年8月15日の当ブログ)、初めて萩原健一のライブを目の前で見ることができました。憧れのショーケンが近くに座っていたのですが、緊張して声はかけられませんでした。ショーケンがステージに向かう時に通路が狭かったので、体が少し触れたので感激しました。山口冨士夫著「So What」でもテンプターズとダイナマイツがよく対バンになったとの記述があります。村八分とショーケンのPYGは1971年に京大西部講堂でも共演していました。ご冥福をお祈りします。






〜 追悼・内田裕也 〜

 昨年、8月2日のブログでドキュメンタリー番組を紹介したロックの重鎮内田裕也も亡くなりました。内田裕也がまだ若いころに近所に住んでいたことがあるとのことで、親しみを感じていました。ご冥福をお祈りいたします。

内田裕也が世に出したのが、タイガース、フラワーズを前身とするフラワートラベリンバンドでした。
1984年の浅草ニューイヤーロックフェスでは、内田裕也が紹介して山口冨士夫のタンブリングスがテレビに出演しました。

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タイガース / 僕のマリー
https://www.youtube.com/watch?v=mr6Y57PP6wk
タイガースも好きな曲がありすぎるが、これはデビュー曲。
タイガースは1982年と2012年に武道館でライブを見ました(2012年1月25日の当ブログ)。




Flower Travellin' Band - ''Broken Strings''
https://www.youtube.com/watch?v=0OsJZapb0P8
フラワートラベリンバンドのたくさんの曲から追悼を込めてこの名バラードを。
Satori1に続いてなんと、Beyoncéがこの曲をサンプリング。

 思えば、テンプターズ、萩原健一、タイガース、沢田研二、フラワートラベリンバンドなどを、今までの人生でどれだけ聞いたり見たかわかりません。
 内田裕也、萩原健一のお二人には心から感謝したいです。





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2018年08月02日

内田裕也ドキュメンタリー 8月5日14時 後半 ぜひご覧ください

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今日の1曲
 内田裕也とザ・フラワーズ


 極暑が続いております。先日の日曜日午後2時に内田裕也のドキュメンタリーを見てかんどうしました。かんどうしました。5日に後半がありますので、興味のある方はぜひご覧ください。すごく勇気づけられました。

 山口冨士夫とシティロードのことを書いていて、内田裕也が1970年代から1980年に入っても元ダイナマイツのメンバーと屋根裏などライブハウスで、パンク世代になってもライブ活動を続けていたことに感銘を受けました。

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 1969年のフラワーズのライブがみつかりました。
 ジョー山中のフラワートラベリンバンドに移行する前の麻生レミ時代のフラワーズも凄いバンドだとわかりました。

 タイガースにしてもフラワートラベリンバンドにしても、内田裕也(1939生)のような自分たちより5歳以上も上の人が芸能界の世界でロックを牽引してくれたのは、とても重大なことだったのではないかと思います。

内田裕也とザ・フラワーズ "1969ジャズ喫茶ライブ"
https://www.youtube.com/watch?v=20NFM6HiIck
 
「ラストチャンス」ほか/内田裕也とザ・フラワーズ
https://www.youtube.com/watch?v=8JLqajk8DlA&list=RD8JLqajk8DlA

内田裕也政見放送「完全版」51歳 東京都知事選挙
https://www.youtube.com/watch?v=3BLp1IUEkik
フラワーズ結成の経緯についても語っている。
1:25の「るるるー」のところが特に好きだ


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2018年01月01日

A Happy New Year 2018 ! 元気の出るロック・82歳ベーシスト・スパイダース加藤さん

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Mitsuru Kato is the bassist of The Spiders, the first sharp rock band in Japan in the early 1960s. He is 83 years old now and is playing active.


今日の1曲
 82歳加藤充さん(ex. The Spiders) / Black is Black 
 スパイダース フリフリ





 明けましておめでとうございます。本年もつたないブログですが、お暇がありましたらお寄りください。今年の1発目は、「元気の出る」ロックシリーズとして82歳(今は83歳)のザ・スパイダースのベース加藤充さんの圧倒的なパフォーマンス。

スパイダースThe Spiders Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B9

 往年のGS、ザ・ブルーインパルス、ザ・ガリバーズ、ザ・ラブの合体バンドであるザ・レジェンズ。70才のメンバーの中で、82歳の加藤充さんが圧倒的なパフォーマンス。昨年末GSフェスティバルで出演者たちも驚いた演奏をみつけました。

Black is Black 82歳加藤充さん(ex. The Spiders)の力強いベース演奏
https://www.youtube.com/watch?v=OATCg4Khqls
こんなに体全身を使ってグルーブを表現するベーシストは黒人でさえも見たことがない。

 スパイダースは、その後芸能界、音楽界で活躍する人たちを輩出した日本のロックの先駆者。1971年1月解散。加藤さんだけは生命保険の営業の世界に転身して成功されました。長いインターバルの後にこれほどの演奏をされるとは。自分も頑張らねば!

The Spiders - Album No.1 - FULL ALBUM
https://www.youtube.com/watch?v=0ppD9upOWbE&t=287s
1966年4月15日発売。日本で最初のロックバンドの1st LP。半世紀52年前!





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向ヶ丘遊園の大階段のリフトに乗るスパイダース


スパイダース フリフリ ライブ
https://www.youtube.com/watch?v=EU_oeCiSgfU
今の時代に必要なのはこのようなエネルギーだろう。キンクス、アニマルズなどの影響を受けた3拍子の日本の囃子のロック。1:35に想い出の向ヶ丘遊園。





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2017年08月19日

「山善」山部善次郎@すみだジャズフェスティバル Tokyo Sumida Jazz Festival

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スカイツリーが見える会場


今日の1曲
 山善JAZZ BAND /キャデラック
Speak no evil / Speak no evil
 Otis Redding / Try a little tenderness


 九州の伝説のロッカー、山善こと山部善次郎が「すみだジャズフェスティバル」に出演するというので、すみだジャズフェスティバルに行ってきました。
東京は相変わらず雨天が続いておりその点が心配。

 「すみだジャズフェスティバル」  
 http://sumida-jazz.jp/sj/


サンハウス特集 山善インタビュー掲載







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さあ着いたぞ。ビールを飲んで地下鉄から突撃!


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うおーっ、やってるぞ


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女性SAXが華やかです


映画「山善6600ボルト」予告編
https://www.youtube.com/watch?v=YaF2ao2-f0M

wiki 山部善次郎
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E9%83%A8%E5%96%84%E6%AC%A1%E9%83%8E
「山善」は14歳の時に6600ボルトの電流に触れ、片目を失ったハンデを克服した凄い人だと知った。


 私はサンハウスが好きなので、必ず1970年代のサンハウスの文脈に出てくる山善が気になっていました。天候は何とか雨は降らず、ほっとしました。初めにウェイン・ショーターのアルバムから名前を取ったというSpeak no evilを聞きました。

Speak no evil / Speak no evil
https://www.youtube.com/watch?v=rbVxJL1an1Q





 スカやラテンのリズムで踊っていたら、ファンタの500ccが空になってしまったので、さらに500tの水を補給。シアターブルックを見ながら休んでいたら、思ったより早く山善が始まりそうなので、走って急行しました。

 初めは眼光の鋭い人が中央にいたので「これが山善か。イケメンだなあ」と思いました。すると、白髪の貫禄のある人がしゃべりだしたので、「こっちが山善だな。」と思ったら、「おまたせしました。山善!」とアナウンス。


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どの人が山善かな?


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この人が山善かな? 以前と印象が変わったきがするが


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あっ。ついに山善登場!


 すると、今まで写真で見たことがある「山善」が出てきました。
 すごい存在感、インパクト。歌もド迫力。
 以前、CDで聞いた印象とはずいぶん違う。やっぱりライブはいいなあ。


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オーティスのTry a little tenderness 日本語カバーも熱唱


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山善JAZZ BANDキャデラック
https://www.youtube.com/watch?v=NIgaPLDJ8Yk


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JB、James Brownのポーズを決める山善

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スーツが全身汗だくでした。


 
この人のような発声をしたら、一発で喉が炎症を起こしてしまいます。すごい声帯をしていると思います。腹式で大迫力で発声。パワーの塊、まさにJB。MCは博多弁でひょうきん、ビートたけしのように面白い人でした。とても楽しい熱いライブでした。

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山善JAZZ BAND+鶴川仁美 可愛いアノ娘/キャデラック
https://www.youtube.com/watch?v=KGsmz1pOy4o


若き日の山善を発見
https://www.youtube.com/watch?v=Z4tc0zv0kQs







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すみだスペシャルバンド


 すみだスペシャルバンドの演奏を見ていたら、雨がついに本降りになってしまいました。帰りの地下鉄で、多摩川の花火が中止になったというアナウンスが入りました。
 でも、山善のダイナマイト花火が見れて元気になれてよかったです。


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2017年04月27日

闘え カラオケバトルT

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テンプターズ The Tempters (Japanese 1960's beat)


今日の1曲

 美空ひばり「悲しい酒」
 テンプターズ / 忘れ得ぬ君






 3月からは花粉、4月は暖かくなってきたと思ったら、油断して風邪をひいてしまいました。季節の変わり目の方が体にはきついことを再認識しました。キースエマーソンと父の死から1年が経ち、心も落ち着いてきました。カラオケバトルという番組が好きです。

 今日見たトラックの運転手さんの歌が、優勝は逃したのですが、とても心に残りました。テレビ出場が決まったときに泣いていました。カラオケバトルが3年前に始まったころに、2人位の高校生が決勝戦で泣きながら歌っていたのが印象に残っています。
 
 感情を込めると自然に涙が出てくるんだなあ、とか、
 逆に、泣きながら歌うからいい歌になるのかなあ、
 などと高校生たちを見て思いました。

 テレビで泣きながら歌うというと、有名なのは、やはり美空ひばりの「悲しい酒」でしょうか。残っている映像でも泣きながらでも音程も狂わず、それも完全に表現の中にとりこんでいるのが凄いと思います。

美空ひばりHibari Misora「悲しい酒」
https://www.youtube.com/watch?v=ZHDRClbBqKc





 あと、泣きながら歌うので有名なのはテンプターズの松崎由治の「忘れ得ぬ君」「おかあさん」でしょうか。私は実際に見たことはないのですが、「今までテレビを見た中で一番すごかった。完全に別の世界にいっていた」と、聞いたことがあります。

テンプターズ The Tempters/ 忘れ得ぬ君
https://www.youtube.com/watch?v=rxTHfzp6Ov4





 松崎由治も美空ひばりと同じ資質があったのかと思います。
 とはいえ昔、ある本の松崎由治のインタビューで、「美空ひばりがいるあいだは、、」と歌謡曲に対するロック魂を語っていたのを記憶しています。

 松崎由治は、鈴木ヒロミツに「俺は田んぼで泣きながら歌を作っているんだから、売れないわけはない。」と言ったことがあるそうです。山口冨士夫は、松崎由治から「リトルレッドルースターを弾けたら認めてやる」と言われたことがあるそうです。

 松崎由治は、「もう音楽で心の傷を追うようなことはしたくない」というような発言を残して、40年近く消息を絶っています。
 ショーケンとの奇跡の共演などが復活したら絶対見に行きたいです。

 最近のカラオケバトルは、99点台とか100点とか技術的に高得点をとることがとても重視されてきています。
 それも楽しいですが、歌心みたいなものも忘れてほしくないなあと思います。





2016年10月16日

Golden Cups ゴールデン・カップス@横浜関内

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日本が世界に誇れるロックバンド


今日の1曲
ゴールデン・カップス / 銀色のグラス 1967
ゴールデン・カップス / 愛する君に 1968
ゴールデン・カップス / I'm So Glad 1968





 久々のブログです。8月にカニ坂ライブで頭脳警察のPANTAさんを見ました。体調は少しづつ良くなってきました。
 先日、横浜に行ったのでゴールデン・カップスのライブのあるクラブを見に行きました。


ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム トレイラー
https://www.youtube.com/watch?v=uCS4FCI0QzE
冒頭が★銀色のグラス





 チケットは売り切れということでしたが、ゴールデン・カップスの近くまで来たということだけで私は気分は高揚し、満足でした。
 久しぶりに、横浜の関内、馬車道、伊勢佐木町などの街を散策しました。


愛する君に - The Golden Cups "1968
https://www.youtube.com/watch?v=KAmwxPVROJU
★必見



The Golden Cups-I'm So Glad (1968)
https://www.youtube.com/watch?v=IrXJ3vpvKww
★必見





 今まで、ミッキー吉野さん、マモルさん、エディさんのサインをいただきました。
 故デイブ平尾さんの店に2回行って握手していただきました。
 私にとって、永遠のバンドです。


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伊勢佐木町の古いビル





2016年04月21日

サンハウスSonhouse ・ シーナ&ロケット live at Garden 下北沢

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今日の1曲
  Son House "Death Letter Blues"
 サンハウス / ロックンロールの真最中〜レモンティー
 シーナ&ロケッツ / Lemon tee


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昨年亡くなったシーナさんのライブ写真
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 ついに、日本のロックの伝説、サンハウスの篠山さん、鮎川さんも参加したオリジナルメンバーが全員揃ったライブを初めて見ることができました。
 2か月前から楽しみにしていました。

 まずは、昨年亡くなられたシーナさんと鮎川さんの娘さんがボーカルになったシーナ&ロケッツで盛り上がりました。川島さんの「サンハウス楽しんでください」という声とともに一部が終了。

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 シーナ&ロケッツは、昔、ショーケンのLpが出ていたBourbonというレーベルから出たLPが1stでした。
 その後、YMO関連の人たちとの交流で、新しいサウンドを作っていきました。

Seena & Rockets / Lemon tee
https://www.youtube.com/watch?v=BF1-dFfn2T0

 ついに5人組のサンハウスが登場。
 村八分は5人のオリジナルメンバーのうち4人が亡くなっています。
 サンハウスは、バンドとして日本で60年代、70年代の最後の継承者と言えます。



Son House "Death Letter Blues"
https://www.youtube.com/watch?v=NdgrQoZHnNY

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 冒頭から、キングスネークブルース、地獄へドライブで柴山さんも全開。
 緩急自在で、良い曲が多いので、ずっとテンションがあがります。
 伝説のリーダー篠山さんを見れたのがうれしい。奈良さんのベースもグルーブしています。

