2018年01月28日

追悼フランスギャル(2)ジャズる心・名曲集 RIP France Gall

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 昔、フランスギャルという名前だけで軽そうな先入観をもっていました。
 初めて「夢見るシャンソン人形」以外の曲を聴いたときは、その才能に驚きました。

 ロックンロールが出る前の1950年代はフランスの音楽が世界の最先端でしょう。反戦歌や社会的内容の歌は、ブレル、グレコなどが最初であり、ジャズを最初に認めたのもフランスで、マイルス・デイビス、モンクの名盤の10インチLPがフランスで制作されています。1963年にビートルズがフランスでコンサートをしたときも最初はシルヴィー・バルタンの前座扱いでした。

 フランスギャルは1963年に16才でデビューしましたが、父がジャズミュージシャンだったせいか、その音楽的センスには圧倒されます。舌足らずな(しかし音程は正確)歌とのギャップも際立っており、史上最強のアイドルと言えるのではないでしょうか。 

 フランスギャル追悼として、楽曲が美しい魅力的な歌で回想しました。


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今日の1曲
 〜  フランス・ギャルFrance Gall


France Gall –審判のテーマ J'entends cette Musique(1963)
https://www.youtube.com/watch?v=0cwsjWU2UKU
デビュー曲はいきなりアルビノーニのアダージョ。NiceやProgressive Rockを先取り。

France Gall - Pense à moi (1963)
https://www.youtube.com/watch?v=A3_yFhQM8kM&list=RDpDqkAkWLlbw&index=11
いよいよジャズ。かっこいい。1963年では世界最先端では。

FRANCE GALL JAZZ A GO GO (1964)
https://www.youtube.com/watch?v=nDMBnJN-tHA
https://www.youtube.com/watch?v=pDqkAkWLlbw
ジャズ・ア・ゴーゴー

France Gall - Christiansen (1964)
https://www.youtube.com/watch?v=H1eu9V6Q_RE
美しく転調、展開するポップス


France Gall - Sacré Charlemagne (1964)
https://www.youtube.com/watch?v=AH-a22xge-c
ディズニー風の楽しい歌。


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France Gall - Laisse tomber les filles (1964)
https://www.youtube.com/watch?v=FWRCJhsz5t4
https://www.youtube.com/watch?v=JVA670WKAQc&list=RDpDqkAkWLlbw&index=8
今度はロックンロール。分厚いビートに軽快な歌が乗る

France Gall - 1964 - Les rubans et la fleur
https://www.youtube.com/watch?v=Fcp7U3v9U-M
一転してフォーク、幻想的。

France Gall - 1964 - Ne dis pas aux copains
https://www.youtube.com/watch?v=I08TzNbBo6g
黒人ソウル、ドゥーワップ?グルーブ感溢れる





France Gall ジャズる心 Le coeur qui jazze - 1965 -
https://www.youtube.com/watch?v=9PuSULOqtFQ
スイングしまくるサウンドとフランスギャルのダンス。邦題が秀逸。解説にも「フランスギャルはジャズが好きです。積極的にジャズをレパートリーに入れました」とある。

France Gall - 1965 - N'écoute pas les idoles
https://www.youtube.com/watch?v=NyvbFSve_Fo
ビートルズのマネーのような勢いのあるビート

フランス・ギャルFrance Gall/涙のシャンソン日記 Attends ou Va T'En (1966年)
https://www.youtube.com/watch?v=qny_GYiFNeU
Serge Gainsbourgのマイナー調の佳曲。迫るものがある。

FRANCE GALL -Si l'on pouvait vraiment parler 1974
https://www.youtube.com/watch?v=j8Bg57qm8tM&index=21&list=RDpDqkAkWLlbw
1960年代から変貌。1970年代の叙情的な曲


来日時の写真
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2018年01月26日

追悼フランスギャル(1) 日本語曲特集 RIP France Gall chante en japonais



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一昨日の雪の中のフランスギャル France Gall was very popular in Japan in the 1960s. France Gall sang in Japanese


今日の1曲
  France Gall Poupée de cire, poupée de son[Version Japonaise]
  France Gall Un Prince Charmant [Version Japonaise]


 1960年代に日本でもたいへんな人気のあったフレンチポップスのフランスギャルが亡くなりました。外国では一番好きな歌手の一人でした。
 今回は彼女の初々しいい日本語バージョン特集です。RIP

France Gall Poupée de cire, poupée de son[Version Japonaise]
https://www.youtube.com/watch?v=OyevT4j34A4
フランスギャル 夢見るシャンソン人形(日本語)

ゲンズブールに日本語の「夢見るシャンソン人形」を披露するフランス・ギャル
https://www.youtube.com/watch?v=j2GUQCQ_Fis
France Gall sang “Poupée de cire, poupée de son” [in Jappanese] to Serge Gainsbourg 

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France Gall Un Prince Charmant [Version Japonaise]
https://www.youtube.com/watch?v=oZh7A3F1Qf0
フランスギャル すてきな王子様(日本語)



すてきな王子様のグリーンラベルの見本盤(B面はスパイダース)France Gall Un Prince Charmant [Version Japonaise] Promo only single Green Label
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2016年05月12日

追悼 戸川昌子

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私がアルバイトをしていたころの懐かしい看板


 Edith Piaf - Non, je ne regrette rien
 ニーノ・ロータ / 道 La strada


 私が34年前にシャンソン喫茶「銀巴里」でウェイターをしていたときに見た戸川昌子さんが、父が死んだ後に4月に亡くなりました。私の父より一つ年上でした。偶然、絶版になっている戸川さんの本が図書館にありました。

 父も戦争のときにたくさん死んだ人を見たようでした。
 以前、「太陽にほえろ」のジーパンの伝説の殉職シーンを弟と見ていたとき、「君たち、よくこんなテレビが見れるな」と言っていたのを覚えています。

 戸川さんの家族の話はもっと悲惨で壮絶なものでした。
 母に話すと、母は戸川昌子のことは昔テレビでよく知っているようでしたが、「もうあの戦争のころのことは話したくない」と言っています。

Edith Piaf - Non, je ne regrette rien
https://www.youtube.com/watch?v=rzy2wZSg5ZM





 私の年代だと戸川昌子の有名だったころの印象は薄いですが、1982年の当時、銀巴里で一番お客さんが入ったのが美輪明宏、2番目が山口百恵がファンだと言ったことで話題になった金子由香利、3番目が戸川昌子でした。

