2018年09月17日

Etna1975 〜 安室ちゃん引退 下積み時代 〜

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安室奈美恵1995


今日の1曲
 Etna 1975
 安室奈美恵 a walk in the park 1996
 安室奈美恵 Hero 2016
 安室奈美恵 Paradise Train 1994


Flea1972 〜 L’uovo di Colombo1973 〜 Etna1975 

 前回のブログでL’uovo di Colomboが思いがけずカッコよかったので調べたら、BassはジャズロックEtnaのメンバーでした。1972年のFleaの4人がそのまま1975年にEtnaに発展。その過程でBassだけが、ELP調のL’uovo di Colomboに一時期参加していたようでした。

L'UOVO DI COLOMBO / Anja Coscienza E Vanità
https://www.youtube.com/watch?v=10iN6ffwYa8&index=28&list=PLV4gA_w66N6Gibwnti_Z-0zAfZTxQuDzW

 EtnaはRTFやウェザーリポートを目指していたと思われますが、Areaのような攻撃性があり、ドラムはフリオ・キリコのようで、カッコいい。ラテンの情熱、オリジナリティーが感じられます。ジャズロックの隠れた名盤です。

Etna / Etna  1975
https://www.youtube.com/watch?v=twPhrCLrYcw





ジャズドラムの映画「セッション」
" 2015年度アカデミー賞Rのダークホースが、3冠を獲得!!名門音大に入学したドラマーと伝説の鬼教師の狂気のレッスンの果ての衝撃のセッションとはーー!?[才能]VS[狂気] この衝撃に、息をのむ。"


 
 そこで3年前のFleaを聴くと、ハードロックを複雑な構成にした感じで、これもオリジナリティーがあるのですが、高いテクニックを消化しきれていない感じです。Etnaのようなボーカル抜きのジャズロックに転向して本領を発揮できたと思います。

FLEA - TOPI O UOMINI  1972
https://www.youtube.com/watch?v=dEmKrUL-824



〜 安室ちゃん引退 〜





 安室ちゃんが引退してしまいました。Etnaからなぜつながるかというと、まず、Etnaも安室ちゃんもカッコいい。また、安室ちゃんのおじいさんはイタリア系のアメリカ人らしいのでその点も通じる(山口冨士夫は安室ちゃんのことをどう思っていたのだろうか)。さらに、音楽スタイルを大きく変化させている点も共通しています。

 スーパーモンキーズは、最初モンキーズという名前でアイドルとして売り出しました。
 このころはアイドルは可愛い子がまだ全盛で、安室ちゃんのような歌+本格的ダンスは浮いている感じでした。

スーパーモンキーズ / ミスターUSA 1992
https://www.youtube.com/watch?v=hxsDtyIFG0s
デビューシングル。小学生からの下積みでジャズダンスの基礎を身に着けた。
安室ちゃんも「スーパーマーケットの前で歌って誰も聞いてくれなかった」「いつか振り向かせてみせると思っていた」と回想していた。

安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S/PARADISE TRAIN 1994年7月
https://www.youtube.com/watch?v=sInYP0PH_a4
このテレビ番組で安室ちゃんのファンになった。まだ地方局レベルの人気で、4枚目のPARADISE TRAINはオリコン137位と最悪の結果。ぎりぎりに追い込まれていたのだと思う。昔、男性歌手が渋谷109の前で、「次の4枚目のシングルが売れないと自分は沖縄に帰ることになります」と台の上に乗って叫んでいたのを思い出す。

 
安室奈美恵 / TRY ME 1995年1月
https://www.youtube.com/watch?v=izKHzO1HP7w
ユーロビートのヒット曲に日本語をつけて5枚目でオリコン8位のヒット。
ここから、今までの「アイドル=可愛い子」時代から「ダンス+歌」の時代が始まった。





安室奈美恵 with スーパーモンキーズが歌うTRFのBoy Meets Girl
https://www.youtube.com/watch?v=ramIRyoNMBA
小室哲哉が安室ちゃんを知るきっかけになったテレビ

 小室哲哉は、ダンスマニアが作ったレコード会社Avexでマニアックなハウスをやるつもりでいた。安室奈美恵に歌わせてみようということになったら大ブレイク。
 ダンスは、ジャズダンス+ジャネット・ジャクソン+ハウスへ。

安室奈美恵 a walk in the park 1996
https://www.youtube.com/watch?v=nlLqPWRjkVg
ユーロビートからハウスへ。安室ちゃんwith小室サウンドの頂点。

安室奈美恵「a walk in the park」maxell 1996年 CM
https://www.youtube.com/watch?v=-AW01cuOwu8





 1996年の6月に痔の手術で3週間入院し、退院するときに安室ちゃんのSWEET 19 BLUESの4種類のジャケットで店頭が埋め尽くされていました。安室ちゃんに触発された私は、ダンスを再開するために3か月ジョギングと筋トレをしました。そして東京で1-2軒しかなかったHiphop専門のクラブに初めて行きました。

 2000年以降は、安室ちゃんはHiphop路線でテレビにほとんど出なくなりました。
 私は1回だけ、2006年頃に代々木体育館で安室ちゃんのコンサートを見ました。諦めていたチケットをとることができました。MCがなく、Hiphop路線が中心で、最後の方に昔のヒット曲を歌ったのを覚えています。8〜9割ぐらいは女性ファンだったと思います。

安室奈美恵「Hero」2016
https://www.youtube.com/watch?v=YJt7KRmv2bQ




 先週、安室ちゃんのバックダンサーが、安室ちゃんはプロのダンサーが10日でマスターすることを3時間で覚えられる、神だと言っていました。それを聞いて、やはり安室ちゃんをささえていたのは下積み時代のダンスと歌の訓練だと思いました。
 安室ちゃん、今までありがとうございました。

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ストリートシンガーを見ました。頑張れ、下積み時代。
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2018年09月16日

初秋〜イタリア・レア映像発見 L’uovo di Colombo 希望








今日の1曲
 L’uovo di Colombo 1973

 22度と肌寒くなってきました。37度の日が嘘のようです。
 慌てて長袖を重ね着しています。風邪にお気を付けください。
  久々にイタリアンプログレッシブのレア映像を発見しました。

 L’uovo di Colomboの映像があったことには驚き。新大陸発見の感動です。
 この曲はドラムとベースにグルーブ。かっこいい。シンフォニック系の曲の中で光る。
 ◎◎や●●などを、いつの日か見てみたい。希望がつながりました。


Under 20 -Pop 3
https://www.youtube.com/watch?v=MdkOskxUqc4
7:40からL’uovo di Colombo。「コロンブスの卵」途中からのカメラワークが斬新!

2:15 New Trolls in Atomic System
ラスト Area / Arbeit macht frei

最後のヒマワリ
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2018年01月07日

新春カラー映像 祝祭 1976年 レ・オルメ Le Orme

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今日の1曲
  Le Orme - Sera(日暮れ) 1975年
  Le Orme - Amico di Ieri(昨日の友) 1975年
  Le Orme -Canzone d'Amore (愛の歌)1976年





 本ブログのタイトルであるイタリアのバンド、レ・オルメの今までで一番古いカラー映像がみつかりました。曲は1976年の Amico di Ieri(昨日の友)です。レ・オルメの音楽は当時のベトナム戦争などの社会情勢を見事に反映していました。

 1973年のFelona e Soronaでは核戦争による世界の終末を、1974年のContrappuntiでは人類の尊さを歌い、ベトナム戦争が終結した1975年にはなんとロスアンゼルスに行って米ロック調のLP「Smogmagica」を録音しています。

 Amico di Ieriは「Smogmagica」からシングルカットされ、最高8位までヒットしました。ContrappuntiとSmogmagicaの間には、1975年にシングルでだけ発売されたSeraがあり、プログレッシブロックからポップスへのサウンドの転換点になっています。


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レ・オルメLe Ormeのイタリアシングルチャート。


 今年になって1976年2月のレ・オルメのカラーでは今までで一番古いビデオクリップAmico di Ieriを発見。Smogmagicaだけブルースを得意なギタリストTolo Martonが参加。次作からはもっと洗練された音を出すギタリストGermano Serafinが加入。

Le Orme - Amico di Ieri カラー映像
https://www.youtube.com/watch?v=oicIyEyHgS0
特に大きなサビのメロディーもないのに引き付けられていく曲。





Le Orme - Sera
https://www.youtube.com/watch?v=MAsvAT15FuU

Le Orme - Sera - India
https://www.youtube.com/watch?v=Kf6Uy-n7DJ4
1975年5月5日 Modena Teatro Storchiでのライブ。


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 そしてついにLe Ormeは1976年のシングルCanzone d'Amore(愛の歌)で完全にポップ化し、チャートで1位に。
 音楽祭Festivalbarの映像ではバンドも観衆も喜びに満ち溢れています。

 レ・オルメはプログレッシブロック時代にLPで1位になり、ポップス期においてもシングルで1位になった世界でおそらく唯一のバンドです。
 Pink Floydはシングルが最高2位、YesはLPが1位にはなっていません。

Canzone d'Amore - Le Orme
https://www.youtube.com/watch?v=-pgOH7LP-rU
Festivalbar音楽祭。ベースが大観衆を煽り、キーボードもダンス。ベトナム戦争終結の祝祭。

Sta girando il sole intorno a noi
Senti il mondo che non grida più

It's turning the sun around us
Feel the world that no longer cries





2017年08月24日

New Trolls 1972年UTのカラー映像

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New TrollsがUTで分裂したころ。ドラムの絵は現在のNew Trolls UTのシンボルマーク


今日の1曲
New Trolls / 戦争C'è troppa guerra





 イタリアンプログレッシブロックの貴重映像も出尽くした感がありましたが、1972年のNew Trollsの驚愕のカラー映像を発見。イタリア全盛期のカラーはTrip,Latte e MieleとOsannaの3本しかなかった。しかもドイツのBeat Club並みのインパクト。

 New Trolls UTの来日のときもLed Zeppelinみたいだと思いましたが、ここではMaurizio SalviもいないJimi Hendrixと同じ3人編成。UTでVittorio de Scalziは1曲しか参加していなかったということも最近知りました。


New Trolls 1972年のカラー映像
https://www.youtube.com/watch?v=T6TKe53xYbo
34:04 New Trolls / 戦争C'è troppa guerra

【他の曲のリスト】
Osanna-Non sei vissuto mai 00:00
Delirium DOLCE ACQUA 05:31
Nuova Idea con Orchestra - Illusione da poco 11:39
Perigeo • Abbiamo Tutti un Blues da Piangere 17:22
Le Orme con Orchestra - Uno sguardo verso il cielo mix 21:55
New Trolls - Concerto Grosso - Adagio - 26:50
Reale Accademia di Musica - Vertigine 29:28
New Trolls - C'è troppa guerra 34:04
Goblin Profondo rosso 38:10
Nuova Idea - Come Come Come (Frammento) 42:20
Osanna-.L' Uomo 44:36
NEW TROLLS Il Sole Nascerà 49:25
FORMULA TRE_ LA FOLLE CORSA [1971] 1:01:44
ERA DI ACQUARIO - Campagne Siciliane 1:06:09
Goblin - Suspiria 1:10:10




2015年10月21日

追悼 Giorgio D’adamo







今日の1曲
 New Trolls / Adagio 1971 イタリアLP2位


 また、イタリアから訃報が届きました。Bancoに続いてNew TrollsのベーシストGiorgio D’adamoが亡くなりました。畢生の作品Concert Grossoのベースラインを聞きながら、追悼したいと思います。





2015年10月11日

追悼 Rodolfo Maltese

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1985年にイタリアで買ったサンレモ参加曲Grande Joe


今日の1曲
  Banco - Grande Joe (1985)
  Banco del Mutuo Soccorso - Banco (full album)





 BancoのギタリストのRodolfo Malteseが亡くなりました。14歳のときPFMに続いて買ったのがバンコの「イタリアの輝き」でした。ELPが共演を避けたという伝説が残る素晴らしいバンドでした。ご冥福をお祈りいたします。

Banco del Mutuo Soccorso - Banco (full album)
https://www.youtube.com/watch?v=YISBOS7mgrI
ELPのManticoreから海外進出のために1st、3rdから選曲して再録音したもの

Banco - Grande Joe (1985)
https://www.youtube.com/watch?v=CG4e1UGjQdI
ポップスだが、ドリーミーなキーボードはBancoならでは

FESTIVAL SAN REMO 1985 - 33T
https://www.youtube.com/watch?v=_YYjNCPKdj8
Le ormeがProduceしたり、New trolls、Bancoが出たり、新人でも良曲があり、1985年サンレモ音楽祭は充実。





2015年09月25日

み〜つけた 〜 同病相哀れむ




今日の1曲
  Roberto Sanesi / Viaggio Verso il Nord"
  Guido Ballo - Metràpolis


 ずっと探していた音源がみつかりました。相変わらず体調がおかしいのですが(体温計は36.2度以下なのに、熱があるような気分と寒気がある)、予想していた通り、本格的に暗い音。なんだか現在の自分に似ていて、同病相哀れむという心境です。


Roberto Sanesi / Viaggio Verso il Nord".
https://www.youtube.com/watch?v=wX-DZb-3Ako
詩人の朗読: Roberto Sanesi
Tastiere: Gianni Leone (da "Il Balletto di Bronzo")

朗読Guido Ballo - Metràpolis
https://www.youtube.com/watch?v=uXgIec0CEm4
(musiche di Detto Mariano, Balletto di Bronzo & Giants)






2015年09月14日

虹をみた ~ Le Orme未発表曲

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今日の1曲
  Le Orme - Pomeriggio D'inverno

 台風が去った後に虹が見えました。
 夏風邪による体調不振はいまだに続いています。早く晴れてほしいです。
 Le Ormeの驚きの未発表曲がみつかりました。

Le Orme - Pomeriggio D'inverno
https://www.youtube.com/watch?v=TLOPumRkAb4

2010 NPB オールスターゲーム 藤川球児 近影
https://www.youtube.com/watch?v=JOfbUOJ_6HA






2015年09月08日

レア・イタリア映像発見 〜 卓球びっくり映像



今日の1曲
  I Signori della Galassia


 台風が近づいてきて、雨がずっと降っています。 IL VOLOのレア映像に続いて、イタリアのI Signori della Galassiaがみつかりました。プログレやポップスに加えてディスコの時代が絡んだ美しくユニークなサウンドです。

I Signori della Galassia a Savona TV
https://www.youtube.com/watch?v=zY6P7C-b8ZQ#t=96


【卓球】世界トップクラスの選手たちが全力で遊ぶとこうなる (エキシビション集) - Table Tennis Exhibition
https://www.youtube.com/watch?v=sU_ZrXfFMYI






2015年09月05日

衝撃映像 〜 IL VOLO 〜 プール熱はもういやだ

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今日の1曲
  Il Volo: Medio Oriente 249.000 tutto compreso
  IL VOLO 1&2
  グレープ 無縁坂


 1か月夏風邪が続いて落ち着いたと思ったら一昨日37度以上の熱が出ました。喉と関節が痛いので、これは地獄のプール熱(喉が痛くて食べられない上に、水泡ができて最悪)か!?と腹を括ったのですが、昨日熱が下がってほっとしました。

 ほっとしたところで、伝説のイタリアのバンドIl Voloの動く映像を発見して仰天。1974年では世界最高峰といえるバンド。さだまさしのような繊細なシンガーソングライターがReturn to foreverをバックに歌っているようなイメージ。

 以前テレビで聞いて驚いたのですが、さだまさしは、実は子供のころからバイオリンをやっていて、本当にやりたかった音楽は、ジャン・リュック・ポンティのようなクロスオーバージャズだったそうです。しかし、それでは食えないのでフォークをやったとのこと。

グレープ 無縁坂
https://www.youtube.com/watch?v=sxdgZhMokXY
https://www.youtube.com/watch?v=peI2D-Abc2Y
バイオリン入り

 1975年の2ndは一転して95%以上がインストを占め、要所要所で泣きのメロディー、スーパーテクニックが光る。元気が出ます。どちらにしても、2年前エアロスミス&BZのスタジアムライブでもらったプール熱。あれだけは勘弁です。
 

Il Volo: Medio Oriente 249.000 tutto compreso
https://www.youtube.com/watch?v=RHo6GKFca-o
衝撃映像。欲を言えばもっと見たい曲があるのだが、見られるだけで幸せ。
Radiusの職人技をバックに犬が昼寝をしている。

Prog & Dintorni - ''IL VOLO'' (ospiti Battisti, Mogol e la Formula 3)
https://www.youtube.com/watch?v=_C8dTmv2Fz4
IL VOLO生成に至る1972年〜1974年のBattisti系の音楽シーンを解説





Il Volo
https://www.youtube.com/watch?v=uTvsWidDW08
0:50、26:00のアップテンポの2曲を昔から聞いています

Il Volo-Essere o non essereessere, essere,essere!
https://www.youtube.com/watch?v=E6NmtRReSao
初めての方には3:30、12:50、19:40、25:00、29:10あたりがカッコいいのでお勧め





2015年08月16日

追悼 Giancarlo Golzi

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今日の1曲
  MATIA BAZAR / TI SENTO
  Museo Rosenbach - Della Natura - Live in Tokyo





 旧友の訃報に続いて、イタリアのドラマーGiancarlo Golziの突然の悲しい訃報が入りました。先日まで全く元気のようだったので驚いています。Museo Rosenbach 来日のときの雷神のようなドラムは感動的でした。R.I.P.


MATIA BAZAR / TI SENTO
https://www.youtube.com/watch?v=GIjckqVaqEs
イタリアのドリカムのような人気バンドだったマティア・バザール




Museo Rosenbach - Della Natura - Live in Tokyo 26/04/2013
https://www.youtube.com/watch?v=WGkh_rJPxMI
2013年5月3日のブログでも紹介しました。




2015年01月13日

袴田事件再審決定 平成26年11月15日事後報告 投稿500回

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半世紀も勾留されていた袴田さんのお元気な姿を見れてよかった。
(初めて携帯をアップロードして、90度傾いていることに気づきました。以後、注意)
 

今日の1曲
  Le Orme / Live 75 Modena
LE ORME / MILANO 1968



早稲田出身の人には非常に厳しい場面がある映画なので、覚悟して見てください。
山口組2次団体で武闘派と言われた後藤元組長(現在天台宗僧侶)が資金を提供した。


 今回で、平成20年6月の第1回から500回目の投稿になります。

 50年も死刑判決で東京拘置所に拘束されていた袴田巌さんに対する再審請求が通り、袴田さんは解放されました。誰が見ても「この裁判おかしいやろ!!」と思える映画「BOX袴田事件」の影響が大きいと思います。私も「これは酷すぎる」と思いました。

 2014年で一番うれしかったニュースの一つです。袴田さんはクリスチャンになったので青山学院で報告会がありました。袴田さんを見たいので行きました。廊下ですれ違う時に「お疲れ様でした」と声をかけさせていただきました。



Le Orme / Live 75 Modena
https://www.youtube.com/watch?v=6HYAeiRo8NE
レ・オルメがデビューした1967年のころから、袴田さんは牢に繋がれていた。
30:30〜 バッハ・シャコンヌ

LE ORME / MILANO 1968
https://www.youtube.com/watch?v=uWma3sNOE9c


MILANO 1968収録。オリジナルLPは50万円!?





2014年05月25日

幻の映像

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今日の1曲
 PFM/ 幻の映像
 PFM/ Per un amico イタリア1973年LP3位

 暖かくなってきました。
 先日、久々にPFMを聴きました。何度も聴いたものですが、新たな発見がありました。

 中でも、イタリアでPer un amico(友よ)、イギリスで「幻の映像」として発表された曲が、細かいところまで作りこまれていて、一番感動しました。

PFM/ Per un amico
http://www.youtube.com/watch?v=gDWKIgopUSI

PFM - Photos of ghosts
http://www.youtube.com/watch?v=cLxv_6FRPdM




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2014年04月13日

チューリップ

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 Locanda delle Fate - Crescendo



 チューリップが咲きました。
 曲は、2年前に来日したLocanda delle Fate


Locanda delle Fate - Crescendo (2012 studio version)
http://www.youtube.com/watch?v=t_m38NlF4zs

浅田真央、ロシアでも人気(ソトニコアも言及)
https://www.youtube.com/watch?v=cFT3VTBo9lM






2014年01月11日

新春レア映像@ オザンナOsannaライブ




OSANNA / 曲目不明 Live 1972年
 
 冬は、りんごが美味しいですね。
 イタリアのオザンナOsannaのライブ映像をみつけました。
 口パクではない本当のオザンナの1970年代のライブは、これが初めてです。

CIRCUS 2000, ALAN SORRENTI, OSANNA
- live @Festival Avanguardia e Nuove Tendenze, Roma 1972
http://www.youtube.com/watch?v=qrraXbPkjU4
OSANNAは9:00から。PALEPOLI / ANIMALE SENZA RESPIROに似た雰囲気




2013年09月23日

Area中毒・ダンス天国 アレアArea来日公演

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今日の1曲
Area / La mela di Odessa 1975年
Soft Machine / Nettle bed 1973年
Area / Are(A)zione 1975年
Area / Megalopoli 1975年




イタリアン・ロック・ヒストリー告知
http://clubcitta.co.jp/001/italian-rock-history/

 New Trollsの後は、Areaが出演しました。
4月のイタリアン・フェスティヴァルで、初めてAreaを見て驚きましたが、半年も経たずに再演です。

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 いよいよ開演。前回は座禅スタイルのギターソロからで驚きましたが、今回はバンドの演奏でスタート。今回のライブでは、高速の変拍子のポリリズムの曲の合間に、各メンバーのソロが長めに演奏されました。今は亡きDemetrio Storatos、Gianni Sassi、Giulio Capiozzoに捧げたシンセサイザーの叙情的な曲が印象に残りました。

 途中で、メンバー全員がリンゴを食べ始めました。パフォーマンスの一つなのでしょう。メンバーが卓球をしただけだったというドイツのFaustというバンドの解散コンサートを思い出しました。こういうパフォーマンスは、演奏する以上に精神力がいるのではないかと思います。

 最後は、前回と同じように、40年以上前に家を追い出されても当時の家の鍵を持ち続けているというパレスチナ難民のために、観衆も一緒に鍵を鳴らすというパフォーマンスをしながら九月を演奏しました。
 アンコールでは、今日一番の高速チューンでぶっ飛ばした後に、GIOIA E RIVOLUZIONEでしょうか、ポピュラーソング風の歌を4人で歌って、ライブは終了しました。



1年前のフラワーの殺人事件の影響からでしょうか。
どんどんクラブが営業停止になっています。海の家のクラブ営業も禁止されてしまい、踊れる場所がどんどん減っています。自分にとっては死活問題です。 

 名前を知ってから35年、Areaのグルーブに中毒状態になっています。
 以下、今回の演奏曲目の中から、ダンス用に、ポリリズムやぶっ飛んでいるところなど、踊れるところだけYoutubeから選びました。

New Trolls vs AreaのTシャツを着てクラブに行く決意を固めた。
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Area La mela di Odessa
http://www.youtube.com/watch?v=Ie9W0uWjPVg
★ 5ヶ月前に、35年間興味のなかったAreaの虜になるきっかけになった1曲。クラブでかかってほしいが、他のお客さんは帰ってしまうだろう。

Area - Crac!-1975-02 - La Mela Di Odessa
http://www.youtube.com/watch?v=Q4-eXTrjXbU&list=PL64B80A529CA3C7A0
原曲はインパクトがまだ弱い

Soft Machine – Nettle bed 1973
http://www.youtube.com/watch?v=xZ1WbFIwzdY
★0:00 Areaにも影響を与えたと思われるシンセサイザーの反復。



AreA - Are(A)zione Live
http://www.youtube.com/watch?v=Kxoao2bJxTk
★29:00



Area - Crac!-1975-03 - Megalopoli
http://www.youtube.com/watch?v=FBQhadRwbKs&list=PL64B80A529CA3C7A0
★3:00

Area - Crac!-1975-04 - Nervi Scoperti
http://www.youtube.com/watch?v=V6ie8Zk6ybM&list=PL64B80A529CA3C7A0
★3:45



 
Cometa Rossa (Area)
http://www.youtube.com/watch?v=AdinKtm0Ark

ZYG (Crescita zero)
http://www.youtube.com/watch?v=G2FgYGRxyIg
★5:00




L'abbattimento dello Zeppelin
http://www.youtube.com/watch?v=kUg6keKtJc4
★30:55





Area & Demetrio Stratos Live in studio 1977
http://www.youtube.com/watch?v=ZX0Zy0MIgO0
★7:50


Area - Gerontocrazia
http://www.youtube.com/watch?v=T2RvkrZuE9I
4:20

Area_Giro Giro Tondo_live 1977 カラー
http://www.youtube.com/watch?v=SAr1tI_-gp8



開演前の黄昏のCitta
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2013年09月22日

生と死・宿願のサイン 〜 ニュー・トロルスNew Trolls来日公演・Concerto Grosso

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シングル盤New Trolls/Adagio

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Vittorio de Scalziのサイン


今日の1曲
 New Trolls-Concerto Grosso N°1 イタリア1971年LP最高2位
 New Trolls-Concerto Grosso N°2  イタリア1976年LP最高10位
 New Trolls-Quiet seas 1976年
 New Trolls-Le roi soleil 1976年


 New TrollsのConcerto GrossoとAreaの来日公演に行きました。6年前の4月にもConcerto Grossoのライブに行きました。それは丁度体調が悪くなっていくころで、ライブの後、1年ほど死線をさまよいました。あの頃のことを思い出すと苦しくなります。

 6年前、電車に乗ってなんとか会場にたどり着きました。ライブを見るのは数年ぶりでした。会場で、グッズを買った人は全員サイン会に出れると告示がありました。「サインは一人1回」と書いてあったので、係の人に聞くと「誰のサインになるかはわかりません」とのこと。オリジナルメンバーのNico、Vittorio以外のサインではしょうがないなと思って、サイン会には行きませんでした。
 ところが、後で聞いたら、メンバー全員のサインがもらえたと聞いてショックを受けました。体調が悪化し、精神的に不安定だったこともあり、サインをもらえたのに機会を逃した後悔が、ものすごい重圧になって毎日のしかかってきたのを思い出します。