篠山さん
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サンハウスのTシャツを着て登場


 筋金入りのビートに乗ってギンギンに狂って踊らせていただきました。
 ロックンロールでもマイケルジャクソンのロッキングを入れます。
 裏伯に合わせるのが楽しい。

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Sonhouse 7.April 2016 in Tokyo
https://www.youtube.com/watch?v=6agIsfdpbmE

サンハウス / ロックンロールの真最中〜レモンティー
https://www.youtube.com/watch?v=LY6jXuBAlDI
1975年神戸の貴重映像

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 69歳という年齢で、2時間もハイテンションで演奏する凄さに、ロックのパイオニアとしての底力を見せつけられました。ライブが終わると、坂田鬼平さんがいたので握手してもらって感激。シーナさんの娘さんも綺麗です。

 38年前、よく下北沢に来ました。あの頃とずいぶん変わったところもありますが、基本的に演劇やロックの街という点は変わっていません。
 夜の下北の街を写真を撮りながら、帰っていきました。

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Sonhouseに合わせたように出会ったブルースミュージシャン。Robert Johnsonの音。シャイで目立ちたがり屋。共感
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2016年01月28日

サンハウス トークライブ

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サンハウスのサイン


今日の1曲
 サンハウス / キングスネーク・ブルース
 サンハウス / レモンティー
 サンハウス / 地獄へドライブ
 サンハウス / ロックンロールの真っ最中
 Son House "Death Letter Blues"


ライブ1発録りでできたというサンハウスの曲を網羅した新譜



 日本のロックのパイオニアの1つであるパワーハウスのトークショーでサインをもらうことができました。3年前の8月に山口冨士夫さんが亡くなってしまったので、日本に残る本物のロッカーはサンハウスをはじめ、少しになりました。





 3年前の1月に菊さんのバンドでサンハウスの特集をやるとのことで、雪の中をライブハウスに行ったのですが交通事情で中止になりました。待望の5月に見た再演では、60歳とは思えない鋭い音を聞いて「これがサンハウスか!」と興奮しました。


サンハウス 菊 ドキュメンタリー
https://www.youtube.com/watch?v=ZXzd5un_Tu0
19:00 リズムのノリと感情の表現と結び付けている
25:00 伝説のライブ喫茶「パワーハウス」 33:50 基礎が大事と言われている





鮎川誠 還暦ロックンローラー ドキュメント 聞き手:武田鉄矢
https://www.youtube.com/watch?v=MN44Jh8LZkc
3:00 サンハウスと海援隊が一緒に出たステージ

Son House "Death Letter Blues"
https://www.youtube.com/watch?v=NdgrQoZHnNY
バンドの名前の由来であるブルースマン
一人で、歌、ギター、ベース、ドラムスを演奏しているように聞こえる





サンハウス - レモンティー
https://www.youtube.com/watch?v=LY6jXuBAlDI
ベースとドラムのうねりもすごい


 鮎川さんのトークの中で、「自分たちは、ビートルズ、ローリングストーンズからクリームのような即興演奏の出現など、ロックの歴史をリアルタイムに経験してきた」ということを話されていたのが印象に残りました。

 サンハウスのトークショーの前日に見た山下達郎さんも、「自分は音楽がまだ音楽だけで成り立っていた時代を経たので、続けられた。今の若い人の音楽が40年後には残るのだろうか」という話をされていました。






 サンハウスは、35年前に「有頂天」を初めて聞いたとき、ビートルズのようにいい曲がたくさん入っているので、日本にもこんなバンドがあるのかと驚きました。
 また、サンハウスのライブがあったら絶対に見に行きたいです。





2015年07月25日

歌声喫茶 〜 初めてのステージ

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白いノラ猫と遭遇しました。


今日の1曲
 ハプニングス・フォー / さくらとかわら屋根が見える街


 暑い日が続いています。生まれて初めて、人の前で歌を歌いました。小さなステージでお客さんは20人位ですが、視線が怖くて緊張し、天井を見ながらサビのところは目をつぶって歌いました。練習で学んだことを生かそうと思いました。

 2番、3番となるにしたがって、緊張が解けてきてサビで大きな声で響かせることが実感できました。歌い終わった後は、しばらく足もガタガタしていました。1曲だけですが、人前で歌うことはとても貴重な体験でした。また、歌に精進しようと思います。





トメ北川+篠原信彦(ハプニングス・フォー)/ さくらとかわら屋根が見える街
https://www.youtube.com/watch?v=raPwYg9f7TI
こんな風に歌えたらいいなと思える美しい曲。
トメ北川は九州屈指のボーカリストと言われた人。

ハプニングス・フォー / さくらとかわら屋根が見える街
https://www.youtube.com/watch?v=ci1depsq7lk
渋谷クロコダイルでのライブ





2015年04月19日

朝まで待てない 〜 永久運動

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フジが開花しました


今日の1曲
モップス / 朝まで待てない(1973年リメイク)
モップスTHE MOPS - 永久運動(Perpetual Motion)


 おばあちゃんのお葬式も終わり、涙も出尽くしました。まだ、出ることがあります。今、歌うことで救われています。 歌を習っている先生は、モップスがデビューした1967年ころに楽屋に行ったり、一緒に演奏をさせてもらったこともあるとのことで、驚いています。


1968年サイケデリックロック時代のモップス



 自分が最初にモップスを聴いたのは1982年ごろ、東芝からのベスト盤でした。
 そこに入っていた「朝まで待てない」に驚かされました。
 当時は、ギターと言えばフュージョンとか速弾きが崇拝されていた時代でした。

 ところが、モップスの「朝まで待てない」の星勝のギターは、鈴木ヒロミツの歌のところでは徹底的に歌の引き立て役に徹し(その徹しぶりに凄みがある)、ギターソロでも速弾きなどはせずグイグイと心臓をえぐるように、最後はイコライザーをかけてきます。

 後になって、ビクター時代の1967年デビュー曲の再録音が東芝版とわかりました。ビクター時代のLPは世界のマニアで高額で取引されています。私は、東芝版の「朝まで待てない」は日本のロックの5本の指に入るほど好きな曲です。

モップス / 朝まで待てない(リメイク)
https://www.youtube.com/watch?v=xN0DuO2Tq6w
作詞:阿久悠 作曲:村井邦彦 最強コンビの最初期の作品





モップスTHE MOPS - 永久運動(Perpetual Motion)
https://www.youtube.com/watch?v=AH5E82VCVVE
この曲もスゴイ。


おばあちゃんの棺と一緒に焼いてもらった法文
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2015年02月26日

衝撃 〜 元天井桟敷・昭和精吾独演会 平成26年12月14日事後報告

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昭和精吾さんからいただいたサイン


今日の1曲
 天井桟敷 / 邪宗門「くらま天狗」 1972年
 天井桟敷 / 邪宗門「1970年8月」 1972年
 昭和精吾 / 我に五月を





 昨年9月半ばから今年の1月半ばまで仕事が続いて余裕がありませんでした。
 特に、アンケートでは「経済効率が一番悪い、儲からない」の1位とされた少年事件が2件続いたのでたいへんでした。でも楽しかった。

 昨年12月14日に、元寺山修司の天井桟敷の俳優だった昭和精吾さんの独演会に行きました。天井桟敷の「邪宗門」のCDブック、中でも昭和さんの語りとアジテーションは、私の人生で最大の影響を与えられた一つでした。


1972年1月31日「邪宗門」CDブック LPより20分も長い完全版
この「1970年8月」が、私の好きな日本のロックNo.2 
No.1は同じ1972年11月23日の村八分/三田祭ライブの「あやつり人形」



 昭和さんの叫びが、私の脳に革命・覚醒を起こしました。何百回と繰り返して聞いていた自分を思い出します。「邪宗門」CDが、12年目でやっと1次試験に受かった年の前年に発売されていたことを確認し、その思いを新たにしています。

 平成25年のJAシーザー「邪宗門」の再演で昭和さんの活動を知りました。
 とはいえ、あの伝説の昭和さんも70歳を超えている。
 年相応の味わいのある詩の朗読会かと予想していました。

 喫茶店のようなこじんまりとしたホールです。
 ついに伝説の昭和さんが現われました。
 スタッフから写真はお控えくださいとのアナウンス。


劇団「天井桟敷」の由来はこの映画



 昭和さんは淡々と詩の朗読を始めました。
 だが徐々に磁力は強まる 
 予想もしない異次元の世界へ 
 これは「事件」だ 
 逃げた方がいいのではないか 
 逃げられない 
 そこで昭和さんの叫びに私は粉々にされた

 そして、1972年の天井桟敷公演「邪宗門」CDの昭和さんの「くらま天狗」が大音量で流れた。1972年1月31日の最後に暴動になったという渋谷公会堂の反対派や過激派が集結した会場の異常な状況が、細かいノイズと一緒に襲ってきた。 


1972年の天井桟敷公演「邪宗門」脚本:寺山修司 作曲:JAシーザー
https://www.youtube.com/watch?v=0KGi-KJQkak
「くらま天狗」38:08〜40:39  
「1970年8月」1:08:25〜 冒頭:昭和精吾


 昭和精吾は本気で1960年代の、1972年の天井桟敷を再現するつもりだ!
 単なる詩の朗読会だと思っていた。
 私はやっと自分のいる状況に気づきました。

 暗転したステージに突然明るい照明が。
 昭和さんは穏やかな笑顔で一言
 「さあ、どうぞ、ここからは写真を撮っていただいてもかまいません」


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 昭和さんの73歳のバースデイケーキも出てきました。
 ああ、やっぱり「演劇」だったんだと現実に戻された。
 谷底から山頂まで引き上げられるような落差です

 これほどインパクトのある芝居を見たのは30年ぶり。
 昭和50年代にたくさんの演劇芝居を見ました。今はなき月刊情報誌「シティーロード」で無名の劇団の招待券に応募すると毎月のように何かが届きました。


とても73歳とは思えない。30代のロッカーのようだった
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暗転
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なんと伝説の「力石徹」告別式の式次第が客席に回覧された
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 昭和50年代。今のようにネットも「チケットぴあ」もなく、事前情報もない手探りの時代では、芝居小屋から何が飛び出すか予想ができませんでした。
 今日の独演会はあのころの自分に戻してくれました。

 2013年に見たJAシーザーによる「邪宗門」の再演のときは初めから「演劇」だとわかりましたが、今回の昭和さんの独演会は1972年の「邪宗門」と同じく「事件」でした。
 最終的には「演劇」だったのですが、私にとっては「事件」でした。

 昭和さんは今回で独演会は最後にされるとのことでしたが、続けていただきたい。

 終演後、私は緊張しながら昭和さんにサインと握手をしていただきました。
 昭和さんはCDが出ていたことさえ知らなかったそうです。昭和さんの中にはまだ寺山さんが生きていた昭和の時代が息づいているのでしょう。
 


寺山さんと若き日の昭和さん
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2014年08月24日

丘の上のエンジェル 「ザ・ゴールデン・カップスの時代展」

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今日の1曲
The Golden Cups / ジス・バッド・ガール
The Beatles / A Hard Day's Nightハード・デイズ・ナイト
The Beatles /ノー・リプライ
The Rolling Stones/ルート66
エディ藩 / 丘の上のエンジェル




 横浜タカシマヤ開店55周年記念 ヨコハマ グラフィティ「ザ・ゴールデン・カップスの時代展」に行きました。
http://digitalpr.jp/r/8374


 ゴールデンカップスは、故デイブ平尾さんの店に2回行き、ミッキーさんとマモルさんからはサインをもらったことがあります。この日は、エディさんのトークショーがあり、無理と思いつつ、サインがもらえたらと思っていました。

 高島屋のフロアーを歩いていると、むこうからエディさんが歩いてきたのでビックリ仰天。慌ててレコードとペンを取り出し、サインしてもらいました。エディさんに「他のみんなもいればよかったのにね」と言われましたが、今日はエディさんからサインをもらえれば十分。緊張して転びそうになりながらサインをもらいました。

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「The Golden Cups /銀色のグラス」とエディ藩のサイン

The Golden Cups This Bad Girl 1968
https://www.youtube.com/watch?v=1mXASEeqzDM

 展示では、ゴールデンカップス以外にも、当時の横浜や、ダンスなどのこともわかりました。ハマチャチャ(フリチャチャ)という横浜で生まれたステップの起源も黒人のベトナム従軍兵からであることがわかりました。

フリチャチャのステップ
https://www.youtube.com/watch?v=_4eAwKzpOxM

フリチャチャの創始者であるナポレオン党の小山氏のステップ
https://www.youtube.com/watch?v=YwsfWVrUEBY
1:55からフリチャチャ

小山氏のフリチャチャ
https://www.youtube.com/watch?v=KCHwqAKUzkQ



 ゴールデンカップスのコーナーでは、珍しいポスター、賞状や、ゴールデンカップ店内の写真、映画「ワン・モア・タイム」の映像が流れていました。

ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム トレイラー1
http://www.youtube.com/watch?v=NJw8jGK2YW8

The Golden Cups / 愛する君に 1968年ライブ
https://www.youtube.com/watch?v=KAmwxPVROJU

The Golden Cups-I'm So Glad 1968年ライブhttps://www.youtube.com/watch?v=IrXJ3vpvKww
エディさんのギターソロがつきささる。



 エディさんのトークショーが始まりました。エディさんは日本で最高のギタリストの一人です。ゴールデンカップスのLP「スーパーライブセッション」などを聞けば、世界的に見ても最高レベルであったことは明らかでしょう。

 
 エディさんは、まだ、海外旅行が一般的でなかった1966年にアメリカに半年間滞在しました。ブードゥー教のような雰囲気の建物に頼みこんで入れてもらい、ボ・ディドリーのような音楽を聴いて衝撃を受けたそうです。黒人ブルースはアメリカでは禁断の音楽だったようです。



 イギリスのビートルズ、ストーンズが黒人ブルースをアメリカに逆輸入しました。BBキングも彼らに感謝していたそうです。エディさんが、ブルースの後に、ビートルズの曲をアコースティックで2曲も歌ったのでびっくりしました。

The Beatles / A Hard Day's Night
https://www.youtube.com/watch?v=zSm0M-BbVdY

The Beatles / No Reply
https://www.youtube.com/watch?v=ILdBDOPoEDQ

 ゴールデンカップスは他のGSのようにビートルズ、ストーンズの曲をレコーディングしていません。そこで、カップスぐらいの実力派になると、「もうビートルズは卒業」という感じなのかとずっと思っていました。