 戸川昌子がまだまったく無名の歌手でお客さんも入らない頃、歌い終わったときにもの凄い拍手をした人がいたそうです。顔を見ると三島由紀夫で、彼は「君はまだまだだが、光るものがあるから頑張れ」と言われたそうです。





青い部屋・シャンソン歌手戸川昌子編:銀巴里時代(1)
https://www.youtube.com/watch?v=cDMykYNolC8
戸川さんはコーヒー1杯で全ステージを見てバンドマンが帰るまで店にいたという。それは可能だったが、実際に実行した人は見なかった。あるとき3人しかいないお客さんの中に三島さんがいたとのこと。

「道」ジェルソミーナ
https://www.youtube.com/watch?v=Mc3y7hLuKpc
戸川さんが最初に覚えた歌がジェルソミーナのアカペラだった。

 歌手や作家などチャレンジしても不遇でお金もなかったころ、戸川さんは三島さんの言葉を思い出して頑張っていたそうです。
ご冥福をお祈り申し上げます。






posted by カンカン at 21:44| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | シャンソン〜70年代フレンチポップス French Pops | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月09日

音楽の力 〜 マグマMagma Live in Japan 〜 MDK 〜

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今日の1曲
マグマMagma 
/ M.D.K. Mekanik Destruktiw Kommandoh 1973年
 ジョン・コルトレーンJohn Coltrane
/ 至上の愛A Love Supreme, Pt. 3 – Pursuance 1965年





 フランスを代表するロックバンドMagmaの来日公演に初めて行ってきました。スゴイとは聞いていましたが、本当に凄まじい演奏でした。ロックだけでなく、ジャズ、ファンクなど、フランスで屈指のミュージシャンが集結してきたバンドです。

 マグマを知ったきっかけは、Tangerine DreamのPhaedraの解説文の中で故間章氏が、ドイツ以外にもGongと並んでMagmaが紹介されていたことです。あの解説文は私の人生の中で、石坂敬一さんのビートルズForeverと並び大きな影響を受けました。

 マグマのLPを買ったのは秋葉原の石丸電気レコードセンター。盤が反っていたのですが、最後の一枚ということだったので交換しませんでした。レコードのラベルがジャケットと同じデザインで、コバイア語の歌詞カードまでついていました。

Magma  wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%9E_(%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89)




 マグマは他のプログレッシブロックとは全く違う音楽性を持っていましたが、メロディーラインの美しさは変わりませんでした。一番感動したのは、ドラムのChristian Vanderがリーダーであるにもかかわらず、その音が小さいことでした。

 しかし、その小さい音ながらリズミカルでダイナミックなドラムスが空間を支配して、コーラスにドライブをかけているのです。ヘッドホンで聞くと、遠い宇宙に飛ばされていくような感覚を味わうのでした。

MAGMA La LŽgende du Siecle, French TV, February 26th 1973
http://www.youtube.com/watch?v=vBh6MAQQTwk&feature=related
M.D.K.誕生のころ

Magma feat. Jannick Top & Klaus Blasquiz - Mekanik Kommandoh 2006
http://www.youtube.com/watch?v=FlJKKtgreqw
イヤホンで大音量で聴くとBassの凄さがわかる

MAGMA JAPAN TOUR 2009 - Part 2
http://www.youtube.com/watch?v=COnVPWfiSJs&feature=related

Magma - Da Zeuhl wortz Mekanik
https://www.youtube.com/watch?v=B5UZVtUC3V0
MDKのハイライト

Magma - live at Slim's, SF 8 April 2015 - "Mëkanïk Kömmandöh" excerpt
https://www.youtube.com/watch?v=pTClUht1YUI
今回の来日と同じメンバー。外国だと踊ってる人が多い。





 後になって、Chrisian VanderがJohn Coltraneに深く傾倒していることがわかりました。Coltraneと一緒にドラムを叩いていたElvin Jonesは、こいつ(Coltrane)のためなら死んでもいいと思って叩いていたそうです。

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 67歳になっても鬼神のようにドラムを叩くChrisian Vanderの中にはJohn Coltraneがまだ生きているのではないかと思いました。私も、鬼神のビートに合わせて徹底的に踊らせてもらいました。


ジョン・コルトレーンJohn Coltrane / 至上の愛A Love Supreme, Pt. 3 - Pursuance
http://www.youtube.com/watch?v=sHkMFLhcKJg&feature=related


John Coltrane & Johnny Hartman - My One And Only Love 1963
https://www.youtube.com/watch?v=cT1YTkl0-NY




posted by カンカン at 01:07| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シャンソン〜70年代フレンチポップス French Pops | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月01日

日進月歩 〜 時の流れに

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ダリダのカセットテープ。「時の流れに」はB面の1曲目


 ダリダDalida – 時の流れにAvec le temps
 Patty Pravo - 時の流れにCol tempo 1971
 Léo Ferré - 時の流れにavec le temps 1971





 日曜はカラオケで5回、家で20回同じ歌を歌いました。毎日家で10回は歌うようにしています。3月9日の録音から比べると、音程が安定してきた実感があります。
 練習あるのみです。

 山下達郎ばかり練習してますが、5日ぶりにMISIAの歌を歌ったら、前より高音が楽に出て驚きました。頑張るほど効果が出るのでやりがいがあります。
 日進月歩です。

 とはいっても、歌をかじってみて改めて認識するのはプロの歌手の凄さ。よく考えれば、日本でプロの歌手で成功するというのは1億人の中の数百人しかいない。
 5万人のスタジアムの中で1人にも満たない確率です。

 いいなあと思える歌手は、もって生まれた声帯からして他の人と全然違う。
 最初から勝負は決まっている感じです。
 そこで、ダリダを再び聞きたくなりました。 





どんどん凄くなっていくダリダのホームページ
http://dalida.com/
日本盤ディスコグラフィーも前より増えている。日本で見たことのないものもかなりある。


 ダリダはフランスで最も影響を与えた女性と言われています。
 ダリダは歌の麻酔薬という感じで、
 歌のメロトロンと呼びたくなります。


King Crimson - In The Wake Of Poseidon
https://www.youtube.com/watch?v=HO8n5gmk0nU
メロトロンと言えばこの曲。


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「時の流れに」は日本語盤「18歳の夏(後に「18歳の彼」に変更)」のB面


 時の流れにAvec le tempsはダリダの後期の代表曲。
 

ダリダDalida – 時の流れにAvec le temps
https://www.youtube.com/watch?v=zFFlcdfO7wQ
フランス語の響きと相まって、別世界に連れていかれる。