 その後、なんとか生き延びて、今回、またConcerto Grossoを聞きに行けるようになったのだから幸運です。会場に入る前からチュウハイを飲んで夢心地。会場で、グッズを買ったら30名が抽選でサイン会に出れるとの告示がありました。ダメもとだと思って、今回はグッズを買うことにしました。

 いよいよ開幕。Concerto Grosso3,1,2の順で演奏される予定です。左側に陣取ったストリングスが見えると、ああConcerto Grossoだなあと感慨深くなります。
 新作のConcerto Grosso3は歌物という感じです。淡々と進んでいきます。
 どうもNicoは出演しないようです。Vittorioが英語で説明しました。Vittorioはここに3回も来れて嬉しいと話しています。

New Trolls "Like Ophelia"
http://www.youtube.com/watch?v=7wk-fpRuHx8
Concerto Grosso3の中で美しい曲。



 本命のConcerto Grosso1が始まりました。
 Vittorioは白髪で貫禄があります。Nicoが不在でも大丈夫という感じです。
 まず第1章Allegro。

New trolls Concerto Grosso1 Allegro & St. Peters day
http://www.youtube.com/watch?v=51_saVLTu_I
Senza Reteでのライブ。今まで見た音楽のライブ映像で5本の指に入れたい。30年以上嫌いだったAllegroだったが、これを見て取りつかれた。Allegro に続いてAdagioでなく、New trolls オリジナルのSt. Peters dayを持ってくるところも自信の表れか。

 そしてConcerto Grossoシリーズ最大の山、Adagio。できれば、2回目のストリングスの山場からエンディングにかけては、エレキギターは控えてストリングスだけにして欲しかった。エレキギターの音が大きすぎて、ストリングスが負けてしまうんですよね。Nicoがいないコーラスが心配でしたが、他のメンバーが十分に穴を埋めています。

New Trolls Adagio (Shadows)
http://www.youtube.com/watch?v=ycD8JqWbLyE
オリジナル。これを超えるものはなし。

Adagio
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映画La vittima designata (1971)- trailer
http://www.youtube.com/watch?v=lWhrgD6CSeQ
Concerto Grosso1は映画のサントラだった。映画ではレコードよりも不完全なトラックが使われていて、それがかえって新鮮。

映画La Vittima Designata Finale
http://www.youtube.com/watch?v=36rUDSTO0SU
Concerto Grosso1は死がテーマだったが、映画も死がテーマ。

L.Bacalov: Adagio dal "Concerto Grosso per i New Trolls"
http://www.youtube.com/watch?v=3DKLOxOkvRQ
ピアノとバイオリンによるライブ。情感が素晴らしい。

New Trolls Leggenda & Bacalov / Adagio del CG1
http://www.youtube.com/watch?v=ikN-s0CQq6M
作曲者のBacalov自身が指揮する2011年のオリジナルメンバーによる歴史的再演。

 Adagioのエンディングで、エレキギターと指揮者のバイオリンの掛け合いが何度か続き、6年前と違っていて、なかなか見せ場になりました。一転、第3章Cadenzaでは、女性のバイオリニストが主役になりました。

 Concerto Grossoのライブでは、通常のクラシックのコンサートよりもストリングスの音圧が高くて迫力があります。エレキギターの音に負けてしまったAdagioよりもCadenzaのほうがストリングスで夢見心地のトリップに連れて行ってくれました。そういえば、ここで2年前にTripのライブも見ることができました。

 

 バンドだけのConcerto Grosso1の第4章Shadowsが終わり、再び、ストリングスが準備に入りました。1976年のConcerto Grosso2がスタートです。1曲目のVivaceはイントロのシンセサイザーの音色も明るく、とても5年前にConcerto Grosso1を作った同じスタッフによるものとは思えません。

New Trolls-Concerto Grosso N°2 (1976)
http://www.youtube.com/watch?v=0VGKKiivXM0

 会場にいて改めてConcerto Grossoは時代を反映していると思いました。
 1971年のConcerto Grosso1は、ベトナム戦争真っ只中で、世界が死の恐怖に直面していた時代。イギリスではYes、Black Sabbath、King Crimson等が終末を歌い、ドイツではTangerine Dreamによる出口のないZeitのような作品が作られて、それなりのセールスがありました。今では信じがたいことです。

 1976年のConcerto Grosso2は、1975年にベトナム戦争が終わった1年後で、生に対する喜びに溢れています。Felona e Soronaで暗黒世界を描いたLe Ormeも、1976年は明るいポップスで2曲続けてヒットチャートで1位になったような時代です。今回のライブで、唯一、Vivaceの演奏中にストリングスの女性たちが花が咲いたように笑顔になりました。

 2011年のConcerto Grosso3(実際は1996年ごろに作っていたらしい)になると、先の見えない現代を反映してつかみどころがないと思いました。Concerto Grosso1のような死への恐怖もない代わりに、Concerto Grosso2のような生に対する喜びもありません。



 Concerto Grosso2に続くNew Trollsのバカロフにも負けないオリジナル曲Quiet seasやLe roi soleilのエンディングを聞いたら、毎日死ぬことばかり考えていた暗い高校時代を思い出しました。

 Concerto Grosso1のAdagioを聞いたのは、Concerto Grosso2よりも後でした。死をテーマにしたAdagioをヘッドホンでMaxにして何度も聞き狂ったことを思い出しました。今思えばAdagioを繰り返し聴くことで、あの頃は生き延びようとしていたのだと思います。死をテーマにしたAdagioの方が生きる源泉になり、Le roi soleilのような明るい曲が厭世的な気持ちになるのも不思議です。
 フランスの映画評論家が、「生きようと思ったら、本当に悲劇的な映画を見るべきだ」と言っていたのを思い出しました。
 高校生の頃や6年前のように自分から死のうとは今は思いませんが、自分の人生も本当の死の方が近づいてきたようです。

メンバーのサイン
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 Concerto Grosso2が終わり、New Trollsのライブが終わりました。(落選するとショックなので)あまり期待せずにいたサイン会の抽選が当選していました。まさかに備えて持ってきたConcerto Grosso/Adagioのシングルにサインをもらうことにしました。

 6年前、サインをもらわずに後悔して、その後、死線を彷徨ったときのことが嘘のようです。Vittorioに「Nice to meet you」と言って、握手してサインをもらいました。Adagioのシングルを差し出すと、Vittorioは「Oh」と言って驚いていました。

 テンパってしまって、質問したいことがとても聞けませんでした。サインも白のマジックがVittorioの手元にあったのだから表の黒いジャケットにしてもらえばよかったと、またまた後悔しました。でも初めてNew Trollsを聞いてから36年。宿願のサインをしてもらえただけで十分です。

New Trolls はげ山の一夜Una notte sul Monte Calvo
http://www.youtube.com/watch?v=5WuReYhHwS8
今回演奏していないが、珍しいライブなので。

Concerto grosso n. 3 - New Trolls e Luis Bacalov
http://www.youtube.com/watch?v=uq6OQ-_ar1c
オリジナルメンバー4人が30年ぶりに揃ったライブから。



2013年07月10日

判決が下される Giudizio avrai

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RDM「聖典」のジャケットとブックレット
バンド名の「メダルの裏側」のとおり、全部反対に印刷。

今日の1曲
 Il Rovescio Della Medaglia / Il Giudizio 判決 1971年
 Il Rovescio Della Medaglia / 1974年ライブ
 Il Rovescio Della Medaglia / Non Io非我 1972年
 Il Rovescio Della Medaglia / Let's all go back 1975年


 今まで出会った中でも音楽などの造詣が深かった£さんに対し、一番厄介だったжжさんの事件も無事に終わりました。あまり酷いことを言うので、私がいい加減に頭にきて切れてからは、すっかり穏やかになりました。どちらにしてもやれやれです。

 最近、イタリアのRDM(イル・ロヴェッショ・デッラ・メダーリャIl Rovescio della Medaglia)というバンドをよく聞いています。4月には、3rdアルバムのContaminazioneを世界初の生のストリングス付で再現ライブを成功させました。

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2013年4月27日ライブのオフィシャル・ブートレッグ

 よく聞いているのは、1stと2ndです。1stは「聖典」で、2ndはヘーゲルの哲学がテーマ。いずれも3rdに比べて評価が低いですが、聞くほどに味が出ます。特に聞いているのが1974年のライブで、キーボードを加えて1stと2ndを再現しています。

Rovescio della Medaglia 1974年ライブ
http://www.youtube.com/watch?v=9dWPyZoU41Y
1st、2nd、3rd楽曲が混在する貴重なライブ音源。予測不能な展開の中に美しいフレーズ、力強いフレーズが埋め込まれている。11:00からNon Io。21:00からピアノソロ。24:40からGiudizo判決。ボーカルがダイナミック。31:30ピアノソロを挟んで32:20からContaminazione。

Il Rovescio Della Medaglia / Il Giudizio 判決
http://www.youtube.com/watch?v=uLrIDS-z1Xg
2:10、6:20からのリフ、ボーカルの絡みがかっこいい。1st「聖典」の冒頭は効果音。「判決」に続くラスト「洪水」も落雷のような効果音で終わる。



 今、世の中の音楽は、レコード会社が「いかに売れるか」を考えて制作していると思います。RDMの1stの頃は違いました。ライナーによれば、「バンドよりもレコード会社のほうが何を考えているのかわからない」という自由な環境で制作されたそうです。


RDM「聖典」のブックレットでベーシストは「自分=神」と記している
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 RDMの2ndLP「IO COME IO」も1st「聖典」と同様、答えの見えない出口のないもの。жжさんも3ヶ月前に会った頃は、自分で出口を塞いで答えが見えない状態だったので、1回蹴りを入れて穴を空けさせてもらいました。以来、風通しがよくなりました。

Il Rovescio Della Medaglia / Non Io非我
http://www.youtube.com/watch?v=i-Tg3q9eC_8
否定的な自分を自己否定することによって、жжさんも最後は笑って出て行った。

Il Rovescio della Medaglia / ...Giudizio Avrai
http://www.youtube.com/watch?v=cfRyccOpxp4
1:30からNon io 1975年のライブ




Rovescio della Medaglia / Contamination
http://www.youtube.com/watch?v=o-jQ5lv_3zU
バッハの平均律ピアノ曲集をモチーフにバカロフとEnzo Vitaの共同作業で作られた。

Rovescio della Medaglia / Let's all go back
http://www.youtube.com/watch?v=cNdKD4fA4H4
Let's all go backでRDMの自己否定の旅が終わる。

3rdは作曲家バカロフに美しく統制された。予測不可能性というRDMの側面はやや後退。



2013年06月15日

命がけの残像 〜 Italian Progressive Rock Festival オフィシャル・ブートレッグ

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瞳の地球の中に日本も見える世界制覇を目指したIl Volo / 1st
Formula 3 / オフィシャル・ブートレッグOfficial Bootleg   


今日の1曲
  Formula 3 / Eppur mi son scordato di te 1971年伊2位
  Il Volo / 1st  1974年
  Il Volo
     / Essere o non essere essere, essere,essere! 1975年
Formula 3 / Official Bootleg  2013年

 4月のイタリアン・プログレッシブロック・フェスティバルのオフィシャル・ブートレッグが届きました。すべて良い音質でライブがMCまで再現されています。中でもフォルムラトレFormula 3のイルヴォーロIl Voloのところをエンドレスで聞いています。

イタリアン・プログレッシブロック・フェスティバル オフィシャル・ブートレッグ
http://www.vividsound.co.jp/ItalianProgre/ItalianProg.html
Maxophone、RDM、Museo Rosenbach、Formula3

 Formula 3のリーダー、アルベルト・ラディウスAlberto Radiusは70歳。昨年心臓手術で来日が急遽中止になりました。Alberto Radiusは今回の来日で引退するつもりだったとも聞きました。このCDはまさに命がけのライブの記録です。

 Il Volo / Essere o non essere essere, essere,essere!
http://www.youtube.com/watch?v=E6NmtRReSao



 たしかに、世界制覇を目指した1974年のIl Voloの完全再現は困難かもしれません。
 しかし、イタリア国内ではFormula3とは異なり商業的に不成功だったIl Voloを、Alberto Radiusが演奏することは、ずっとなかったのではないかと思います。
 
 PFM、Bancoの場合はイタリアでも昔の曲を求めるファンはたくさんいます。
 Alberto Radiusが日本のファンのために、特別に1年以上Il Voloをずっと練習していたのではないかと思うと感慨深いです。
 
Formula 3 / Eppur mi son scordato di te 1971年ライブ
http://www.youtube.com/watch?v=VlsbjOqaONo
若き日の映像。Alberto Radiusが一番成功した曲。
Radiusは体でギターを弾いているのがわかる。1971年ではPFMよりBigだった。

Formula 3 / Eppur mi son scordato di te 2011年ライブ
http://www.youtube.com/watch?v=IgzmJCCKoMg
40周年。Cicoも参加。



 Il Voloの1stアルバムの写真の右目に地球の北半球が描かれ、日本も見えます。Alberto Radiusもまた、40年前からIl Volo来日を願っていたのかもしれません。
 世界でIl Voloが一番高く評価されているのは間違いなく日本でしょう。

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6名で結成されたスーパーグループIl Volo

Il Volo 1st 
http://www.youtube.com/watch?v=uTvsWidDW08

Alberto Radius以外の5人のIl Voloのメンバーによるライブ
http://www.youtube.com/watch?v=X-CwT8O8lLc
Radiusとの人間関係が難しいかもしれない。

 イタリアでは、Alberto Radius以外の5人のIl Voloのメンバーによるライブが最近行われたようです。 Radiusも加えて、PFMと「Numero Unoレーベル・PFM 対 Il Volo」のような対決ライブが日本で行われたら夢です。

Gianni Dall'Aglio が、Celentano、Battisti、Il Voloなど自分の経歴を回想。
http://www.youtube.com/watch?v=fEUo0cOcel0

今はamazonでもIl Voloと同名の別のコーラスグループの方が有名。


2013年05月13日

鍵・革命と禅・狂気と正気・非整合と整合〜アレアArea Live in Japanイタリアン・プログレッシブロック・フェスティバル最終章6

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AreaのオフィシャルTシャツ。これを着てクラブに行く決意を固めた。

今日の1曲
 Area & Demetrio Stratos / Live in studio 1977年
 John Coltrane / Love Supreme 1965年 
 LUCIO BATTISTI + P.F.M., Formula3, Dik Dik,
Flona Fauna e Cemento, Adriano Pappalardo...
    / LET THE SUNSHINE IN live in "Tutti Insieme" 1971年



 アレアには度肝を抜かれました。アレアは、昔々イタリアのバンドでどうしても興味を持てないバンドでした。唯一1978というLPは好印象でした。デメトリオ・ストラトスの追悼ライブが2枚組で出たのを覚えています。

 その後、「○○のいない□□は、デメトリオ・ストラトスのいないアレアと同じだ」という文章が30年以上印象に残りました。そのこともあって、アレアはフェスの最後だからという程度の期待しかありませんでした。



 マウロ・パガーニの後、休憩でトイレに行っていたら、まだロビーに人がいるのにAREAが始まっていました。慌ててホールに入るとパオロ・トファーニの座禅スタイルに驚きました。Youtubeでは見ていたのですがアレアのライブでもやるとは思いませんでした。

 座禅スタイルで掛け声をあげたり、前衛的なソロなのですが、フリーミュージックとは違います。狂気のように見えますが、至って正気。その後3人のメンバーも加わり、バンドの演奏になっていきました。アレアの世界に吸い込まれていきます。

 全員の超絶的なテクニックに驚きました。スピード感を伴うポリリズムなのですが、不整合のようで見事に整合しているのです。ドラマーは、上半身がほとんど動かず、ほとんど腕だけで変拍子を叩き出しています。ストラトス不在でも凄いバンドです。

 Youtubeの映像によって、アレアの凄さを知ったものが一つだけありました。スタジオでのライブ映像で、ストラトスは歌わずにキーボードを弾いています。このようなテンションのライブが見れたらと思っていたら、まさにそのものでした。

Area & Demetrio Stratos Live in studio 1977
http://www.youtube.com/watch?v=ZX0Zy0MIgO0
今回のライブで一番ハイテンションのときのイメージは、この映像の8:00以降をイヤホン大音量で聞いた感じ。Sun Raという文字も見える。



 こちらも狂気のリズムにダンスで応酬したくなりました。
 後で考えたら、席を立って一番後方で踊りながら聞けばよかったと後悔しました。以前からコルトレーンのリズムでダンスをやってみたいと思っていました。

John Coltrane / A Love Supreme
http://www.youtube.com/watch?v=4H07OztoKgE
第3章15:15以降をイヤホン大音量で。この10年後にareaが。



 MCでは日本語の通訳があり、和やかな雰囲気になりました。フォルムラトレのときも通訳があったらと思いました。パトリツィオ・ファリセリの「パレスチナ難民のために、みなさん鍵を出して鳴らしてください」という要請で観客も「7月8月9月」に参加しました。

 最後は、アンコールでマウロ・パガーニも出てきて一緒に演奏しました。3.11大地震の後にアレア&パガーニの来日公演があったのですが、中止になっていたので、今回それが実現されました。オフィシャル・ブートレッグはキャンセルになりました。

 最後の曲は革命の歌Gioi e rivoluzioneでした。かつてLUCIO BATTISTIが特別番組でPFM、フォルムラトレらと反戦ミュージカル「ヘアー」のLET THE SUNSHINE INを歌った映像を思い出しました。

LUCIO BATTISTI / LET THE SUNSHINE IN
http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=y7SF11KFhzw

 60歳を過ぎたアレアのポリリズムを体験でき、大いに刺激になり勇気付けられました。
さっそくAreaオフィシャルTシャツを購入し、最近気力が落ち気味であったダンスをするため、クラブに行く決意を固めました。
  
 

フェスが終わり電車の中で涙が出てきました。
 夜なので花粉ではないと思います。
 電車の中でコンビニで買ったおにぎりを食べました。

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2013年05月11日

音楽会Moon Child 〜 Mauro Pagani Live in Japanイタリアン・プログレッシブロック・フェスティバル最終章5

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2013.4.28 Italian Progressive Rock Festival Finale 2013
Club Citta', Kawasaki, Japan


今日の1曲
 PFM Premiata Fornelia Marconi/Il banchetto1973年伊LP3位
 King Crimson / Moonchild 1969年 英LP4位
 PFM / Dolcissima Maria 1974年 伊LP1位シングル20位
 PFM / La carrozza di Hans 1972年 伊LP1位
 PFM / Impressioni di Settembre 1972年 伊LP1位シングル9位





 Italian progressive rock festivalフィナーレの最終日はMauro PaganiとArea。最初はPFMはもうおなか一杯だし、Areaはあまり興味がなかったのでパスの予定でした。しかし、フェスティバルの最後を見届けようと、行く決意をしました。

 PFM(Premiata Fornelia Marconi)はイタリア史上、最も世界で成功したバンドです。そのフルートとバイオリンの担当だったのがMauro Pagani。
 ところが1976年の初来日以来、PFMとして来日していませんでした。 
 
 Mauro Paganiは今やイタリアを代表するSanremo音楽祭の音楽監督です。
 日本で例えれば、ブルーコメッツのメンバーは音楽的素養が深く、後に紅白歌合戦の音楽監督などになった人がいました。



 幕が上がると3人だけのこじんまりした編成。左にMauro Pagani、中央がドラム、右がキーボードです。Paganiの出演料が高いために、この人数になったのではないかと思います。クラシックの弦楽三重奏・音楽会という雰囲気です。

PFM / Dove...Quando, Amico Flauto, RAI 1972
http://www.youtube.com/watch?v=hlcJUzYve2Y&list=PL0F2B0A1A8C17E00E
メロトロンやムーグの試奏シーンもあるイタリア国営テレビRAIでの映像。

 曲は、Paganiのソロ作品からが多いようですが、PFM以外聞いたことがないのでわかりません。しかし、初めて聞いた曲でも、3人で耳あたりの心地よい演奏がされて良い雰囲気です。若い2人のサポートメンバーも優秀なミュージシャンでしょう。

 PaganiのMCの英語は流暢ですが、早すぎてよくわかりません。自分の英語力不足をまた嘆くことになりました。しかし、言葉の断片から、Paganiが「1975年の初来日以来、ずっと日本に行きたかった」という思いが伝わってきました。

Pagani不在の2002年来日DVDはイタリアでもヒット。


 Paganiは「3人で5人の音は出せないが、がんばります。」というようなことを言いました。懐かしいイントロが聞こえてきました。世界進出を果たした「幻の映像」で唯一イタリア語が新鮮だったIl banchettoです。

PFM(Premiata Fornelia Marconi)/ Il banchetto
http://www.youtube.com/watch?v=QDaBXs6DibA



 小学校のとき、近所の6畳ほどの懐かしい小さな本屋で最初に買った音楽雑誌がMusic Lifeの1973年11月号でした。
 そこでPFMの「幻の映像」は5つ★の月間最高アルバムに選出されています。

 このMusic Lifeで、PFMは東郷かおる子氏から「ムーグやメロトロンを十分使っていながら機械的になり過ぎることなく、暖かさと優しさに加え、一種の品の良ささえ感じられるアルバムです」と評されていますが、その印象は今も当っています。

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Music Life 1973年11月号(左)PFMが月間ベストアルバム
Music Life 1974年2月号(右)インタビュー「PFM驚異の出現」

 続いて驚いたのがPaganiがKing CrimsonのMoonChildを演奏したこと。Music Lifeの1974年2月号の特集PFMインタビューで、Pagani、Premoliの好きなミュージシャンとしてKing Crimson、Genesis、Gentle Giantが共通しています。

 PFMの初期のライブではKing Crimsonの「21世紀の精神異常者」が演奏収録されています。他方、Mussidaは他のインタビューでは、「最近(1973年)のKing Crimsonはあまり良くないです」と述べていました。やはり1stの影響が大きそうです。

King Crimson / Moonchild
http://www.youtube.com/watch?v=j1m1l00eaDg
こんなに長い曲だったのかと驚いた。「宮殿」の前奏曲という位置づけか。

「21世紀の精神異常者」収録。


 「あっ、キングクリムゾンだ」と驚いてから、MoonChildだと気づいて、この選曲こそプロだと思いました。「21世紀〜」の時代ではない。「エピタフ」や「宮殿」を演奏してはPFMの印象が薄れる。「風〜」では軽い。残ったのがMoonChild。

 Moonchildを挟んだことで、Paganiもクリムゾンのファンだったのかという親近感が湧き、ステージが身近に感じられました。Paganiは、「音楽キャリアの中でKing Crimsonや Pete Sinfieldとの出会いは大きかった」ということをMCで話しました。 

 その後、Paganiのソロ「地中海の伝説」など彼の音楽歴を辿りました。
 ほとんど初めて聴いた曲でしたが、Moonchildで感じた共感・一体感が持続して中半も「知らない曲だから」と退屈することがありませんでした。

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Pete Sinfieldが英語詩を書いた英語版シングル。
左:Cerebration(E'FESTA) 
右:The world became the world(Impressioni di Settembre)

 今回、一番聞きたかったDolcissima Mariaには感動しました。
 この曲のPaganiの美しいフルートを初めて聞くことができました。このシングルB面のVia Lumiere後半がPFMで一番好きなのですがこれは演奏しませんでした。

PFM / Dolcissima Maria
http://www.youtube.com/watch?v=2dEz1sN-XPE
http://www.youtube.com/watch?v=xV4CaPdoEak

イタリア語ヴァージョンは緑。英語は青。


 最後のアンコールは、PFMの定番で盛り上げてくれました。何度も聞いてきた曲ですが、3人編成が逆に新鮮でした。最後のセレブレイションE'FestaもPaganiがエレキギターを初めて持って気合のカッテイングを見せました。

PFM / Impressioni di Settembre
http://www.youtube.com/watch?v=2T1oKGynRVs
メロトロンが美しいLPヴァージョン。

黄金期ベスト。中央がPagani


Premiata Forneria Marconi PFM / Celebration(E’Festa) Live TV1974
http://www.youtube.com/watch?v=esHEPt41Sjc&list=PL0F2B0A1A8C17E00E

 2011年の第1回イタリアンフェス初日のPFMは映像とのコラボ。3日目はオーケストラとの競演。今回は3人編成で別のPFMを見せてくれました。すべてが違うライブでした。PFMはプロの中のプロのミュージシャンなんだと改めて感じました。

PFM+Paganiとして発売されたCD




2013年05月10日

飛翔再現〜フォルムラ・トレFormula 3・イル・ヴォーロIL VOLO Live in Japanイタリアン・プログレッシブロック・フェスティバル最終章4

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Tシャツ。サインはまたしてもはずれ。

今日の1曲
 フォルムラ・トレFormula3 / 怒りの日Dies Irae 1970年
 Formula3 / 永遠Aeternum 1972年
 Formula3 / La Grande Casa 1973年
 Formula3 / Questo folle sentimento 1969年 伊3位
イル・ヴォーロIL VOLO / Il canto della preistoria 1974年
 IL VOLO / Come una zanzara 1974年
  IL VOLO / Svegliandomi con te alle sel del mattino 1975年
  IL VOLO / Gente in amore 1975年

 1年半続いた喧嘩ごとが、本日無事手打ちになり終結。ほっとしました。
 Italian progressive rock festival 2日目トリのフォルムラ・トレも、もう2週間前のことになりましたが記憶を残しておこうと思います。

 フォルムラ・トレFormula 3とは「公式3」という意味で、カーレースのフォーミュラ3から取ったとも言われています。イタリアで神格化されているシンガーソングライターLucio Battistiの提供した曲で成功。1969年の時点ではイタリアで最先端だったバンド。