 エディさんがビートルズが好きということがわかって嬉しかったです。この日は、偶然ビートルズのTシャツを着ていました。エディさんは、ビートルズの「ノー・リプライ」など「昔は印象に残る曲が多かった。 今の音楽はテンポが速い。言葉も聞き取れない。」と言っていましたが、同感と思いました。

Rolling Stones Route 66
https://www.youtube.com/watch?v=xgxL6ECOHXQ
エディさんはルート66も歌いました。

エディ藩 インタビュー
https://www.youtube.com/watch?v=JdVFxxwrvOc テレビ
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20140817/Gendai_17692.html



 最後にエディさんは10年間歌わなかったという「丘の上のエンジェル」を歌いました。山崎洋子著「天使はブルースを歌う」という本に「丘の上のエンジェル」の経緯が書かれています。エディさんは、この曲を歌うと泣いてしまうと言っていましたが、この日も「ああ、だめだ」と言って途中でやめてしまいました。

エディ藩 /丘の上のエンジェル
https://www.youtube.com/watch?v=ePdmyyDfO5s

「天使はブルースを歌う」書評
http://www.tcp-ip.or.jp/~jungle/fbeats/beaters/anggle_sings.html
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/241741/203939/65168197



 会場を出ると、パワーハウスのCHIBOWさんが若い人たちと話しているのを目撃しました。

 エディさんの中華街の店「鴻昌」でラーメンを食べてサインをもらうのが夢でした。
 残念ながら「鴻昌」は閉店してしまったので、横浜「家系」ラーメン本家で、ラーメンを食べて帰りました。

エディさんのアコースティックライブ
https://www.youtube.com/watch?v=Ov8Sl2Ojl_Q
心にしみるブルース

ゴールデンカップ
http://www5a.biglobe.ne.jp/~wo-house/honmoku-gorlden-1.htm



2014年03月16日

貴重映像 荒井由実+ティン・パン・アレー





 荒井由実+ティン・パン・アレー / 雨の街を


 春の陽気に近づいてきました。道端の先月の大雪の残雪もなくなっています。
 荒井由実と超一流グループ、ティン・パン・アレーが競演する貴重な映像がみつかりました。

荒井由実+ティン・パン・アレー / 雨の街を
https://www.youtube.com/watch?v=X1TrMI2P-HQ
足を組んで演奏する細野さんが渋い。「空と海の輝きに向けて」も見てみたい。

荒井由実+ティン・パン・アレー /「生まれた街で ~ あの日にかえりたい」
https://www.youtube.com/watch?v=8nGlekppeE8
螺旋階段が、赤坂にあったディスコ「ビブロス」を思い出させる。



2014年03月15日

鮎川誠 還暦ロックンローラー ドキュメント 聞き手:武田鉄矢




 鮎川誠 / レモンティ

 敬愛するミュージシャン鮎川誠の「還暦ロックンローラー」という貴重なドキュメンタリーがみつかりました。

鮎川誠 還暦ロックンローラー1/3 ドキュメント 聞き手:武田鉄矢
http://www.youtube.com/watch?v=MN44Jh8LZkc
鮎川誠の音楽歴とルーツがわかる貴重な九州でのTV放送

30年以上前、学生のころの思い出です。誰もいない2階席でSHEENA &THE ROKKETSのライブを見たことがありました。すると、鮎川誠が私のほうへ「もっと前へ来なよ」と手招きしてくれたのです。感激しました。それまで「ロックンローラー」は怖い人という印象を持っていましたが、「ロックンローラー」のイメージが変わりました。

鮎川誠は、SHEENA &THE ROKKETSが山口冨士夫と共演したときのライブも見ました。
 
山口冨士夫参加


SHEENA &THE ROKKETS 貴重インタビュー+レモンティ
http://www.youtube.com/watch?v=bzWOPaFX1so




2014年02月15日

金メダル 〜 大雪 〜 レア映像Bザ・タイガース

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 ザ・タイガース Gimmie Shelter

 ソチで羽生選手が金メダル。ほっとしました。
 プレッシャーと戦う選手は本当にたいへんだと思います。
 ジャンプのサラちゃんは期待されすぎて気の毒でした。

 こちらは大雪です。
 今回は、昨年東京ドームでライブを行ったザ・タイガース
 そのレア映像です。

東京ドーム ザ・タイガース セットリストが詳しいブログ
http://blog.zaq.ne.jp/popstation/article/248/



ザ・タイガース レア映像
http://www.youtube.com/watch?v=9ySZPK89FAY

ザ・タイガース Gimmie Shelter
http://www.youtube.com/watch?v=WYTYTOWnpW0

ザ・タイガース 1967−1971 曲Gimme Shelter(Live)
http://www.youtube.com/watch?v=hWbtB7x7IsE




2013年06月04日

ブログ 「あしあとLe Orme」 5周年 〜 今のお前はそれでいいのか 〜

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テンプターズTempters デビュー曲/ 忘れ得ぬ君
(見本盤シングル・赤レーベル=最初のテンプターズのレコード)

今日の1曲
  テンプターズTempters / 忘れ得ぬ君 1967年
  テンプターズ / Tell me more 1968年
  ザ・モップス / 御意見無用(いいじゃないか)1971年
  モップスMOPS / 朝まで待てない1968年版 
  ザ・モップス
     / たどりついたらいつも雨ふり 1972年 オリコン26位
 ザ・テンプターズ / エメラルドの伝説 1968年 オリコン2週1位
 モップスMOPS/朝まで待てない1973年版



 おかげさまで、本ブログも丸5週年、6年目に入ることになりました。ライブやクラブのことなどをブログに残して後になって読み返すと、下手な文でアホなこと書いているなと思いつつ、記憶力が落ちてきた分、その時のことが懐かしくなります。

 £さんとも2ヶ月のお付き合いでしたが今日でお別れ。最後は£さんも泣いていました。£さんのグループサウンズやボクシングなどリアルタイムの凄い話に驚きました。矢吹丈のモデルはリングネーム「ジョー」ことボクサー時代のジョー山中だった!

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忘れ得ぬ君のB面はショーケンが歌う「今日を生きよう」 オリジナルはイタリアのRokesで英語版は世界的にもヒット。Il Balletto di BronzoのGianni Leoneもカバー。

テンプターズ「今日を生きよう」
http://www.youtube.com/watch?v=zEbiRvjQjKM

  特に一世を風靡したタイガースやテンプターズのデビュー前のライブを£さんが何度も見た話は羨ましかったです。タイガースは、京都大阪時代の熱心なファンが見に来るぐらいでお客さんもまばら。そんな頃のタイガースも目の前で見たそうです。



 タイガースやテンプターズと他のグループの違うところは何ですかと聞きました。演奏技術ならば、他に上手なバンドはいくらでもあったそうです。しかし、タイガースやテンプターズは、無名時代から沢田研二と萩原健一のスター性が突出していたそうです。

テンプターズ / 忘れ得ぬ君〜Tell me more
http://www.youtube.com/watch?v=rxTHfzp6Ov4
松崎が泣きながら歌い最後に崩れ落ち、その傍らでショーケンがハーモニカを吹いていたという「忘れ得ぬ君」は、TV史上最大級の衝撃映像だったと複数の人から聞いた。

片親同士の2歳年上の松崎ヨッチンとショーケンは、ビートルズのジョンとポールのように結束が固かった。



 2年前に私がガンのジョー山中への応援ライブで、ショーケンがそばにいたが「怖くて話せなかった」話をしました。£さんから「なんだ、サインもらっとけばよかったのに。GSやってる人たちはみんな気さくでショーケンも喜んでサインしてたよ」と言われました。

 £さんは「安岡力也も武勇伝ばかり流れるけれど、酒も一緒に飲んだけど普段は気さくで面白い人だった」と言っていました。491時代のジョー山中を見た人に初めて会いました。ジョー山中はあまり歌わなかったけれど491の頃から存在感があったそうです。

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日本初の3面開きのジャケットが当時のPhilipsの意気込みを感じさせる。
天才作曲家で後のアルファレコード社長の村井邦彦の出世作。

 タイガース、テンプターズなどがRolling Stonesの曲をやるときにも、ゴールデンカップスのように体に突き刺さってくるような衝撃があったそうです。幻想的な歌詞のテンプターズの「エメラルドの伝説」も、現実の世界に迫ってくるような迫力だったそうです。

ザ・テンプターズ / エメラルドの伝説
http://www.youtube.com/watch?v=-wCoZA5m5Tc

 £さんは目の前でエメラルドの伝説のライブを見たという。
 オリコン1位の曲にもかかわらず、ライブ音源が全く発掘されない。
 伝説の不協和音Sus4のコードを大音量で体験してみたい。

テンプターズ / Tell me more
http://www.youtube.com/watch?v=P-T7Vp44d8s
テンプターズの貴重なライブ音源。田辺昭知が怪しい役。

 Tell me moreは英詞なので、てっきりカバー曲と思っていました。
 外国の同時代のバンドと比べても見劣りしません。
 さりげない半音下降など松崎の作詞作曲センスが光っている。

エメラルドの伝説、Tell me moreスローヴァージョン収録


 £さんによれば、たくさんあるバンドの中で、圧倒的に一番凄かったのはゴールデンカップス。その次にモップス、ダイナマイツ、ビーバーズなどが凄かったとのことでした。
 このあたりは、一般的な風評どおりです。


 
モップスMOPS/朝まで待てない 再録1973年版
http://www.youtube.com/watch?v=vDRf3jyilLY
日本のロックの最高到達点のひとつ。イヤホン大音量で。

 朝まで待てないは1973年版と5年前のサイケデリック1968年版と比較すると興味深い。朝まで待てない1973年ニューロック・ヴァージョンは、個人的にフラワー・トラベリン・バンドのMAKE UPと並ぶ日本ロックの両横綱だと思います。




 £さんは、ライブハウスでモップスの鈴木ヒロミツの歌を目の前で聞いたとき、「歌を聴いているというより、自分に対してなにかメッセージを投げかけられてくるようだった。問いかけてくるようだった」と、何度も話していました。そのメッセージとは...。

 「お前たちは、それでいいのか?」
 「お前たちには、何かやりたいものはないのか?」
 「今の生き方で満足か。幸せか?」
 
 そのころの£さんは、喧嘩ばかりして人生に投げやりになっていました。鈴木ヒロミツの歌を聞いて「お前には、何かやりたいものはないのか?」と感じ、「自分には何があるのか?」と思ったとき、今の仕事の道で日本一になりたいと思ったそうです。

ザ・モップス / たどりついたらいつも雨ふり
http://www.youtube.com/watch?v=Ko5lsyVV_eQ
星勝が自分たちが目指した日本語のロックの一応の到達点に達したと評する曲。



モップスMOPS/朝まで待てない 1968年版
http://www.youtube.com/watch?v=Q4ZPkBM14_w
これが、あの阿久 悠の最初の作詞。なかなかできず、ディレクターから「明日の朝まで待てないよ」と言われて「朝まで待てない」というタイトルになったという。



ザ・モップス / 御意見無用(いいじゃないか)
http://www.youtube.com/watch?v=UCU0EKHL0-A
「野良猫ロック 暴走集団'71」より貴重なライブ映像。

 £さんは、「このまま老いさらばえて野垂れ死にしたくない。若い頃の10分の1ぐらいの情熱しかもてないかもしれないが、もう一度やり直したい」と言われました。「£さんと会えてよかったです。私もたくさんの刺激を受けました」と言って別れました。




2013年05月23日

地獄へドライブ〜サンハウスSONHOUSE Live・ライブ・イン横浜U

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Jimi Hendrix(1944〜1971)を着てダンスで菊(1947〜)と勝負

今日の1曲
  サンハウスSONHOUSE / キングスネークブルース
  SONHOUSE / 地獄へドライブ
  サンハウス / なまずの唄
  SONHOUSE / カラカラ
  サンハウス / レモンティー


サンハウスBOX


サンハウスBOXの詳しいバンドの解説
http://sonhouse.jp/sonhouse_box/

 1月14日に大雪で流れたサンハウスのライブを見に行きました。65歳になる菊という日本のロックの大御所が率いるバンドです。日本のロックを最初に作ったバンドのひとつと高く評価されています。CMに出る鮎川誠がいるバンドです。

 30年以上前から、菊の存在は気になっていました。学生時代に近所の貸しレコード店で借りて聞いたサンハウスの「有頂天」は良い楽曲が多く、印象に残りました。しかし、音のバランスが小さくまとまっている感じでした。いつかライブを聞きたいと思っていました。

「ドキュメント発見伝」サンハウス・菊(九州・沖縄で放映されたTV)
http://www.youtube.com/watch?v=ZXzd5un_Tu0&feature=related
菊がかつての福岡のライブハウス「パワーハウス」の跡などを訪ねて回想する貴重なドキュメント。

サンハウス(菊&鮎川誠)タワーレコード渋谷店移転15周年おめでとうコメント
http://www.youtube.com/watch?v=R4SqelzrcSk
昔の東急ハンズ前の頃の話が懐かしい

良い楽曲が詰まった1st「有頂天」


 前座が終わり、15分ぐらいの休憩の後、いよいよサンハウスの登場です。正確にはElectric Mudというバンドですが、私にとってはサンハウス。鮎川誠がいなくても5人のメンバーのうち3人はサンハウスのメンバーです。5人が定位置につきました。

 小さなライブハウスなので、目の前で菊を見ることができました。
 65歳ですごいメーキャップ、赤く染めた長髪といういでたち。
 サンハウスと知らなかったら、みんなびっくりかもしれません。

サンハウス / キングスネーク・ブルース
http://www.youtube.com/watch?v=MsdiiJlPQCo

 1曲目からガツンとキングスネーク・ブルース。30年前に聞いた感動が蘇った。歌謡曲とロックの両方の魅力を備えている楽曲でしたが、大音量のライブではビートがうねっていて、菊の迫力あるボーカルとまさに蛇のように絡み付いています。

地獄へドライブ / サンハウス
http://www.youtube.com/watch?v=1guv9DpPDVg
 
 間髪をいれず2曲目も名曲「地獄へドライブ」。第1ラウンドでKOを狙うボクサーのような追い込み。これがサンハウスかと圧倒されました。すでに前座で暖まっていたので、こちらも上半身をグルーブさせて過激なダンスで応酬。菊は上半身裸になりました。