ダリダDalida – 時の流れにAvec le temps カラー
https://www.youtube.com/watch?v=oqFK-2X0xsc

DALIDA - Avec le temps (Palais des Sports '80)
https://www.youtube.com/watch?v=ln5ymUNZFWA

Dalida - 時の流れにCol tempo
https://www.youtube.com/watch?v=S8UfJfX4s0w
イタリア語


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イタリアでも「Col Tempo」はシングルのB面


 イタリアのPatty Pravoも1971年にCol tempoを歌っています。
 ダンスクイーンから本格派歌手に転身したころ。
 声が低いこともあって、本家よりも荘重になっています。

Patty Pravo - 時の流れにCol tempo 1971
https://www.youtube.com/watch?v=iUx6no1viZE

Patty Pravo - Col tempo 1994 Live
https://www.youtube.com/watch?v=Vvsg_NmRkR8

Dalida Incontra Patty Pravo
https://www.youtube.com/watch?v=___kkknrG9s
1968年ごろDalidaがPatty Pravoとイタリアで共演





 最後はご本家、作者のレオ・フェレ。
 レオ・フェレが、ダリダに「もう、avec le tempsを歌ってもいいと思う」と許可を出したといわれています。

Léo Ferré - 時の流れにavec le temps
https://www.youtube.com/watch?v=aiXcUTTLud4
目でも歌う。歌は口だけで歌うものではないことを教えてくれる。





posted by カンカン at 10:49| 神奈川 | Comment(0) | TrackBack(0) | シャンソン〜70年代フレンチポップス French Pops | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月19日

本物




今日の1曲
 バルバラBarbara
      / 我が麗しき恋物語Ma plus belle histoire d'amour Live

 今までで一番難しかった一人のкгさんも、なんとか山を越えてほっとしています。偽りではないкгさんの涙と人生の表と裏を15分間で見てもらえたのではないかと思います。
 フランスのバルバラは世界的にも女性シンガーソングライターの先駆者です。



バルバラBarbara / 我が麗しき恋物語Ma plus belle histoire d'amour Live
http://www.youtube.com/watch?v=F86_5kMFvLE
2:50から。

バルバラBarbara / 我が麗しき恋物語Ma plus belle histoire d'amour Live
http://www.youtube.com/watch?v=eAqN8HQgFEg
кгさんもバルバラも児童虐待を受けていた




posted by カンカン at 22:10| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | シャンソン〜70年代フレンチポップス French Pops | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月24日

コチャンテ漬け〜ミュージカル「ノートルダム・ド・パリ」日本公演

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ノートルダム・ド・パリ日本公演パンフレット


今日の1曲
 Richard Cocciante / Le temps des cathédrales
 Riccardo Cocciante / Era gia tutto previsto
 Richard Cocciante / Belle 1998年フランス17週1位
 Richard Cocciante / Poesia 1973年


 朝になると頭が重い状態が続いていて、今日も寝坊してしまいました。寝坊すると変な夢は見るし、ろくなことはありません。なんとかしなければと思います。
 前の病気の復活でないことを祈るばかりです。



ノートルダム・ド・パリ日本公演
http://www.harmonyjapan.com/ndp2013/

ノートルダム・ド・パリwikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%AA_(%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%AB%E3%83%AB)

 もう2週間前になりますが、ミュージカル、ノートルダム・ド・パリ日本公演を見に行きました。作曲家のRiccardo Coccianteは世界一好きな歌手です。12月ころから、本人が歌うわけではないので、見に行くかどうか迷っていました。

 公演が終わる寸前、やはり本人が出演しないとはいえ、彼が作曲した作品を見ないのは後悔すると思って、千秋楽の前日に見に行きました。意外に空いていて前から8列目で見るころができました。ファンレターとプレゼントを受付の人に託しました。



リシャール・コッシアンテ 日本語インタビュー
http://www.harmonyjapan.com/ndp2013/interview.html
イタリア、フランスでは国民的なスターですが、日本ではほとんど知られていない。
こんな本格的なインタビューは初めて読んだ。

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LP Poesia。まだRichardのフランス名義だった静謐な1973年のイタリアでの2ndアルバム。次作AnimaでRiccardoのイタリア名義に変更して世界初の絶叫型叙情派シンガーとして大炸裂、LPシングルとも1位に。


ダンサー、キャストのメッセージ
http://www.youtube.com/watch?v=xAL5zl23oD4

Riccardo Cocciante canta Cocciante 2009
/ Il Tempo delle Cattedrali 〜Era gia tutto previsto
http://www.youtube.com/watch?v=vrbqnzb39n8

Notredame De Paris in JAPAN Curtain call 2013.2.27
カテドラルの時代 初日カーテンコール
http://www.youtube.com/watch?v=N1XqOyxMxYA
http://www.youtube.com/watch?v=9QT8s0cUejM
うそでしょ!? なんとRiccardo Coccianteが登場。フランス語で歌っている。
やはり初日に行くべきだった。基本的なミスを犯した。
この日、楽屋口で待っていれば100%サインをもらえたであろう。



ノートルダム・ド・パリよりBelle(美しい人)
http://www.youtube.com/watch?v=91FtPTL57aE
シングルカットされ、フランスで17週間1位に。

Riccardo Cocciante canta Cocciante
/ Bella(イタリア語)〜Poesia
http://www.youtube.com/watch?v=6sEhJbSniWk

Belle美しい人 来日キャストのミニライブ@渋谷ヒカリエ
http://www.youtube.com/watch?v=2oejcz3ViQk

 このミュージカルは台詞もすべてメロディーがつけられています。約2時間Coccianteの作ったメロディーのコチャンテ漬けに酔いました。
 アクロバットダンスも素晴らしかったです。

 ファンレターには、英語で、1980年に私の友人がイタリア旅行のお土産に買ってきたLPのMargheritaを聞いてノックアウトされ、以来ずっとファンであることを書きました。いつか、イタリアで彼のライブを聞きたいですとも書きました。



パンフレットより
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posted by カンカン at 13:44| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シャンソン〜70年代フレンチポップス French Pops | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月22日

情感V〜ラストダンスは私に

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ダリダの1967年のキングからのLP

今日の1曲
 ダリダDALIDA
     / ラストダンスは私にGARDE-MOI LA DERNIERE DANSE 1961年
 萩原健一 / ラストダンスは私に
 ダリダ Dalida / アモーレ・スクーザミAmore scusami