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Lucio Battistiの設立したNumero Uno(No.1)レーベルからのシングル。

 当時イタリアに行ったことのある人が、一番の人気バンドだったCamaleontiは演奏が下手だったけど、フォルムラトレは滅茶苦茶に演奏が上手かったと言われていました。最近、当時のフォルムラトレのかっこいい映像が続々出てきました。

Formula 3 / Nessuno nessuno 1971年
http://www.youtube.com/watch?v=KfGjjMg7nRU
ギター、イケメンドラム、オルガンという世界的にも見たことのない編成。

Formula 3 / Sole giallo sole nero 1970年
http://www.youtube.com/watch?v=Y1_syQLfgWc
躍動感。あのStevie WonderがドラムとしてFormula3に参加した日の映像。

Formula 3+Stevie Wonder
http://www.youtube.com/watch?v=1GkZB6OireE
ラディウス対スティーヴィー・ワンダー。夢の競演。




 ギターのアルベルト・ラディウスAlberto Radiusは1942年生まれで70歳。
 昨年心臓手術で来日が急遽キャンセルになり、ブログでも「フォルムラトレは来なかった」と悲しいレポートを綴りました。 

  今年も、直前になって大事が起きないか心配でしたが今回は大丈夫。フォルムラトレは来てくれた。幕が上がりAlberto Radiusの姿が見えました。左にRadius、中央奥にドラム。右にキーボードが2人並んで接続しているのは「3」にこだわったせいでしょうか。

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シングルIo Ritorno soloの裏ジャケット。
 
 ライブの1曲目は日本で人気の3rdか4thの曲を予想していました。
 予想に反して1曲目は1st LPの1曲目 Dies Irae。
 ヘビーなドラムとギターの音。

 これはJimi Hendrixのコンサートに来たような衝撃。
 Alberto Radius とJimi Hendrix(1944-1971)が同世代だと気づきました。
 New TrollsのNico di Paloもジミヘンの真似をして歯でギターを弾いた時代です。




FORMULA 3 / Dies Irae 1970年
http://www.youtube.com/watch?v=fRGFMn72vms
Jimi Hendrix+ミサ曲。世界的にも聞いたことがないサウンド。

 2日目は離れた席から見ましたが、Alberto Radiusのギターは70歳とは思えない指さばき。ギターに熱中する少年のようにも見えます。レイドバックしたGolden Cupsのエディ藩のように、弾きながら他のミュージシャンに笑顔を送るような余裕もありません。

ジャケットも世界の終末。もちろん背景にはベトナム戦争が。


 続いて4thの中の表題曲La grande casa。このアルバムのライブが日本で行われる日が来るとは。Alberto RadiusのMCは全部イタリア語なので意味が不明。「コンニチハ」「ハロー」もなし。それだけにイタリアという国へのこだわりが感じられます。

Formula3 / La grande casa
http://www.youtube.com/watch?v=s4mVmSGC8Vs
残念ながら一番好きなCara Giovannaは演奏せず。



 かろうじてわかったRadiusの「Battisti-Mogol」という言葉の後に、Lucio Battistiが設立したNumero Unoレーベルの最初のシングルで、イタリアで3位になったFormula3のデビュー曲Questo folle sentimentoが演奏されました 。

Formula3 / Questo folle sentimento
http://www.youtube.com/watch?v=RFy9ZHksC7c
http://www.youtube.com/watch?v=xtnHJHAzFes
たった3分の曲なのにpart1と2に分かれているアルバムヴァージョン

 3rd LP Sognando e Risognandoの冒頭の時を刻むようなイントロが、レコードよりずっと長く繰り返されました。Cicoのボーカルパートはキーボードが担当。そして、最終曲のAeternumへ。今回はRadiusが主役で2人もいるキーボードは脇役でした。

Formula3 / Sognando e Risognando
http://www.youtube.com/watch?v=9KyPpF_U-yM
Sognando e Risognandoの後、L'Ultima Fogliaを数秒やった記憶。Storia…はカット。27:30からAeternum。30:00以降のキーボードの活躍部分からラストまではライブではカット。



 続いてフォルムラトレの最大ヒット曲(2位)のEppur mi son scordato di te。
 圧巻は、その後からのSuper Groupと呼ばれたIL VOLOの再現ショー。
 果たしてどのようにIL VOLOを演奏するのか一番期待していました。

 おそらく1974年では世界最高レベルの音楽集団だったIl Volo。ジャケットの瞳の中には、世界制覇を目指すように地球が描かれています。結局英米では発売されず、日本で再発されるまでドイツAriolaだけで発売されました。 

 Il Voloの1曲目は、1stLPのA@Aとの予想を覆してA面のスローな4曲目 Il canto della preistoria。続いて1曲目のCome una zanzara。2曲目、3曲目は順番を忘れましたが、A面の4曲をすべて演奏しました。

Il Volo 1st 
http://www.youtube.com/watch?v=uTvsWidDW08
A@、BBのような圧倒的な演奏力の速い曲が好きだったが、大音量のライブで聞くACBAは迫力があった。A@はテンペラ、カレロを欠くためかFunkyな躍動感を欠き、Rockよりの演奏になっていた。



 今回のライブで個人的に一番感動したハイライトは歌のないIl Voloの2ndの2曲。Il Voloとは「飛行」の意味です。来日前は70歳のRadiusにIl Voloを再現できるのか杞憂がありました。しかし、Radiusはそれをファンのために実現しました。

 Il Voloの2ndの1曲目はLPのB面のA。Radiusが直前のMCで「Mario Lavezzi」と言いましたが、この曲はRadiusとLavezziの共作です。続いてやはり二人の共作のA面の@。複雑な人間関係のためか、Radius、Lavezzi作品に限られたようです。

Il Volo / Essere o non essere? essere, essere,essere!
http://www.youtube.com/watch?v=E6NmtRReSao
BAのライブでは、まどろみの中から一転し25:20〜26:00で力強く大空へ飛翔した。全身でリズムを体感した。A@は混沌としたギターソロから3:30〜3:50のメロディーを崩さずに2回再現。このメロディーはRadiusの作った一番大事な一つだと思った。 

「生きるべきか死ぬべきか?」というタイトル。当時のイタリアの音楽情勢の悪化を反映していた。


 ここでIL Volo飛翔再現ショーは終了。2ndで好きなAB、B@は演奏しませんでした。もちろん70歳のRadiusは、30歳のときのように高くは飛べませんでした。
 でも感動しました。

 続いてChe cosa sei。RadiusのソロとBattistiの作品のコーナーになりました。会場も知らない曲が多くなったせいか、反応が鈍くなっていく感じです。昨年の同じベテランのI Poohのときと異なり、PAのバランスも苦しい。自分もしんどくなってきました。

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 背中の丸まった1年前に心臓手術をした70歳のRadiusの姿だけが目に映りました。
 今年1月に私はバイクで右折したところ、後ろからバイクにぶつけられて転倒しました。後で会ったら話題のK連合系列の暴走族の素直な少年でした。

 肘、膝、足首からかなり出血し、しばらく化膿しました。でもRadiusは1年前に胸部を切って心臓の手術をしたんだなと思うと、これは命がけのライブだと気づきました。
 Radiusは日本で死んでもいいと思って来日したのかもしれません。

 フォルムラトレのライブもクラブチッタのオフィシャルブートが限定1000枚で発売されます。当日のライブよりクリヤーなMIXと期待できます。Radiusの日本での記録を聞きたい方には早めに確認・オーダーをされることをお勧めします。



 Alberto Radiusの父親は上級の将校で、Minaがそうだったように音楽業界に入ることには猛反対されたそうです。Formula3には「Come James Dean(ジェームス・ディーンのように)」という後期の曲があります。
 
 最後から2番目は「ラディウスのラプソディー」で、久々の喝采。最後の曲はわかりませんでした。PFMやI Poohのように皆が知っている曲で最後を演出することもなく、頑固一途のギター職人Alberto Radiusの命がけのライブは終わりました。

 フォルムラトレのライブは「夢のまた夢」ではなく、夢ではない厳しい現実でした。なぜか、昔辰吉丈一郎がガードを下げる戦法で、誰が見ても危ないと批判されても頑固に「一々助言に従ってたら世界なんて取れませんよ」と反論していたのを思い出しました。

 

2013年05月05日

最終兵器RDM with世界初オーケストラ競演〜Il Rovescio della Medaglia with Strings Orchestra Live in Japanイタリアン・プログレッシブロック・フェスティバル最終章3

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Tシャツ。サインは残念ながら、またはずれ。


今日の1曲
 RDM / Contamination 1975年
 Il Rovescio della Medaglia / Contaminazione 1973年
バッハ(パブロ・カザルス)/ 無伴奏チェロ第1曲
 バッハ平均律クラヴィーア曲集No.1(グレン・グールド他)


 今回一番期待していたのがRDM の世界初のオーケストラとの競演です。ビートルズのイエスタデイから始まったロックとオーケストラの融合はDeep Purpleも試みましたが、イタリアのバカロフ3部作こそ世界的に見て最高といえるでしょう。

 Luis Bacalov 3部作は、1971年New Trolls(最高位2位)、1972年Osanna(最高位8位)に続くバッハを素材にした1973年RDM / Contaminazioneで完結。
 RDMはセールス的にも大きな成功にいたらず地味な印象があります。

 30年以上前に英米進出を図った英語ヴァージョンRDM / Contaminationを聞きました。ELP、PFMと聞いてきた後の「RDM」という名前は強烈で、当時はイタリアからの最終兵器のようなインパクトを受けました。

 New TrollsやOsannaとのバカロフ・コラボとの最大の違いは、RDMではストリングスに加えてパイプオルガン、ハモンドオルガンが活躍するところです。
 来日4ヶ月前から一番楽しみにしていました。

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2013.4.27 Italian Progressive Rock Festival Finale 2013
Club Citta', Kawasaki, Japan

 いよいよ2日目の開幕です。最初の曲はRDM単独で1st のGudizioや2ndのNon Io、あるいは最初からストリングス付でNon Io、Gudizioなんてどうかなと空想していました。Contaminazioneはトリと予想。バイオリンのリハの音が聞こえてきました。

 予想に反して、いきなりContaminazioneからスタート。真ん中に結成時からの唯一のオリジナルメンバーEnzo Vitaがいます。白髪で衣装も煌びやかで貫禄があります。シンセサイザーの導入部もオリジナルの全くのコピーでなくアレンジされています。

 New Trolls, Osannaのときは左でしたが、今回は右側にTokyo Vielle ensembleの7名が配置。バッハ平均律クラヴィーア曲集No.1が聞こえると喝采が起きました。ドラムの人がボーカル。右のストリングス隊がいつ動くか目が離せません。

バッハ平均律クラヴィーア曲集No.1 聴き比べ
http://www.youtube.com/watch?v=xNYaCqAUrqk



 Osannaのミラノカリブロ9の完全再現コンサートではLino Vairettiが、光栄であると同時にたいへんな責任を感じたと言っていました。
今回もオリジナルメンバーのEnzo Vitaは相当緊張しているように見えます。

RDM / CONTAMINATION 聞き所
http://www.youtube.com/watch?v=o-jQ5lv_3zU
3:20〜4:00ハードロックのリフとシンセサイザー
6:00〜7:00 トレースのようなチェンバロからELP風攻撃的オルガン
9:45〜10:25重いストリングスパート
14:40〜18:15 Canzona、Adagioのよう名曲バラードLa mia Musica
21:00〜21:18 チェンバロから強烈なギターリフ
27:20〜29:00 強烈なギターリフ
34:00〜 Grande Fuga

「RDM」の名前が強烈だった


 今回は指揮者がいません。ストリングスが入る前のところで、楽譜をみつめるTokyo Vielle ensembleがバイオリンを構えて緊張しているのがわかりました。ロックが途切れた瞬間に入るバイオリンは天上からの響きのように聞こえます。

 大きなパートの切れ目で拍手。完全なストリングスだけのパートに入ったときに、ステージ左のベースが首を縦に振ってリズムを取っているところがとても印象に残りました。彼自身も長年Contaminazioneのファンだったのではないかと思いました。

 Enzo Vita以外の4人のメンバーはRanestroneという独立した単体のバンドなため、リズム隊の結束がいいです。オリジナルのRDMは退廃的な雰囲気が漂っていましたが、ヴォーカルを初め明るくシャープで、それもいい感じです。

Rovescio della medaglia / La mia Musica
http://www.youtube.com/watch?v=dUxUFuE7JjM
名曲バラード。

 Enzo Vitaはステージで黙々と演奏し、歌もありません。一人だけマイクも無いのですが、ギターソロのパートになるとスポットライトが当たり、職人のようにLPとは異なる、ときにはっとするような新しいフレーズを紡ぎだしています。



 RDMはイタリアで最も大音量のPA機器を持っていたそうです。
1974年のRDMのブートレグではローマのPiper ClubでContaminazioneをオーケストラなしで再現していました。他にも実に興味深い音源があります。

Il Rovescio della Medaglia / La Mia Musica (Live, Piper Club 1974)
http://www.youtube.com/watch?v=GWIt-SWVCUg
来日に備えて予習しているうちに貴重な音源がみつかり感動。。。

Il Rovescio della Medaglia / Medley Contaminazione
http://www.youtube.com/watch?v=7idJes_Y1NQ
オーケストラなしのContaminazione

Il Rovescio della Medaglia  Live 1974
http://www.youtube.com/watch?v=9dWPyZoU41Y
12:40 Non Io  35:00 La Mia Musica 54:30 Grande Fuga
当時のRDMのファンの熱狂もわかる。

 音楽に詳しい方のブログで、Contaminazioneではバッハの平均律ピアノ曲集から7曲、Grande Fugaの直前に無伴奏チェロ第1曲の最初の有名な部分が使用されていると指摘されていました。自分は最初と最後の2箇所しか気づきませんでした。

J. S. Bach パブロ・カザルス/ 無伴奏チェロSuiten für Violoncello solo No.1 G major BWV1007
http://www.youtube.com/watch?v=_qZkPuA9pj4



 無伴奏チェロ第1曲のストリングスのフレーズでは鳥肌が立ちました。「ワンツースリーフォー」の掛け声とともに、この4ヶ月待ち望んでいたContaminazione のフィナーレGrande Fugaが始まりました。

 最後のパイプオルガンが響き渡り、終演へ。スタンディング状態になり、しばらく拍手が続きました。ここで初めてMCが入りました。
 ドラムの人がまず、ストリングスの7人を讃えました。

 そしてメンバーを紹介。最後にRDMの創設者として「Ladies and Gentleman, Mr.Enzo Vita!」と紹介。英語で「世界で初めてContaminazioneを演奏できました。Thank you very much」と言っていたと思います。

 新作のMicrostorieから2曲を披露しました。
 OsannaのときのようにGrande Fugaで終わったほうが客は喜ぶと思いますが、Museo Rosenbachと同様、現役であることのプライドがあるのでしょう。

 最近になってContaminazioneはバカロフに統制された作品で、RDM自らが望んだ作品ではなかったという話を知りました。しかし、Enzo Vitaが作ったと思われるContaminazioneの中のギターフレーズも素晴しいと思います。

 5月7日の仕事の準備のため4連休は準備と不安で落ち着きません。Enzo Vitaもこの数ヶ月、日本で本当にうまくいくのかと不安だったのではないでしょうか。遠い異国での仕事が終わって精根尽きた彼の姿が目に浮かんできました。




2013年05月03日

ダイナマイトと神秘・ムゼオ・ローゼンバッハMuseo Rosenbach Live in Japanイタリアン・プログレッシブロック・フェスティバル最終章2

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Tシャツ。残念ながらサインははずれ。


今日の1曲
 Museo Rosenbach / Dell'eterno ritorno 1973年
 Museo Rosenbach / Degli uomini 1973年
 Museo Rosenbach / Della natura 1973年
 Museo Rosenbach / Zarathustra 1973年


イタリア本国のプログレサイト“Italianprog”の TOP20でPFM、Bancoを抑え堂々1位に評価されたツァラツストラ
http://www.italianprog.com/index.htm



 イタリアン・プログレッシブロック・フェスティバル初日のトリは、1973年にニーチェのツァラトゥストラをテーマにしたLPで、Maxophone同様にLP1作だけで歴史に名を残したムセオ・ローゼンバッハMuseo Rosenbach。
 
 メロトロンファンにとっても泣く子も黙る作品。イギリスのメロトロンサイトでも「メロトロン使用度」「音楽的評価」の両面でKing Crimsonの1stと同格の最高ランク5。
http://www.planetmellotron.com/toptron.htm

 ツァラツストラもMaxophoneのLPのようにどこを切っても捨て曲のない傑作です。
 どの曲から始めるのか? あるいは新曲からか。
 1曲目が気になります。いよいよ開演。

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2013.4.26 Italian Progressive Rock Festival Finale 2013
Club Citta', Kawasaki, Japan

 聞こえてきたのは、LPのB面のラスト「自然回帰」と同じ音色のシンセサイザーのイントロ。ライブ会場で聞くと宇宙に飛ばされるような音です。
 40年前にシンセサイザーが如何に革新的だったかを再認識しました。

 幕が上がると、真ん中にヘルスエンジェルスのような革ジャンを着た山本晋也監督を小太りにした不良中年風のLupoが見えました。彼こそバンドの看板シンガー。
 Museo Rosenbach日本上陸です。

 強烈なギターとともにダイナマイトのようなドラムにぶっ飛ばされました。
 Maxophoneの洗練されたジャズ的なテクニックとは全く対照的。オリジナルの5名より多い7名のメンバーがステージに現れました。

 ダイナマイトドラムを叩くGiancarlo Golziが現在も所属するマティア・バザールMatia Bazarは、イタリアで女性ボーカルをメインにして長くトップにいるという意味で、日本で言えばドリカムのような超メジャーバンドです。

 私は長年、Giancarlo GolziにとってMuseo Rosenbachにいた経歴は、消し去りたい暗い過去だったのではなかったのかと勘違いしていました。Golziは「Museo Rosenbachこそ本当の自分だ」と言わんばかりの雷神になっていました。

ムッソリーニをコラージュしたジャケットのためイタリアで発禁になったとも聞く
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 そして、Lupoの40年前のLPのような衰えのない強烈な声に圧倒されました。
 「芸能界で一番喧嘩の強い男は誰か」という企画で、初めは信じられませんでしたが、山本晋也監督は、舘ひろし、渡瀬恒彦らと共に上位にランクされます。

 私は、あの穏やかな山本晋也監督が「本当の俺を見せてやる」と叫んでいるような感動を覚えました。ライブは、まずB面の3曲を新曲も挟まずに、ダイナマイトドラムを中心に怒涛のごとく続けて演奏しました。
 
 なんと形容したらよいか。恐ろしいほどメロディーが美しいヘビーメタルのライブ。
 あるいはJames Brown率いる最強時のグルーブ感を持つ1971年JB’sに、無理やりシンフォニックロックを演奏させたらこんな感じではなどと想像しました。

長年、真ん中がMorenoと思っていたが、後ろの右端の人だった


 そしてA面のツァラツストラ組曲に突入。初めの山であるメロトロンの嵐もメロトロンに似たシンセサイザーの音でカバー。今回のライブではこのメロトロンパートは印象が薄く、希代のメロトロンバンドというよりもドラムとボーカルが核でした。

Museo Rosenbach / Zarathustra全曲 (1973)
http://www.youtube.com/watch?v=hqZZwrc-BNM
初めて聴く人へのお勧めは「超人」のメロトロンパート2:30〜、「砂時計の宮殿」17:40〜、Degli uominiの冒頭 20:46〜、自然回帰Dell'eterno ritornoのエンディング38:30〜


 3年前に来日公演を見たPeter Hammillピーター・ハミルに似た神秘の人Alberto Moreno。今回彼はベースを弾かずに、右前方でキーボードで特にメロトロンのパートを再現していました。ベース・キーボード・ギターに若手メンバーが補強されています。

 ツァラツストラ組曲が「砂時計の宮殿」で終了すると会場はスタンディング状態。メンバー紹介で、ドラムのGiancarlo Golziが、「Alberto Moreno、Music and lyrics!」と紹介。Alberto Morenoこそがリーダーと思いました。

 Golziが若い20歳のメンバーを紹介しました。逆に「どうです? 僕も若いでしょう」とおどけています。今回の来日で、イタリア本国ではMuseo Rosenbach は「ムゼオ・ローゼンバック」と呼ばれていることがわかりました。

Museo Rosenbach / Al di là del Bene e del Male
http://www.youtube.com/watch?v=4to6sJLtXnw
最近の映像

最新ライブ


Il Tempio delle Clessidre LIVE - Zarathustra
http://www.youtube.com/watch?v=PXCqapssNuU
トリビュートバンドによるライブ Lupo参加。

IL TEMPIO DELLE CLESSIDRE / DELLA NATURA
WITH STEFANO "LUPO"GALIFI
http://www.youtube.com/watch?v=XqPA7uoiJsc

Zarathustraデモ録音などの初期の貴重音源集



 続いて新譜からの新曲を3-4曲披露しました。Alberto Morenoが曲の前に英語でメッセージを言いました。しかし、こういうときに英語のわからない自分は情けない。
 英語ぐらいできなきゃなあと後悔する瞬間です。

 Alberto Morenoの言葉から断片的に「現代においても悲惨なことは続いている」「今度の曲はPositiveなものです」といったメッセージだったような気がしました。
 Zarathustraのジャケットにはベトナム戦争らしき子供の写真も写っています。

 MorenoはLupoが歌っているときも目をつぶり一緒に口を動かしていました。MorenoがLupoの歌を通して自分のメッセージを表現したいという意思が伝わりました。彼の強い意思が1973年にZarathustraの詞と曲を一気に書き上げたのでしょう。

 アイランド期のKing Crimsonは、ロバート・フリップという頭脳と、3人のブルースを愛するロッカーという構成が、緊迫感を伴った結果をもたらしていました。今回は、Morenoの頭脳と、 Lupoの歌、 Golziのドラムがトライアングルになっています。

 Lupoも本来はブルースシンガーだったのがプログレッシブロックでやることになったと言います。アイランド期のKing Crimsonと異なり、Moreno、 Lupo、 Golziのオリジナルメンバー3名の絆は、今でも深く結びついているようです。
    
Museo Rosenbach / Il Respiro Del Pianeta
http://www.youtube.com/watch?v=pgFNJ-wdb88


 新作もよく練れた構成ですばらしく、60歳越えのバンドの新曲とは思えません。
 しかし、さすがにツァラツストラ組曲の後では影が薄くなります。
 観客の拍手も熱狂的ではなく、覚めたものになっていきました。

 最後のアンコールも新曲でした。
 Alberto Morenoだけ一人先にステージからいなくなってしまったのは、新曲に対して大きな反響を得られなかったことに対する失望があったのかとも思いました。

 しかし、それはAlberto Morenoの、バンドとして存続する以上は過去の遺産にとどまらず、前に進みたいという強い意思の表れだと感じました。今回のライブはオフィシャル・ブートレッグCDになるので、その意思をまた確認したいと思います。





2013年04月28日

蝶の歌・マクソフォーネMaxophone Live in Japan イタリアン・プログレッシブ・ロック・フェスティバル最終章1

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来日したマクソフォーネMaxophone 5人のサイン

今日の1曲
 Maxophone / I heard a butterfly 1975年
 Maxophone / Al mancato compleanno di una farfalla
 Maxophone / Il Fischio Del Vapore 1977年
 Maxophone / C`e un paese al mondo 1975年


 ついに、Italian Progressive Rock Festivalが最終回になりました。これで最後かと思うと寂しいです。今回の初日トップバッターはMaxophone。
 1975年に残したたった1作で歴史に名を残した伝説のバンドです。

 日本では「マクソフォーネ」と呼ばれていました。しかし、今回メンバーは「マクソフォーン」と言っており、最初から英米進出を意識したバンドだったことがわかります。
 特色は美しいメロディーと絶妙のアンサンブルです。

 一部の人にしか知られていないのがもったいない。
 クラシック、ビートルズ、フュージョン、バラードなどジャンルを問わず、美しい音楽が好きな全ての人に聞いてほしい人類の遺産の一つとも呼びたい作品です。

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 Maxophone Japanライブ開幕です。
 1曲目は、LP6曲目の軽快なイントロが聞こえてきました。伝統のモントレー・ジャズフェスティバルにも出演経験があるだけあって、演奏テクニックが滑らかで見事です。

Maxophone / I heard a butterfly 1975年
http://www.youtube.com/watch?v=ZmXt1_N2-dk
多くの人に最初の2分30秒だけでも聴いてほしい曲。さっき77歳の普段は音楽を聴かない母に聴かせたら感動していた。

Maxophone / Al mancato compleanno di una farfalla
http://www.youtube.com/watch?v=4e634r-zXdY
I heard a butterfly のオリジナル・イタリアヴァージョンの貴重映像 1975年

Maxophone / Al mancato compleanno di una farfalla
http://www.youtube.com/watch?v=PVs13YRw8Uc
今回の来日メンバーによる2011年のライブ。



 今回は右前方の席でした。前に見えるリードボーカル、キーボードとギターのALBERTO RAVASINIがライブの中心になっていました。英語の語りも上手です。もう一人のシャイなキーボードSERGIO LATTUADAと二人がオリジナルメンバーです。

 バンドの大きな特色だったホルンなどの2名のホーンセクションは、キーボードでカバーしていました。知ってるいい曲といいメロディーばかりなので、あっという間に時間がたってしまいました。

Maxophone 全曲
http://www.youtube.com/watch?v=ExpvU4VbSBk
どこを切っても豊穣な泉のように美しいメロディーが溢れる。人類の遺産。

Maxophone / Six against one Live 2011
http://www.youtube.com/watch?v=7YHcJ3OQbU4
冒頭の教会オルガンがライブでも印象的だった。