 強烈な2曲の後は、マイペースですが、歌の後に入るギターソロが鋭いので緩む感じがしない。次第にこの心地よさを支えているのが、ドラムス鬼平のビートであることに気づきました。鬼平は髭をはやし、老仙人のような風貌でリズムをキープしています。

サンハウスの名前のルーツとなった伝説の黒人ブルースマン


サンハウス / 風よ吹け
http://www.youtube.com/watch?v=p4KpYMdqePs
1975年ライブ。

 風よ吹けは、当時一世を風靡していたフォークからの影響も感じる曲。途中からロックの重いビートに変わります。ミルクのみ人形など、サンハウスの詞は猥褻なところに特徴があると言われますが、それも大きなグルーブの中に飲み込まれていく感じです。

サンハウス / ミルクのみ人形
http://www.youtube.com/watch?v=IPc1Ifl-P9k&list=PLF5AD1F9015D40725
1975年ライブ

 このバンドの核がビートをたたき出す仙人鬼平であることが私には明確になってきました。鞭のようにしなる軽快で切れのあるビート。例えるならば、カッターナイフが鈍く切れなくなって刃を変えた後、サクッ、サクッと紙が切れていくときの感覚です。

鬼平のドラムについて書かれた文章
http://www.art-true.com/big/return2.html

 2曲ほど高速ビートの曲が続きました。緩急を混ぜた構成が実に見事過ぎます。こちらも完全にトランス状態で踊らせていただきました。ハウスのときのステップで応酬です。ロックのライブでこんなダンスをする人を見たことはほとんどないでしょう。

サンハウス / カラカラ
http://www.youtube.com/watch?v=22xm1fSXtIs&list=PLF5AD1F9015D40725
2010年ライブ



サンハウス / なまずの唄
http://www.youtube.com/watch?v=Uqrnmz-3N9Y&list=PLF5AD1F9015D40725
1975年ライブ「Drive」

 サンハウスの曲は、メロディー、詩の両面でユニークであり「なまずの唄」でそれは顕著です。他のロックンロールバンドは同じような曲が多いのですが、サンハウスは突然変異のようにリズム・詞・メロディーがオリジナリティーに溢れている。

ヤードバーズYardbirdsのレモンティーの原曲が衝撃的な伝説の映画


サンハウス / レモンティー
http://www.youtube.com/watch?v=LY6jXuBAlDI
1975年ライブ 0:50からレモンティー

 最後はやはりレモンティー。これがヤードバーズの全くのパクリであることは有名です。しかし、それでも日本語の詩のユニークさで独自の世界を作っています。ライブでのグルーブは物凄い。凄すぎる。こちらも高速ステップで切れまくりました。

 レモンティーの超盛り上がり状態で、ここで1回終演。私は興奮して「スゲー」「カッコイイ」と叫びました。本当に19歳ぐらいの勢いの乗ったパンクのバンドよりも凄い。50年近い経験が、19歳のパンクと同じ位のテンションを演出しているのだと思います。



サンハウス / あて名のない手紙
http://www.youtube.com/watch?v=QZKS_rYF7xc

 アンコールに応えて3曲。
 知らない曲ばかりでしたが充実しています。
 再アンコールに1曲ハイテンションで演奏してサンハウスのライブは終わりました。

 「えいちゃん」矢沢永吉のときと同じ。たいまん勝負の気持ちでダンスをしました。
 本気で半世紀近くやり続けてきた人たちの情熱に感動しました。
 大きなエネルギーをもらって家路に着きました。

サンハウス / レモンティー
http://www.youtube.com/watch?v=6jugiy5P0VY&list=PLF5AD1F9015D40725
2010年ライブ。最後の鬼平氏の「サンハウスを残したい。100年後のガキが、サンハウスのことを語るようになるまで」という言葉に打たれた。

菊の1960年代のレポートが感動的な「ロック画報」と6月9日のライブのチラシ
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2013年05月21日

人身事故〜ライブ・イン横浜T

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“横浜のバンド”は45年前は、東京からは桁違いのレベルだった。横浜本牧のゴールデンカップスのライブを見にきた死と背中合わせのベトナム米軍兵たちは常にいらだち、喧嘩が絶えなかったという。


今日の1曲
 Chuck Berry / Johnny B Good
 Cream / Crossroad blues
 Them / Gloria
 Golden Cups / I’m so glad


 先週、電車に乗っていたら「ガクン」と非常停止になりました。先の駅で人身事故があったとアナウンスがありました。1時間ほど待って電車は発車しました。
 うつ病による飛び込み自殺かわかりませんが、事故の駅を通過するとき合掌しました。

 拘置所で£さんが「自殺するぐらいの気力があるなら、死ぬ気で生きればいいと思う」と話しました。私は「うつ病の場合は、そもそも気力そのもの、体からガソリンがなくなって死ぬことばかり考えるようになるんですよ」と説明しました。

 うつ病になる原因は遺伝や内因性のものなどさまざまですが、ストレス社会では、深い悩みが3-4個ぐらい重なって神経にまで負担がかかったときが危険です。
 心の負担がかからないように人に相談したり、予防が大事と思います。

ロックンロールの始祖


 横浜にライブを見に行きました。1月に会場にやっとこ辿り着いたものの大雪で流れたライブの振り替えです。今回はさすがに大丈夫。缶チュウハイで気合をいれます。
 会場に入ると丁度前座のバンドが始まりました。

Chuck Berry / Johnny B. Goode
http://www.youtube.com/watch?v=Y3haYAbqKjA

 横浜のバンドなので、ロックンロール、ブルースが基調のようです。
 ビートがいい感じ。自分たちのルーツのバンドの影響がよく現れています。
 こちらはハウスやヒップホップのステップで踊らせてもらいます。

Cream / Crossroads
http://www.youtube.com/watch?v=becWr0vc6cA



Them / Gloria
http://www.youtube.com/watch?v=S_j7i_ZVfxw
Angry youngerと呼ばれたバンド。ゴールデンカップスもカバー。



 クラブで踊るのも楽しいですが、ロックンロールで踊るのも気持ちいい。
 以前、ロックのライブハウスで踊っていたら、4つのバンドの人たちから「こんなに盛り上がったのは初めてです」と喜ばれました。

 うつ病になるのは怖い。踊って汗をかいて頭が軽くなりました。
 やっぱり自分にはダンスが必要だと改めて思いました。
 前座のバンドが終わり、いよいよ日本のロックのドンが率いる真打の登場です。

Golden Cups / I’m so glad
http://www.youtube.com/watch?v=IrXJ3vpvKww

I’m so glad、Gloria収録



2013年04月05日

体に突き刺さる音〜横浜本牧Golden Cup

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46年前の横浜本牧Golden Cup店内で演奏する初期のザ・ゴールデンカップス 。


今日の1曲
The Golden Cups / This Bad Girl 1968年
  The Golden Cups-I'm So Glad 1968年
 ザ・ゴールデンカップス / 愛する君に1968年



 £さんとは、いつも留置場で「なんでこんな所にいるんでしょうね」と話しています。昔のグループサウンズを初期から東京でたくさん目撃した人で、話が尽きません。山口富士夫のダイナマイツも見たそうです。私は「いいなあ。うらやましいなあ」の連発です。

 中でも、ゴールデンカップスは本当に凄かったそうです。「他のバンドとは桁違いに凄かった。音も全然大きかった」「もう体に突き刺さる音だった」「あの当時の横浜は、東京からは別世界だった」と絶賛の言葉が続きます。

The Golden Cups / This Bad Girl
http://www.youtube.com/watch?v=EXHgewGQk6s
「体に突き刺さる音」。大ヒット曲「長い髪の少女」のB面に記録されていた。

This Bad Girlが1曲目


 ゴールデンカップスは横浜本牧のGolden Cupを拠点としていましたが、東京のジャズ喫茶にも出演していて、£さんは100人〜200人規模のジャズ喫茶で、ステージの真ん前でカップスを見て、そのとき「体に突き刺さる音」と感じたそうです。

 私は£さんに、「六本木のGolden Cupでデイブさんに握手をしてもらいましたが、サインをもらっておくべきでした。」と後悔しました。六本木のGolden Cupも夜遅くになるとグループサウンズの仲間がたくさん来店していたそうです。

もう閉店して20年近くになる六本木Golden Cupがあった(と記憶する)ビル
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The Golden Cups-I'm So Glad (1968)
http://www.youtube.com/watch?v=IrXJ3vpvKww
2つしか残っていないカップスの貴重なライブ映像のひとつ。クリームのカバー。

 ベトナム戦争で明日死ぬかもしれなかった当時のアメリカ兵たちについて、1983年に故デイブ平尾は「奴らはすべてに苛立っていた。夜が来て朝が来ることにも苛立っていたと思うよ。甘い音を出してたら負けちまうよ」と回想しています。

ザ・ゴールデンカップス / 愛する君に
http://www.youtube.com/watch?v=KAmwxPVROJU
2つしか残っていないカップスの貴重なライブ映像のもうひとつ。

冒頭でベトナム戦争のシーンとThis Bad Girlが象徴的に使われているカップスの記録映画。


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Golden Cup店内では、ベトナムに行く兵隊たちの喧嘩は絶えなかったという。



2013年01月14日

謹賀新年5・雪中行軍玉砕〜サンハウス幻のレモンティー

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雨の予報が6年ぶりの大雪。ライブは残念ながら延期。


今日の1曲
 サンハウス / 地獄へドライブ 1975年
サンハウス / レモンティー 1975年



 日本のロックの伝説、サンハウスを見に行こうと大雪の中を出かけました。「このような雪中行軍に耐えてこそ本物のロックファン」という勝手な思い込みで勇んだのですが…。人通りなき夜道をライブハウスまであと少し。すでに靴は氷水でびしょびしょ。

 ライブハウスの前がやけに静かです。嫌な予感。う〜「ライブ延期」の張り紙が…。「本物のロックファン」見事に玉砕です。若いスタッフさんと「京浜東北線も止まっちゃあ、しょうがないですねえ」と話し、とぼとぼと帰りました。

地獄へドライブ / サンハウス
http://www.youtube.com/watch?v=1guv9DpPDVg



 悲惨だったのが帰宅までの駅でのバス待ち。「おお、来たぞ」と思うと3台続いて違う方向。立っている間、ひたすらずっとサンハウスのレモンティーのリフを頭の中で鳴らして、体を揺らして寒さに耐えていました。

 40分も立って凍り付いてしまった。もう我慢できず、電車に乗って別の駅に行ったら、すぐにバスが来ました。やれやれです。家に帰ってほっとしました。結果として、バスや家など当たり前のことがいかにありがたいかを実感できた一日でした。

サンハウス / レモンティー
http://www.youtube.com/watch?v=LY6jXuBAlDI
0:50からレモンティー



雪中行軍の甲斐なく家路についた
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2012年09月02日

直球ど真ん中 〜 矢沢永吉・日産スタジアム40周年ライブ

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日産スタジアム


今日の1曲
 矢沢永吉 / 鎖を引きちぎれ
 キャロル / ファンキー・モンキー・ベイビー 1973年
 キャロル / ルイジアンナ 1972年
 キャロル / 涙のテディー・ボーイ 1974年
 矢沢永吉 / 時間よ止まれ
 矢沢永吉/ 止まらないha〜ha




9月1日(土)日産スタジアムTV-SPOT
http://www.youtube.com/watch?v=CklHf9L3m8c

 矢沢永吉のライブに初めて行きました。キャロルでデビューしてから40周年ということで日産スタジアムという7万人の会場です。昔は客席は特攻服ばかりだったそうです。
 菊名あたりから異様な風貌のおじさんが多くなってきました。

 音楽はあまり聴きませんでしたが、発言には常に影響を受けてきました。高3のとき、矢沢永吉が初めてNHK教育テレビに出演。普段おとなしかった黒縁メガネのガリ勉で、今は評論家になったS君が「昨日、矢沢見た?!!」と興奮していました。




 昔はラジオやテレビで矢沢永吉が出演するときは、メモを用意して、いい発言があると書き取っていました。今はYoutubeで見ることが出来るのでありがたいです。
 以下、印象に残った番組を。

Yazawa Eikichi / Do You Know Mr. Yazawa(1997年)
http://www.youtube.com/watch?v=UjSuI2jgXSY&feature=related
世界的なアーティストの中で「無名の矢沢」が挑戦
http://www.youtube.com/watch?v=fX3XfUcuVeo&feature=relmfu
7:00〜 ロッド、ボンジョビ、S・ウィンウッドと正に肩を並べる

矢沢永吉 TV「情熱大陸」(2005年)
http://www.youtube.com/watch?v=xQHTohYJKjA
原点に戻ってライブハウスを回る。広島に帰郷。




矢沢永吉 TV「永ちゃん 俺たちはもう一度走れるだろうか」(2006年)
http://www.youtube.com/watch?v=3AwSYIxU29o&feature=related

矢沢永吉 TV「若い広場」の語り(1980年)
http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&NR=1&v=DbJgRph86rA
衝撃の「そこんとこ、よろしく」の初TV出演の次の番組?

矢沢永吉 TV「YOU」 限りなき夢との出会い
http://www.youtube.com/watch?v=dT0kMa7Voec&feature=related
ビートルズとジョージ・マーティンを語る。「理屈ではない。走るしかない。」

ライブの間、ずっと雨を気にしていた「えいちゃん」 ちょっと降っただけでよかったです。
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 5時30分に入場。場内で、音頭を取って「えいちゃん」コールが起こっています。
 ウェーブも始まりました。まずは2階席、そして1階席でも。
 遂に「えいちゃん」登場! 場内総立ちです。

 冒頭から、ロックンロールの直球ど真ん中ストレートの連続! イ・プーI POOHのライブのときと同じで、ベテランのライブは大音量でも音のバランスがいい。2階席でしたが十分音が届きます。こちらもダンスで「えいちゃん」とたいまんです。

矢沢永吉 / 鎖を引きちぎれ
http://www.youtube.com/watch?v=cTJitQd1VRA&feature=related

 「えいちゃん」は、何度も「ありがとう!」と言っています。
 「えいちゃん」は広島から50000円を持って一人で上京し、途中「お尻が痛くなって」横浜で降りたそうです。「その横浜で40周年ができて、本当に感謝してます」

 途中、「時間よ止まれ」などのバラードを挟むので、心地よい。全然だれない。
大勢の子どもたち、オーケストラが出たりと演出も盛りだくさん。「えいちゃん、凄いパワーだなあ」と思いながら、ロックンロールのときはガンガン踊ります。

矢沢永吉 / 時間よ止まれ
http://www.youtube.com/watch?v=nlzy7jzo21c



 「キャロルの頃の曲をやります」と言って、「えいちゃん」は「涙のテディー・ボーイ」を始めました。この作詞で自分には作詞の才能がないと気づいたそうです。
 「えいちゃん」でも苦手、弱点はあるんだなあと思いました。

キャロル / 涙のテディー・ボーイ
http://www.youtube.com/watch?v=Uo2woLdEiCc&feature=related

 ジョニーとの関係でキャロルのヒット曲はやらないと思っていました。
ところが、「えいちゃん」が革ジャンを着て出てきた。ついにキャロルをやる! 
 「ゲストを一人、内海利勝!」 バーンと「CAROL」のピンクロゴが映像に出ました!