 足温マットを使用した頃から、風邪もよくなってきました。
 寒さ対策には情感のあるボーカルが効きます。
 今回はフランスの歴史の一部とも言えるダリダです。

DALIDA  wikipedia
http://fr.wikipedia.org/wiki/Dalida

 ダリダはフランス史上、女性ボーカルでは最大の売り上げを記録しており、曲もたくさんあります。
 今回は越路吹雪の歌でも有名な「ラストダンスは私に」です。

ダリダDALIDA / ラストダンスは私にGARDE-MOI LA DERNIERE DANSE
http://www.youtube.com/watch?v=6rLwuujTMl8

DALIDA - GARDE-MOI LA DERNIERE DANSE LIVE
http://www.youtube.com/watch?v=7aHfBwyrAZ0



萩原健一LIVE「ラストダンスは私に」
http://www.youtube.com/watch?v=dHJ26PxnUzI
ショーケンのライブもカッコいいので挙げました。



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 私の持っているダリダのLPに貴重な日本語のアモーレ・スクーザミAmore scusamiが入っていました。
 日本語でダリダの声の美しい情感を味わっていただきたいと思います。

死後27年にして驚異的な公式サイト 日本盤ディスコグラフィー
http://www.dalida.com/fr/discographie-dalida-japon-1960-1966.html

ダリダ Dalida / アモーレ・スクーザミAmore scusami
http://www.youtube.com/watch?v=_8IYEO749ys

ダリダ Dalida / アモーレ・スクーザミAmore scusami (日本語)1964
http://www.youtube.com/watch?v=NUmlELCQpLg
美しく気品あるビブラートが感動的。

ダリダ Dalida / アモーレ・スクーザミAmore scusami Live 1966
http://www.youtube.com/watch?v=F5M_6DhmqDg&NR=1&feature=endscreen
「生きることに耐えられない。私を許して」という遺言を残して1987年に自殺した後も、
 ダリダの評価は衰えることがない。






posted by カンカン at 22:30| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | シャンソン〜70年代フレンチポップス French Pops | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月12日

秋の名曲4 素顔




今日の1曲
 ミッシェル・ポルナレフMichel Polnareff
     / 愛の願い Love me, please love me 1966年
 Michel Polnareff / Love me, please love me Live1966年

 名曲を探していたら、ミッシェル・ポルナレフを忘れてたのに気づきました。全盛期は,
日本でマイケル・ジャクソン並の人気ではなかったでしょうか。名曲多すぎますが、秋にぴったりのこの曲。偶然みつけた驚きのサングラスなし素顔のライブ映像も発見。

Michel Polnareff / Love me, please love me
http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&NR=1&v=EtS0NIwZY_k

Michel Polnareff / Love me, Please Love Me live in 1966 on French TV
http://www.youtube.com/watch?v=fxfGwnH6Ghs&feature=related

ルーツはロシア系ユダヤ人。数奇な運命を背負ったアーティスト。


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2012年07月25日

暑さを吹き飛ばせ




今日の1曲
Christina Aguilera / Show Me How You Burlesque 2010年
Tai Phong / Out of the night 1975年


 いよいよ暑くなってきました。なんか元気が出るFunkかSoulがないかなと思っていたら、クリスティーナ・アギレラのちょっとHな映像にひっかかりました。いまひとつのアーティストと思ってましたが、これはかっこいい。元気が出たので今回はこれ。

Christina Aguilera / Show Me How You Burlesque
http://www.youtube.com/watch?v=7w2wIkBa1RE&feature=endscreen&NR=1

クロコダイル feat. Kelpie × WEFUNK "Show Me How You Burlesque"
http://www.youtube.com/watch?v=ZAD-AfjHE_c&feature=related
日本人によるClub Cittaでのライブ。これもかっこいい。



 相談を受けて泣いている女性を慰めるのはたいへんです。いつも、世の中にはもっと苦しい人がいるという話になります。最近タイフーンTai PhongのOut of the nightの1節が頭をめぐります。10分に及ぶベトナム人によるベトナム戦争への鎮魂歌です。

Tai Phong / Out of the night 1975年
http://www.youtube.com/watch?v=bKFviTwyKtQ&feature=related
1:50〜のオルガンへの導入部の哀感が泣ける。
フランス人3人+ベトナム人2人の編成。ユダヤ人のボーカル、ジャン・ジャック・ゴールドマンは今やJohnny Hallydayに次ぐフランスの大スター。



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2011年12月25日

クリスマス・かっこいい女性ボーカル6 ダリダ

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実に48曲の過去の自分のヒット曲をディスコ・サウンドにして踊りまくる
LP&Single Dalida / Generation '78


今日の1曲
<594>  ダリダDALIDA / ジェネレーションGENERATION '78 1978年
<595>  DALIDA / Gigi in paradisco 1980年
<596>  DALIDA / ラスト・クリスマスReviens moi (Last Christmas)
<597>  DALIDA / ラ・メール(海)La Mer
<598>  マイケル・ジャクソンMichal Jackson / THIS IS IT 2009年
<599>  マイケル・ジャクソンMichal Jackson / Human nature 1982年





  クリスマスの誕生日で、私もついに大台に乗ってしまいました。
  しかし、ダンスの方は一向に止めるつもりはなく、筋トレに励むつもりです。
  そこで、決意表明として、まずマイケル・ジャクソンの遺作を。

マイケル・ジャクソンMichal Jackson / THIS IS IT 映画予告
http://www.youtube.com/watch?v=O4Z3jHx3leo
この映画の影の主役は無名のバックダンサーたち。
オーディションを受けに来たダンサーが涙を浮かべて「自分が探してきたもの。これがそれなんだ(This is it)。」と言うシーンがある。

マイケル・ジャクソンMichal Jackson / Human nature 1982年
http://www.youtube.com/watch?v=vXbBsl8A_NQ&feature=related
THIS IS ITより。



マイケル・ジャクソンMichal Jackson ダンス集
http://www.youtube.com/watch?v=dBiDQJzL7Gc&feature=related

Michal Jackson ムーンウォーク集
http://www.youtube.com/watch?v=5-8CkCHJVio&feature=endscreen&NR=1




  クリスマス・イブはクラブに踊りに行こうと思っていたのですが、風邪をひいてクリスマスの計画がだめになるのが心配で中止しました。
  そこで、今回はダンスができる女性シンガーということでダリダDalidaです。