世界進出を狙った英語ヴァージョン。
設立したばかりのアメリカPA・USAレーベルでも一押しアーティストだった。


Maxophone / Il Fischio Del Vapore
http://www.youtube.com/watch?v=ZfM-Kg0dZp0
今回の来日では英語ヴァージョンで演奏されました。

Maxophone / C`e un paese al mondo
http://www.youtube.com/watch?v=Xz201Bvou-w
初来日ライブの最後はLP冒頭のこの曲が飾りました。6曲めの最後の教会風コーラスが聞けなかったのが少し残念でした。

 初日のトリのMuseo Rosenbachの終了後の廊下で、Maxophone の5人が待って来場者と握手していたので驚きました。以前Osannaのときはグッズを買うと全員サイン会に出れたのですが、今回は予想外。先日のキース・エマーソンに続いて奇跡が。

 LPにサインをもらいました。ALBERTOに34年前から好きな「I heard a butterfly」が好きですと話すこともできました。片思いを打ち明けたような心境です。何よりMaxophoneが「日本に来てよかった」と思ってもらえれば嬉しいです。

「生命の故郷」という邦題がぴったり。



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2013年02月16日

情感U〜ミャーたんとの出会い〜1972年冬

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近所の人たちから愛されて幸せな野良猫のミャーたん。対岸から渡って来ました。
木の杭に顔を擦り付けていたのは、頭をなでて欲しかったのでしょうか。


今日の1曲
 RDM(ロヴェッショ・デッラ・メダーリャIl Rovescio della Medaglia)
     / 非我 Non IO 1972年
  RDM / 非我 Non IO 1975年live
 トワ・エ・モワ / 虹と雪のバラード 1972年オリコン7位


 風邪がなかなか治らず、夜中に咳き込んで何度も起きたりしんどいです。相談者と面接するのもたいへんでした。いったい何時になったら治るのでしょうか。当番弁護も初めて交替。今日、病院に行って抗生物質と胸に貼る薬ももらいました。

 先日、子猫のコロちゃんの元気な成長が見れて嬉しかったです。一昨日、コロちゃんの仲間の野良猫が、皆から愛され情が伝わっているせいでしょうか、恐れもせずに私に近づいてきてミャーミャー鳴いています。さっそく、ミャーたんという名前をつけました。

小川の対岸にいたときのミャーたん。私に気づいたところ。
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 今回はイタリアのRDMというバンドです。...Giudizio Avrai(判決が下りた)というプライベート盤LPを昔持っていました。40分以上抽象的な即興演奏が続く不思議なレコードでした。その中で数十秒だけ情感のある美しいメロディーが感動的でした。

Il Rovescio della Medaglia/ Non IO ...Giudizio Avrai(Live Bootleg)より
http://www.youtube.com/watch?v=cfRyccOpxp4&feature=related
1:30-2:20が印象的な部分。今聞いてみると、それ以外の部分もいい感じ。
ドイツのCosmic Jokersのセッションにも似ている。

 情感が高ぶるRDMのメロディーの謎は、17年後に日本で発売されたCDでわかりました。ヘーゲル哲学をテーマにしたというRDMの2枚目のLPの中の非我Non IOという曲の一部でした。本物の金属のメダルがついているという凝ったジャケットです。

 Rovescio della Medagliaとは、イタリア語で「メダル(コイン)の裏側」という意味。既成にはない音楽を作るという意気込みでバンド名として名づけられたそうです。人には表と裏があるという諺としても使われているようです。

Il Rovescio della Medaglia / Non IO オリジナル1972年
http://www.youtube.com/watch?v=i-Tg3q9eC_8
2:00-2:50 リコーダーの音から突然、ギターによる強烈なメロディーが奏でられる。



RDM「IO COME IO」付属のメダル
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 RDMの2枚目のLP「IO COME IO」が出た1972年は、日本では札幌オリンピックの年でした。浅間山荘事件にもテレビに釘付けになりました。札幌オリンピックのテーマ曲「虹と雪のバラード」は、なぜか心が揺さぶられる情感溢れる名曲です。

虹と雪のバラード wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%B9%E3%81%A8%E9%9B%AA%E3%81%AE%E3%83%90%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%89

トワ・エ・モワ / 虹と雪のバラード 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=ASdYIxiTRPs
稀代のメロディーメーカー村井邦彦の編曲による情感を徐々に揺さぶっていくコーラスワークが見事。対照的に素人的な歌詞が感動を呼んでいる。




天地真理 / 虹と雪のバラード_
http://www.youtube.com/watch?v=Aa9oc2K2_ek
1stLP収録の美しいヴァージョン。1970年代前半の国民的アイドル。




ジャッキー吉川とブルー・コメッツ「虹と雪のバラード」 
http://www.youtube.com/watch?v=sarxp2U_X2o
1960年代に全員が楽譜を読め、プロ中のプロと言われたバンド

ピンキーとキラーズ 「虹と雪のバラード」
http://www.youtube.com/watch?v=pA1LEf8l5N8
力強い歌。




2012年11月17日

童画展2012 一期一絵

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今日の1曲
 ヴァシュティ・バニアンVashti Bunyan
    / Just another diamond day英1969年
 Hunka Munka /汚れなき幻想E' Pura Fantasia イタリア1971年
Il Paese dei Balocchi
    / 希望の歌Canzone della speranza イタリア1972年
 IL Paese dei Balocchi / 真実の歌Canzone della Verita
 IL Paese dei Balocchi / 逃亡Evasione
 Tangerine Dream / Ricochet 1975年ドイツ
<番外編-5> 猫のマッサージ


 久しぶりに絵を上野公園に見に行きました。東京都美術館の童画展です。     http://www.gendoh.jp/html/03exhibition/index3.html
 隣ではメトロポリタン美術館展が大々的に催されています。

Hunka Munka / 汚れなき幻想E' Pura Fantasia (Italy 1971)
http://www.youtube.com/watch?v=clXFpPjOcig
イタリアのフンカ・ムンカの1971年シングルのB面

 童画展はひっそり。子供をテーマにした絵ばかりで疲れないし、楽しめました。
 はじめは技巧に目がいきましたが、だんだん上手い下手より、心に響くかどうかだけが見る視点になりました。

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ヴァシュティ・バニアンVashti Bunyan / Just another diamond day
http://www.youtube.com/watch?v=lwSTf_sekv4
イギリスの田舎で作られた幻の名盤




 童画展のイメージに一番合うのが、当ブログ頻出のイタリアのイル・パエーゼ・ディ・バロッキIl Paese dei Balocchiというバンド。
 バンド名は「おもちゃの国」という意味です。

IL Paese dei Balocchi / 真実の歌Canzone della Verita(7)
http://www.youtube.com/watch?v=JM7IFnVigtU&list=PL161154888450FE56&index=7
ロックバンドとは思えない美しいストリングスの曲。

IL Paese dei Balocchi / 逃亡Evasione(4)
http://www.youtube.com/watch?v=RVPaxeoDeXw&list=PL161154888450FE56&index=4
これも美しいストリングスの曲。

Il Paese dei Balocchi / 希望の歌Canzone della speranza
http://www.youtube.com/watch?v=B3e48uN9iKg
希望の歌とは裏腹のベトナム戦争への絶望感。




 絵の先生と教え子さんたちのグループもいました。
 一期一会、というか一期一絵のすばらしい時間でした。
 見終わって、頭が軽くなりました。

Tangerine Dream - Ricochet
http://www.youtube.com/watch?v=Q1VTgK9wQdA
1975年。タンジェリン・ドリームの最後の輝き。

猫のマッサージ
http://www.youtube.com/watch?v=HgcGu1R2M-s&feature=relmfu







2012年10月20日

秋の名曲7 芸術工房

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シングルLa Bottega dell'Arte / Più di una canzoneと
赤ちゃんの産まれたお客さんにあげたDumboの人形

今日の1曲
La Bottega dell'Arte
    / Più di una canzone 1980年イタリア30位


 今日、お母さんから虐待されて一時避難所にいたИちゃんが出所することになりました。秋の青空とИちゃんの天使の笑顔に癒されました。みんなで応援しているよと話しました。困ったことがあったら電話するように伝えました。

 秋の曲として、今回はイタリアのボッテガ・デラルテ“芸術工房”の1980年のサンレモ音楽祭出場曲です。ディスコ・ブームに乗ろうとして乗り切れなかった1979年の3rdアルバムから、本来の彼らの姿に戻ったイタリアの粋を集めた名曲。

La Bottega dell'Arte / Più di una canzone 1980年
http://www.youtube.com/watch?v=KdjGSU49vcM&feature=related

Bottega dell'arte / Via del Grano 1981年
http://www.youtube.com/watch?v=LX3zzneF6XA&feature=endscreen&NR=1
バックのストリングスが美しい。イヤホンで。

LA BOTTEGA DELL'ARTE / Bella Sarai 1978年
http://www.youtube.com/watch?v=CGMAFdGW8V4



2012年05月04日

ロカンダ・デッレ・ファーテ来日 第2回イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァル part4 〜 フォルムラ・トレよ再び

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Locanda delle Fateのサイン入り新作CD

今日の1曲
ロカンダ・デッレ・ファーテLocanda delle Fate
   / Un volte di instante un quiete 1977年
Locanda Delle Fate
   / Forse Le Lucciole Non Si Amano Più 1977年
Locanda delle Fate / Crescendo 2012年
Locanda Delle Fate / Vendesi Saggezza 1977年
Locanda Delle Fate / New York 1978年
フォルムラ・トレFormula3
   / いとしのジョバンナCara Giovanna 1973年LP最高位20位
Formula 3 / La folle corsa 1971年最高位15位
イル・ヴォーロIl Volo / Come una zanzara 1974年
Cico / Se mi vuoi 1974年最高位17位


 イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルItalian Progressive Rock3日目の目玉は、初来日のロカンダ・デッレ・ファーテLocanda delle Fateです。フォルムラ・トレFormula3がAlberto Radiusの心筋梗塞のために来日中止になり、その分Locanda delle Fateへの期待が高まりました。

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フォルムラ・トレ来日中止のお詫び

Locanda delle Fate HP
http://www.locandadellefate.com/

 ロカンダ・デッレ・ファーテLocanda delle Fateは、イタリアよりも日本の方が知名度やセールスが高いと思われます。日本が支えたバンドと言っても過言ではないでしょう。Locanda delle Fateの1977年の1stLPはそのジャケットのずば抜けた美しさと、特にLP A面の1曲目のピアノの美しさから伝説的な存在になりました。1982年の奇跡の日本でのPolydorの一斉再発の際もセールスが良好で、その後ロカンダ・デッレ・ファーテだけ一般の英米のRockに混じって1800円の廉価版で発売されたときは、ここまで知名度が上がったのかと驚きました。
 Locanda delle Fateも極東の国、日本のおかげで自分たちはここまでこれたと言っていることを、ネットのおかげで知ることができました。今回の初来日は、このような長年の相思相愛関係を裏切らない感動的なものでした。

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 幕が開くと拍手喝采の中、伝説の1曲目が始まりました。左右にツインキーボード、左がピアノ系、右がシンセサイザー系の音を主に担当しているようです。
 ドラムスはなんと日の丸の鉢巻をしています。
 そして、ついにあのピアノソロが響き渡る瞬間で、このときを待っていたと言わんばかりに会場から大歓声があがりました。日本の観衆は曲が終わるまでは静かで、途中で歓声が上がるケースは珍しい。また、この1曲目に対するレスポンスはイタリアのライブにはない日本だけのものでしょう。Locanda delle Fateのバンドのメンバーたちも全員日本に来たという喜びで一気に顔がほころび、緊張が解けました。

Locanda delle Fate / Un volte di instante un quiete
http://www.youtube.com/watch?v=wdc5f6dzyEE
伝説の1曲目。1:00からのピアノを大音量で。さらに2:50にも山が。変拍子の見事なアンサンブルを美しく聴かせる大名曲。

Locanda delle Fate / Un volte di instante un quiete 2010年Live
http://www.youtube.com/watch?v=YVWDp4KQAPk
真ん中にいるのは何かと思ったら妖精の少女だった。この演出は日本ではありませんでした。

最も美しいジャケットのひとつ「ロカンダ・デッレ・ファーテ / 妖精」
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 感動の1曲目が終わると、Bancoのジャコモさん以上の巨体と思われるボーカルの人が中央に現れました。日本ではインストの1曲目への高評価のプレッシャーがボーカルの人にあるのではないかと若干心配していました。でも、ライブではこの巨漢の存在があってこそLocanda delle Fateなのだということを実感。正直のところ1曲目以外はあまり聴いたことがなかったのですが、今回のライブで他の楽曲の素晴らしさを知ることができました。Locanda delle Fateの曲は必ずどこかに聞かせどころがあり、また演奏力が安定していました。

Locanda Delle Fate / Forse Le Lucciole Non Si Amano Più
http://www.youtube.com/watch?v=QbaJfSEehns&feature=related
2曲目のボーカル曲。

Locanda Delle Fate / Forse Le Lucciole Non Si Amano Più  Live
http://www.youtube.com/watch?v=Fapg_lvtU0w&feature=related
奇跡のライブ映像。2年前に初めて見たときは、あまりにも演奏が完璧なので口パクかと思っていた。実はライブ映像だと言うことに3日前に気づいた。

Locanda delle Fate / Crescendo
http://www.youtube.com/watch?v=t_m38NlF4zs&feature=related
2012年の作品とは思えない素晴らしい曲。往年のムーグ、メロトロン、オルガンなどのアナログキーボードがサンプラーで生かされている。



Locanda Delle Fate / New York
http://www.youtube.com/watch?v=DjAX6z3mXCY
今回のライブでは演奏しませんでしたが、シングルの名曲。

 一糸乱れぬアンサンブルが続きます。
 素晴らしい熱唱でライブ会場を盛り上げるボーカルのLeonardo Sassoは途中で何度も汗をタオルで拭いています。前に手を合わせて何度もお辞儀しました。
 Formula3が中止になったので、アンコールで1曲目を希望していました。しかし、最終曲Vendesi Saggezzaで1曲目の3:00のフレーズが聞こえてきました。このLP自体がトータルアルバム。アンコールがなくても見事に盛り上がりました。6人のメンバーが肩を組んで前に出てきました。スタンディングの大歓声の中で伝説のLocanda delle Fateの初来日公演は終わりました。

Locanda Delle Fate / Vendesi Saggezza
http://www.youtube.com/watch?v=LTKq-oHiCg8&feature=related
8:35から感動のフィナーレ。




Locanda Delle Fate twitter
http://twitter.com/#!/LocandaDF

今回のLocanda delle Fateセットリスト
‐ A volte un istante di quiete
- Forse le lucciole non si amano più
- Profumo di colla bianca
- Sogno di Estunno
- Non chiudere a chiave le stelle
- Cercando un nuovo confine
- Crescendo
- Sequenza circolare/ La giostra
- Vendesi saggezza


〜 フォルムラ・トレFormula3は来なかった 〜


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フォルムラ・トレ「神秘の館」の内ジャケット

 見たかったフォルムラ・トレFormula3がまさかの来日中止。Alberto Radius氏の回復を祈ります。70歳と言えば内田裕也氏と同年齢。こんどこそ万全の体調で、是非Tony Ciccoも連れてきてたくさんの曲を披露していただきたいと思います。

Formula3 / いとしのジョバンナCara Giovanna 1973年
http://www.youtube.com/watch?v=qk3cLsCtIyI
一番美しい曲をリクエスト。

Formula 3 / La folle corsa 1971年
http://www.youtube.com/watch?v=jmsO58g4CjQ&feature=related
サンレモ出場曲。全盛期のかっこいい映像。

Il Volo / Come una zanzara 1974年
http://www.youtube.com/watch?v=oR5DAn3GOHw
当時、世界のトップランナー集団だったIl Volo。これをやるには強力助っ人としてVince Tempera来日も。。。

Cico / Se mi vuoi
http://www.youtube.com/watch?v=YMXWKbItRQY&feature=related
これも夢のリクエスト。




勝手な来日リクエストです・・・

1 オーケストラの日
  RDM / Contaminazione、Il Paese dei Balocchi
2 メロトロンの日 
  Museo Rosenbach(Il Tempio Delle Clessidre)
 Ciro Dammicco   Celeste
3 アンサンブルの日 Maxophone  Alphataurus
4 キーボードの日 Banco Metamorfosi
5 カンタウトーレ Riccardo Cocciante  Umberto Balsamo
6 ラブロックの日 オーケストラ付I Pooh   Bottega dell’arte
7 RCAの日    Rustichelli e Bordini  QVL

クラブチッタClubcitta周辺の建物P1010053.JPG


2012年05月03日

ニュー・トロルスNew Trolls IBIS来日 第2回イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァル part 3

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上:UT ( New Trolls )のポストカード
下:Maurizio Salvi、Gianni Bellenoの写真と、Gianni Bellenoのサイン


今日の1曲
New Trolls / 戦争C'è troppa guerra 1972年イタリアLP最高位8位
New Trolls / Chi mi può capire 1972年イタリアLP最高位8位
IBIS Prog Machine
   / It Should Have Been Me(Chi mi può capire) 2007年
IBIS (?) / L'Amico Della Porta Accanto 1973年
New Trolls / Nato adesso 1972年イタリアLP最高位8位
IBIS / Sun supreme 1974年
New Trolls / In St.Peter's Day 1972年
New Trolls
   / Concerto grosso Adagio 1971年イタリアLP最高位2位



 夢のような3日間のイタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルItalian Progressive Rock Festivalも終わり、またつらい生活、現実の世界に戻りました。一昨日は示談で被害者に謝りに行き、加害者と一緒に20回以上被害者に頭を下げました。

何百回と聞いた驚愕の名曲New Trolls / Adagioのシングル盤(B面はCadenza)
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 初日のトップバッターはNew TrollsUTでした。New Trollsは3回目の来日で、今回はNico Di PaloとVittorio De ScalziがいないドラムスのGianni Bellenoをリーダーとするグループです。New Trollsは1966年にデビューしたI Poohに1年遅れ、Le Ormeと同じ1967年にデビューしました。New Trollsもいまだに活動しているイタリア音楽史に残るバンドです。

LP Concerto Grossoの内ジャケット
Adagio / Cadenzaのシングルのジャケットの裏面。
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New Trolls Wikipedia
http://it.wikipedia.org/wiki/New_Trolls

 2007年4月にNew Trollsの2回目の来日となるConcerto Grossoライブに行きました。2006年の1回目のConcerto GrossoライブはMaurizio Salviが指揮者で、2007年はNico Di Paloの初来日が目玉でしたがMaurizio Salviは来ませんでした。この2007年の4月の来日のときは自分の体調が悪くなっていったころでした。グッズを買えばサイン会に出れたのですが、誰のサインになるかわからないと言われて止めたところ、後で聞いたら全員のサインをもらえたと知り、サインをもらわなかったことを3ヶ月以上後悔しました。その後体調がどんどん悪化し死線を彷徨ったので、今またNew Trollsを見れるのは感慨深いものがあります。

2007年Concerto Grosso1.2.3の再現ライブDVD


 今回は、3日続けては経済的にしんどいと思いつつも、十代のころのヒーローの一人だったMaurizio Salviの演奏するSun supremeをライブで見たいという一心で高いチケットを買う決意を決めました。昔音楽大学で作曲の勉強をしたくてバイトで150万円貯めたのですが、ピアノが弾けないと無理とわかって諦めました。そんな自分にとって若くしてNew Trollsに参加し、Piccolo Bachとも呼ばれたキーボード奏者のMaurizio Salviは光り輝いて見えました。そのMaurizio Salviの最高作がSun supreme。できれば、今回の来日はNew Trollsではなく、IBISの名前で来てほしかったです。 

 New TrollsUT名義で来日したのでアルバムUTからの選曲が予想されましたが、案の定Studio 〜XXII stradaでスタートしました。Maurizio Salviが右に見えました。ドラムのGianni Bellenoは堂々たる風格です。続いてI cavalieri del lago dell'Ontario。名作と呼ばれるUTですが、私自身はそれほど好きなアルバムではありませんでした。Concerto Grossoの印象が強すぎたからかもしれません。しかし、ライブで聴くUTは圧倒的な迫力で、これがライブバンドとしてのNew Trollsの本当の姿なのだと思いました。
 
New Trolls / 戦争C'è troppa guerra
http://www.youtube.com/watch?v=50DrGeXso9k
4:48静〜6:00動の展開が強烈。

New Trolls / 戦争C'è troppa guerra
http://www.youtube.com/watch?v=xapKHZmTN_s&feature=fvwrel
当時の貴重映像。Alluminogeni、 JET、 JUMBOなどとんでもない映像も含まれている。2:36からNew Trolls。6:30からThe TRIP。かつてNew Trollsが映画Monte Carloで共演したTripのWegg Andersen氏が4月に亡くなりました。R.I.P.



 C'è troppa guerraのリフをライブで大音量で聞きながら、当時Nico Di Paloが目指していたのはLed Zeppelin を超えることだったのではないかと思いました。Led Zeppelinの1stから4thまでのキラー曲や、Deep PurpleのHighway Starなどにはかなわないにしても、New Trollsの曲はブリティッシュ・ロックと同格の素晴らしいものだと再認識しました。当時Nico Di Paloが真剣になるほど、ジャズ的な傾向のあるVittorio De Scalziと袂を分かつことになったのも理解できました。
 そして当時から大好きだった名曲中の名曲Chi mi può capire。Maurizio Salviは最近、IBIS Prog machineとして英語でこの曲を再録音しています。そのことから、Maurizio Salviがこの曲の主たる作曲者であるとともに、彼がUTの中のメロディアスな部分を担い、Nico Di PaloがUTのハードな部分を担っていたのではないかと思いました。

New Trolls / Chi mi può capire
http://www.youtube.com/watch?v=Byf7a1BC560
Nico Di Paloの超人的なハイトーンの名曲。

IBIS Prog Machine / It Should Have Been Me
http://www.youtube.com/watch?v=mYOLlR168nI
2007年に再録音した英語版。

L'Amico Della Porta Accanto収録の「?」。Graciousの「!」が元ネタか


 続いて今回の来日で一番聞きたかった曲のひとつL'Amico Della Porta Accanto。New Trollsは1972年にNico Di PaloとVittorio De Scalziの間で分裂し、New Trollsの名前をどちらが使用するかで裁判沙汰にまでなりました。UTの時点でVittorio De Scarziは1曲しか参加していないことも最近知りました。裁判ではどんな書証や証人尋問があったのか興味深いところです。結局Vittorio De ScalziがNew Trollsを使うことになりましたが、その間にNico Di Paloは「?」という前代未聞のタイトルで、Vittorio De Scalziは「N.T.Atomic System」という名義で(後にNew Trolls Atomic Systemとシールを貼り付けた)アルバムを出しました。L'Amico Della Porta Accantoは「?」の中でも一番の楽曲だと思います。



IBIS(Nico,Gianni,Frank,Maurizio) / L'Amico Della Porta Accanto
http://www.youtube.com/watch?v=B9fKYBghEMU
2:44-4:00の展開はイギリスのバンドには真似できない。ギターのリフはNico Di Paloが、メロディアスな部分をMaurizio Salviが受け持つことで奇跡的な瞬間が生まれたのだろう。

L'Amico Della Porta Accanto LIVE
http://www.youtube.com/watch?v=766_u7K_yQU
最近のライブ。

 時系列的に次の曲はSun supremeかと思ったら予想外に再びUTのNato adessoへ戻りました。Nato adessoのイントロのピアノは高貴な輝きがあって、これもMaurizio Salviによるものだと改めて認識しました。今回、圧倒的な音圧の下で、良い曲が揃ったUTの作品としての素晴らしさを実感しました。

New Trolls / Nato adesso
http://www.youtube.com/watch?v=aU_gU1bJN8k

 ギタリストがアコースティックギターに持ち替えていよいよ一番聞きたかったSun supremeが始まる予感。MCでSun supremeが宣言されました。アコースティックギターがつまびかれました。まさかSun supremeをライブで聞ける日が来るとは思いませんでした。

IBIS / Sunsupreme イタリアンロックで最も完成された作品のひとつ。1974年。タイトルはJohn ColtraneのLove Supremeにインスパイアされたと思われる。


 今回はLP Sun supremeのA面の完全再現。Divinityがなかったのは少し残念でした。イギリスでは、Peter Hammillに誘われてまずLe Ormeが最初のイタリアのバンドとして発売されました。2番目にPete SinfieldによってPFMが、3番目にBancoがデビュー。特にPFMの成功でイタリアンロックがイギリスと同格であることが証明されました。当時ELPは、PFMやBancoを自分たちのManticoreレーベルから発売しながら、彼らの実力を恐れて同じステージに立つことを避けたと言われています。IBISは雑誌Ciao2001で公募して英語のバンド名を採用、Polydorと契約し、Atomic RoosterのRic Pernelをメンバーに迎え、全曲英語で歌い、4番目のイギリス進出バンドとして完全計画を立てていたと考えられます。ドイツのFaustでさえイギリスで発売したPolydorが、なぜIBISをイギリスで売りださなかったのかいまだに疑問です。インドをテーマにした詞がBeatlesより5年遅れてると思われたのか。UNOもフランス、ドイツ進出までで頓挫し、Vittorio De ScarziのNew Trollsもドイツ止まりでした。Red発売直後のKing Crimsonの解散発言に象徴されるように、イギリスで1974年にはもはやプログレッシブロックは時代遅れになっていたのかもしれません。

1974年のKing Crimson / Red


 Maurizio SalviはSun supremeの中で様々な実験をしたと述べています。UTや「?」ではリーダーのNico Di PaloのハードロックのリフとMaurizio Salviの作るメロディーが緊張感をもって対峙していました。それを一歩進め、Sun supremeではMaurizio SalviがNico Di Paloと同格かそれ以上に音楽面でリーダーシップをとり、クラシックの影響を受けたシンフォニックな展開を見せています。
 今回のSun supremeの再現では、一番聞きたかったFlow of the river of the mindの「Into time…」から始まる幻想的なリフレインの部分のアレンジが変えられ、Ric Pernelと異なるGianni Bellenoのドラムスのリズムパターンになっていました。
 Sun supremeの初めての再現ライブは拍手喝采の内に終わりました。