キャロル / ファンキー・モンキー・ベイビー 1973年
http://www.youtube.com/watch?v=YoKsHk27OEU

http://www.youtube.com/watch?v=XIzUFfUBYrI&feature=relmfu
レア英語ヴァージョン

「えいちゃん」は、この1曲だけベースも披露。


 「ファンキー・モンキー・ベイビー」で場内は騒然。キャロル解散後は封印されていたのではないでしょうか。来てよかった。こちらもぶっ飛んで踊らせてもらいました。
 続けて、最初の大ヒット「ルイジアンナ」。「まるでビートルズ」といわれた名曲。

キャロル / ルイジアンナ
http://www.youtube.com/watch?v=ZN7Lutd3H4Q




ひき潮 〜 YES MY LOVE/矢沢永吉(E' LIVE 1984)
http://www.youtube.com/watch?v=tQS-HZiDiQI&feature=related

矢沢永吉-止まらないha〜ha
http://www.youtube.com/watch?v=aR75XkHN3_s

 アンコール。お決まりのタオル投げの「止まらないha〜ha」で、途中爆発音。
 暗転。なんだ?PAの電気が飛んだのかと場内は心配モード。突然「えいちゃん」はオープンカーに乗って現れ、気球に乗ってステージに戻るという豪華演出。
 
 「70歳までやります」と言って「えいちゃん」の40周年ライブは終わりました。「えいちゃん」との3時間のたいまんダンス。たぶん7万人の中で自分が一番踊っていたと思います。腹の脂肪が、手で触ってすぐわかるぐらい、2kg以上は落ちていました。

 「なんで、前座がなかったのかなあ?」と疑問でした。帰って確認したら「4時半開場。6時開演」と思っていたら「2時開場。3時半開演」だった。なんだよ。クロマニヨンズ(ブルーハーツ)が見れず、アホみたい。でも「えいちゃん」だけで十分満足でした!!

前座の映像
http://www.youtube.com/watch?v=bcvJueJ-Rvg



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5年前から飾っているアメリカで発売されたFlash in Japan

2012年08月11日

ロンドン・オリンピック[・幻のメダリスト

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日本が世界に誇れるロック史上の金メダル「銀色のグラス」


今日の1曲
 ゴールデン・カップス / 銀色のグラス 1967年
 村八分 / 馬の骨 1973年
 外道 / 香り 1974年




 今回は日本の幻のメダリストです。「日本のロック?」と訝る外国人、特にロック通ほど驚愕するゴールデン・カップス / 銀色のグラスのルイズルイス加部のロケットベース。1960年代ではジャック・ブルースも凌ぐロックベースの金メダリストでしょう。

ゴールデン・カップス / 銀色のグラス
残念ながらオリジナル音源のYoutubeはなし。



 1970年代伝説のバンド村八分の4代目ドラマーのシゲトは、元メキシコオリンピックの強化選手。アメリカを放浪中だった村八分のボーカルになるチャー坊がドラッグで死にかけているのを救い、それがきっかけで後に村八分のドラマーに誘われました。

村八分 / 馬の骨
http://www.youtube.com/watch?v=eGRSVH_sEmg
「責任感のある人」というだけで選ばれたシゲトは、まったくドラムをやったことがなかったが数ヶ月で叩けるようになったという。



 同じく1970年代の伝説のバンド外道のギタリスト加納秀人は、高校時代にマラソンでオリンピックに出ることを真剣に考えていた。他方でロックギタリストになる夢も捨てきれなかった。悩んだ末に、彼はギターを担ぎながらマラソンの練習をしたそうです。

外道 / 香り
http://www.youtube.com/watch?v=uHfBhJsqrD8
ハワイで15万人を熱狂させた外道。

外道 / 香り
http://www.youtube.com/watch?v=txrpmHH-0-0&feature=related
1974年郡山ワンステップ・ロック・フェスティヴァルでも「暴走族のアイドル」外道が一番評価された。





2012年07月21日

本牧・もう一度人生を 〜 浅草U・浅草キッド

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日本でベトナム戦争に一番近いところにいたザ・ゴールデン・カップス


今日の1曲
ザ・ゴールデン・カップス / ジス・バッド・ガール 1968年
ザ・ゴールデン・カップス / もう一度人生を 1969年
 ザ・ゴールデン・カップス / アイム・ソー・グラッド 1969年



 差し入れた本に泣いて感動しヤクザから足を洗うと言っていたёёちゃんが釈放されたものの体調が悪くて心配です。土用のうなぎを食べに横浜中区本郷町の「川京」に皆で行きました。前日にレトルトのうなぎを食べたのでどう違うか楽しみでした。

ザ・ゴールデン・カップス Family tree 本牧Rockの歴史
http://www.goldencups.com/conts/history/tree.html

ザ・ゴールデン・カップス アイム・ソー・グラッド 1969年
http://www.youtube.com/watch?v=0owwuGtNiR8
日本のバンドが英米と対等のレベルにあったことの証左

The Golden Cups / I'm So Glad
http://www.youtube.com/watch?v=IrXJ3vpvKww
二本しか残っていないライブ映像のひとつ。



 タクシーに乗って、我が永遠の傷心の町、本牧に近付くと胸が高まります。
 45年前、この本牧通りは、ベトナム戦争の従軍兵で溢れ、喧嘩があっても警察も止められない無法地帯。ここで、日本最初の本格的ロックバンド、ゴールデンカップスは、明日死んでいくかもしれないベトナム従軍兵たちを相手に炸裂しました。

ザ・ゴールデン・カップス / ジス・バッド・ガール 1968年
http://www.youtube.com/watch?v=lqri-Gphml0&feature=related
ヤクザからも一目置かれていたというゴールデン・カップス。



 「川京」では、まず肝焼きが出て「うーん」と思ったのですが、焦げ目が最高にうまい。
続く白焼きも見た目は「うーん」ですが、わさびをつけるとこれが旨い! 
  最後にうな重。今までのうなぎは何だったんだと思うほど、たれが美味い!
  感動して店主さんに挨拶して店を出ました。

 夜の本牧通りに出ると、25〜28年前の夢と傷心を思い出してまた悲しくなりました。
 自然にゴールデンカップスの「もう一度人生を」が浮かびます。しかし、もう本当にやり直しがきかないと思うと、あきらめがつくし、残った人生を有効に生きようと思いました。

マモル・マヌー「もう一度人生を」 
http://www.youtube.com/watch?v=FVOln85MIGU

北野武も出演した映画。「ゴールデンカップスに憧れたが怖くて店に入れなかった」


 これで今回のブログが終わると寂しいなあと思っていたら、ツービートの漫才が出てきて面白かったので、これを揚げることにしました。下積み時代の「浅草キッド」は1988年に出た頃に読み、感動しましたが、やはり名作です。

ツービート 下積み時代 伝説の仕事
http://www.youtube.com/watch?v=XNIqeDf8mlM&feature=related

ツービート 全盛期
http://www.youtube.com/watch?v=07p5UXacYo4&feature=related

たけし泣いてる?ツービート最後の営業の話
http://www.youtube.com/watch?v=B4DUNXyoNv8&NR=1&feature=endscreen




2011年08月08日

ジョー山中追悼


今日の一曲 <445> FLOWER TRAVELLIN' BAND / Look at My Window 1973年

再結成DVD


  昨年8月15日のブログで、救援コンサートを紹介したジョー山中こと山中明さんが肺がんで亡くなりました。レベル3で非常に重い状態から、東日本大震災の救済活動をするまでに回復されたので、あらためて凄い人だと思いました。ご冥福をお祈りします。

再結成ラストアルバム


  追悼として、日本ロック史の最高峰(少なくとも世界ではそう考えられている)フラワー・トラヴェリン・バンドの私の学生時代の思い出の1曲を。
  名曲Make Upに続くA面2曲目の美しいバラード。

FLOWER TRAVELLIN' BAND / Look at My Window
http://www.youtube.com/watch?v=FG-Sa9vkXwM&feature=related



  その生い立ちからボランティア活動も真剣で、世界中の貧しい子供のためならば戦闘地帯のアフガニスタンでさえ厭わない勇気のある人でした。私など真似できませんが、今日は養護施設の子供達に暑中見舞いを書こうと思います。

  先日、同じ黒人のハーフのカシアス内籐氏との対談を見ました。ジョー山中さんも減量で体を壊さなければ世界ランカーだったでしょう。25年前にクロコダイルで、トイレと思って開けた休憩室のジョー山中さんと目が合ったときの衝撃を一生忘れません。

22歳のころ ロックを熱く語る
http://www.youtube.com/watch?v=UjiglBu6nyc&feature=related





2010年08月15日

がんばれジョー!U 〜 終戦記念日WAR CHILD 〜  今日の1曲 <235> 頭脳警察 <236> GOLDEN CUPS <237> 萩原健一 <238> FLOWER TRAVELLIN' BAND   <239> ジョー山中

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右:ジョー山中支援ライブ
左:Golden Cups:銀色のグラス
  萩原健一とPYG:戻らない日々
クリックすると大きくなります。


<235> 頭脳警察 / さようなら世界夫人よ 1972年
<236> GOLDEN CUPS / 銀色のグラス 1967年
<237> 萩原健一とPYG / 戻らない日々 1971年
<238> フラワー・トラヴェリン・バンドFLOWER TRAVELLIN' BAND/Make up 1973年−2009年
<239> ジョー山中 / 戦い続ける男たちに捧げる詩 1980年



〜 がんばれジョー!U 〜


The Japanese best rock singer, Joe Yamanaka are fighting against illness by lung cancer now.
He is called a great singer equal to Robert Plant of Led Zeppelin, Ian Gillan of Deep Purple.
I went to the concert that supported Joe Yamanaka at Shibuya Crocodile.

  12日木曜日の渋谷クロコダイルでのジョー山中支援ライブに行きました。
  30枚の当日券をゲットすべく、発売開始の4時に到着したときはすでに整理券はおしまいとのこと。
  このメンツで4時に行く考えが甘かった。7時に余裕があれば当日券を追加するとのこと。

  がっかりして司法研修所の教官だった弁護士のところに別用で人生相談に行きました。
  意外にも教官もずっとジョー山中を聞いていて、4・9・1なんかも知っていた。
  よーし、とやるきになって最後の当日券ゲットの決意を固めました。

  台風は去って小雨ぱらつく中、5時半から、図書館で借りたジェームズ・ブラウンを読みながら並ぶことにしました。戦闘開始だ。
  やはり黒人の血をひくジョー山中の自伝と同様、ジェームズ・ブラウンも重い。
  入れなくてもいい、最後まで戦うぞという気になる。


自伝「俺がJBだ」とは別の角度からの評伝本



  すっかり暗くなったころ、「それでは7人だけ入れます」という声が・・・。
  やった、やったぞ、最終当日券をゲットできました。
  山口冨士夫を20年以上前に見て以来のクロコダイル。
  あれ、前とステージの位置が変わったかなあと思いつつ、トイレへ。
  すごい行列で進めない。しかし勢いで、ステージかぶりつきまで押しかけることができました。

  あれ? 見たことのある人物が座ってしゃべっている。
  ギエー、ショーケンだあああああ〜 笑っているが目が鋭い。
  ものすごいオーラを発している。
  ショーケンは高校生のときテンプターズに入り、中川三郎のディスコの専属バンドになった。
  きっと昔はこんな感じでたむろしてたんだろうな。

  若い人にはショーケン・萩原健一といってもピンとこないかもしれませんが、「かっこいい」の代名詞だった人。

  通路だったので、背中に人の肩がよくぶつかる。
  おお、ショーケンがこっちにくるぞ。こっちからぶつかっちゃおう。
  背中を少し突き出すと、ショーケンの肩が当たった。
  やった! やったぞ! ショーケンにさわっちゃったよ〜(あほか)
  ライブが始まる前から、ハイテンションです。




  ついに近田春夫さんが司会で登場。
  彼も羅生門というバンドでニューロック時代から活躍しているのでジョーと知り合いなのでしょう。
  近田さんもガンになったが治ったとのこと。
  今回の入場料は、ジョーの医療費に使われるとのことでした。

  とにかく頭脳警察、GOLDEN CUPS、が前座というすごいメンバー。ショーケンもどこででるのか。
  もちろんジョー山中支援が趣旨ですが、助けられるのは私自身ではないかとも思えるコンサートです。



〜 頭脳警察 あしたはどっちだ 〜



  おお、今度はPANTAがこっちにくるぞ。またぶつかっちゃおう。
  PANTAの肩が当たった。ついでにTOSHIも。
  やった! また日本のロックの歴史に触れることができました。
  頭脳警察は1970年代に最も危険と言われた反体制を代表するバンドです。
The brain Police is an anti-Establishment band said to be the most dangerous in 1970's Japan.