ダリダDalida Official site
http://www.dalida.com/us.htm
discographyが仰天の内容。世界中でこれだけ売れていたとは。
日本盤も完璧に掲載。脱帽。

 

  1950年代終わりから、ダリダは世界で最も優美な声の歌手として人気を博してきました。ところが1978年にSaturday night feverの世界的ブームに呼応して、突如45歳にして過去の作品をディスコにしたGENERATION 78でイメージチェンジ。

  さっそく、ダリダのダンスの映像を探したのですが、これが優雅で素晴らしい。
  歌も媚薬のようで酔わされます。
  赤き死の仮面のようなダンサーを目指すなどと言っている自分がアホに思える。

DALIDA / GENERATION 78  1978年
http://www.youtube.com/watch?v=oySdWHDwHPU&feature=related
45歳で、このダンスと歌でまた一世を風靡。ダリダは美空ひばりより4歳年上。
松田聖子がこれと同じことをできるだろうか。日本では考えられない。 

DALIDA / GENERATION 78
http://www.youtube.com/watch?v=EeAsaJiopC4
凄いオーラ。20歳ぐらいのお兄さんを完全に食ってしまっている。

DALIDA / Gigi in paradisco 1980年
http://www.youtube.com/watch?v=qnbvTyYgXsU&feature=related
47歳。当時のスター、ジョン・トラボルタよりカッコよかったりする。

 

DALIDA / ラスト・クリスマスReviens moi (Last Christmas)
http://www.youtube.com/watch?v=rXSraB87tOw&feature=related
クリスマスソングもありました。当時の世界の最新ヒットにも対応していた。

DALIDA / ラ・メールLa Mer
http://www.youtube.com/watch?v=MquMbdIi4MI&feature=related
かと思うと、シャルル・トレネの往年の名曲をゴージャスに歌い上げる。
イタリア生まれで、エジプトに移住。ミス・エジプトに選ばれたこともあった。

  ダリダは、恋人だったLuigi Tencoの1967年のサンレモでのピストル自殺の1ヶ月後に後追い自殺を図りました。その後も2人の恋人が自殺。結局、56歳のとき「生きることに耐えられない。私を許して」という遺書を残して自殺してしまいました。

  ダリダはフランスで最もレコードを売った女性歌手です。
  また、フランスの歴史上最も影響力のあった女性の一人とも言われています。
  いまだにダリダの人気は衰えず、売れ続けています。



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2011年12月24日

クリスマスイブ・昇天〜かっこいい女性ボーカルX ジュリエット・グレコ

P1010132.JPG
25cmLP Juliette Greco / Recital a L’olynpia 日本盤独自のジャケット
右下:憧れのアーティストからクリスマスカードが来ました。

今日の1曲
<591>  ジュリエット・グレコJuliette Greco
    / 日曜日はきらいJe hais les dimanches ! 1951年
<592>  Juliette Gréco / ムーラン・ルージュMoulin Rouge
<593>  Juliette Gréco / 懐かしき恋人の歌La chanson des vieux amants




 パリから憧れのアーティストのクリスマスカードが届きました。死んでもいいという昇天状態になりました。私が作曲したCDをお送りしたのですが、聞いていただけて喜んでおります。そこで、今回はそのアーティストもファンというジュリエット・グレコです。

  フランスのジュリエット・グレコは、終戦直後に「実存主義のミューズ」としてサルトルなど知識人のアイドルとなり、アメリカのLIFE誌でも有名になりました。その存在意義は20年後に現れた女性ロック歌手たちや、広く自立する女性の先駆けといえます。

  グレコは無名だったジャック・ブレルJaques Brelの世界初の反戦歌「OK悪魔」、やはり無名だったSerge Gainsbourgの作品を歌い、イタリアでもLuigiTenco等ジェノバ派カンタウトーレやOrnella Vanoni、Patty Pravo等に多大な影響を与えました。

Juliette Greco / Je hais les dimanches !
http://www.youtube.com/watch?v=JI6LRyyMpp8&feature=related
強烈な存在感の貴重映像。まず戦勝国のフランスとアメリカがテレビの先進国だった。

  グレコは、フランスを訪れたMiles Davisと恋人になりましたが「アメリカでは白人と黒人は一緒にいられないのだ」とMilesから悲しい別れを告げられました。日本に来日したときは、国賓級の扱いで、渋谷の西武デパートにヘリコプターで迎えられました。

Juliette Gréco / Moulin Rouge
http://www.youtube.com/watch?v=cg0VlriQaYs&feature=related
全盛期の写真。

  私も10年以上前、前から2列目でグレコの来日公演を見ることができました。もう80歳を過ぎていますが、フランスでは過去に何度も再評価され、いまだに若者からも尊敬を受け、コンサートも行なわれています。肉体は衰えても精神は衰えていません。

Juliette Gréco / La chanson des vieux amants LIVE
http://www.youtube.com/watch?v=PogZR31W05w&feature=related
最近のライブ。ジャック・ブレルJaques Brelの名曲。





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2011年09月11日

不起訴W・ベトナム・東京 〜 渋谷AxxcisW


P1010067.JPG
ヤブランの花とベトナム人が世界で初めて成功したバンドTai Phong。
自由・平等・博愛が旗印のフランスだからこそできたのだろう。

今日の1曲
<473> タイ・フォン(タイ・フーン) Tai Phong / Crest 1975年フランス
<474> Tai Phong / Fields of gold 1975年
<475> Astral Projection / People Can Fly 2000年ごろ
<476> フランス・ギャルFRANCE GALL
    / パンス・ア・モアPense a moi 1963年
<477> フランス・ギャルFrance Gall / Christiansen 1964年
<478>  ジャン・ジャック・ペリー Jean Jacques Perrey
     / メリー・フランスMary France 1968年


〜 不起訴W・ベトナム・東京 〜



  冤罪だったベトナム人が無事に不起訴釈放になってほっとしています。繰り返しになりますが、ベトナム戦争があったために世界中で意識の変革が起きて音楽の傑作がたくさん誕生しました。本ブログでもかなりの曲が1975年までに集中していると思います。

  その意味で、私はベトナムに恩恵を被っている、より直接的にいうと多くのベトナム人の犠牲の上に音楽を享受しているのではないか。だからベトナム人の事件については考えてしまう。もう一人のベトナム人も知り合いに分厚い意見書を援軍につけてもらった。