 ここで一旦幕が下りました。
 バイオリンのゲストの深見綾子さんが音を調整しているようです。
 いよいよ次はあれかという予感です。

イタリア音楽史上に残る傑作Concerto Grosso


 幕が上がり、中央のバイオリンの深見さんがConcerto Grosso Allegroのイントロを弾くと歓声が上がりました。もしかしたらVittorio De ScarziのNew Trollsの「禿山の一夜」でもやらないかとも思ったのですが、ここは定番どおりでした。
 2007年にはオーケストラ付で見ましたが、今回バイオリン1本だけでも音を大きめに調整したのかオーケストラのときのような迫力があって感動しました。

New Trolls / Concerto Grosso Allegro & In St.Peter's Day
http://www.youtube.com/watch?v=hnZubCu3xqM&feature=related
イタリアのテレビ史上最高の音楽映像のひとつとも思われるSenza ReteでのNew Trollsのオーケストラ付のライブ。Maurizio Salviのピアノのテクニックも目を見張る。Gianni Bellenoのティンパニも感動的。

New Trolls / In St.Peter's Day
http://www.youtube.com/watch?v=CzK7emgN0gk
原曲よりも感動的な最近の音源と思われるオーケストラ付のIn St.Peter's Day。バックの映像は若き日のNico Di Palo、Vittorio De Scalzi、Gianni Belleno、Maurizio Salvi、Frank Laugelliの勇姿。40年前はロックを演奏すること自体が反体制的なことだった。

 残念ながら今回のライブではIn St.Peter's Dayは演奏しませんでしたが、これもMaurizio Salviが作曲に名を連ねていますが、Vittorio De Scarziが主導だったのかもしれません。2007年のライブでVittorio De Scarziは「In St.Peter's Dayは予算のため、レコードではオーケストラが付けられなかった」と言っていた。

In St.Peter's Dayを収録


 そして問答無用のAdagioが始まりました。
 イタリア音楽史上最大級のキラー曲ではないでしょうか。
 VivaldiやVerdiがもしこれを聞いたらどう思ったでしょうか。

New Trolls / Concerto grosso Adagio
http://www.youtube.com/watch?v=DCgvp6IfE7w
前回の来日と異なり、今回のライブでは、原曲に忠実なエンディングでした。
 
 続いてカデンツァ。日本ではカメリアダイアモンドのCMで使用されました。

New Trolls / Concerto grosso Cadenza
http://www.youtube.com/watch?v=qSloA8u4op4

 そして1976年のConcerto GrossoUからVivace。
 New TrollsのConcerto GrossoUもLe Ormeのように、ベトナム戦争が終わって1971年のConcerto Grossoのときよりも明るく希望に満ちた音に変わっています。

New Trolls / Concerto grossoU Vivace
http://www.youtube.com/watch?v=hLOLHAelOww&feature=fvwrel

 バイオリンの深見さんがConcerto GrossoUの2曲目のイントロを弾くと、突然Maurizio Salviが突然それを制止しました。えっ、何が起こったんだと思ったら、Maurizio SalviはConcerto GrossoのAdagioを再び指示しました。

NEW TROLLS / Concerto Grosso Adagio
http://www.youtube.com/watch?v=S7_kZvL9Kuc&feature=related
当時のTV番組のエンディング。指揮しているのはMaurizio Salviと思われる。



 2007年のConcerto GrossoライブでもアンコールはAdagioでした。やはりこれがMaurizio Salviにとっても一番大事な曲なのだと思うと感動しました。おそらくMaurizio Salviが音楽学校を退学し、ロックで食べていこうと決意したのはNew TrollsのAdagioで受けた衝撃が理由だったのだと想像します。MinaもElvisを聞いたショックでオペラ歌手を止め父の反対を押し切ってロックンロールに転向しました。しかし、プログレは1975年に消滅し、Maurizio Salviは食べていくために産業的な音楽にずっと関わっていたようです。Maurizio Salviも何度かはあのとき音楽学校を辞めずにクラシックを続けていればと思ったこともあったのではないでしょうか。Adagioが彼の原点なのでしょう。
 最後の曲をAdagioで締め、感動の中でライブが終わりました。観客がスタンディングで歓声を上げる中、Gianni Belleno、Maurizio SalviとNew Trollsは自信を持って次のI Poohのライブにつなぎました。

Maurizio Salviがクラシック、特にサティに関心を持っていたことがわかるHP。
http://ilvas.tripod.com/

 キーボード奏者に対して私は無条件に畏敬の念とコンプレックスを感じます。6年前ピアノを習ったときも音をゆっくり均等に弾くだけでも物凄い訓練が必要で、吸収が早い子供の頃でないと上達しないことを身にしみてわかりました。Maurizio Salviは日本で言えばGolden Cupsにおける弟分のミッキー吉野と似た存在かと思います。ガンで亡くなったジョー山中の応援ライブで、30cmの目の前で見たミッキー吉野は全く鍵盤を見ないで弾いていました。ミッキー吉野もそうですが、Maurizio Salviは若いときより貫禄がついてルックスがずっとかっこよくなったと思います。Le OrmeのキーボードのMichele BonとMaurizio Salviだけはメンバー紹介でMaestroと呼ばれていました。

Concerto Grosso収録のベスト


 2日目のLe Ormeのライブの後に予期せぬことが起こりました。Gianni Bellenoが会場にいたのです。びっくりして手持ちのパンフレットにサインをもらいました。初日は、New Trollsにサインをもらえないかと思ってAdagioとLa nella casa dell’angeloのシングルを持参していたのですが、2日目は持ってこなかったので残念です。でも5年前にNico Di PaloとVittorio De Scarziのサインを貰えず後悔したときのことを思うと、35年間の念願がかないNew Trollsのサインが貰え、Gianni Bellenoと握手できて感激しました。Gianni Bellenoの笑顔が忘れられません。

NEW TROLLS - UT とI POOHの今回の来日の楽屋風景
http://www.youtube.com/watch?v=t3tKXu6oMXQ&feature=relmfu
同期生のNew TrollsのGianni Belleno(1967年デビュー)とI POOHのRoby(1966年)。Robyは同じキーボード担当のMaurizio Salviの肩に手をかけています。例えるなら日本のTigersとGolden Cupsのメンバーがイタリアの会場で再会しているようなすごいショットです・

会場のクラブチッタClub citta
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2012年04月30日

イ・プーI Pooh来日 第2回イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァル part2

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1983年世界歌謡祭で初来日したときの記念盤

今日の1曲
I Pooh / Dove comincia il sole 2011年
 I Pooh / Cantero per te 1980年最高位4位/年間8位
I Pooh / 限りなき二人Infiniti noi 1973年イタリア最高位2位
I Pooh / 孤独な人Uomini soli 1990年サンレモ音楽祭優勝曲
I Pooh / Viva 1979年LP最高位2位
I Pooh / Parsifal 1973年LP最高位2位
I Pooh / Non Siamo in Pericolo 1982年
I Pooh
/ 君をこの胸にTanta Voglia Di Lei 1971年最高位1位/年間7位
 I Pooh
/愛のルネッサンスNoi due nel mondo e nell'anima1972年最高位1位/年間8位
I Pooh / 初めての恋人Nascero con te 1972年LP最高位2位
I Pooh / Chi fermer la musica 1981年最高位3位

 30年前に日本の世界歌謡祭で1曲歌っただけだったイタリアの国民的バンド、イ・プー I Poohが第2回イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルItalian Progressive Rock Festival のヘッドライナーとして来日しました。 

 イ・プーI Poohを日本のバンドで例えるならば、デビューはタイガースと同じ1966年。1970年代前半に全盛期を迎え、1970年代中半から1980年代前半はチューリップ、オフコースのようにヒットを連発。1980年代以降もサザンオールスターズのような人気を持続。現在もBzのようなスタジアム級の場所でライブを行なうというイタリアでは3世代に愛されている大物です。日本公演はギャラの問題で無理と言われ続けてきました。
 イタリア本国ではイ・プーはプログレッシヴ・ロックとは認識されていないのですが、1971年から1975年までの作品はオーケストラを導入したシンフォニックな内容で、今回プログレッシヴ・ロック・フェスの目玉として招聘されました。


I Poohの歴史を納めた新作4枚組DVD

イ・プー I Pooh ものすごい情報量のwikipedia
http://it.wikipedia.org/wiki/Pooh

 イ・プーとは「熊のプーさん」のことです。35年前はイタリアの他のプログレバンド、PFMやBancoと比較してイ・プーは甘い「ラブロック」と呼ばれ、軽く見られていました。私は2人の子供の写真のAlessandraというLPが好きでした。幸運にもAlessandraはI Poohの最高傑作といえる内容だったのでイ・プーに対してずっと好印象を持っていました。

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 イタリアはクラシック音楽の伝統があります。また1960年代のイタリアは、サンレモ音楽祭などポピュラー音楽の発信地のひとつでした。そこにBeatlesの衝撃が加わり、「クラシック、ポップス、ロック」という異なる要素の最良の部分を集めて生まれたのが、1970年代前半にイタリアでClasscal Popと呼ばれたジャンルです。Lucio Battisti, Mina, Patty Pravo, Mia Martiniなどが、本格的なオーケストラをバックにロックのビートに乗せて美しいメロディーを歌い上げました。イ・プーはそのClassial Popを代表するグループ。最初の大ヒットがイタリアで1971年に7週間1位になった君をこの胸にTanta Voglia Di Leiです。

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 1970年代の前半は、イタリアではClassial Popと同時進行的に、今はProgressivo Italianoと呼ばれるプログレッシブ・ロックも全盛になりました。Classial Popが陽とすれば、レ・オルメLe OrmeなどProgressivo Italianoは陰という関係にあるものの、いずれも音楽的な深さという点では共通するものがあります。この時期のイ・プーの作品はProgressivo Italianoとしても高く評価されています。Classial PopもProgressivo Italianoと同様に、1975年のベトナム戦争の終戦と同時に、その役割を果たしたかのように終息していきましたが、その伝統は今でも根付いています。

Classial Pop期の作品


 1976年のLe OrmeのPop化と同じくして、イ・プーもオーケストラを離れてバンドだけで演奏するようになります。この時期だけレ・オルメの大衆的な人気はイ・プーと同格でした。イ・プーの素晴らしいところはその後も持続してキャッチーなフレーズを伴ったヒット曲を継続的にリリースできたことにあります。
 そして1978年の「サタデイ・ナイト・フィーバー」による全世界的なDiscoブームにより、単調なリズムを強調する音楽がイタリアを支配するようになりました。これにより、メロディーの美しさで世界を魅了したイタリアの音楽の伝統は途絶えてしまいました。イ・プーはこの波も乗り切ることができましたが、レ・オルメは試行錯誤を繰り返すことになります。ちなみに2008年にイ・プーはBeat Generationというアルバムで1960年代のBeat系のバンドをカバーし、Le OrmeのGioco di bimbaや今回病気で来日中止になったFormula 3の曲も歌っています。
 このようにイ・プーは、1975年までのClassical pop期と、それ以後のバンド演奏による時期に大別できます。



 前置きはこれぐらいにして、イ・プーのライブは一言で「プロの中のプロ」という印象でした。3日も続けて同じバンドを見ることに耐えられるかと心配していたのですが、コーラスの素晴らしさ、音のバランス、曲構成、照明、MCなど本当に楽しませてもらいました。

 周囲の客席では大阪弁も聞かれ、日本全国のイ・プーファンが集結する中、やはり初日が一番開演が楽しみでした。シンセサイザーの前奏と共に幕が上がりました。イ・プーが登場し、拍手喝采です。イタリア最高の人気バンドが600人規模のライブハウスで見れるのは奇跡です。

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 まずDove comincia il soleという2011年の新作から3曲。これは1970年代前半 のClassical pop期に回帰するようなドラマティックな作品です。初日は右前方の席でDodyがよく見えました。Dodyは目をつぶりながら熱いギターソロを弾いています。素晴らしい。「Dodyかっこいいよ」と後ろの席の人が言っているのが聞こえました。
 曲が終わるとRobyがイタリア語で熱く、Dodyが英語でわかりやすく、そしてRedが英語と日本語で笑わせながら、日本に来れた喜びを語りました。

I Pooh / Dove comincia il sole
http://www.youtube.com/watch?v=fVQr0amn4w0&feature=related
7:00からのギターソロが素晴らしい。



 続いてCantero per te(1980年最高位4位)、Io sono vivo(1979年最高位3位)と大ヒットが続きます。メロディーがわかりやすいノリノリの曲です。2日目の日には前方にいた金髪のイタリア人の女性たちが立ち上がって手を振って喜んでいました。日本人よりも全然乗りがよくて、彼女を見ているだけでも楽しめました。 

I Pooh / Cantero per te
http://www.youtube.com/watch?v=2-QqYZf4x3Q
リズムはDiscoだがClassical pop期のように構成が練られた名曲。

 続いて、今回の目玉であるClassical pop期の名作Parsifalから限りなき二人Infiniti noi(1973年最高位2位)。

I Pooh / 限りなき二人Infiniti noi
http://www.youtube.com/watch?v=17eynv2yYl8&feature=related
緩やかに感動的に盛り上げていく名曲。

そして、Robyが「Rock Sinfonico」と紹介し、Classical pop期の「ロマン組曲」から10分に及ぶIl tempo, una donna, la citta(1975年)を演奏しました。正直、あまり印象に残らない曲でしたが、3日目に近くの人が曲が終わると一人だけ立ち上がってガッツポーズで叫びました。イ・プーたちも「この曲でか?」と驚いていました。一人だけ立ち上がる勇気と、1つの曲に対してこれだけ熱狂できるファンがいるという事実に感動しました。



 Redが「私たちは1回だけサンレモ音楽祭に出場し、優勝しました。」と言うとイタリアンポップスファンらしき人たちから歓声が起こりました。ドラムレスで感動的に歌い上げるUomini soli(1990年)です。そして大ヒットLPから、幻想的なPink Floydの雰囲気とDiscoのリズムが一体になったタイトル曲のViva(1979年LP最高位2位)。

Pooh / 孤独な人Uomini soli
http://www.youtube.com/watch?v=OmbRNPDENiQ&feature=related

Pooh / Viva
http://www.youtube.com/watch?v=cNrA6P25mVQ
 


 いよいよ今回の目玉中の目玉、Classical pop期の中でも最もProgressivo Italianoに近づいたワーグナーにインスパイアされたという10分の大作Parsifal(1973年)です。

Pooh / Parsifal
http://www.youtube.com/watch?v=UAgMVNB6DSg&feature=related
4:00 からI POOHのParsifalの貴重映像。3:08 ではTRIPが登場し、昨年11月に来日し今年4月に亡くなったWegg Andersenが熱唱。R.I.P

Pooh / Parsifal
http://www.youtube.com/watch?v=j2BEu_xpof8&feature=related
2009年のライブ。



 Parsifalが終わると、全員がスタンディング状態に。2日目が一番反応が凄かったと思います。あっと言う間に全員起立。しばらく興奮が止みません。続いてEleonora mia madre(1975年)。前に波のように揺れながら聞いている人がいたので、テンポが落ちるとその人の真似をして一緒に揺れると気持ちよくなりました。そしてNon siamo in pericolo(1982年)は乗りのいい曲。最近クラブに行っていなかったので、ここでガンガン踊らせてもらいました。ロッキングやヒップホップの乗りです。ここで本編が終了しました。

I Pooh / Eleonora mia madre
http://www.youtube.com/watch?v=odUtnptxulE&feature=related

I Pooh / Non Siamo in Pericolo
http://www.youtube.com/watch?v=VlMvjRTTA_w

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 アンコールに応えてイ・プーが再び登場。ParsifalからL'anno, il post e l'ora(1973年)。MCでRobyは相変わらずイタリア語で熱く語り、Redは英語で日本にいる喜びを何度も語っています。続いて名曲、君をこの胸にTanta Voglia Di Leiのイントロが流れると会場が沸きました。イ・プーのファンが初日に歌詞を持ちながら歌っていたので、私も3日目に真似して歌詞を見ながら歌いました。

I Pooh / 君をこの胸にTanta Voglia Di Lei 1971年
http://www.youtube.com/watch?v=Lop6k5YKhhc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=I_WE29p7Otk&feature=fvwrel
ボーカルのメロディーをオーケストラがさらに歌い上げるClasscal Popの名作。この後、作詞に専念するNegriniのドタバタドラムが、逆にこの曲では届かない恋心を表現し、深い感動を呼ぶ。

I Pooh / Tanta Voglia Di Lei Live
http://www.youtube.com/watch?v=HLLc4GESQyA&feature=related
ついに発見。ライブ映像。



 続いてDammi solo un minuto(1977年最高位4位)ではイタリア人の女性たちが少女時代に帰ったように嬉しそうにウェーブしながら歌っています。イタリアではこんなに近くでイ・プーを見れるのは奇跡でしょう。

 続いてポップスファンもプログレッシブファンも黙らせる超キラー曲Noi due nel mondo e nell'anima(1972年最高位1位)です。コアなファンは歌詞を見ないでも一緒に歌っています。

I Pooh / 愛のルネッサンスNoi due nel mondo e nell'anima
http://www.youtube.com/watch?v=mEsvNn7u94U
ヘッドホンで大音量で聞くと感動的。「太陽にほえろ」の松田優作ではないが、「なんじゃこりゃあ!?」級のオーケストラとシンセサイザーの世界に圧倒される。

I Pooh / Noi due nel mondo e nell'anima
http://www.youtube.com/watch?v=_pg5vf3i0m4&feature=related
テレビ番組Senza Reteでのライブ

 さらにキラー曲連発。捨て曲のないAlessandraからシングルNoi due nel mondo e nell'animaのB面のNascero con te(1972年)。たまらん。

I Pooh / 初めての恋人Nascero con te
http://www.youtube.com/watch?v=xPNhDWhGIiM
夢見るようなボーカルとオーケストラの絶妙なハーモニー。驚異的な超ハイトーンを真似して唄って2日目は喉が炎症を起こした。「これは歌わにゃ損だ」と歌詞カードを見ながら3日目は必死に歌った。

La prima volta  l'amore proprio qui
in casa mia  senza quasi conoscerti
poi domandarti  chi sei  
non lo so nascerò fra un minuto con te



 そして、Tanta Voglia Di Leiに続いてヒットし、イ・プーの人気を決定的にしたPensiero(1971年最高位2位)は、ひたすら韻を踏む歌詞で、初来日なのにファンたちもお約束のように一緒に歌います。

Pooh / Pensiero
http://www.youtube.com/watch?v=3suy_oCNOK4&feature=related

最後はChi fermer la musica(1981年最高位3位)で盛り上がって終わりました。2日目がイ・プーたちも一番感動していたように見えました。3日目にはRedが「イタリアに帰りたくない。また来日するから来てください」と言っていました。

Pooh / Chi fermer la musica
http://www.youtube.com/watch?v=wDVgM3Yg0Mc



 最後はPierreの1節か??と思われる余韻の残る美しいメロディーがくり返し流れ、3日間の感動のライブは終わりました。
  次回来日は、是非オーケストラ付でお願いします。

Pooh / Pierre
http://www.youtube.com/watch?v=G0_Cl6Mq8r4&feature=related
 → ※ ×Pierreではなく、○DOVE COMINCIA IL SOLEのオーケストラバージョンと判明。てっきり全盛期の作品かと思い込んでいた。65歳を過ぎてこんな美しいメロディーを創造できるRobyに脱帽です。

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I Pooh TシャツとI Pooh ブレスレット 
サイン入り色紙は残念ながら抽選でハズレ。ハズレ券だけ記念に持って帰りました。



2012年04月29日

レ・オルメLe Orme初来日 第2回イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァル part1

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遂に実現したLe Orme来日公演
 
今日の1曲
レ・オルメLe Orme / La Via della Seta 2011年
Le Orme / Collage 1972年イタリアLP最高位3位
Le Orme / Una Dolcezza Nuova 1972年イタリアLP最高位1位
Le Orme / Gioco di Bimba 1972年イタリアシングル最高位4位
Le Orme / Felona e Sorona 1973年イタリアLP最高位2位
Le Orme / 無への回帰 Ritorno Al Nulla 1973年イタリアLP最高位2位
Le Orme / 5月 Maggio 1973年イタリアLP最高位10位
Metamorfosi / 広島 Hiroshima 1972年
Le Orme / Sguardo Verso il Cielo 1971年イタリアシングル最高位17位


 第2回イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルItalian Progressive Rock Festival に行ってきました。数年前、来日が中止になってしまったレ・オルメLe Ormeが遂に初来日しました。Le Ormeの来日を機会に本ブログも「あしあと(レ・オルメ)U」として再スタートしようと思います。



Le_Orme Wikipedia 
イタリアの音楽史の一部ともいえるレ・オルメは歴史を映す鏡でもあった。
http://it.wikipedia.org/wiki/Le_Orme

 Le Ormeは2011年に新作La Via della Setaを発表しました。驚くことに1967年のデビュー以来バンドの顔だったAldo Tagliapietraが脱退し、ボーカルにMetamorfosiの看板ボーカルだったJimmy Spitaleri が参加。そしてLe Ormeの名前はMichi dei Rossiが継ぐことになりました。グループの中での意見の対立が想像できますが、Aldo TagliapietraはLe Ormeの名前を使わずにオリジナルメンバーのTony PaglucaとLe Ormeの音楽を続けています。分家の方がオリジナルメンバーの数が多いという事態になっています。
 日本で強引に例えるなら、Mr.Childrenが分裂してボーカルが独立し、他のメンバーが桑田圭祐を実力派新ボーカルとして迎えMr.Childrenとして活動するような異変です。当初は今回の来日も、金額も高いこともありLe Ormeの日ははずそうかと思いました。しかし、本ブログのタイトルにもさせていただいており、このような事態こそLe Ormeの足跡であり見ておくべきではないか、また新作にも日本の絵が描かれていて彼らの来日への思いが感じられたので行くことに決めました。

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左: Le OrmeのサインMichi dei Rossi Michele Bon Jimmy Spitaleri
右: Le Ormeの来日記念Tシャツ

 ライブはシルクロードをテーマにした新作La Via della Setaから始まりました。レ・オルメの音楽の変遷はイタリアの音楽史の変遷に重なっていたのですが、1997年からレ・オルメの方向はProgressive期に戻りました。今回も基本的にその路線です。新作からは数曲演奏されました。よく練られた演奏で曲自体は力強く美しいものの、往年の名曲ほどの輝きはありませんでした。しかし、Jimmy Spitaleri の存在感は予想以上に大きく、新作なので違和感もありませんでした。

Le Orme / Il Romanzo di Alessandro
http://www.youtube.com/watch?v=P7eTBVuYegI&feature=related

Le Orme / La Via della Seta
http://www.youtube.com/watch?v=6cYCmDfYmz0
新作の中で印象深い曲。今回は演奏せず。

Le Orme / La Via della Seta Live
http://www.youtube.com/watch?v=WTm8GajF-wQ&feature=related
新レ・オルメのLive映像。

日本が描かれている新作のジャケット


 3曲が終わるとドラムのMichi dei Rossiが大喜びで前に飛び出してきました。本当に陽気なおじさんという感じです。興奮気味に日本に来れてよかったと喜んでいます。メンバーを順に紹介。「MetamorfosiのJimmy Spitaleri」と、レ・オルメの新しいボーカルを紹介しました。

 Michiは「これから演奏するのは4枚のLP、Collage, Uomo di pezza, Felona e Sorona, Contrapunttiからです。」と一番人気のある1971年から1974年の作品の名前を宣言。「まず、Collage!」とレ・オルメのテーマソングCollageがスタートしました。

Le Orme / Collage
http://www.youtube.com/watch?v=RjPLnv7IpUU
ドメニコ・スカルラッティの中間部も美しく再現。

 Le Ormeの方向性を決めたアルバムCollageは、ムーグやメロトロンをあまり使ってないことと、イタリアのように詞が評価されないので日本では人気が高くありません。初恋をテーマにしたEra invernoは演奏されましたが、レ・オルメの最重要曲の一つであるSguardo verso il cieloが日本で人気がないためか、カットされてしまったのが残念です。

よくみるとAldoはMichiの持つ十字架に串刺しにされている


 続いてイタリアのLPチャートで1位になったUomo di pezzaからUna Dolcezza Nuova 。Jimmy Spitaleriがどう歌うか見ものでしたが、ここはギターの人が歌いました。ハイトーンでしたが、やはりAldo Tagliapietraのアルトとは違う。Aldoのたよりない声が魅力というのも無二の個性だとあらためて実感しました。

Le Orme / Una Dolcezza Nuova
http://www.youtube.com/watch?v=zWGK-gpg34g
イントロのバッハのシャコンヌのメロディーを大音量で聴けて感動。

 続いてUomo di pezzaの2曲目で、イタリアでシングルヒットしたGioco di Bimbaです。ここでJimmy Spitaleriが再登場。イタリアのテレビでもJimmy Spitaleriが歌ったことについては違和感を感じた人が多く、批判的な意見が多いようです。しかし、レ・オルメというイタリア史に残るバンドのボーカルを誰にするかについてはMichi dei Rossiも相当悩んだのだと思います。結論として、イタリアンロック史では亡きAreaのDemetrio Stratosと並んで高い評価を受けているMetamorfosiのJimmy Spitaleriに白羽の矢が立ったのでしょう。ライブではJimmy Spitaleriの存在感の大きさが、アルトからテノールになったことへの違和感を感じさせませんでした。

LE ORME / Gioco di Bimba 唄Jimmy Spitaleri
http://www.youtube.com/watch?v=Sz8IVMwMkhM&feature=related
テレビ映像
http://www.youtube.com/watch?v=YPW6CHtjFdg&feature=related
ライブ映像 