  ついに頭脳警察がステージに上がった。
  3メートルの至近距離で見るPANTA。
  PANTAの鼻って大きいなあ。マヌエル・ゴッチングみたいです。




頭脳警察 HP
http://brain-police.net/

  初めて見る頭脳警察。1発目はなんだろう? 
  まさか、「革命宣言」はないだろう。
  いきなり頭脳警察は「あしたのジョー」をロックで歌いだした。ありかよこんなの。すごいなあ。
  「あしたのジョー」のモデルはボクサー時代のジョー(山中)だったという仮説はぼほ的中した。


あしたのジョー 名言集
http://www.youtube.com/watch?v=BVPnJ-YSUEs&feature=related
ジョー山中は、世界フェザー級チャンピオンになった西条正三とともに金平ジムで期待されたボクサーだった。しかし、過酷な減量で力石徹のような状態になり、体を壊して引退することになった。


  頭脳警察は、悪たれ小僧、ふざけるんじゃねえ、そして、銃をとれ、さようなら世界夫人よなどを演奏した。TOSHIは、パーカッションではなく、ドラムスを演奏しました。

頭脳警察 / さようなら世界夫人よ
http://www.youtube.com/watch?v=Ao6Yyz6nEYo&feature=related

頭脳警察 / 銃をとれ
http://www.youtube.com/watch?v=i7ncUm4cs00


  拍手に包まれて頭脳警察は退場。
  しかし、PANTAの「俺たちが一番若いってさ」というMCが象徴するように、頭脳警察が今回は前座のトップなのである。すごいところに来てしまった。
  まだまだ続く。







〜 ゴールデン・カップス 〜



  近田さんが、「メンバーは何処へ行っちゃったんでしょう?」とぼやいている。
  ゴールデン・カップスは、昔から、メンバーが突然いなくなって、そのままテレビに出たことなどがよくあったらしいです。
  今日は、昔からのゴールデン・カップスの親衛隊みたいな人も多く来ているようだった。
  ゴールデン・カップスは、横浜・本牧で1966年に結成された日本で最初の本格的なロックバンドです。




Golden Cups is the first great Blues–Hard Rock band in Japan formed in Yokohama in 1966.

ゴールデン・カップス Golden Cups HP
http://www.goldencups.com/

  ゴールデン・カップスを横浜で初めて見たのは6年前。あの頃はデイブ平尾さんも元気でした。
  15年前と23年前ぐらいに2回、六本木のデイブさんの店で握手してもらいました。

  ついにメンバーが登場。ミッキー吉野の指を30cm前のところでみることができました。1曲目はルシール、ミッキーさんは、横を向いて鍵盤を弾いている。すごい人だなあ。
  25年前に保険の外交をしてたときに、道に迷っていたミッキーさんをスタジオに案内したことがあります。そのときサインももらい、カップスが好きな上司にあげたら喜んでいた。2回目は20年ぐらい前、横浜のシンキさんのライブハウスClub24で。
狂ったように踊っていた私にステージから「また会いましょう」とミッキーさんが言ったことを覚えてはいないでしょう。
  ミッキーさんは、黒っぽいサウンドが好きなので、私もファンキーに踊れる。いいなあ。


  LUCILLEに続いて・・・
  出たあ! 銀色のグラスのイントロ 
  至近距離2メートルのルイズルイス加部のベースだけをみつめる。この目で記憶するのだ。
  ルイズルイス加部は、レコードのようなベースラインは弾かなかった。
  レコードでは間奏で、エディーさんの早弾きソロが一瞬、ベースのスピードを超すところがある。
  エディーさんの早弾きはなかったが、一音一音に思いを込めているように見えた。

The Golden Cups / 銀色のグラス 1967年 Original
http://www.youtube.com/watch?v=ypaB-KzYKF4&feature=related
発売から43年、いまなお世界中を震撼させているルイズルイス加部の伝説のロケットベース

The Golden Cups / 銀色のグラス 2009年LIVE
http://www.youtube.com/watch?v=mRR8Ra8L_Dg
デイブさんのいなくなったカップス。





  続いて、CreamのWHITE ROOM、絶望の人生、エディー播の横浜ホンキートンクと続く。

  BeatlesのGET BACKでは皆が「Get back、Joe!」と叫ぶ。

  最後は、十八番のThemのGLORIAで締めでした。

  ジョーと同じ横浜出身のGOLDEN CUPSの熱いメッセージが伝わるライブでした。






〜 ショーケン登場 〜



  近田さんが、ミッキーさんにさっきのボコーダーのような音はなんだったのかと質問しています。
  ステージでは若手のミュージシャンがチューニングしている。
いったい何のバンドなのか?

  近田さんは、観客の写真を撮って病院にいるジョーにメールで送っている。
  ジョーからのメッセージが届くと、会場が盛り上がりました。

  うわー!
  ここで、ショーケンが出てきました。ショーケンは、どこかのバンドでゲストで出るかと思っていたら、単独のバンドだったのです。

Sho-Ken is the actor and Rock singer who was most popular in Japan like James Dean.

ショーケンはステージに上がると、「ジョー! ジョー!」と何度も叫びました。会場が一挙に一体になる。

  3メートルの至近距離から見たショーケンは子供のように暴れていました。
  これがショーケンか、凄いなあ。皆感動していました。
  テンプターズのころはもっと凄かったんだろうなあと思います。
  
  ショーケンは最後に土下座しました。
  まさに身も心も奉げたパフォーマンス。
  私もさらにダンスをがんばろうと思いました。

  ショーケンは2曲だけ歌って帰っていきました。

萩原健一 テンダーナイト
http://www.youtube.com/watch?v=_REM4ClvWgc



萩原健一とPYG / 戻らない日々
http://www.youtube.com/watch?v=tsPxHwkklxI&p=53AA2800A9F2124B&playnext=1&index=5
1971年名曲





〜 ジョーの子供たち 〜



  今度は、若い外国人のような青年たち3人がステージに出てきました。
  眼光の鋭い若者がいるなあと思っていたのですが、それがジョーの子供たちでした。

  ジョーの子供たちは、今流行のラップ,HIPHOPをやりました。音はできていて、ラップだけ重ねるというスタイルです。
  ジョーの世代と一世代違うと、表現スタイルも変わるということを再認識しました。
  平均年齢50代半ばの聴衆にも何かが伝わったのではないでしょうか。
  私は、ATOMやCAMELOTに行って踊っているのでラップで楽しく踊らせてもらいました。

  自分たちの生活が貧乏だったので「ビンボー!」と繰り返すラップの曲がありました。
  ジョーは、自分の生活に余裕がないのに、世界中の紛争地域に行って物資を届けるボランティア活動をしている、本当にすごい人なんだと思いました。






〜 FLOWER TRAVELLIN' BAND登場 〜



FLOWER TRAVELLIN' BAND  HP ENGLISH
http://www.flowertravellingband.com/

  そして、ついに真打ちFLOWER TRAVELLIN' BANDの登場です。 
  貫禄が違う。篠原さんなど、どこかの重役か教授かという雰囲気。
  スキンヘッドの石間さんにいたっては、大僧正という風貌だ。

  1曲目。曲名はわからないが、これはプログレッシブロックだ。
  King CRIMSONを生で見ているような錯覚に捕われた。

  オルガンのイントロが強烈な2曲目は、代表曲Make Up.

Flower Travellin' Band / Make up Fuji Rock 2008年
http://www.youtube.com/watch?v=Hsw291s1HUY
60歳を過ぎてもジョーの声は衰えを知らなかったが・・・。

  2曲だけ、かまやつひろしさんがゲストでロックンロールを演奏。

  最後に、再び重厚なプログレッシブロック。
  目の前の篠原さんのオルガンが素晴らしい。
  ベースの上月さんは、会場前に外で見かけた人だった。彼は曲が深まるほど、ステージの後方に下がっていく。ドラムスの和田さんと重いリズムセクションを支えている。
  石間さんは、仙人のように、ギターに集中している。
  ああ、これにジョーが加わっていたのか。
  本当にすごいバンドだったんだなあ・・・。


DVD



  アンコールもなしということで、無事にライブは終了しました。
  あっという間の3時間でした。

  今バンドをやっている若い人たちは、こうすれば成功してお金が入るということが先にあるけれども、今日見た4つのバンドは、音楽でとにかく表現したいものが先にあって、後から名前がついてきたという感じがします。
  ジョーも以前、「ロックが金もうけになってしまった」と嘆いているのを読んだことがあります。

  11時なので家路を急ぐ人もいます。
  肩がぶつかったので、振り向いたらルイズルイス加部だったので光栄でした。
  30年前、ゴールデンカップスの伝説に憧れて、本牧を旅したことを思い出しました。

  場内にミュージシャンが残っています。
  日本の最高のギタリストの一人石間さんが目の前を通り過ぎて行きます。
  石間さんと握手したかったのですが、加橋かつみさんの時と同じで、緊張してだめでした。

  場外にでました。
  石間さんに「キングクリムゾンは聞きましたか?」「当時、村八分や山口冨士夫をどう思いましたか?」「ビーバーズで好きな曲は?」と質問している自分を空想しながら、帰りました。


最後に8月12日のラインアップです。
● 頭脳警察 M: PANTA(vo,g) TOSHI(ds) 菊地琢己(g) FUKUSHIN(b)
● GOLDEN CUPS Member: エディ藩(g,vo) ルイズルイス加部(b,vo) マモル・マヌー(ds,vo) ミッキー吉野(k,vo) 樋口晶之(ds)  
●萩原健一(vo)バンド 
●ジョーの3人の子供によるラップ
● FLOWER TRAVELLIN' BAND + 中村裕介(vo)
 Member: 石間秀機(sitarla) 小林ジュン(b) 和田ジョージ(ds) 篠原信彦 (k) Special Guest: ムッシュかまやつ(vo)



〜 終戦記念日WAR CHILD 〜



P1010029.JPG
ジョーの1980年の作品「魂」
25年前、このジャケットを見て元気を出していた


  今日は、終戦記念日です。
  しかし、ジョー山中のような小野洋子が呼ぶところのWAR CHILDにとっては、終戦の日こそが戦いが始まった日なのかもしれません。


ジョー山中/ 人間の証明 松田優作
http://www.youtube.com/watch?v=yfqQ4VXkjzw&feature=related


ジョー山中 戦い続ける男達に捧げる詩 Live 2004
http://www.youtube.com/watch?v=p74uJpXBJA0





2010年08月05日

夏風邪 〜 花火 今日の1曲 <229> 外道



 <229> 外道Gedo / 香り 1974年


〜 夏風邪 〜 花火





  猛暑の夜、汗をかいたら冷えてしまい、夏風邪をひいてしまいました。
  着替えればよかったのに、クーラーを入れてないからと油断しました。
  皆さんもお気をつけください。

  そこで今日は、早く帰りました。
  途中の駅のプラットホームから目の前で花火大会が見れました。
  風邪を引いたら、いいこともありました。

  今回は、花火の爆発のような外道です。
  猛暑と夏風邪には負けない。


外道 Gedo  wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E9%81%93_(%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89)

外道 Gedo / 香り 
Japanese legendary monster rockers! Listen!
http://www.youtube.com/watch?v=uHfBhJsqrD8&feature=related
外道は己が香り 外道は己が姿

外道 Gedo / 完了
http://www.youtube.com/watch?v=-fNSTDN4Ftw&feature=related
人間どもの貧しさよ 人間どもの醜さよ 人間どもの悲しさよ


2010年08月03日

がんばれジョー! 〜 渋谷クロコダイル <227> フラワー・トラヴェリン・バンド <228> あしたのジョー


<227> フラワー・トラヴェリン・バンドFlower Travellin' Band / メイク・アップ Make Up 1973年
<228> あしたのジョー





  ジョー山中が、肺がんで闘病中と知りました。
  日本のロック歌手の最高峰とあえて言い切ってもよい人だと思います。
  外国の評論家でもRobert Plant(Led Zeppelin), Ian Gillan(Deep Purple)と同格だと評価する人もいます。

クロコダイルでの支援コンサート 日本のロックの歴史を代表する人たちが出演。
http://www.joe-yamanaka.com/
チケットは残念ながら売り切れ

  ジョー山中の復帰を願って今回は、彼の特集です。

The Japanese best rock singer, Joe Yamanaka are fighting against illness by lung cancer now.
He is called a great singer equal to Robert Plant of Led Zeppelin, Ian Gillan of Deep Purple.

ジョー山中 wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E5%B1%B1%E4%B8%AD

  ジョーのライブは、27年ぐらい前、一度だけ渋谷クロコダイルで見ました。
  休憩時間中、トイレだと思って開けたところが支度部屋で、ジョーと目が合ったときはドキドキしました。


貴重なジョーの映像 Joe & Flower Travellin' Band 
http://www.youtube.com/watch?v=UjiglBu6nyc&feature=related
フラワー・トラヴェリン・バンド渡米前の1970年ごろか?
ジョーの発言は骨が太い。
4:10〜からは、もう一人のロックボーカルの横綱MOPSの故鈴木ヒロミツが映ります。


フラワー・トラヴェリン・バンド wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%99%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89

Flower Travellin' Band  wikipedia English
http://en.wikipedia.org/wiki/Flower_Travellin%27_Band

  ジュリアン・コープJulian CopeがFlower Travellin' BandのSatoriを日本のロックのNo.1と評価しています。
Julian Cope estimates LP Satori of Flower Travellin' Band as No. 1 of the Japanese Rock.




フラワー・トラヴェリン・バンドFlower Travellin' Band - Make Up
http://www.youtube.com/watch?v=SUYsf6Zga94&feature=related
彼らが世界のロックと同格であったことを証明するライブ録音。
CMに使われて話題になりました。





Flower Travellin' Band Satori Rare footage
http://www.youtube.com/watch?v=EDBdMnkcx0E&feature=related
フラワー・トラヴェリン・バンドの貴重な映像





あしたのジョー
http://www.youtube.com/watch?v=l4CPH1Z7JMY

  あしたのジョーは、「無冠の帝王」ジョー・メデル、「黄金のバンタム」エデル・ジョフレ、ファイティング原田、斉藤清作(たこ八郎)のノーガード戦法、ハーバード康、精密機械沼田など、多くの実在するボクサーがモデルに使われている。

  そして、あしたのジョー連載が始まる直前、「ジョー」というリングネームのプロボクサーだったジョー山中こそが、矢吹丈のモデルだったのではないか。ジョー山中は「あしたのジョー2」の主題歌を歌い、カーロス・リベラの役で声優で出演している。


  頑張れジョー!






2010年06月05日

〜 2周年 〜 目黒Blues Alley 〜 HAIR 1969 LIVE 〜 パリParis Barclay 〜 青春のロックU 〜 Let The Sunshine In 〜

P1010023.JPG
7”sono sheets of Dalida Barclay recording made in Japan
朝日ソノラマのダリダのBarclay時代のソノシート
Hair 1969のチケット
クリックすると画像が大きくなります(Please click the photograph, then it grows big.)