  タイ・フォン(タイ・フーン)は、フランスで1975年にデビューしたバンドで、今でも活躍するスター、ジャン・ジャック・ゴールドマンがボーカルでした。5人のメンバーの内、2人がベトナム人というのは、おそらく世界中のバンドでも初めてでしょう。

Tai Phong / Crest
http://www.youtube.com/watch?v=Cf7FpqRQSMQ&feature=fvwrel
1曲も捨て曲がない1stアルバムの中でも切れのいい曲。

Tai Phong / Fields of gold
http://www.youtube.com/watch?v=NsRLAyopGeY&feature=related
美しいバラード。後半はベトナムへの鎮魂歌のようだ。
3:18〜Freedom・・・Peaceという言葉が重く聞こえる。




〜 渋谷AxxcisW 〜




  渋谷のAxxcisに2年ぶりに踊りに行きました。ギャルのDJからゲストをとれたので張り切って行きました。サイケデリック・トランスは踊るには最高にぶっ飛べるんですね。
  ここは、音もよくフロアーも滑りやすいのでガンガン踊りました。

  早い時間からぶっ飛んだ曲で大喜びです。しかし、サイケデリック・トランスは曲名がよくわかりません。ゴア・トランスという名前を最初にHMV渋谷で見たのがAstral Projectionだったので、そこから1曲選んでみました。

Astral Projection / People Can Fly
http://www.youtube.com/watch?v=rXPbS0bfScs&feature=related
人は飛ぶことができる。しかし、体力が落ちた。ジョギングが必要だ。



  全然節操がありませんが、ギャルのDJだったので、今度はフランス・ギャルをどうしても出したくなった。フランス・ギャルはジャズのファンだったといいます。
  初期のジャズを歌った大好きな曲がやっとみつかったので、喜んでいます。

フランス・ギャルFRANCE GALL / パンス・ア・モアPense a moi 
http://www.youtube.com/watch?v=A3_yFhQM8kM&NR=1
斬新な1964年の映像。
アメリカの黒人ジャズを世界で最初に評価したのはフランスだった。MonkのソロやMiles「死刑台のエレベーター」など傑作10インチLPを制作したのもフランス。

フランス・ギャルFrance Gall / Christiansen 1964年
http://www.youtube.com/watch?v=yC5EsQaIBe0&feature=related
これもイヤホンで。疲れた頭のマッサージに最適。

フランス・ギャルFrance Gall / Ein bißchen Goethe, ein bißchen Bonaparte
http://www.youtube.com/watch?v=p9g4Md_huII&feature=related
1969年のドイツのカラー映像。一連のBeatclubなどドイツの技術の高さには驚く。



  最後にフランス人の作曲家ジャン・ジャック・ペリーの1968年の名曲。
  これが43年前だから驚き。Kraftwerk、Neu!のISI、サイケデリック・トランス、ゴア・トランスなどあらゆるElectric Musicの真の先駆者と言えるでしょう。

ジャン・ジャック・ペリー Jean Jacques Perrey / メリー・フランスMary France 
http://www.youtube.com/watch?v=52oWSReXzdA
最高傑作。タイトルからして自信作。彼のかつての作品は、ディズニー・ランドのパレードの曲として今も使用されています。




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2011年08月27日

今日の1曲
<461> モップスMops / 雨 1972年
<462> フランス・ギャルFrance Gall / 雨La pioggia 1969年

世代を超えて愛されるフランス・ギャル。単なるアイドルにとどまらない。
特にデビュー直後のジャズとの絡みは奇跡的。


  少年鑑別所を出たら集中豪雨でびしょぬれになりました。
  どうやら今年の夏は海に行けずに雨で終わってしまいそうです。
  そこで、開き直って雨の名曲を2つ。

  ひとつは「かんせつかず」という幻のシンガーの名曲です。加橋かつみのソロ3部作のようにフォークを都会的感覚で料理する。メロディーが美しい。
  「雨」は世界歌謡祭でモップスにカヴァーされました。

モップスMops / 雨 Rain
http://www.youtube.com/watch?v=-YtmF3U_GyU
今は亡き、鈴木ひろみつの名唱

モップス「雨」収録CDがないのが残念


ユーミンの作品も収録


  もうひとつは、サンレモ音楽祭入賞曲で、日本ではジリオラ・チンクエッティで大ヒットした雨です。これは、町でも小学校でも耳にタコができるほど聞いたので、今回はフランス・ギャルのヴァージョンで。

フランス・ギャルFrance Gall / 雨La pioggia
http://www.youtube.com/watch?v=iYKqpeytV-I
幼児みたいな唄だが、やはり天才。

「雨」収録CDは、これまた残念ながらみつからず。イタリアのみか。


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2011年01月08日

お別れ 今日の一曲 <326> ジョニィ・ハリディ Johnny Hallyday <327> ジョン・レノンJohn Lennon

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25cmLP Johnny Hallyday LPP1115 Polydor Japan
フランスで最も高額なレコードの一枚 帯付きで100万円がついたともいわれる。


<326> ジョニィ・ハリディLaetitia et Johnny Hallyday / イマジンImagine 2006年
<327> ジョン・レノンJohn Lennon/ イマジンImagine 1971年


  2010年の元日にも紹介した私の一番大切なコレクションのひとつ、フランス最大のヒーロー、ジョニィ・ハリディJohnny Hallydayの2枚の10インチLPを譲渡しました。
  今日はお別れの日でした。

  ジョニィ・ハリディが妻と歌うイマジンImagineがみつかりました。生まれてすぐに両親に捨てられて親戚のサーカス団で育てられたジョニィ・ハリディこそ、同様に両親に捨てられたジョン・レノンの気持ちを一番理解できるのでしょう。

  ジョニィ・ハリディの20歳前後の頃の写真は、いまにも泣き出しそうな寂しい表情のものがたくさんあります。
  人生の最初に最大の別れを経験した人たちが最高の音楽家になったのでしょう。
  
ジョニィ・ハリディJohnny Hallyday
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%87%E3%82%A3

ジョニィ・ハリディLaetitia et Johnny Hallyday / イマジンImagine 2007年LIVE
http://www.youtube.com/watch?v=Az2F8CVPi9w&feature=fvsr
http://telecharger-musique.fnac.com/fm1264517/Johnny-et-Laeticia-Hallyday-Imagine






ジョン・レノンJohn Lennon/ イマジンImagine
http://www.youtube.com/watch?v=2xB4dbdNSXY&feature=related