 さらにLa porta chuisa。白髪の長髪という堂々たるルックスもあってJimmy Spitaleriのボーカルは名役者を見るような輝きと説得力があります。中間部の急止に続く歓声の後、一番聞きたかった間奏部分のバッハのシャコンヌもMichele Bonの解釈によるパイプオルガンの大音量で鳥肌が立ちました。

レ・オルメLe Orme / Live メドレー
http://www.youtube.com/watch?v=j9Pde5mHmFY&feature=related
1975年の貴重ライブ映像。 0:00 Cemento Armato 1:34 Era Inverno 4:12 La porta chuisa 5:40 バッハ/シャコンヌ 6:48 Collage

 続いてメロトロンの名曲Breve Imagineは日本のファンを意識したものと思われます。残念ながらメロトロンは使いませんでした。ギター(かベース)の人が歌いましたが、これもJimmy Spitaleriの唄で聞きたかったところです。前の方にいる金髪のイタリア人の女性たちが最後のところで喜んで反応していたので、I Poohファンと思いましたが、Le Ormeも好きなのかなと思いました。イタリア人で文通していた友人も「プログレだけはついていけない」と言っていましたがLe Ormeだけは認めていました。イタリアではLe Ormeには幅広いファンがいるようです。続いてFigure di Cartone。これもギターの人が歌いました。Uomo di pezzaは捨て曲がありません。

Battistiあたりがいなければイタリアで1位になっていたFelona e Sorona。
こんな暗い絵のLPがレコード店のウィンドウを賑わせていたのだからイタリア人は陽気なだけではない。


 そして最高傑作と評価されるFelona e Sorona。イントロのフーガが始まりました。イタリアではツインキーボードのようですが、来日では一人なので少し残念。1曲目では、Jimmy Spitaleriが語るように歌いました。唯一の明るい曲FelonaでJimmy Spitaleri はAldo Tagliapietraとは別の世界を自分の物にしていました。そこから、2〜3分でつないで一気に最終曲Ritorno al nullaへなだれ込みました。

Le Orme / Felona e Sorona
http://www.youtube.com/watch?v=Gd70mBrJFqc&feature=related
全曲。

Felona e Soronaのプロモーションシングル。2分ほどのFelonaにRitratto di un mattinoの後半部分をMixした構成。B面はGens。Le OrmeのBreve ImmagineとGensが同じメロトロンを使用しているとも想像できる。
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 Felona e Soronaはフェローナ星という明るい星と、ソローナ星という暗い星という2つの星が最後に破滅するというストーリーに基づくトータルアルバムで、当時のアメリカとソ連のベトナムでの代理戦争を暗示するものでした。またジャケットに描かれた絵からは男女の別れも感じさせ、ダブル・ミーニング、トリプル・ミーニングを含むものでした。先日**さんが赤ちゃんとお母さんを連れて相談に来ました。**さんが離婚すると3代続いて離婚することになり、お孫さんを自分のような母子家庭にしたくないとお母さんは離婚に反対しました。しかし、**さんは夫の暴力を思い出し、フラッシュバックして泣き出してしまいました。このまま夫婦でいたらお孫さんの笑顔もなくなりますと説得したら、お母さんは、だんだん笑うようになったお孫さんを抱っこしながら、**さんの離婚に納得されました。そして今回Le OrmeはAldo TagliapietraとMichi dei Rossiいう2つの星に分裂してしまいました。このままの状態で爆発して消滅するよりも生き延びる道を選んだ結果なのでしょう。

Le Orme / 無への回帰Ritorno Al Nulla
http://www.youtube.com/watch?v=cVLTsOm5PkI&feature=related
イタリア音楽の歴史上、最も悲観的な音楽。後のハードテクノやサイケデリック・トランスの原型ともいえる。最後はBeatlesのA day in the lifeの模倣による破滅的なエンディング。今回のライブでは1973年オリジナルのムーグシンセサイザーによる暗黒美のメロディーを忠実に再現し、圧倒された。

Le Orme / Felona e Sorona - Live in Modena 1975
http://www.youtube.com/watch?v=lcBGNdovMWU&feature=related
貴重なライブ映像。

Felona & Sorona Tシャツと日本だけ発売されたLP「LIVE ORME」の内ジャケット
1977年頃のレ・オルメの人気がわかる
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 1975年にベトナム戦争が終わると獲りついた悪魔が去ったようにLe Ormeの音楽は明るくなります。1976年に2人目のギタリストを迎えたレ・オルメは、2枚の1位になったシングルヒットでポップバンドとして成功しました。その1977年の頃のライブ音源は日本だけでLIVE ORMEとして発売されました。そこでの「無への回帰Ritorno Al Nulla」のエンディングは破滅的なものではなく、まるでカーニバルのお祭り騒ぎのような楽観的な解釈によって演奏されています。そこにはまるでJames BrownのLiveのようなPositiveなエネルギーが充満しています。25年前、自分の人生の転機のときに、毎日のようにそれを聞いて不安を拭うことができ、それ以来Le Ormeは私にとって一番重要なバンドになりました。


 
 アンコールは日本で人気が高いMaggioでした。最後にMichi dei Rossiが嬉しそうに挨拶しました。Jimmy Spitaleriが一番先にステージから去ってしまったのが気になりました。Michi dei Rossiもやはり、Aldo Tagliapietraが抜けたことをどのように日本のファンが評価しているのか不安を隠すためにわざと明るく振舞っていたようにも思えました。

Le Orme / 5月Maggio
http://www.youtube.com/watch?v=545vO52c6L4
聞き所は2:15 4:15 7:35




 Le Ormeの後のI Poohのライブが盛り上がって終わると、出口にJimmy Spitaleriがいてびっくりしました。私は緊張しながらMetamorfosiが好きですと言って握手してもらいました。ステージでは大男に見えましたが、身長は私と変わりません。イタリア人としてはかなり小さい方でしょう。幸運にもレ・オルメのサイン色紙が抽選で当たりました。そこには、Michi dei RossiとMichele Bonの名前がありましたがJimmy Spitaleriは遠慮したのか名前がありません。そこで同じ色紙にJimmy Spitaleriのサインをもらいました。

Metamorfosi ホームページ
http://www.metamorfosi.me/enmain.htm

 核戦争にもっとも近づき、現実化しそうになったのがベトナム戦争のときでした。Le OrmeのRitorno Al Nullaは核戦争による世界の終末を暗示していました。OsannaのL’uomoもそうでした。IL Paese dei ballochiは幸福だった子供の頃の記憶に逃避しました。
 1972年にJimmy SpitaleriのいたMetamorfosiは広島Hirosimaという曲を録音しています。日本ではタイガースが廃墟の鳩で暗喩的に訴えたことを直接的に作詞者Jimmy Spitaleriは詞に託しています。おそらく、広島をタイトルにした歌は世界で2曲目でしょう。Jimmy Spitaleriは出口にずっと立っていました。40年間の日本に対する思いが彼をそうさせたのだと思います。Metamorfosiがもっと評価され、来日することを望みます。BancoをトリにしてMetamorfosiとペアにすれば集客的にも問題ないのではないでしょうか。

Metamorfosi / 広島 Hiroshima 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=WZXSg84fCn0
1stアルバムから。

(Hiroshimaより)
一筋の光は消え すでに夕闇の中
私は悲しみにくれ思考は停止している
・・・・・
兄弟よ あなたはすでに許された
ある化け物があなたを地上から消し去り 死をもたらした
今あなたの心は引き裂かれている
怖れるでない たとえあなたが苦しむ人々に出会おうとも
彼らはあなたの顔に許しを乞う兄弟の姿を認めるだろう
ヒロシマ ヒロシマ

Metamorfosi / La Chiesa delle Stelle
http://www.youtube.com/watch?v=pc4Uh7TzI-I&feature=related
Metamorfosiのライブ。Demetrio Stratosと並び称される圧倒的な歌。2004年のダンテ「神曲・天国編」をテーマにした3rd Paradisoが素晴らしい。

ダンテ「神曲・地獄編」をテーマにした2nd Inferno



Le Orme / Sguardo Verso il Cielo 1971年
http://www.youtube.com/watch?v=nhW8Ovr6qE8&feature=related
戦争や死に対する虚無感を歌ったイタリアでは画期的な内容の曲。
8:40〜Jimmy Spitaleriの新解釈が素晴らしい。

 レ・オルメというバンドのひとつの困難な時期の足跡をライブで見れたことを、とても幸運だったと思っています。素晴らしいライブでした。


2011年11月21日

PFM来日 イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルV 最終章

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イタリアン・ロックを世界に広めたPFMのシングル


<546>  マーラー / 交響曲第5番第4楽章
<547>  PFM / Impressioni di settembre 1972年イタリアLP最高位1位
<548>  PFM / Cerebration 1973年
<549>  ロッシーニ / ウィリアム・テル序曲
<550>  モーツァルト / 魔笛 序曲


  イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルももう2週間前のことになりました。時が経つのは早いものです。
  3日目のトリはPFMとオーケストラとの共演「PFM in Classic」でした。



  左側にオーケストラ、右にPFMという位置。正直のところ、オーケストラとPFMが一緒に演奏するとベースの音が大きすぎてハウリングを起こしてしまい、ストリングスの音が聞こえません。せっかくのオーケストラ付のRiver of lifeもいまいち。

  初日と同じくPromenade the Puzzleもやりました。Cioccioが汗だくでワルツの部分を踊っていました。残念ながらヴェルディなどの曲はイタリアでは国民的でも世界的にはあまりポピュラーではありません。いまひとつピンときません。



  印象に残っているのは、Franco Mussidaによるマーラーの交響曲第5番第4楽章「アダージェット」のアコースティック・ギターのソロ。その後、オーケストラが同曲を演奏しました。皮肉にも完全なクラシックのコンサートになって初めて感動。

  初日でもベニスの映像を使いました。PFMのMauro PaganiはベニスのバンドLe OrmeのCollageがイタリアで最初の内容を伴った作品と言いました。
  ローマのPFMもベニスの衰退やLe Ormeの動向に気をかけているようです。
http://soleluna.seesaa.net/article/189293033.html

マーラー / 交響曲第5番第4楽章
http://www.youtube.com/watch?v=cz2ZByOq6YU

 

  最後はお馴染みの名曲2曲。正直、夏聞いて、2日前に聞いてでは、いい加減飽きましたという感じです。興行の人も、せめて夏はPFMをBancoにして、プログレではないWishboneをYes、Camelあたりにしては…と思いました。

PFM / Impressioni di settembre 1972年Live
http://www.youtube.com/watch?v=doeaSRFhXD4&feature=related
Minaの番組Teatro10にDelirium(メロトロン)とゲスト出演したときのライブ

PFM / Cerebration 1973年 Live
http://www.youtube.com/watch?v=sHDkWCfGY5g&feature=related
おそらくイギリスでの全盛期のライブ



  アンコールは勇壮なウィリアム・テル序曲。このころにはハウリングも解消。
  これはPFMが全盛期にライブで演奏。盛り上がりました。
  なるほどセレブレイションのルーツはこれか、と理解できました。

ロッシーニ / ウィリアム・テル序曲
http://www.youtube.com/watch?v=xoHECVnQC7A&feature=related

ウィリアム・テル序曲収録のUSAライブ


  Cioccioが前に出てきて「みなさんはMozartが好きですか?」と尋ねて、最後のMozartがスタート。知っているクラシックの3曲目でした。この曲はクラシックのパートもロックの共演部分も最高に気持ちよかったです。終わりよければすべてよし。

モーツァルト / 魔笛 序曲
http://www.youtube.com/watch?v=DBeJKKOeDNk
素晴らしい映像とともに

PFM in Classicモーツァルト / 魔笛 序曲
http://www.youtube.com/watch?v=7ZdM-OGjjms&feature=related
今年のイタリアでの初演

  PFMもLino Vairettiのように人生が終わりに近づいていていることを自覚しているのでしょう。自分たちの音楽がMozartなどの歴史の中に入れるのか、という問いかけと挑戦が今回のライブだと思いました。次回来日ではVia Lumiere完全再現を!



2011年11月18日

オザンナ+オーケストラ公演〜保護観察 イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルV part1

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シングルOsanna / Canzonaと
Lino Vairettiサイン付きのCD Prog Family

今日の1曲
<541>  オザンナOsanna / L’uomo 1971年 イタリアLP最高位11位
<542>  Osanna / Milano Calibro9 全曲 1972年 イタリアLP最高位8位
<543>  Osanna / Tema 映画用の別ヴァージョン1972年
<544>  Osanna / My mind flies(Variazione2)1972年
<545>  Osanna / Canzona There will be time 1972年

  ※※ちゃんの審判は、無事に保護観察になり、笑顔で帰って行きました。
  自分を捨てたと思っていたお母さんが、審判に最初から出席してくれて※※ちゃんは、初めから泣きっぱなしでした。

  途中まで※※ちゃんと一緒に帰りました。クリスマスに※※ちゃんのいた養護施設に、私がサンタクロースの恰好で※※ちゃんと一緒に訪問に行く約束をしました。
  どんな子供達と会えるか今から楽しみです。

  Italian progressive rock festivalの3日目。お目当てはOsannaの世界初のオーケストラ付ライブによる2ndアルバムMilano Calibro 9の完全再現です。初めの1時間弱はOsannaメドレー。昨年のライブのダイジェスト版という感じです。



Osannaの全盛期ライブ映像 ついに発見 しかも未発表曲
http://www.youtube.com/watch?v=qrraXbPkjU4&feature=related
今まで発見されたのは、口パクの映像ばかりだった。Osannaはテクニックがありすぎて完全に合わせることができたので、どれもライブ映像のようにみえた。

Osanna / L’uomo
http://www.youtube.com/watch?v=pilrnypzWgU&feature=related
芸術としての映像。1971年。背景にはベトナム戦争。歌詞にも「戦争」が出てくる。

Osanna / L’uomo
http://www.youtube.com/watch?v=cAWQVkLyv3A
素晴らしい奇跡のカラー映像。2:55原爆と核戦争。



  今回Palepoliのオーケストラによるメロトロン部分の再現も期待しましたが、そこまでは無理でした。メドレーは軽く序盤戦という感じ。でも若いミュージシャンと40年前の曲に打ち込むVairettiには敬服します。途中20分の休憩。オーケストラが待ち遠しい。

  ついに幕が上がってオーケストラが見えた。ミュージシャンはついていけるのだろうか。プレリュードのストリングスのイントロが聞こえると、体に電流が走りました。
  本当に始まった! 全曲再現スタートです。



Osanna / Milano Calibro 9 全曲
http://www.youtube.com/watch?v=LwHZWdZBZmI&feature=related
聴き所ポイント @1:00ストリングス A4:07美メロ B8:45ヘヴィーロック
C12:30美シンセ D15:54ギターリフ E17:20バイオリン F18:56リフレイン
G25:10〜ラスト 名曲Canzona(There will be time) 
たった30分だが、改めて聞くと当時の創造力に驚かされる。

  途中のミスを懸念していたが、楽譜と指揮でオーケストラが動くのに対して、ミュージシャンは何も見ないでもちゃんとついていく。オリジナルメンバーが一人しかいなくても凄腕ミュージシャンの集まりだと再認識しました。

Osanna / Tema 映画用の別ヴァージョン
http://www.youtube.com/watch?v=Uuqx4RYsy_w&feature=related

Osanna / My mind flies(Variazione2)
http://www.youtube.com/watch?v=l1nZZTUyNtE
4:00から。オザンナの隠れた屈指の名曲。



  一番聞きたかったThere will be timeでは、世界中の老女の写真がスクリーンに現れた。発表から40年。Lino Vairettiも自分の人生が着実に終わりに近づいていることを認識しているのだろう。私もそうなのだ。There will be no time.

Osanna / Canzona There will be time
http://www.youtube.com/watch?v=yAsQb53Eim4&feature=related
この曲自体はサントラで使用されていないが、サントラファンからも高い評価を受ける。2:47からのストリングスをもう一度。

  There will be time最後のストリングスが、残念ながら懸念どおりElectricギターの音で消されてしまった。「あー、がっかり」と思った瞬間、再びプレリュードのストリングスのイントロで電流が走った。盛り上がったところでフィナーレ。
 
  Rockとの融合を果たした日本の指揮者とオーケストラも素晴らしかったです。
  Lino Vairettiが大仕事をやり終えた安堵と喜びを「I love you!」という叫びで表していました。次回はPalepoliのメロトロン(サンプラー可)完全再現ライブを!




2011年11月17日

ゴブリン公演〜ハイタッチ イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルU part3



今日の1曲
<537> Goblin / Roller 1976年
<538> Goblin / Profondo Rosso 1975年 イタリア最高位1位
<539> Goblin / Il bagarozzo Mark 1978年
<540>  Il Guardiano Del Faro 1975年 イタリア最高位1位
/ Amore Grande Amore Libero


  イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァル初日の2番手と2日目のトリはゴブリンでした。あまり興味のないバンドの同じ演目を2回も見るのは初めは苦痛だったのですが、結果としていい思い出になりました。

  ゴブリンの場合、大体いい曲はA面の1曲目とわかりやすい。1976年のローラーも1曲目だけ印象に残っています。サスペリアは大ヒットしましたが、Mike Oldfieldのチューブラー・ベルズみたいです。

  「ゴブリンは1970年代、みなさんがまだずっと若かったときに日本でも大ヒットしたけれど、日本に行けませんでした。今回初めて来日できました。」とClaudio Simonettiが英語で嬉しそうに話しました。

Goblin / Roller
http://www.youtube.com/watch?v=q64YM19mnl0&feature=related
これもProfondo Rossoに次いで教会風オルガンを強調。



  Profondo Rossoのようなインスト曲がClaudio Baglioniを抜いてイタリアで6週間も1位になっているのは驚き。その年の6月から9週間Guardino del faroの地味なインスト曲が1位になっていて、それが伏線になったのかもしれません。

Il Guardiano Del Faro / Amore Grande Amore Libero (1975)
http://www.youtube.com/watch?v=5_AN-ZNaHN8
地味ながら心にしみる1曲。イタリアではこんな曲もヒットした。

  イタリアでLPもクリスマス(?!)から年末にかけて1位。ホラー映画のサントラだが、教会風オルガンが感動的。イタリアでLPが1位になったプログレッシブバンドはPFM(1st、L'isola...)、Le Orme(Uomo di Pezza)、Goblinの4枚だけ。

Goblin / Profondo Rosso 1975年
http://www.youtube.com/watch?v=X-VZ-6LwOKE&feature=related
ゴブリンのデビュー曲にして最大のヒット。



  初日と2日目は曲は同じ。違ったのは、2日目はバックスクリーンにホラー映画を映したことです。画面を見るのが怖いが、怖いもの見たさもあって初日と違う雰囲気を楽しめました。初日はトリのPFMでも映像を使うので配慮したのでしょう。

Goblin / Il bagarozzo Mark (1978)
http://www.youtube.com/watch?v=cjWkAfPMqaQ
1:00からめちゃかっこいい。イタリア屈指のドラムのグルーブが凄い。クラブではかからないかなあ。ライブで1番見たかったがやらなかった。

  2日目は、ラストのProfondo Rossoの最後のオルガンのコーダで大盛り上がり。
  アンコールに応えた後に、Claudio Simonettiが会場に降りてきたのでハイタッチしました。

  Massimo Moranteも降りてきて握手できました。彼は初来日でよほど嬉しかったのか、お客さんに囲まれ、一人でずっと握手やサインをしていました。ステージから「Massimoはどこだ?」の声が。怖い映像と陽気な人柄のギャップに感動しました。



2011年11月13日

アルティ・エ・メスティエリArti E Mestieri公演 イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルU part2

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Adriano CelentanoのシングルNata per meと
Arti e Mestieriのサインつきの新作シングルCD

今日の1曲
<532>  キャロル / ルイジアンナ 1973年
<533>  アルティ・エ・メスティエリArti E Mestieri / Gravità 1974年 
<534>   Adriano Celentano ♪ Impazzivo Per Te 1962年イタリア最高2位
<535>  Arti E Mestieri / Strips
<536>  Arti E Mestieri / Positivo-Negativo



  何年も家出していた鑑別所の※※ちゃんにお母さんから手紙が届きました。「※※のことをずっと思っていた」と書かれていたと※※ちゃんが涙ぐんでいました。
  矢沢永吉が母と再会した話をしたら「私と同じだ」と言っていました。



キャロル / ルイジアンナ 貴重映像 1973年
http://www.youtube.com/watch?v=nXtQEkzlspg
キャロル全盛の期間はイタリアン・プログレッシヴ・ロックのそれに合致する。
表現手段は異なるが熱気はこれと近いものがあったのだろう。

キャロル / ルイジアンナ
http://www.youtube.com/watch?v=G20v7I6OXJo&feature=related
これも貴重な1973年のリブヤングの映像。村八分が残ってないのが残念。
この年「ロックンロールタイトルマッチ 村八分vsキャロル」というイヴェントが企画されたが、キャロル側から降りたという。
さすがの矢沢永吉も全盛期の山口冨士夫には勝てないと思ったのだろうか。

キャロルが燃え尽きた1975年にイタリアン・プログレッシヴ・ロックも終焉を迎えた。


  イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァル2日目のpart2です。1番手のIl Balletto di Bronzoが45分であっけなく終わってしまった。2番手のアルティ・エ・メスティエリArti & Mestieriは、バイオリンとサックスが来ないという。

  個人的には、Arti & Mestieriは、バイオリンとサックスのアコースティック楽器が他の楽器に抗し切れず、全体が不安定になってしまった印象がありました。
  そこで初来日のオリジナルメンバーGigi Venegoniのギターに期待しました。

  バイオリンの導入が成功したと思えるロックは少ない。ぱっと思い浮かぶものはHigh TideのSea Shantiesの1曲目、Amon DuulUのWolf Cityの1曲目、WallensteinのCosmic Century、PFMの幻の映像、Curved AirのVivaldiなど

イタリアン・プログレッシヴ・ロッカーの少年時代のヒーロー、アドリアーノ・チェレンターノ


  いよいよArti & Mestieri登場。真ん中の巨人が、熱い口調と身振りで「美しい日本に呼んでくれてありがとう!」とスピーチ。彼こそがTiltの作曲者のGigi Venegoniでした。鉄人ドラマーFurio Chiricoに劣らぬインパクト。
 
  さて、「芸術家と職人たち」を名乗る彼らがどんな華麗なテクニックでジャズロックを披露するのか…
  Gigi Venegoniが1stアルバムTiltからです!と宣言しました。  緊張。
 
  ギャーーーン!!!   ギターが炸裂
  ひえー、かっこいい!  「これは僕が作った曲だ!」
 といわんばかりにGigi VenegoniがGravitàの旋律を弾きまくる。

ARTI & MESTIERI / Gravità  1st LIVE IN JAPAN
http://www.youtube.com/watch?v=vu6gPyquiyc&feature=related
これはViolin、Saxが参加したときのライブ。



  Gigi Venegoniの巨体がギターの紡ぎだすメロディーと一体になって叫んでいる。彼らの子供の頃のヒーローAdriano Celentanoそのものだ。表現は高度なジャズ・ロックでも、内にはロックンロール・スピリットが。Bronzoの場合は+ファンクも。

Adriano Celentano ♪ Impazzivo Per Te 1962年
http://www.youtube.com/watch?v=DyiZN-QmP8U
PFMもGianni Leoneも憧れた。一緒に仕事をしたときは天に昇る気持ちだっただろう。


 
  Arti E MestieriのTiltは冒頭の3曲切れ目がない。1つの組曲になっている。
  Venegoniは曲が終わる度、まるでパンクロッカーのように決めのポーズを入れる。
  1曲入魂だ。

Arti E Mestieri / Gravità 1曲目
http://www.youtube.com/watch?v=SVj4tVR_Fug&feature=related

Arti E Mestieri / Strips 2曲目
http://www.youtube.com/watch?v=QQlqJDX1Ei4&feature=related

Arti E Mestieri / Positivo-Negativo 3曲目
http://www.youtube.com/watch?v=MhNcOtp4eZk&feature=related

  ドラムも凄まじい。世界有数の高速ドラマーなのだ。
  これで踊らにゃ損損。首、肩、背中、手でリズムをとって最高のスピードで踊った。
  本当は、立ってスピーカーの前でダンスしながら聞きたかった。

Arti e Mestieri / Valzer per domani
http://www.youtube.com/watch?v=NDBj39DGVRw
2ndアルバムから。

彼らはクラシックのバレエ音楽も意識していたのだろう。


  アコースティックギターのソロなども素晴らしい。
  終盤にFurio Chiricoが突然立ち上がって、紙を取り出した。
  そして日本語でスピーチを始めた。「コンバンハ」 客席は拍手喝采。

  「よのなかには くるしいこと かなしいことが あります…」
  「でも ぼくたちは たちむかわなくてはいけません」
  「このきょくを ささげます ありがとう」

  このような内容だった。目頭が熱くなった。
  これは東日本大震災のことを言っているのだ。鉄人ミュージシャンである前に彼らも1人の人間なのだという当然の事実に感動しました。

  Furio ChiricoはTripのときとは異なるドラムソロを披露。
  スタンディングオベーションで1時間15分のライブは終了しました。
  彼らのサイン入りの新曲のCDを買うことができました。




2011年11月12日

Il Balletto di Bronzo公演〜動物愛護法 イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルU part1

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Il Balletto di BronzoのTシャツとDVD

<529>  イル・バレット・ディ・ブロンゾIl Balletto di Bronzo
    / Introduzione Studio1972年+Live 
<530>  Il Balletto di Bronzo / Primo incontro Studio1972年+Live 
<531> Il Balletto di Bronzo / Secondo incontro Studio1972年+Live 


  鑑別所で女の子が「生まれてすぐに私を施設に入れるぐらいなら、なぜ自分を産んだのか母親に聞きたい」と言っていました。「きっとお母さんにも事情があったんだよ」と話しました。その後に動物愛護法の勉強会に行きました。

  1974年に殺生された犬は113万匹、猫は6万匹。
  2010年は犬が6万匹、猫が17万匹だそうです。
  殺生される犬は激減した反面、猫は増加しています。

  2匹の猫は5年間で8000匹に増殖するそうです。
  今まで去勢はモラルの問題があると思っていましたが、無駄な殺生を避けるためには猫の去勢手術はある程度は必要なのかと感じました。

  動物愛護法の勉強会の後に、イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルの2日目に行きました。
  今日の目玉は、1番目のIl Balletto di Bronzo。

  去年のOsannaの来日のときにもゲストのGianni LeoneがIl Balletto di Bronzoのコーナーで1曲演奏したので、今年は高いし全部パスしようかと悩みました。でも見てみたいと思って結局3日間で45000円使いました。あれあれ。



  ついに登場。最近は「イタリアの美川憲一」とも揶揄されるGianni Leoneですが、OsannaのLinoと十代からの友達とは思えない若さの維持と「見せる」プロ意識に脱帽です。私もクラブで頑張ろうと思いました。

  2曲の新曲と1stソロからの1曲に続いて、おまちかねのYS。
  冒頭の女性の声の後、いきなりIntroduzioneは前半を飛ばして、中盤の高速7/7拍子のグルーブにいきなり突入。かっこいい。

Il Balletto di Bronzo / Introduzione
http://www.youtube.com/watch?v=s8ieHVePan8&feature=related
オリジナル。当然この音の背景にはベトナム戦争が。

Il Balletto di Bronzo / Introduzione Live
http://www.youtube.com/watch?v=oAyT7tv1Vf4&feature=related
1:22からが7/7拍子の高速グルーブ。クラブでかからないかなあ。

  高速部分が終わるとPrimo Incontroに入り、ここはじっくり時間をとりエンディングはチェンバロで決めのポーズ。Secondo Incontroも忠実に再現。Terzo incontroとEpilogoは省略して、終了。あれっ、もう帰っちゃうの??