今日の1曲 
<187> フィフス・ディメンションThe 5th Dimension / アクエリアス Aquarius〜Let the Sunshine In
<188> カーナビーツCARNABEATS / 恋をしようよジェニー1969年
<189> 加橋かつみ Katsumi Kahashi / つばさWing 1969年
<190> ダリダDALIDA / ロマンティカ Romantica 1960年
<191> ザ・タイガース The Tigers / 青い鳥 Blue bird 1968年
<192> ガロGARO / 地球はメリーゴーランド  1972年
<193> カンCan / デッドロックDeadlock 1970年
<194> Love Live Life+1 / Love Will Make A Better You 1971年
<195> "HAIR" / Let The Sunshine In




〜 2周年 〜 HAIR 1969 LIVE 目黒Blues Alley 〜



  早いもので6月2日で、このブログも2年になりました。
拙い文章ですが、読んでいただきありがとうございます。おかげさまでご来訪いただく方も増え、東欧や南米などからも来られるので、英語にもチャレンジし始めましたが、文法もいい加減で恥ずかしいです。
  これからもよろしくお願いいたします。

By June 2, this blog passed for two years. I have begun to challenge English. It is a poor sentence, but thank you for reading.


  6月2日に、伝説の反戦ロックミュージカル「ヘアーHAIR 1969東京公演」(2010年3月27日ブログ参照)の40年ぶりの再演LIVEを 目黒Blues Alleyに見に行きました。
目黒に行くのは、昨年クラブ「目黒食堂」にオールナイトで踊りに行って以来です。目黒Blues Alleyは、昔、裸のラリーズを見た鹿鳴館の近くにありました。
  伝説のライブということで、遅れないように午後は代休をとり、第1審で無罪をとった冤罪事件の講演会を聞きに行ったりしました。

I went to see legendary anti-war Rock musical HAIR 1969 LIVE on June 2.


ミュージカル ヘアーHAIR wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%A2%E3%83%BC






目黒Blues Alley Japan HP
http://www.bluesalley.co.jp/schedule/live.html


  30分前の7時に到着。今日は、立ち見でした。
  店内に「ヘアーHAIR」の開演前から場内にプロデューサーの川添氏や芸能人も何人かいたりしてびっくりしました。

  主役の加橋かつみさんも近くを通ったりして、緊張しまくりです。
  1982年の夏、六本木の路上でお会いして以来です。あのとき、LP「パリ1969」にサインをもらえなかったことを悔やんでいました。今度こそ、CD「パリ1969」にサインをもらうぞと意気込んで来ました。
  しかし、左ポケットにCDを入れてサインをもらう機会を伺っているのですが、自分の人生に大きな影響を受けた人があまりに近くにいるとビビッてしまって声をかけられない。Gianni Leone、Osannaや新沼謙治さんのときのようにサイン会形式でないと、チキンの私には無理なのか。

Famous persons and the leading role, Katsumi Kahashi went by me and I was tense.
I wanted to get a signature from him. However, I was tense and was not able to speak to him, because he was the person who gave me big influence.

  定刻より20分遅れて7時50分にスタート。
  まず、有名なアクエリアス Aquariusからスタート。


フィフス・ディメンションThe 5th Dimension / アクエリアス Aquarius〜Let the Sunshine In
http://www.youtube.com/watch?v=LANwIgpha7k&feature=fvw
アクエリアスはフィフス・ディメンションの定番でした。





「ヘアー」日本版(渋谷・東横劇場公演)Rock Musical "HAIR" at Tokyo 1969 / アクエリアスAquarius
http://www.youtube.com/watch?v=-dHZJ_wPUfk&feature=related
1969年の日本公演の録音です。







  今回、司会担当で「HAIR1969」の著者ポール岡田さんは、GSカーナビーツのボーカルでした。
  カーナビーツのドラムス(後にGOLDEN CUPS)だったアイ高野さんは亡くなられてしまいました。6年前、初めてアイ高野さんのドラムスをコンサートで見たとき、鞭のように鋭くて正確なビートで感動しました。アイ高野さんのご冥福をお祈りします。

Chairman, author of “HAIR1969”, Paul Okada was vocal of 1960’s Beat group CARNABEATS.
Drumer, Ai Takano of CARNABEATS died recently. Rest in peace.

カーナビーツCARNABEATS / 恋をしようよジェニー1969年 & インタビュー2005年 
http://www.youtube.com/watch?v=lfdktxDMOwg&feature=related
当時、The Whoを日本で聞いていた人は少ない。

カーナビーツCARNABEATS / Communication Breakdown  LIVE 1969年
http://www.youtube.com/watch?v=2ePLcebAiqM&feature=related
Led Zeppelinのカバー。





〜 パリParis Barclay 1969 - 1985 〜 



  ヘアーの主役は、クロード役の加橋かつみ。
  反戦ミュージカル「ヘアー」では、クロードが徴兵カードを破るシーンが重要になっています。
  そもそも「ヘアー」日本公演は、タイガースを脱退した加橋かつみが、「パリ1969」を録音した際にパリで「ヘアー」を見てこれを日本でやろうと企画したのが発端でした。

The leading role of Hair is Katsumi Kahashi of the part of Claude. In the anti-war musical "hair", a scene that Claude tears a draft card was important.  Katsumi Kahashi watched "hair" in Paris in 1969, while recording of LP”Paris 1969”. He planned it to do "hair" in Japan.

加橋かつみKatsumi Kahashi / つばさWing 1969年 from LP”Paris 1969”
http://www.youtube.com/watch?v=63Tpji-mnF4&feature=related





  「パリ1969」は、パリのバークレーBarclayレコードでレコーディングされました。
  学生時代に「パリ1969」を聴いてから、パリのBarclayレコードはずっと私の憧れでした。
  1985年に1ヶ月ヨーロッパ旅行をしたとき、自分のどうしようもないデモテープをパリのBarclayレコードに持って行きました。警備員のおじさんから新しい住所を教えてもらってBarclayレコードの受付の女性にデモテープを渡しました。謎の東洋人を女性は笑って迎えてくれました。

"Paris 1969" was recorded by a Barclay record of Paris. So, from school days, the Barclay record of Paris was my admiration. When I traveled in the Europe in 1985, I took my demo tape in Barclay record of Paris. The woman of the receptionist of the Barclay record met me, a mystery Oriental laughingly.

  バークレーBarclayレコードの代表的歌手といえばダリダDALIDAでしょう。
The representative singer of the Barclay record will be Dalida

ダリダDALIDA HP
http://www.dalida.com/menu.html

ダリダDALIDA / ロマンティカ Romantica
http://www.youtube.com/watch?v=7Yb9RGR3KZI&feature=related

ダリダDALIDA / ラストダンスは私にGARDE MOI LA DERNIERE DANSE
http://www.youtube.com/watch?v=QNKxNhJo30U





  今回の「ヘアー」の公演は、出演者たちのギャグも楽しく和やかな雰囲気でした。
  エッセイストの安藤和津さんの「あれから40年経って、着る物は自由になったけれど、結局、戦争はなくならなかった」ということばが重く感じられました。
  場内のモニターに、かつての貴重な写真が写されたり、初演のときの録音が流されたりしてひきつけられました。
  第1部のあと、第2部では、「特別企画」として、出演者たちが、自分の持ち歌を披露されました。

The next "hair" was a bright atmosphere. I felt heavily the words of Kazu Ando of the essayist, “Though it passed for 40 years, there was the war after all.”


  加橋かつみが、スペシャルゲストのガロのボーカルと一緒に歌いだしたのは、意外にも「廃墟の鳩」ではなく、「青い鳥」でした。ハーモニーも素晴らしい貴重な歌を聞かせてもらえました。

It was "Blue bird" of the Tigers that Katsumi Kahashi had begun to sing with Vocal of Garo of the guest. I heard the precious song that the harmony was splendid.

ザ・タイガース The Tigers / 青い鳥 Blue bird 1968年
http://www.youtube.com/watch?v=wmWNw19prYE




  
  深水龍作さんは、亡くなった元テンプターズの大口広司さんの曲を歌いました。

  
  今度は、ガロの登場です。
  35年ぶりにボーカルとマークが一緒に歌うという、これも貴重な体験をできました。

Pioneer of the Japanese soft rock, Garo appeared this time.
Mark sang with Vocal together after an interval of 35 years.

ガロGARO  wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AD_(%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97)

ガロGARO / 地球はメリーゴーランド 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=FpMMwZFV_6E
今は亡きトミーの作曲した2ndシングル。ソフトロックの傑作として取り上げられている。

ガロGARO / 水色の世界 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=dTEz6B2deoQ
地球はメリーゴーランドのB面でこちらも名曲。加橋かつみもLP「パリ2」で録音。

ガロGARO / たんぽぽ デビュー曲
http://www.youtube.com/watch?v=VGZ38cnt3fU&NR=1
今回のステージで、ロマンス、CSN&YのOHIO、学生街の喫茶店などと一緒に歌われました。

ガロGARO / 学生街の喫茶店 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=sGl_kTKNIro
オリコン7週連続1位の代表曲。






〜 青春のロックU 〜



  「ヘアー」は、世界で上演されました。ミュンヘンで行われたドイツのHAIRには、後にミュンヘン・サウンドでDisco Queenになったドナ・サマーDonna Summer、ミュンヘンの路上で奇声を上げているところをカンCanのメンバーにスカウトされた「新宿の最年少ヒッピー」ダモ・鈴木Damo Suzukiなどが出演していました。
  「ヘアー」では裸になるシーンがありました。ダモ・鈴木Damo Suzukiは、CANに入った後もよく裸で歌っていました。

Donna Summer, Damo Suzuki of Can appeared in HAIR of Munich.
"Hair" had a scene that performers undressed. Damo Suzuki sang in nude even in the days of CAN.

カンCan / デッドロックDeadlock 1970年
http://www.youtube.com/watch?v=olIrNodUtyk&feature=related
「ロック」という音楽の青春時代といえるのではないでしょうか。


カンCan wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3_(%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89)






  「ヘアー」のバックミュージシャンも日本のトップクラスの凄い人たちが揃っていました。
  今回も出演した水谷公生さん、柳田ヒロさんなどがいたLove Live Lifeの布施明さんをボーカルに加えた1971年のアルバムは、外国でも高く評価されています。

The back musician of "Hair" kept in the Japanese top-class. The LP Love Live Life of 1971 that there were Kimio Mizutani, Hiro Yanagita is evaluated highly in the foreign country.

Love Live Life+1(布施明)/ Love Will Make A Better You 1971年
http://www.youtube.com/watch?v=tl8vr5S8jLU&feature=PlayList&p=0E9838DFF1787B1F&playnext_from=PL&playnext=1&index=17
ソウル・ファンク、プログレッシブ・ロック、前衛など、日本が世界と同等のレベルにあったことを証明する1枚。






〜 Let The Sunshine In 〜



  ついに、最後のクライマックスになりました。
  Let The Sunshine Inで全員が、コーラスを繰り返します。
  伝説のベーシスト江藤勲さん等の作り出すグルーブ感がどんどん場内を高揚させる。
  ついに踊りだす人が出てきました。
  私も踊ったら、3時間半の立ち見で棒のようになっていた足が元気になりました。

It became climactic at last. All the members repeat a chorus with Let The Sunshine In.
A feeling of groove that legendary bassist Isao Eto creates let the hall become exalted steadily.
When I danced with the groove, my foot got well.

"HAIR" Let The Sunshine In
http://www.youtube.com/watch?v=NY1PpQ4ULAc&feature=related


  加橋かつみさんが感極まって泣いていました。
  今回のステージで加橋さんの涙が一番真実を伝えていたと思いました。
  左のポケットに加橋かつみ「パリ1969」のCDを入れたまま帰りました。
  サインはもらえませんでしたが、後悔はありませんでした。

Katsumi Kahashi was deeply moved and cried. I thought that tears of him expressed the truth most on this stage.
I returned with having put a CD of Katsumi Kahashi "Paris 1969" in the left pocket.
I did not get the signature on the CD, but there was not the regret.







  翌日のニュースで、前日6月2日の2時ころ、弁護士が殺害されたニュースが入りました。
  偶然、私の知り合いが多くいるクラスの出身の人でしたのでショックでした。
  こういった悲劇や戦争が少しでも無くなるようにしていきたいです。

In the news of the next day, I knew the news that a lawyer was killed at about 14:00 of June 2.
Because it was a person from the class where there were a lot of my acquaintances accidentally, it was a shock. I want to reduce such a tragedy and war a little.



2010年03月27日

渋谷CamelotZ 〜 ヘアーHair 1969渋谷東横劇場 今日の1枚 <154>  The Go-Go'sゴーゴーズ  <155> ザタイガース The Tigers <156> 加橋かつみ Katsumi Kahashi

P1010026.JPG
加橋かつみの著書「日盛りの街に出て」1976年
加橋かつみ「1969パリ」の内ジャケットと「花の世界」の自筆歌詞カード(クリックすると拡大します)
Inner Cover ,lyrics of LP ”Paris 1969”、book autobiography by Katsumi Kahashi



<154> The Go-Go'sゴーゴーズ / Vacationヴァケーション 1982年
<155> ザタイガース The Tigers / 花の首飾りFlower necklace 1968年
<156> 加橋かつみ Katsumi Kahashi / 花の世界 Flower world 1969年



〜 渋谷Camelot 〜


渋谷Camelot HP
http://www.clubcamelot.jp/

  先週、少年院にいる○○ちゃんに会いに行ったら、すっかり元気になっていました。○○ちゃんから「もう一生会えないかもしれないけど、ありがとうございました。」と言われました。「今夜、またクラブに行くよ。また、手紙を書くからね。」と言って別れました。

  その日は、オーストラリアのクラブに一緒に行った事務所の大学生のアルバイトのS君が、またクラブに連れて行ってほしいというので、一緒に渋谷Camelotに行きました。
私は、クラブやディスコには一人で行く主義ですが、たまには一緒に行くと面白い。
  彼は21歳なので、私が初めて六本木のディスコに行ったときと同じころだ。S君は、初心者なのに自己流のダンスでフロアーをジャックしている。
  う〜ん。若さにはかなわんなあと思いました。

The boy got well last week when I went to the reform school. The boy said,”Though I may not meet throughout the life anymore, thank you so far.” I said “I will go to the club to dance again tonight. In addition, I will write a letter to you and parted.
I went to the club to dance on that day ,with a student of 21 years old. His age is almost same age when I went to the discotheques in Roppongi for the first time.