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2010年12月11日

一輪のバラ 〜 紅白初出場 〜 銀巴里V 今日の一曲  <307> 高橋久美子(クミコ) <308> バルバラ <309> ジュリエット・グレコ

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ジュリエット・グレコJuliette Gréco の25cmLP「たそがれのワルツ」。
右横に一輪のピンクのバラの花。下に30cmLP「ボビノ座リサイタル」。
現在の貨幣価値でLPが1枚15000円位した時代にグレコは年に4枚発売された。


<307> 高橋久美子(クミコ)/ 我が麗しき恋物語Ma plus belle histoire d'amour
<308> バルバラBarbara / 我が麗しき恋物語Ma plus belle histoire d'amour
<309> ジュリエット・グレコJuliette Gréco / Jolie Môme


バルバラ絶頂期のボビノ座でのライブ



〜 紅白初出場 〜 銀巴里V  〜


  紅白初出場歌手に若手に混じってクミコが出ていました。
  う〜ん、ついにここまで来たかと感慨深いです。27年前、銀座のシャンソン喫茶銀巴里でウェイターをしていたとき、月に3度ぐらいクミコのライブを見ていました。

  当時、クミコは高橋久美子という名前の新人でした。
  銀巴里では毎日、4人か3人の歌手がワンセットで、4回ステージがありました。
  新人はトップバッターで年功序列になっていました。

  トリになる歌手の中でも美輪明宏の日は別格で通路にも人が並びました。
  美輪さんの声量は凄かった。あの小さな体で。
  昔の「ぴあ」を見ると高橋久美子と階見ルイジが一緒に出た日もあって懐かしい。  

  テレビ朝日「愛しの銀巴里物語」
  http://www.youtube.com/watch?v=BDAOP2h_Yik

  高橋久美子は新人なのに存在感がありすぎて浮いていました。
  昔、原節子という伝説の女優が、微笑みながら「悲しい」と言うシーンがあってゾクッとしたのですが、高橋久美子にもそれに通じるものがありました。

  ずっと後になって彼女が早稲田で演劇をやっていたと知り、やっと秘密がわかった。 
  しかも24歳のとき、世界歌謡祭の日本代表になったこともあるという。
  ひえー、本当に凄い人だったんだと驚きました。

  紅白初出場の高橋久美子も銀巴里の1ステージ目のときは、客が数人ということもよくあった。銀巴里が閉店した後、別の店で客が1人しかいなくて歌手を止めようと思ったこともあるという。改めて、30年続けてきた彼女に敬意と拍手を送りたい。

高橋久美子(クミコ)/ 我が麗しき恋物語
http://www.youtube.com/watch?v=YidOk202Yx8
クミコの出世作。




  我が麗しき恋物語の元歌はバルバラ。30歳を過ぎて成功。世界的に見ても女性シンガーソングライターの先駆けです。美しいメロディーと詞の素晴らしさでフランスでは高い評価を受けています。昔のレコードも高額です。

バルバラBarbara / 我が麗しき恋物語Ma plus belle histoire d'amour
http://www.youtube.com/watch?v=-kYo2pGVTZc&feature=related
1930年生まれのユダヤ人バルバラには、戦争と死が深い影を落としている。

バルバラBarbara / 我が麗しき恋物語Ma plus belle histoire d'amour Live
http://www.youtube.com/watch?v=5Jd16gc4zHM&feature=related
3:30〜 表現行為とは何か。会場がバルバラの世界に呑みこまれていく。

バルバラBarbara / ピエールPierre
http://www.youtube.com/watch?v=nB-mYuAa5QY
バルバラの作った最も美しいメロディーのひとつ。




  最後に、バルバラと同世代のフランスのシャンソン歌手ジュリエット・グレコです。ジュリエット・グレコが15歳のとき、両親がナチスにレジスタンス活動を理由に収容され、グレコは浮浪者のようにパリを彷徨いました。

  戦後、貧乏のため黒の上下の服と長髪でサンジェルマン・デ・プレの地下酒場を歩いていましたが、その姿が評判になり、サルトルたちに「実存主義のミューズ」と呼ばれ、アメリカのTIMESにも載り、戦後初のフランスのアイドルとなりました。

ジュリエット・グレコJuliette Gréco / Jolie Môme
http://www.youtube.com/watch?v=AD7qYCvGUbM
珍しいカラー映像。

ジュリエット・グレコJuliette Greco / Les Amours Perdues
http://www.youtube.com/watch?v=hcOIZgwLA6M&feature=related

昔は、海外アーティストの来日ということが一つの事件でした。
http://www.aflo.com/mainichi/gallery/gallery_06.html

P1010001.JPG
絵画展並みに豪華な1964年来日パンフレットより。
ヘリコプターに芸者…1961年初来日のときはVIP扱いだったジュリエット・グレコ。
かつて、シャンソンが日本でアメリカンポップスのように売れた時代がありました。





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2010年01月01日

A HAPPY NEW YEAR!  新春・熱唱ボーカル特集T 少年期W  今日の1曲 <135> ジョニィ・ハリディ Johnny Halliday

P1010003.JPG
ジョニィ・ハリディ(ジョニー・アリデイ)の10インチLP 1962年ころ
私が持っている最も高額なレコード(一昨年25万円で落札されたのを見た)
日本独自のジャケットのため希少価値が高く、フランスのレコード店で見せれば、誰もがひれ伏すご印籠のような一枚
Johnny Halliday’s Rarest 25cmLP made in Japan “Hello Johnny”


<135> ジョニィ・ハリディ Johnny Halliday / とどかぬ愛(ク・ジュテーム)Que Je T'Aime1974年


  あけましておめでとうございます。
  年末、年始とも16歳の少年事件の追い込みで仕事です。

  新春・熱唱ボーカル特集第1回として、フランス最大のスーパー・スター、ジョニー・アリデイです。
  生まれてすぐに両親に捨てられた彼は、アクロバット・ダンスを職業とする叔母に連れられて各地を巡業し、アメリカでエルビスとロックンロールに夢中になります。50年前の1959年12月30日、16歳のときにやっとテレビに出るチャンスを得たが、まったく拍手がなく絶望してしまう。しかし彼を認めてくれた兄弟に出会い、励まされて成功をつかんでいきます。

Johnny Halliday is the greatest star in France. He was an orphan. He had a crush on Elvis, and succeeded in rock'n roll.