Il Balletto di Bronzo / Primo incontro
http://www.youtube.com/watch?v=D8rBECkNqHo&feature=related
チェンバロとギターが妖しいオリジナル。

Il Balletto di Bronzo / Primo incontro Live
http://www.youtube.com/watch?v=g59ctL9HLj8&feature=related
ダイナミズムを強調したLIVE.
5:40~からの エンディングとチェンバロがかっこいい

Il Balletto di Bronzo / Secondo incontro 
http://www.youtube.com/watch?v=PnxInQcYkqg
0:55の美しいMellotronと2:07以後との対比が聴き所。

Il Balletto di Bronzo / Secondo incontro Live
http://www.youtube.com/watch?v=DpmcoNwNELo&feature=related
1:56からのグルーブ感が最高。James Brownが聞いたらどう思っただろうか。ここはPFMではできない。

  YS全曲再現と思いきや予想を裏切るダイジェスト版。しかし個人的には大満足です。私がYSで繰り返し聞く部分と100%一致していました。十代からのヒーローGianni Leoneが重要と思う部分と私の感性は同じだったと思い感激しました。

元祖イケメンバンドの1st。チラシにこの写真があったのでMeditazioneもやるかと期待したが無理でした。


  LeoneやOsannaのメンバーは、十代の頃、ナポリのNATOの基地などでJames Brownなどのファンクも演奏していました。
  その点は、日本のGolden Cupsやダイナマイツに通じるものがあります。

  Il Balletto di Bronzoは「ブロンズのバレエ」の意味ですが、黒人音楽も不可欠な要素として融合されています。今年も最後にLeoneが会場に撒いた紙をもらえず残念。「過ちを繰り返す者は愚かだ」等と書かれていたようです。

グルーブ感がもっとも秀でた再結成ライブ



2011年11月06日

The Trip来日〜正夢U Villa Pamphili イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァル1

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右:表紙にTrip、Le Ormeなどが並ぶイタリアの本
中:Italian Progressive Rock Festivalのチラシ
下:PFM「幻の映像」の内ジャケット

<526> トリップThe Trip / Atlantide 1972年 イタリアLP最高9位
<527>  The Trip / Caronte Part.1 1971年 イタリアLP最高13位
<528>  PFM / プロムナード・ザ・パズル 1973年イタリアLP最高2位
  
  
  新しく受任した少年事件の女の子は不幸な生い立ちを事前に聞いて心配していたが、会ってみると素直で明るい。ほっとしました。「今日ライブに行くんだよ」と言ったら、「そういうのって大事ですよね」と笑っていました。

  イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルに行ってきました。
  今年の2月3日のブログで「かっこいいRock T」として紹介したイタリアのバンドThe Tripが本当に来日してしまった。Latte e Mieleに続く正夢。 

  「プログレッシヴ・ロック」と聞いてもピンとこない若い方は、2008年10月12日のブログ「クラシカル・ロック」をのぞいてください。そこでイタリアのロックを解説しています。
  http://soleluna.seesaa.net/article/107966115.html

8万人集まったローマの1972年のVilla Pamphili音楽祭でTripは主役級だった。


  ついにTripのライブが始まりました。メンバーも「日本でのライブなど想像できなかった」と言っています。こちらも全くそうです。お互い様というやつですね。幕が上がり、白髪のJoe Vescoviが見えた。やっぱりこれは正夢だ。

  3rdアルバムAtlantideの1曲目からスタート。日本では過小評価のTrip。
  しかし、ライブは凄じかった。ドラムが世界で5指に入るドラマーであろうFurio Chiricoなのだ。可能な限り、体でリズムを体感しながら聞いた。

トリップThe Trip / Atlantide
http://www.youtube.com/watch?v=g7xlkzbMXUg&feature=related
ドイツのTriumviratもTripの隠れファンだったのではないかと思うほど曲想や、ジャケットが似ている。

トリップThe Trip / Atlantide
http://www.youtube.com/watch?v=xapKHZmTN_s&feature=related
超驚愕のイタリアプログレッシブ・レア映像集発見!!! TRIPは6:45から
まだまだ、イタリアのテレビ局の倉庫にはビデオの金塊が埋もれているはず…



  Vescoviのクラシックの素養が際立つキーボード、鬼神のように叩きまくるChirico。
  そして今はボーカルに専念する仙人のようなイギリス人Andersonを若手のギタリストとベースが支えている。

The Trip / Caronte Part.1 (1971)
http://www.youtube.com/watch?v=Y9WJRDpjdJw&feature=related
かっこいいロックとは何か。2:00から爆音でイヤホンで聞いてください。

The Trip / CaronteT 2010Live
http://www.youtube.com/watch?v=8HgolvoQyLA&feature=related
1:40からどうぞ。ドラムはFurio Chirico

  Anderson は歌わないときも、この瞬間を刻み付けるように客席をじっと見ていた。Vescoviの、今は亡きJimi Hendrixそして(ドラッグで亡くなったオリジナルメンバー)Billy Grayに捧げますという涙声のMCの後にCaronteから次の曲が。

The Trip / L' Ultima Ora E Ode A J. Hendrix
http://www.youtube.com/watch?v=dfbVq9jFmJg&feature=related

The Trip / Fantasia (1970)
http://www.youtube.com/watch?v=E5D_Ut4Ei00&feature=related
トリップがイタリアロック草創期の最重要バンドだったことを証明する主演映画の超希少な“カラー”映像。この日は演奏せず。

The Trip / Il Vuoto
http://www.youtube.com/watch?v=r05Xqz8ni-U
atlantideのラスト

  最後のパイプオルガンの荘厳な曲でのAndersonの叫びは感動的だった。
  フィナーレはスタンディングオベーション。
  Andersonと帰っていくVescoviの丸く曲がった背中が歴史を感じさせた。



  Tripだけでもお腹いっぱいという感じで満足。2つ目のバンドはGoblin。ホラー映画のサントラがTripとPFMの間で、どんな感じで演奏されるのか?
  2日目も同じセットでもう一度見たので、次のブログでレポートします。






  トリはPFM。正直のところ、夏にPFMは野音で聞いているし、また同じものを聞くのは嫌だなと思っていました。ところが予想に反して、計算しつくされた素晴らしい映像を同時進行させる感動的なライブでした。

PFMの初DVDはLive in Japan。リーダーのチョッチョは日本を第2の故郷と呼ぶ。


  まず聞こえてきたのは、地味ながら心にしみるメロディー。これが1曲目か…ううっ、中学の頃に戻って泣きそうになった。中学の頃は金がなくLPも買えなかったからB面の最後まで何度も繰り返し聞いたものでした。

PFM / プロムナード・ザ・パズル
http://www.youtube.com/watch?v=3Xguc3jCQ0E&feature=fvsr
3:35からはクラシック、4:06は涙涙、まさに、人生は川のようなもの。

PFM / Promenade The Puzzle
http://www.youtube.com/watch?v=i9hJ7m2_Uc8
演奏中に使用された映像。

PFM / Promenade The Puzzle  Live in Japan -
http://www.youtube.com/watch?v=U_p2IDb2I2U
PFMの初DVDは、この“LIVE IN JAPAN”だそうだ。



  ここからが今回のライブの本領発揮。知らない曲ばかりですが、演奏がとにかく凄い上にバックの映像が極めて上質。「映像のための音」がサントラですが、こちらは「音のための映像」でした。以下主だったもの。

@ 満潮に水没するヴェニス
  いずれ死んでいく町を人間の人生に重ねているようだ。
  地球温暖化など文明への厳しい警鐘を感じた。

A 川に吊橋を架ける黒人の原住民の映像
  曲芸のような技術で向こう岸に綱を渡し、そこから橋を編んでいく。
  人間は信じられ難いこと(ピラミッドなど)が可能なのだ。

B 人力飛行機で空を飛ぼうとするルネッサンス時代の男
  鳥に憧れる男が、布で作った羽で空を無謀にも飛ぼうとする。
  男は墜落するであろう瞬間に映像は終わる。最後にLeonardo da Vinciの名が。

C   「禅」という文字で始まる映像
  映像の意味は理解できない。
  音が見事に融合していく。

  メロディーにあの1970年代前半のPFMが若かった頃の美しさや輝きはもはやありません。見せてくれたのは、何十年もの経験を持つ職人の工芸の技でした。
  ただただ、ため息の連続でした。

  Four halls、そしてアンコールにはお決まりの「9月の印象」と「セレブレイション」。マンネリなど存在しない、過去の栄光のPFMと、現在の職人としてのPFMの両面を、堪能させてもらいました。





2011年10月29日

小休止

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トイレの蓋が開くという変形ジャケのイメージで損?をしています。


今日の1曲
<519> フンカ・ムンカHunka Munka / Ruote E Sogni 1972年
<520> Bob Nero (Umberto Balsamo)/ Il Mio Cuore Riposa 1968年
<521> ウンベルト・バルサモUmberto Barsamo / Donna 1979年

  今回は、しんどい仕事の途中で息抜きです。
  1曲目はイタリアのフンカ・ムンカ。
  教会風のオルガンが癒されるので最近ウォークマン(死語?)でも聞いています。

フンカ・ムンカHunka Munka / Ruote E Sogni
http://www.youtube.com/watch?v=KEbLreNhtcc&feature=related
2:40以後のヘヴィーなところはカットして聞いています。



  2曲目は、やはりイタリアのシンガーソングライター、ウンベルト・バルサモです。
  美しく哀愁のあるメロディーが特徴。
  素晴らしい曲がたくさんあります。

ウンベルト・バルサモUmberto Barsamo / Donna
http://www.youtube.com/watch?v=GSilUZrqiw4&feature=related
1979年に100万枚のヒットになったというBalla(踊ろう)のB面。疲れない。

  幻のデビュー曲がみつかりました。
  youtubeがなければ一生聞けなかったでしょう。
  感謝。

Bob Nero (Umberto Balsamo)/ Il Mio Cuore Riposa 
http://www.youtube.com/watch?v=z9ybOEUdTnI&feature=related
Bob Neroは芸名。Neroはイタリア語で黒の意味なので、彼はジョー山中のように黒人のハーフなのだろうか。




2011年10月08日

執行猶予 〜 ベトナム・開かない扉 〜 シャコンヌ 

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朝日の中で撮ったLe Orme / Uomo di pezzaのイタリア人でも難解という歌詞
(3回ゆっくりクリックすると拡大します)

今日の1曲
<494> レ・オルメLe Orme / 開かない扉La porta chiusa 1972年
<495> レ・オルメLE ORME / UNA DOLCEZZA NUOVA 1972年
<496> バッハBach / シャコンヌ Chaconne part1
<497> バッハBach / シャコンヌ Chaconne part2

  心配だったもう1人のベトナム人の裁判が執行猶予付きになって体が少し軽くなりました。通訳の人も「☆☆ちゃん、実刑にならずに帰れてよかった〜」と喜んでいました。援軍の意見書をつけてくれた□□さんも実刑になるだろうと予想していたので大喜びです。

  ベトナム人の刑事事件を2件続けてやりました。共産主義者が農民に宣伝してベトナム戦争が始まりましたが、戦争が終わり共産主義になると政府関係者だけ金持ちになって民衆を弾圧したそうです。そのためボートピープルもたくさん出ました。

  難民として日本に流れて来てずっと悲惨な生活をしていた同い年の人もいました。仕事があると騙されて日本に来てネズミなどを食べて生活していた人もいました。ベトナム戦争はまだ本当に終わってはいないのではないかと思いました。

Le Orme / 包帯の男Uomo di pezza


  レ・オルメLe Ormeの「開かない扉La porta chiusa」は、ベトナム戦争が泥沼化した1972年に発表されたUomo di pezzaの3曲目です。暗鬱なリフレインから始まるこの曲の終盤で、光が射し込むようにバッハのシャコンヌが引用されます。

レ・オルメLe Orme / 開かない扉La porta chiusa(シャコンヌChaconne) 
http://www.youtube.com/watch?v=cc7maDaMFuU&feature=related
6:11からがバッハのシャコンヌを使用した美しいパート。
結局、混乱の中に収束してしまう。

レ・オルメLe Orme / シャコンヌChaconne  live medley 1975 at Modena,Italy
http://www.youtube.com/watch?v=j9Pde5mHmFY
1975年のライブでは、シャコンヌが鐘を伴ってより印象的に使用されている。 コンクリートCemento Armato 〜 1:33 冬Era Inverno 〜 4:10 開かない扉La porta chiusa(5:40シャコンヌChaconne)〜 6:48 Collage
最後の明るいCollageによる締めくくりが1975年のベトナム戦争の終結を感じさせる。

同ライブを収録


  イタリアで1973年1月13日と20日に2週間1位になった4枚目のアルバムUomo di pezzaの1曲目 UNA DOLCEZZA NUOVAの冒頭もまたシャコンヌから引用されている。誰もが皆、開かない扉が開かれ、光が射し込む日を求めています。

レ・オルメLE ORME / UNA DOLCEZZA NUOVA
http://www.youtube.com/watch?v=xSMCh-Xu3X4&feature=related



  最後にバッハのヴァイオリン独奏による原曲です。ベトナム戦争の頃、ELPのKeith Emersonを筆頭に、オランダのEkseption、Focus、イタリアのLatte e miele、スペインのCanarios、日本の稲田保雄など多数がクラシックに光を求めました。

バッハBach / シャコンヌ Chaconne part1(Jascha Heifetz plays)
http://www.youtube.com/watch?v=iRhSUXf_7aI&feature=related
冒頭をLE ORME / UNA DOLCEZZA NUOVAで引用。

バッハBach / シャコンヌ Chaconne part2(Jascha Heifetz plays)
http://www.youtube.com/watch?v=84wjmbrE0pg&feature=related
冒頭をLe Orme / 開かない扉La porta chiusaで引用。

La porta chiusa (Le Ormeのカバー) LogoS LIVE
http://www.youtube.com/watch?v=Ah0fb55nbPs&feature=related
6:00からシャコンヌ。Le Ormeの再録CD”Amico di ieri"を意識したパイプオルガン風のアレンジ。



2011年06月04日

3周年 〜 正夢 〜 六本木Golden Cup 〜 六本木GaspanicW

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Latte e Mieleの来日時のサイン、Single Ritagli di luceと今年の年賀状
今年の年賀状はLatte e Mieleのレコードを持った写真でした。夢が正夢に。
3回クリックすると大きくなります。


今日の一曲
<390> ラッテ・ミエーレLatte Miele / Pavana 1976年
<391> フォルムラ・トレFormula 3 / Sole giallo, sole nero 1970年 イタリア16位
<392> ザ・ゴールデン・カップスThe Golden Cups-I'm So Glad 1968年
<393> Barthezz – Infected 2001年 ダンスチャート1位
<394> マイケル・ジャクソンMichael Jackson / ROCK WITH YOU 1980年 全米1位
<395> ホイットニー・ヒューストンWhitney Houston / I Wanna Dance With Somebody (Who Loves Me)1987年 全米1位


〜 正夢 〜


  4月に奇跡の来日をしたLatte e Mieleのサインを入手しました。彼らの来日を例えるなら、日本で1970年代に3枚のLPを合計2万枚弱程度売った知る人ぞ知るフォークグループが、35年後にイタリアでライブをして600人も集まったという感じです。

  今年の事務所の年賀状に自分の写真を載せるとき、自分の好きなレコードを持ってるところにしようと思い、真っ先に思いついたのがラッテ・エ・ミエーレLatte e Mieleでした。まさか30年間見てきた夢が正夢になるとは思いませんでした。

ラッテ・ミエーレLatte Miele / Pavana
http://www.youtube.com/watch?v=u9RstxYjwwE
20分以上、湯水のように美しいメロディーが溢れる。1976年発表だが、当時脱退していたLacagninaがもっと前に作曲したもの。今回の来日でわかったが、Lacagninaの創造力の根源はナポレオンと同じように背が低いコンプレックスからきているのだろう。



Latte Miele - Ritagli di luce 1980年
http://www.youtube.com/watch?v=Hhvc87cemmc
こちらは新メンバー、Luciano Portiniの作曲と思われる。この時代は軽く見られているが隠れた名曲。

Latte e Miele – Getzemani  Tokyo Kawasaki 2011 Live
http://www.youtube.com/watch?v=0KaMY52bzpo&feature=related
川崎Club Cittaでのアンコール。感動のスタンディング・オベーション

Latte e Miele – Getzemani
http://www.youtube.com/watch?v=RrmXJqiAriw&feature=related
同曲ラスト部分。ユダの「御機嫌よう、先生」というキリストへの言葉から始まる。



〜 3周年 〜

  本ブログもいよいよ4年目に突入。
  初めはしんどい状態で、遺書代わりみたいな気持ちもあったのですが、クラブ通いが復活して俄然元気になりました。

  内容は相変わらず無軌道、無節操。イタリアだけでも、カンツォーネ・ファンはイタリアのプログレだけは勘弁してくれと言うが何でもあり。イタリアからHIPHOP、クラシック、Punk、果ては童謡、さらにタイガーマスク、吉幾三も出る。

  これからもよろしくお願いいたします。
  今回は、イタリアンロックとソウルを結びつけるとんでもない映像を発見しました。フォルムラ・トレFormula Treに混じってスティーヴィー・ワンダーがドラムを叩いています。

Stevie Wonder + Formula Tre / Stevie Drum Solo (Speciale per voi 1970 Rai)
http://www.youtube.com/watch?v=1GkZB6OireE&feature=related
フォルムラ・トレのイケメンドラマーTonny Cicoもお手上げ。

フォルムラ・トレFormula 3 - Sole giallo, sole nero
http://www.youtube.com/watch?v=Y1_syQLfgWc&feature=related
同じ番組での映像。Lucio Battisti作曲。



〜 六本木Golden Cup  六本木GaspanicW 〜
 
  平日に六本木に踊りに行ってみました。
  まず、一昨年亡くなったゴールデン・カップスのデイブ平尾さんのライブが聞けた懐かしい店Golden Cupのあったビル周辺を散策しました。

  Golden Cupは25年前と15年前ぐらいに2回いきました。壁にゴールデン・カップスのレコードと、デイブ平尾さんの将棋4段という賞状が飾ってありました。
帰るときは、必ず笑顔でデイブ平尾さんが握手してくれました。

The Golden Cups-I'm So Glad
http://www.youtube.com/watch?v=IrXJ3vpvKww&NR=1
1968年に日本のロックが世界に(ジミヘン、Zepは無理としてもCreamにまでは)追いついていたことを証明する超貴重映像。

ザ・ゴールデン・カップス / アイム・ソー・グラッド 1969年
http://www.youtube.com/watch?v=0owwuGtNiR8
名盤スーパーライブ・セッションLive at Zenより






  スクエアビル全盛期の曲が流れるというナバーナに行きましたが、時間が早くてやってない。   Gaspanicしかないなあと思って行ってみたら、夜中しか流さないと聞いていたトランスがかかっています。大喜びで飛び込みました。

Barthezz - Infected
http://www.youtube.com/watch?v=jhOn9vpr2TU
トランスで5指に入る人気曲。


 
  日本でもイギリスでも1位になった懐かしいヒット曲relaxがかかりました。
  スクエアビルでもよく流れていました。
  Relaxとは名ばかりの重たいリズム。

Frankie goes to hollywood / relax
http://www.youtube.com/watch?v=yPLrXFw76Qg



  しばらくすると、古いディスコ、ブラコン時代の曲が流れてきました。
  マイケル・ジャクソンは気持ちいい。体が浮いてきました。
  お客さんが遠巻きに私を見物しています。

マイケル・ジャクソンMichael Jackson / ROCK WITH YOU
http://www.youtube.com/watch?v=s28zk8NuZ-g



  ホイットニー・ヒューストンWhitney Houstonも昔は出せば1位でした。
  飛ぶ鳥を落とす勢いのころのヒット曲のRemixが流れていました。
  これからもガンガン踊ります。

Whitney Houston / I Wanna Dance With Somebody (Who Loves Me)
http://www.youtube.com/watch?v=3KhhY9iwn-w






2011年05月28日

五月 美しき十代9 今日の一曲 <388> レ・オルメ <389> 荒井由実

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Backside of LP Le Orme / Beyond leng レ・オルメ唯一のアメリカ盤LP。
五月Maggioをはじめ、8曲中Contrapuntiから4曲選曲。インストも4曲。
3回クリックすると画像が拡大します。

<388> レ・オルメLe Orme / 五月 Maggio 1974年
<389> 荒井由実 / 空と海の輝きに向けて 1972年

  ○○ちゃんの審判が終わり、少年院に行かずに帰って行きました。
  ○○ちゃんのお母さんも泣いて喜んでいました。最後は自分の不幸の切り売りもしたけれども、○○ちゃんに鑑別所に会いにいった今年の5月は幸せでした。

  ○○ちゃんを最強のダンサーに養成しようという私の「あしたのジョー」的な野望は、本人のその気がないとの一言で、△△ちゃんに続いて潰えました。でも1ヶ月ちょっとの間、○○ちゃんは私の可愛い娘でした。○○ちゃん、夢をくれてありがとう。

レ・オルメLe Orme / 五月 Maggio 1974年
http://www.youtube.com/watch?v=545vO52c6L4
まずは2:00〜からイヤホンで大音量で。
1973年の前作Felona e Soronaで、ベトナムの米ソ核戦争による人類の終末を暗示したレ・オルメの人間賛歌。翌1975年4月30日についにベトナム戦争は終結した。

6:30まで飛ばして、7:00と最後の7:40の一節
l'uomo è il primo e il più grande fra i tesori della terra.
「人間は地球の最初でもっとも偉大な宝物だ」

  蛇足ですが、オフコースのYes NoのイントロはMaggioの 4:15からパクったと思います。Le Ormeが売れ残っていた渋谷Cisco界隈でオフコースのメンバーを見たことがある。当時隠れイタリアファンは多く、寺尾聡もイ・プーI Poohの熱心なファンでした。



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荒井由実LP「ひこうき雲」ブックレットのイラストとLP Le Orme / Beyond leng

  少年鑑別所に行くバスの途中で、ユーミンの実家の呉服店を発見しました。
  ああ、ここがそうかと思いました。
  そこでユーミンの十代のデビューシングルのB面だった名曲を。

荒井由実 / 空と海の輝きに向けて
http://www.youtube.com/watch?v=JQnbvLm3heg

荒井由実「ひこうき雲」の秘密
http://www.youtube.com/watch?v=0jz6yGRerlk&NR=1



2011年05月01日

ラッテ・エ・ミエーレ来日 美しき十代V 今日の一曲 <365> <366> <367> Latte e miele  <368> バッハJ.S.Bach

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ラッテ・エ・ミエーレLatte e miele Live in Kawasaki Japan
アンコールでも演奏した1st singleゲッセマネGetzemani
TシャツT-shirt 朽ち果てたクルミの木

<365> ラッテ・エ・ミエーレLatte e miele / Vision of sunlight 2008年
<366> ラッテ・エ・ミエーレLatte e miele / ゲッセマネGetzemani 1972年
<367> ラッテ・エ・ミエーレLatte e miele /悲愴パート3Patetica Parte Terzo1973年
<368> バッハJ.S.Bach / マタイ受難曲Matthäus-Passion第1曲


  イタリアのラッテ・エ・ミエーレの奇跡の来日公演に行きました。バンドに興味のある方は、2008年10月12日の「美しき十代 今日の一曲<24>」をご覧下さい。
  ドラムでリーダーだったとも言われるAlfio Vitanzaはデビュー時に16歳でした。

来日フライヤー
http://clubcitta.co.jp/001/latte/

  5月に予定されていた同じイタリアのアレアが放射能を恐れてミュージシャンの意向で初来日をキャンセルしたのに、ラッテ・エ・ミエーレは来てくれました。
  New TrollsやOsanna来日のとき以上の期待で会場に向かいました。



  曲は2010年の新作マルコ・ポーロからの抜粋でスタートしました。マッシモの英語も流暢です。1976年の3rdアルバムからキーボードインスト曲の大作Pavanaは美しいメロディーの洪水。そして第1部は新曲Vision of sunlightで締めくくりました。