  ALL MIXの日で早い時間は、1980年代の古いヒット曲がかかっていました。
  S君も楽しそうだ。
  そこで、元気の出る1982年の古いヒット曲を。

The Go-Go'sゴーゴーズ / Vacationヴァケーション 1982年
http://www.youtube.com/watch?v=2RHTiXvELNg&feature=related






〜 ヘアーMusical Hair 1969 in Shibuya Tokyo 渋谷東横劇場 〜



  長年探していた加橋かつみの著書「日盛りの街に出て」を手に入れることができました。
  加橋かつみは、2008年6月3日の「今日の1曲 A」以来の登場です。

At last, I found a book written by Katsumi Kahashi.
Katsumi Kahashi was a member of The Tigers which was the most popular band in Japanese 1960's.
His existence and character were often compared to Brian Jones in the Rolling Stones.
He played important role as a pioneer in Japanese music, for example, Japanese performance of musical “Hair“


加橋かつみ wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E6%A9%8B%E3%81%8B%E3%81%A4%E3%81%BF

タイガース wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%82%B9
 

  子供のころからタイガースのファンだった私は、大学時代、タイガース関係の本や・雑誌を探していました。中でもタイガース脱退後に自殺も図ったことがあるという加橋かつみに興味を持ちました。彼の存在は、よくローリング・ストーンズにおけるブライアン・ジョーンズにたとえられます。
  加橋かつみ「日盛りの街に出て」を国会図書館で発見したときは驚きました。当時はコピーもなく、必死にノートをとりました。
  当時、目標も夢も失っていた私は、彼の生き方や考え方に大きな影響を受けました。
  「日盛りの街に出て」には、彼の生い立ちや、人気絶頂のタイガースから脱退、演歌歌手への転進まで、普通の人の人生の百倍ぐらいのことが圧縮されている。

  子供のころの親の離婚とか、幼少時の不幸な生い立ちを持った人が成功したミュージシャンに多いということに気づいたのものこの本だった。彼が中学時代から原水爆反対の学生運動に参加していたことは「廃墟の鳩」(2009年8月6日 今日の1曲<98>)にもつながっている。
  また、高校時代に黒人のハーフの同級生を侮辱した教師を殴って退学になっていることは、「ヘアー」への参加や山口冨士夫やスーナーズとの交流にもつながっているようにも思える。

  後にイギリスでアローズとして成功し、当時日本で活動していたアラン・メリルは、インタビューでタイガースやテンプターズの実力は当時グリニッジ・ビレッジで活動していたアメリカのバンドと同格だったと言っていた。日本のグループサウンズは世界より遅れていたという認識を覆すものだった。
  アラン・メリルが言うには、トッポ(加橋かつみ)がいた頃のタイガースが特に素晴らしく、タイガースの歌を聴いて泣いたことがあると言っていた。それはおそらく加橋かつみがリードをとった「廃墟の鳩」
か「花の首飾り」だろう。

Alan Merrill who succeeded as Arrows later in the U.K. said by an interview in this way.
“The ability of the Tigers was equal with the band of the Greenwich village in those days. The Tigers when Katsumi Kahashi was registered, was particularly splendid. I listened to a song of the Tigers and have cried.”

Alan Merrill HP
http://www.alanmerrill.com/discography/discography2.htm


  タイガース最大のヒット曲は、沢田研二ではなく、加橋かつみがリードボーカルをとった「花の首飾り」だった。すぎやまこういちは、タイガースの初期の5曲のシングルをクラシックの組曲を意識して、緩急緩急緩の順に作曲し、最後の花の首飾りに最大の力を入れた。


ザタイガース The Tigers / 花の首飾りFlower necklace 1968年
http://www.youtube.com/watch?v=RpNpTAvuoJA&feature=related
オリコン8週間1位の名曲。当初B面扱いだったが、逆転した。というより、「銀河のロマンス」と両方A面扱いという意味でも画期的な曲。ストリングスでヨーロッパのドリアン音階を使っている。
Flower necklace 1968 Big hit in Japan 1,500,000copies 8weeks no.1

ザタイガース The Tigers / 花の首飾りFlower necklace ライブLIVE 1968
http://www.youtube.com/watch?v=c3iOOX85XEw
1982年ごろ、この映像がはじめてテレビで放映されました。当時これを見た沢田研二自身が自分のラジオで「いや〜あれじゃ人気がでるわ〜」と言っていました。





  タイガースを脱退した加橋かつみは、日本人として初めてフランスでLP「1969パリ」を製作した。
  「今日の1曲 A」でも紹介したが、これも捨て曲のないほぼパーフェクトに近い作品だ。

加橋かつみ Katsumi Kahashi / 花の世界 Flower world
http://www.youtube.com/watch?v=cbYUymFJjQU




  加橋かつみは、1969年に渋谷東横劇場で行われた伝説のミュージカル「ヘアーHair」の日本公演に尽力し、主演した。
  「ヘアーHair」は、ベトナム反戦、人種差別、ドラッグなどをテーマにした伝説のミュージカル。
  世界各国で行われたキャストの中には、たとえば、ドイツ公演のドナ・サマー、ダモ鈴木(CAN)など後に成功する人がたくさんいた。Hairの各国のバックミュージシャンには「おお!!」というような人をよく見かける。

ミュージカル「ヘアー」日本公演 / アクエリアスMusical HAIR in Japan / Aquarius Tokyo 1969  
http://www.youtube.com/watch?v=-dHZJ_wPUfk&feature=related





  1969年の渋谷東横劇場でのヘアーHairは最終公演を待たずして、大麻使用による逮捕により終了した。
  日本の芸能人で最初に大麻取締法違反で検挙されたのが加橋かつみ。拘置所での生活は彼をどん底に突き落とすことになった。

  加橋かつみはLP「1971花」で、荒井由実の最初の作品をシングル曲として取り上げている。
  その後、低迷の続いた彼は、1976年北島三郎の事務所で演歌歌手として再起を図る。

  1981年にLP「1969パリ」を西荻窪にあったレコード店で5500円で入手した私は、加橋かつみの世界にのめりこんだ。1982年に国会図書館で加橋かつみ「日盛りの街に出て」を読み、「六本木に行けば何かあるのでは」と思って飛び込んだのがディスコだった。
  加橋かつみに偶然六本木の歩道で会ったのは、その年の真夏のことだった。
  突然のことに驚いた私は言葉が浮かばず、「ああ・・今日レコードを持ってれば・・(サインをもらえたのに)・・がんばってください!」と言うと、加橋かつみは笑って手で挨拶してくれた。
 
  加橋かつみの「日盛りの街に出て」を読まなかったら、私は、今もクラブで踊ることなどなかったかもしれない。

Musical Hair 1969 in Japan was finished by arrest by the cannabis use. In the Japanese entertainment, Katsumi Kahashi was the first person who was arrested for violation of cannabis control law.
Katsumi Kahashi who followed of the slump wrote an autobiography afterwards in 1976. I read this book in Diet library in 1982. He wrote splendor of Roppongi. Therefore I went to Roppongi and knew discotheques.
It was about midsummer of the year that I met Katsumi Kahashi accidentally on the sidewalk of Roppongi.
I was surprised at a sudden thing. I said “Please do your best!” Katsumi Kahashi said hello by hand laughingly.
I would not dance today in a club ,if I did not read his autobiography.

  六本木が華やかだった時代のことは、以下の本でも知ることができます。



2009年10月18日

涙のあとに微笑みを〜おまつり 今日の1曲 <111> ザ・テンプターズTHE TEMPTERS  <112>  Caterina Caselli カテリーナ・カセルリ <113> 酒井さん



<111> ザ・テンプターズTHE TEMPTERS / 涙のあとに微笑みをA smile after tears 1968年
<112> Caterina Caselli カテリーナ・カセルリ/ Insieme a te non ci sto più 1968年
<113> 酒井さん(近所のおばあちゃん)/ 十勝馬唄


〜 涙のあとに微笑みを 〜


THE TEMPTERS was a Beat group of 1960's called Japanese Rolling Stones. Kenichi Hagiwara(lead singer) became the famous actor afterwards.


  先週お客さんの相談を受けていたら、途中で泣かれた方が何人かいらっしゃいました。
  幸せだった家庭が壊れて不幸の底に落ちてしまった。今まで胸に溜め込んでいたものが涙になってあふれてしまわれたのでしょう。
  でも、涙には心の浄化作用があります。なんとか解決策をみつけて笑顔になったお客さんを送り出せるとほっとします。

  ただ、昨日のお客さんはあるアイドル歌手に似ていて、昔好きだった人が不幸になった姿を見るようで辛かった。
  六本木のGaspanicに行ってHiphopで踊る予定でしたが、落ち込んだので中止。事務員さんとラーメンを食べ、人生について話したりしながら帰りました。

  そこで今回は、子供のころ憧れたテンプターズの隠れた名曲を。

テンプターズ wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BA

ザ・テンプターズTHE TEMPTERS/涙のあとに微笑みを
http://www.youtube.com/watch?v=ttcgvGRSPfU
「陽のタイガース、陰のテンプターズ」とも言われたテンプターズの曲には涙に関するものが多い。ボーカルのショーケン(萩原健一)と音楽的リーダーのヨッチンが母子家庭だったことも影響しているのだろう。

ザ・テンプターズTHE TEMPTERS/涙のあとに微笑みを ライブ
http://www.youtube.com/watch?v=XOZmLiFz6WQ&NR=1
場内が合唱状態になっている。かつてのグループサウンズの人気は想像を絶するものだった。
当時コンサート終了後のプレゼントコーナーでショーケンはファンの女の子に三島由紀夫の本をあげていたそうだが、もらった子は読んだのだろうか。






〜 おまつり 〜


  今日は、町内会のお祭りがあり、母がフラダンスをやるので見にいきました。天気も最高です。
  母たちのグループのおばあさんのダンスは、バラバラの手旗信号みたいでしたが、お客さんから拍手を受けて上機嫌でした。
  おじいさんたちのカラオケショーの中には、まったく音程もリズムも無視した人もいました。あれで堂々と人前に立てることについては、ある意味で凄い、自分も負けてはならないというエールを送られた気がしました。

  一人だけ、酒井さんというおばあさんの十勝馬唄という民謡は本当に上手くて驚いていたら、各所でコンテストに優勝している人だそうでした。プロの歌をただで聞けたようで得した気分に。

十勝馬唄 酒井さんの映像はないので子供の唄で 
http://www.youtube.com/watch?v=oP2vnguJd9s
日本の民謡も味があっていいですね。


  おまつりといえば、1960年代のイタリアでは、サンレモ音楽祭など、国をあげてのおまつりのような歌番組やコンテストがたくさんありました。
  そこで、当時の大スターで美人歌手のカテリーナ・カセルリの名曲を紹介します。
  以前、ダンスがあまり上手ではない例としてPatty Pravoのところで紹介してしまったので汚名挽回です。


カテリーナ・カセルリCaterina Caselli - insieme a te non ci sto più
http://www.youtube.com/watch?v=HhbnOWE157M&feature=related
カンツォニッシマ(日本の紅白歌合戦のような番組)での映像
今日でも多くの歌手がカバーしている名曲です。

Caterina Caselli - insieme a te non ci sto più
http://www.youtube.com/watch?v=bPY4_kViWR8
イタリア人の観衆の音楽に対する熱狂がダイレクトに伝わるライブ




2009年08月06日

広島Hiroshima 今日の1曲 <98> ザ・タイガース

P1010051.JPG
両面デザインの袋ジャケットに歌詞カードの入った
ジャケットも画期的だった「廃墟の鳩」のシングル


<98> ザ・タイガースThe Tigers / 廃墟の鳩 A White dove( The dove of the ruins)
(山上路夫作詞 / 村井邦彦作曲) 1968年 

The Tigers was the most famous band in Japan in 1960's.
The dove of the ruins is the first anti-war(Hiroshima)song in Japan.


  今朝、広島原爆の式典を見ました。
  タイガースの廃墟の鳩は、タイガースの7枚目のシングルでオリコン最高位3位になっています。
  リードボーカルをとった加橋かつみが、広島の原爆ドームの前で一人で歌うところが放映されたこともありました。

  日本で最初の反戦歌でありメッセージソングかもしれません。
  日本初のコンセプトアルバム「ヒューマン・ルネッサンス」のラストを飾る曲でもあります。


ザ・タイガースThe Tigers / 廃墟の鳩 A White dove
http://www.youtube.com/watch?v=j55xxUWktyI&feature=related

映画「華麗なる招待」よりライブ
http://www.youtube.com/watch?v=teOcvRMfkYA&feature=related








2008年11月11日

ザ・ゴールデン・カップス The Golden Cups

  1968年の「長い髪の少女」「愛する君に」などのヒットで知られるGS(グループ・サウンズ)ザ・ゴールデンカップスGolden Cupsのリーダーでボーカルのデイブ平尾氏が10日、逝去されました。63歳でした。

  6月12日の「今日の1曲 F James Brown」でも少し触れましたが、ザ・ゴールデン・カップスは、日本で最初の本格的ロックバンドです。その実力は、世界的に認められています。
  本ブログでも、今後、ゴールデン・カップスを少なくとも3回は紹介する予定でおります。

  デイブ平尾氏のライブは、ゴールデン・カップスを含め3回見たことがあります。
  気さくに握手もしてくれました。
  ショックですが、平尾さんの手の温もりを思い出して前向きに頑張ろうと思います。
  
  ご冥福を心からお祈りします。R.I.P.

ザ・ゴールデン・カップス HP
http://www.goldencups.com/

2008年06月03日

今日の1曲 A 加橋かつみ

A加橋かつみ/愛の言葉(作詞/加橋かつみ 作曲/J,C,Petit)1969年
 
 ザ・タイガースを1969年に脱退した加橋かつみが、当時としては画期的なパリで録音したLP「加橋かつみ・パリ1969」の中の1曲。この作品は全曲素晴らしいです。魂がこもっています。40年近く経っても色褪せることはないでしょう。一時CDに高値がついていましたが、現在紙ジャケで再発されています。ビートルズのホワイトアルバムの影響であろう白いジャケットの内側の写真はまさに1969年、フラワーチルドレン。 
 
「愛の言葉」は太田裕美の名曲「雨だれ」のように静かなピアノによる序奏から始まります。フランスの名匠J,C,Petit編曲によるオーケストラが優しく歌を盛り上げていきます。
 太田裕美はタイガースに憧れて芸能界に入ったとのことですが、私的には日本でハイトーンのボーカルの男女の双璧として、加橋かつみと太田裕美を挙げたいと思います。
 
「愛の言葉」を聴くと加橋かつみと六本木の道端で偶然出会った夏の日のことを思い出します。