ジョニー・ハリデイ Johnny Halliday  wikipedia
http://fr.wikipedia.org/wiki/Johnny_Halliday


ジョニー・ハリデイ Johnny Halliday / とどかぬ愛(ク・ジュテーム)Que Je T'Aime日本語ヴァージョンRare sings in Japanese
http://www.youtube.com/watch?v=pl79TC2DLZw
こんなボーカルをフランス人は50年も原語で聴いているのだと思うと、ジョニー・ハリデイのフランスでの人気が理解できた。日本でのプレミアは3万円ぐらい。


ジョニー・ハリデイ Johnny Halliday / ク・ジュテームQue Je T'Aime 2006年Liveライブ
http://www.youtube.com/watch?v=Jn96ysEnx1Y&feature=related
新年早々、女の裸はないだろうと突っ込まれる方もいるかもしれない。
たしかにコンサート会場で意味もなく裸を見せる演出は理解できないが、歌が凄いので上げることにした。
63歳でこんなに歌える人は他にいるだろうか。


ジョニー・ハリデイ Johnny Halliday / ク・ジュテームQue Je T'Aime 2006年Liveライブ
http://www.youtube.com/watch?v=GBDozaFtYuo&feature=fvw
こちらも別のライブ。国民的英雄といわれる。



2009年12月30日

少年期V WombZ 美しき十代U 今日の1曲 <134> ジュリエット・グレコJULIETTE GRECO <135> ラッテ・エ・ミエーレLatte e miele  

<134> ジュリエット・グレコJULIETTE GRECO / パリの空の下 Sous Le Ciel De Paris
<135> ラッテ・エ・ミエーレLatte e miele / 最後のユニコーン L’ultimo Unicorno 2009年




  少年事件の関連で、少年の通っていたサポート校(不登校や家庭などの問題のある子のための学校)の先生や少年を裁判で援助してくれる方と続けて面談しました。
  その中には、自分も昔は暴走族や不良だったが更生して今は問題のある子達を指導している人も多い。そういった人たちは時には涙を浮かべて真剣に話を聞いてくれます。

  「実は私、たぶん幻の史上最強のダンサーだったんです。現役で不良してます。今日も行きます。十代の子って今はクラブに入れないから可哀そうですね。」と先生に言ったら、「いや〜結構行ってると思いますよ〜」と笑っていた。
  というわけで、昨日は渋谷のWombに誕生月なのでただで入れてもらいました。少年事件が忙しくて、鑑別所で「○○ちゃんのおかげでクラブ行けないよ〜」とぼやいていたのですが、やっと行けました。ドラムン・ベースの日なので平均BPM140で限界まで早いステップが快感でしたが、1階でボサノバとシャンソンで踊れたのが新鮮でした。

Womb HP
http://www.womb.co.jp/


With the connection of the boy case, I had a talk with the teachers of the school for problem children.
In teachers, there are many bad people in oneself in old days. Such people sometimes float tears and hear a boy’s story seriously.
I said to the teacher. "In fact, probably I was the strongest dancer in history. I will go to the club today. I feel sorry, because recently the teenager cannot go to the club.”
The teacher said while laughing. "Probably I think that the students hide and go in the club"
I went in club Womb of Tokyo yesterday. Drum 'n' Bass Event. I could dance by a fast step to the limit, and it was a pleasant feeling. And dancing with Bossa nova and Chanson(old French Pops) were fresh.

ジュリエット・グレコJULIETTE GRECO / パリの空の下 Sous Le Ciel De Paris
http://www.youtube.com/watch?v=XybsC829dsM&feature=related
1962年のライブ
日本に初めて来日したときは、フランスの大統領のようなVIP扱いで、渋谷の西武にヘリコプターで招待された。
When French pop star, JULIETTE GRECO visited Japan for the first time in 1960’s , she was welcomed like the French President. She was invited to Seibu department store of Tokyo by a helicopter





〜 美しき十代U The beautiful teens 〜



  わが青春のヒーロー、ラッテ・エ・ミエーレLatte e mieleは、今回で3回目の登場(2008.10.12 2009.2.13)になります。
33年ぶりの新譜ということで予約までして購入。7ヶ月ぶりのCD購入で期待は爆発寸前だったが、なんと聞いている途中で退屈さに耐え切れず寝てしまった。
  たしかに演奏も安定して良くできているのだが、「あ〜そうですか」という感じで、輝きがないのだ。
ラッテ・エ・ミエーレの新譜を聞いて、大人になるということは何なのか再考してしまった。

  1972~1974年ころのラッテ・エ・ミエーレの作品群から感じられる「美しき十代」と、鑑別所にいる少年の「危険な十代」にはとても似ているものがある。
  美しさと危うさは表裏をなしている。
  少なくとも音楽においては、安定したときに美しさは失われるのかもしれない。
  とはいえ、ラッテ・エ・ミエーレがまだ頑張っているという事実を知るだけで、CDを買ったことには満足しています。

It is the third time by this time to introduce Italian rock band, Latte e miele which was hero of my youth.
Marco Polo is a new album since 1976. So,I expected it so much. The performance is surely stable. However, there is not brightness. While hearing new album of Latte e miele, I have reconsidered what it was to become an adult.
I feel that " Sensitivity of dangerous teens" of the boy who is in the juvenile hall resemble " Sensitivity of the beautiful teens" of Latte e miele in 1972~1974 years, very much.
Beauty and the danger make the front and back. At least in the music, the beauty may be lost when oneself become stable and become an adult.
However, I am very happy and satisfied with having bought a CD just to know a fact that Latte e Miele are still active.






2008年09月15日

初秋 今日の1曲 <20>  Françoise Hardy フランソワーズ・アルディ

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<20>  Françoise Hardy フランソワーズ・アルディ
 Des Rons Dans l'Eau 水の中の環 (詞Pierre Barouh / 曲 Raymond Le Sénéchal)フランス 

  蝉の鳴き声がついに聞こえなくなり、鈴虫が賑やかな初秋を迎えました。
  Des Rons Dans l'Eau(水の中の環)は、FRANCIS LAIのテーマ曲が有名な1967年の映画「VIVRE POUR VIVRE (パリのめぐり逢い)」でアニー・ジラルドによって歌われた曲とのこと。

  フランソワーズ・アルディが歌うDes Rons Dans l'Eauは子守歌のように優しく、途中の男女コーラスが醸し出すアンニュイな雰囲気も心地よくて昔からよく聴いていました。
  日本では、以前「さよならを教えて」とカップリングでCDシングルとして発売されています。

Françoise Hardy Des Rons Dans l'Eau 水の中の環
         ↓
http://jp.youtube.com/watch?v=ZuTQ8OgacqY