ラッテ・エ・ミエーレLatte e miele / Vision of sunlight
http://www.youtube.com/watch?v=E2OXJy6zFag&feature=related
Latte e mieleの完全復活を確信した力強さと美しさが同居する2008年の新曲。

  ラッテ・エ・ミエーレLatte e mieleとは「ミルクと蜂蜜」の意味ですが、これが聖書に出てくる言葉と言うことが30年以上たってわかりました。ラッテ・エ・ミエーレの凄さは、やはりキリストの死と復活をテーマにした第2部「受難劇」における集中力でした。

  1970年初頭、イタリアでは連日ベトナム戦争で人が殺される映像が流れ、日本と同様に学生に反戦・反体制運動が起こりました。1971年に初めてLe Ormeが死をテーマにしたCollageを発表すると、1972年にBancoなどが反体制の狼煙を上げました。

  他のイタリアのBalletto di BronzoやOsanna、Museo Rosenbachなどはドラッグの力を借りてベトナムの悪夢から逃避しました。そして異世界YS、幻の古代都市Palepoli、ニーチェの超人思想をテーマにした作品を生み出しました。



  これに対しLatte e Mieleは、自分たちの原点であるキリスト教に帰りました。
  そして、バッハのマタイ受難曲の影響を受けつつ、キリストに救いを求めたのが1972年のデビュー作「受難劇」でした。

  今年、イタリアでも連日大震災の映像が流れ、イタリア人の友人から「放射能を恐れて東京の住民が大阪に移動と報道されている」とメールが来ました。Latte e mieleは、ベトナムの戦場を布教慰問するような覚悟で来日したのではないかと想像します。

初めてローマ教皇の前で演奏を許されたロック作品「受難劇」


Latte e Miele / 「受難劇」からゲッセマニGetzemani 
http://www.youtube.com/watch?v=7mXLh-fjkv8
1972年と思われる信じがたい奇跡のカラー映像
アングルの定まらない映像と木漏れ日が不安と狂気の時代を感じさせる。

Latte e Miele / 「受難劇」からIl Re Dei Giudei 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=DHDc70_lhPc&feature=related
これまた驚異のカラー映像。PFM、Le Ormeクラスでもこの時期にカラー映像はない。
16歳のAlfioが「美しき十代」ならぬ、狂気のドラミングを見せる「ユダの裏切り」
  
バッハJ.S.Bach / マタイ受難曲Matthäus-Passion第1曲
http://www.youtube.com/watch?v=Tq1eTakWTz0&feature=related
カール・リヒター版を手本にしたと思われる。



  「受難劇」のような音楽を演奏するときは、年齢による衰えなど超越していました。キリストが磔になる終盤でAlfioが前方で歌う姿は宣教師の意思そのものでした。Alfioの頭は禿げても、心は永遠に16歳の「美しき十代」であることを証明してくれました。



  最後は、2ndLPで、こちらも名作のパピヨンPAPILLONからです。
  「受難劇」の緊張の後で、美しい旋律が心に響きます。
  何度もアンコールの喝采は鳴り止まず、感動のコンサートは無事に終了しました。

Latte e Miele / 悲愴パート3Patetica - Parte Terzo
http://www.youtube.com/watch?v=uJmmNmqKAcc&playnext=1&list=PLF1C8A3412D090DB4
嵐の後の静けさのような心洗われる歌曲。

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最後のアンコール曲のシングル盤 Rimani nella mia vita

2011年04月23日

復活・頑張れニッポン[ 誤った情報 今日の一曲 <361> アレア <362><363> PFM(マウロ・パガーニ)

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P.F.M.LPs made in Japan「幻の映像Photos of Ghosts」の内ジャケ(Left)
「甦る世界The world became the world」のインサート写真(偶然にも津波の被害が…right)と付録の「山 mountain」(center)  
今日は、久々の大雨です。


<361> アレアArea /荒野の追放者IL BANDITO DEL DESERTO 1978年
<362> PFM(マウロ・パガーニMauro Pagani)/ 人生は川のようなもの River Of Life 1973年
<363> P.F.M. / 望むものすべては得られない Via Lumiere 1974年


「人生は川のようなもの」収録


  外国では日本は東京も放射能で汚染されているという誤った報道がされています。そのため、予定されていたイタリアのアレア+マウロ・パガーニの来日コンサートが中止になりました。私はコンサートに行く予定はなかったのですが残念でした。

  アレアは、1970年代に極左集団「赤い旅団」なども生み出したイタリア共産主義のシンボルのようなバンド。そしてイタリア最高峰の演奏力を持つバカテク集団でした。共産主義が消えた今、危険を越えてまで来日する心の炎は失われたのでしょう。

アレアArea /荒野の追放者IL BANDITO DEL DESERTO
http://www.youtube.com/watch?v=chD6BOHTNy8&feature=related
ジャコ・パストリアス風のベースが走る。

Area / Live in studio + インタビューintervista 1977年
http://www.youtube.com/watch?v=BGU1V_esCLw&feature=related
この2年後に夭折したDemetorio Stratosの視線が遠くを見つめている。共産主義という言葉にまだ夢をもつことができた最後の時代。



  アレアとともに来る予定のマウロ・パガーニの34年ぶりの来日も中止。PFMの第1回来日のとき、Mauro Paganiは、政治色のないPFMでかつイケメンなのに政治のことばかりインタビューで話して、陽気なイタリアンを予想した日本人がたまげていました。

PFM / 人生は川のようなもの River Of Life 1973年
http://www.youtube.com/watch?v=X3fZraA9zvY
イタリアンロックを世界に知らしめたイタリアを代表するロックバンド
マウロ・パガーニMauro Paganiはフルートとヴァイオリンを担当。
最も美しい代表曲を美しい映像とともにどうぞ

P.F.M. / 望むものすべては得られない Via Lumiere 1974年
http://www.youtube.com/watch?v=yWPkBOC2k8I&NR=1
PFMの到達点。3:00〜のフルートのアドリブのあとの、3:30〜をイヤホンで。
ベースはアレアから移籍したパトリック・ジヴァス



2011年04月09日

復活・頑張れニッポンY 朋あり遠方より来る 今日の一曲 <357> イル・バレット・ディ・ブロンゾ <358> レ・オルメ <359> バッハ 

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Il Balletto di Bronzo/promo single YS(Polydor Italy AS 164),
LP YS(back side) & DVD LIVE IN ROMA と檸檬の木

<357> イル・バレット・ディ・ブロンゾIl Balletto di Bronzo / Primo incontro 1972年
<358> レ・オルメLe Orme / "Concerto No. 3  1970年
<359> バッハJ.S.Bach / Brandenburg Concerto No. 3 in G
 

  街頭募金には募金するようにしています。今回はイタリアから元気の援軍です。イタリア人の友人からレコードが送られてきました。イタリアでも連日、日本の地震の報道でたいへんだそうで、無事かと心配してくれていました。

  まず、イタリアの伝説のイケメンバンド、イル・バレット・ディ・ブロンゾ(青銅のバレエの意)長年謎だったLP「YS」のプロモオンリーのシングルです。昨年の4月8日にはOsannaのライブでBronzoのリーダーのGianni Leoneからサインをもらいました。

  プロモシングルは、YSのPrimo incontroの中にEpilogoのイントロが組み込まれるという内容。同じ手法のLe OrmeのシングルFelonaより1年早い斬新な発想です。Gianni Leoneがミキシングしたとしたら、これもひとつの立派な作品といえるでしょう。

  PFMのMauro Paganiは、1971年のLe OrmeのCollageに次いで、ミュージシャンが表現したい内容を伴ったイタリアで最初のレコードとして、1972年のPFMの1stとともにイル・バレット・ディ・ブロンゾのYSを挙げています。

Il Balletto di Bronzo   HP
http://www.ballettodibronzo.too.it/

イル・バレット・ディ・ブロンゾIl Balletto di Bronzo / Primo incontro
http://www.youtube.com/watch?v=D8rBECkNqHo&feature=related
ロックとバロック・チェンバロの美しい融合の最良の一例

イル・バレット・ディ・ブロンゾIl Balletto di Bronzo / Epilogo
http://www.youtube.com/watch?v=uSWEJKkeBBw

イル・バレット・ディ・ブロンゾIl Balletto di Bronzo / Primo incontro Live http://www.youtube.com/watch?v=g59ctL9HLj8&feature=related
高画質による驚愕のライブ。2008 Live in Roma 
オリジナルメンバーはKbのGianni Leoneのみ。リズム隊はバンド史上最強では?
最後にチェンバロが。




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Promo Single Le Orme / Concerto No. 3(Carjukebox Italy JB 42)
ジュークボックス(10円入れると好きなレコードをかけてくれる機械。ゲームセンターなどにあった)用のシングル

  もう一枚は、レ・オルメLe Ormeの謎のシングル。
  おそらく1970年録音のCarjukebox時代のアウトテイクと思われるもので、彼らが成功した1973年に、突然、人気に便乗して発売されたものです。

  レ・オルメは不本意だったと思いますが、後に倒産してしまうCarjukeboxにしてみれば必死だったのでしょう。King時代に二重契約したJames BrownがSmashからインストを出したように、歌なしインストなら契約をクリヤーできるのでしょうか。

レ・オルメLe Orme  HP
http://www.le-orme.com/discografia.html

レ・オルメLe Orme / Concerto No. 3
http://www.youtube.com/watch?v=I-f04sHt_ic
バッハのブランデンブルグ協奏曲を軽快にアレンジ。

  この時点では「とにかくNiceみたいにクラシックをロック風に演奏してみよう」という過渡期のチープな音です。3月6日のブログで書いたように、1971年以降大きく飛躍したLe Ormeは、1974年までにロックとクラシックとの融合を完成させました。

Le Orme / Blue Rondo A La Turk 1970年ライブ
http://www.youtube.com/watch?v=fnO29K1xDr4
Concerto No. 3のB面として発売。テレビ番組Speciale per voiでの珍しいインストのライブ。KbのToniにヒゲがないのが1970年の証拠。

ボーナストラックConcerto No. 3を収録


  最後にレ・オルメLe Orme / Concerto No. 3の原曲です。

バッハBach / ブランデンブルグ協奏曲Brandenburg Concerto No. 3 in G
http://www.youtube.com/watch?v=6bDzlI-ycBk&feature=related




2011年03月06日

 40周年・ベニスに死すMorte a Venezia  今日の一曲 <341> マーラー <342> レ・オルメ Le Orme

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Single レ・オルメ Le Orme / すみれの香り Il profumo delle viole
1970年発表。レ・オルメが死のモードに突入する前夜
Tangerine DreamのUltima thule同様、移行期の重要シングル


<341> マーラー Mahler / 交響曲第5番第4楽章アダージェットSymphony no.5 IV - Adagietto
<342> レ・オルメ Le Orme / 空を見た Sguardo verso il cielo 1971年


〜 40周年 ベニスに死す 40 anni Morte a Venezia 〜


  3月5日に重い事件の示談ができ、ほっとしています。
  2011年3月5日は、映画「ベニスに死す」がイタリアで1971年3月5日に公開されてから40周年にあたります。そして、1971年は、ベニスのグループ、レ・オルメLe Ormeが音楽性の方向を転換してからの第1作である3rdアルバムCollageを発表した年でもあります。

  世阿弥が500年前に指摘したように、芸能の世界は、芸術性を追及すると大衆がついてきてくれません。他方で、万人受けを狙うと自分の求める表現ができず、目利きからは見放される。聖と俗、芸術性と大衆性の拮抗は、古来からの芸術家のテーマでした。
  レ・オルメLe Ormeは、聖と俗の両面においてヒットチャートでNo.1になった世界でも稀有のバンドと言えます。すなわち、Le Ormeが最も芸術性を追及した時代にUomo di pezzaを1972年にLPチャートの1位に送り込むとともに、大衆性を追及した時代にCanzone d’amoreが1976年にシングルチャートで1位になっています。これは、イギリスのGenesis、Yes、オランダのEarth & Fireといったバンドでもなしえなかったことです。
 
  レ・オルメLe Ormeが「あしあと」を意味するように、彼らの音楽的変容は時代を映す鏡であったともいえます。1967年にデビューしたLe Ormeは、当初はたくさんあった1960年代のBeat groupのひとつにすぎませんでした。1970年代に入ってそれらのBeat groupは、I Poohのように大衆性を追及するものと、PFMのように前衛的Progressiveな方向に向かうものに分かれていきます。
  Le Ormeも方向を模索していました。イギリスに渡って最新のRockを研究した彼らは、QuatermassやELPのようなキーボード主体のトリオに編成を変え、1970年にPhilipsから第1弾シングルを発表します。

レ・オルメLe Orme / すみれの香り Il profumo delle viole 1970年
http://www.youtube.com/watch?v=17j0iINwJAQ
力強いイントロはもろに英米のロックからの影響。Deep Purple / Speed KingやDoors / Roadhouse Bluesを想起させる。ところが、歌になると一転、CarJukebox時代のフラワーポップに逆行する。未消化な展開は1970年の時点で彼らがまだ過渡期にあったことを示している。


Il profumo delle violeを収録したベスト盤



  映画“ベニスに死す”そして、「空を見た」Sguardo verso il cieloを収録したLe Ormeの LP“Collage”が発表された1971年は、イタリア音楽界の転換期でもありました。1960年代のイタリアは、世界を席巻していたSanremoサンレモ音楽祭を中心に回っていました。サンレモ音楽祭は、アメリカンポップスと比肩しうる世界的影響力を持っていました。
  例えるならば、こんなことが想像できるでしょうか? 日本の紅白歌合戦に、ビヨンセ、マドンナ、マイケル・ジャクソン、サラ・ブライトマン、フリオ・イグレシアス、U2などが、「出場させてください」と言って殺到する。しかも日本語で日本の作家が作った歌を日本人の歌手とペアで歌うのです。
  アメリカの1957年の第1回グラミー賞をイタリア人のドメニコ・モドゥーニョDomenico ModugnoのボラーレVolareが受賞して以来、イタリアは世界のポップスのひとつの中心でした。

ウィルマ・ゴイクWilma Goich / 花咲く丘に涙してLe Colline Sono In Fiore
http://www.youtube.com/watch?v=QXM2jjAAHpM
1965年Sanremo音楽祭2位。日本でもヒット。





  このような1960年代のイタリアの状況において、PFMのマウロ・パガーニMauro Paganiによれば、強力な支配力を持つイタリアのレコード会社は、Sanremoを初めとする音楽祭での入選と売り上げに力を注ぎ、アーティストに対してもラブソングか外国曲のカバーしか歌わせなかったといいます。
  1967年にデビューしたレ・オルメLe Ormeもまた、Carjukebox時代はビートルズやサイケデリックの影響を受けたラブソングを歌っていました。
  前述のように1970年に入って方向性を模索していたLe Ormeですが、1971年3月5日にイタリアで公開された「ベニスに死す」が、このベニスのバンドの方向性を決定付けたといえます。


映画DVD



ベニスに死す Morte a Venezia 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=X4N8B1ggYc4&feature=related

ベニスに死す Morte a Venezia ラストシーン
マーラーMahler / 交響曲第5番第4楽章アダージェットSymphony no.5 IV Adagietto
http://www.youtube.com/watch?v=kE8QOcJHSCE&feature=related
マーラーの交響曲第5番の第4楽章アダージェットは、もともとはマーラーが当時恋人だったアルマにあてた音楽によるラブ・レターだったが、この映画「ベニスに死す」の感情的表現においては、ほぼ主役ともいえる役割を果たした。

Mahler / Symphony no.5 IV Adagietto
Chicago Symphony Orchestra conducted by Daniel Barenboim
http://www.youtube.com/watch?v=VWPACef2_eY&feature=related


シノーポリ指揮



  もともと原作者トーマス・マンは、この小説の主人公を老作家としていました。しかし監督のルキノ・ヴィスコンティは、主人公の「グスタフ・アッシェンバッハ」を作曲家グスタフ・マーラーに置き換えました。アッシェンバッハ指揮によって発表された作品は聴衆から罵声を浴び、足を踏み鳴らされます。そして、マーラーと親交のあった作曲家シェーンベルク(アルフレッド)を登場させ、二人は「美」について論争します。一人娘も病気で失ったアッシェンバッハは、旅行先のベニスでタジオという少年に自分の求めていた「美」を見出します。アッシェンバッハはコレラにかかり、浜辺でタジオを目で追いながら死亡します。

  Le Ormeの1970年からのプロデューサー、ジャンピエロ・レヴェルベリGianpiero Reverberiは、ルイジ・テンコLuigi Tenco が1967年のサンレモ音楽祭での落選に抗議してピストル自殺したときの 参加曲Ciao amore ciaoの編曲者であり、指揮者でした。
  美の論争、そして作曲家の死という「ベニスに死す」のテーマが、作曲家Gianpiero Reverberi、そして奇しくもLuigi Tenco が死んだ1967年にデビューしたベニスのバンドLe Ormeに及ぼした衝撃の大きさは想像に難くありません。


Luigi Tencoの本



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イタリアで最初の「内容を伴った」レコードといわれるLe Orme / Collage
「ベニスに死す」のダーク・ボガード扮するアッシェンバッハと同じ死に化粧。
ALDOはMICHIの持つ十字架に串刺しにされている。
右は、Le Orme / Sguardo verso il cielo のLiveを収録したRarita Nascoste


  かくして、PFMのMauro Paganiによれば、アーティストが本当に表現したい「内容を伴った」イタリアで最初のレコードと言われるレ・オルメLe Orme のアルバム Collageが1971年の5月から6月にかけて録音されました。ラブソング以外の音楽、例えば、フランスのジャック・ブレル Jacques Brel、ボリス・ヴィアンBoris Vian、アメリカのBob Dylan、Doors、日本の丸山(美輪)明宏などが創作したことを初めてイタリアではLe Ormeが行ったのでした。

  Collageでは、ナイスやELPの手法を用い、クラシックの旋律を導入しました。イタリア人の彼らは先人であるドメニコ・スカルラッティDomenico ScarlattiのソナタSonata in E major, K 380の旋律を使っています。

Le Orme / Collage 1971年
http://www.youtube.com/watch?v=6JDY2elDuNM&feature=related
CollageのA面では続く2曲で、初恋、文明批判について歌われている。


Collage



  そして、Le Ormeのスタンスを明確に示したのが、シングルカットされたB面の1曲目「空を見た」Sguardo verso il cieloです。「ベニスに死す」の影響を受けたCollageのテーマは、ずばり「死」でした。それは、Sguardo verso il cieloの「生きることの罪と変えようのなさ」「砂漠に捨てられた道化師の仮面」といった詞に如実に表れています。
  湾岸戦争のときにはテレビでは凄惨な映像が隠されていたのと異なり、ベトナム戦争当時は空爆などの殺戮がテレビで平然と流されていました。イル・パエーゼ・ディ・バロッキのメンバーがインタビューで、音楽制作の背景には「ベトナム戦争」など社会情勢に対する悲観的な展望があったと述べたように、「空を見た」Sguardo verso il cieloからは、殺戮を繰り返す人類の愚かさに対する怒りと諦観が感じられます。 
 

Le Orme / Sguardo verso il cielo  SENZA RETEでのLive 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=D3Y0ofxcz7o&feature=related
メドレーのUna dolcezza nuovaでGianpiero ReverberiがPianoを弾いている。

Le Orme / Sguardo verso il cielo スタジオ版 1971年
http://www.youtube.com/watch?v=tFzebLBBSoE&feature=related
2:00でのリズムチェンジが、前年のIl profumo delle violeとは異なり、意味をもったものとなっている。Sguardo verso il cieloという言葉が2回繰り返される。
「生きることの罪」といった詞の内容は、同じくクリスチャンである岡林信康の1970年の「私たちの望むものは」に通じるものがある。

  1970年のシングル「すみれの香り」Il profumo delle violeは、翌年のアルバムCollageのB面の最後の曲で「ある花の死」Morte di un fioreへと変貌を遂げました。
  そこには、まだ希望を見出そうとする明るさで締めくくられています。
  しかし、ベトナム情勢が混迷を続ける中で、Le Ormeは次の1972年のUomo di Pezzaでは「開かない扉」「精神錯乱」、そして1973年には、核戦争による世界の破滅を予言した最高傑作Felona e Soronaを発表します。

  Collageは、MoogやMellotronの使用度が低いこともあり、日本では人気がいまいちです。私も高校時代は、意味もわからず白化粧を馬鹿っぽいジャケットだと思っていました。また、常に渋谷Ciscoで売れ残っていたこともあって、2流バンドと決めつけていました。それは、イタリアでLe OrmeがI Poohについで人気があったためレコードがたくさん再版され、輸入されていたからであって、全くの認識違いでした。イタリアでCollageの評価がなぜ高いか理解するのに長い年月がかかりました。


イタリアの歴史の一部になっているLe Ormeの軌跡




2011年02月03日

かっこいいROCKT 今日の一曲 <334> The Trip


<334> トリップThe Trip / カロンテCaronte T1971年 イタリア


〜 かっこいいROCK 〜 


トリップの1st イタリアンロックの元祖のひとつ



  当番で受けた外国人の事件が簡単だと思ったら難しかった。泣いたり笑ったりの4日間でしたが、毎日2〜3時間接見してやっと概要が掴めました。
  毎日寒空の中を15分歩き、終電で帰る生活から解放されてやれやれです。

  夜中You tubeでトリップの最新ライブがみつかった。
  私の場合結局、ROCKは「かっこ良いか、かっこ悪いか」。理屈抜きに聞く。
  カロンテCaronte Tも「めちゃカッコエエ」の1曲。


40周年 Prog Exhbition 2010 イタリアンロック・オールスターが勢ぞろい。
ゲストにたまげました。イタリアンロックの評価の高さがわかる。
http://www.progexhibition.it

The Trip / Caronte T  original 1971
http://www.youtube.com/watch?v=dMk2A1Av4vU&feature=related
トリップの最高楽曲。
2:00〜3:15 4:39〜5:39 だけでいいですからヘッドホンで聞いてみてください。

The Trip / Caronte T    at Prog Exhbition in Italy 2010
http://www.youtube.com/watch?v=8HgolvoQyLA&feature=related
もし上を聞いてよかったと思われた方は、ぜひぜひ1:40〜からどうぞ。
60歳過ぎてもナイフのように鋭いJoe Vescoviのオルガンに痺れました。

The Trip / Fantasia 1970
http://www.youtube.com/watch?v=E5D_Ut4Ei00&feature=related
全盛期のTripの映像。数少ないイタリアロック草創期の貴重なカラー映像のひとつ。
はじめのムッソリーニのような親爺はなんなんだ。





2011年01月01日

A Happy New Year!Buon anno ! 〜 新春イタリア名曲T 今日の一曲 <321> リッカルド・フォッリ RICCARDO FOGLI <322> New Trolls Atomic System

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Single RICCARDO FOGLI / Amico sei un gigante(RCA Italy)


<321> リッカルド・フォッリRICCARDO FOGLI / Amico sei un gigante 1974年
<322> ニュー・トロルスNew Trolls Atomic System / 真実に向かってTornare a credere 1973年


  あけましておめでとうございます。A Happy New Year!Buon anno !
  旧年中はお世話になりました。本年も宜しくお願いいたします。大晦日は外国人の接見に行ってきました。いい人だったので野口英世の伝記をあげました。

  2011年新春第一弾は、リッカルド・フォッリRICCARDO FOGLIです。
  彼は、Xmasに紹介したイ・プーI Pooh(クマのプーさん)のオリジナルメンバーでした。1985年にはサンレモSanremo音楽祭で優勝もしています。

RICCARDO FOGLI  wikipedia
http://it.wikipedia.org/wiki/Riccardo_Fogli

  RICCARDO FOGLI は1972年に当時イタリアで人気No.1だったI Poohを脱退しました。リーダーのRobyはグループ最大の危機だったと言います。RICCARDO FOGLI は、ソロシンガーを目指したものの数年ヒットに恵まれませんでした。

  I Poohの方は“現代イタリアの最高のイケメン”と言われたRed Canzianを加えてNo.1を今日まで維持しています。RICCARDO FOGLI は女性人気No.1Patty Pravoと交際し、一緒に1973年には来日もしましたが、別れてしまいました。

  Amico sei un giganteは、1974年にVittorio de Scalziの作曲プロデュースで制作されています。VittorioもNew Trollsが内紛で分裂し、どちらがNew Trollsの名前を使うかで訴訟になり、N.T.Atomic Systemを名乗っていたころでした。

ニュー・トロルスNew Trolls Atomic System / 真実に向かってTornare a credere 1973年
http://www.youtube.com/watch?v=hoK5LLykYPk
Nico di PaloのIbisのハード路線と異なり、メロディー重視のシンフォニック路線です。





  Amico sei un giganteは、たった3分間の中にアルバムN.T.Atomic Systemの美しさ、力強さといったエッセンスを凝縮して詰め込んだ意欲的な作品です。あまりにも前衛的過ぎて、当時の少女ファンにはついていけなかったことでしょう。

  RICCARDO FOGLIがやっと成功するのはI Pooh脱退4年後の1976年。皮肉にもI Poohをクラシカル・ポップ路線で1971年に成功させたGiancarlo Lucarielloが1975年にI Poohから離れ、RICCARDO FOGLIをプロデュースしたためです。

  RCA時代は、RICCARDO FOGLIにとって金、名誉、愛を失った不遇の期間でした。しかし、人気No.1のグループを辞してまで挑んだ4年間の暗闘が、彼が今日まで「イタリアで最も優雅なシンガー」と呼ばれる下地を作ったと思います。

リッカルド・フォッリRICCARDO FOGLI / Amico sei un gigante
http://www.youtube.com/watch?v=_f1z8cGEWNQ


1960年代のI PoohやAmico sei un giganteなど1970年代初期までのベスト盤


2010年06月11日

〜 少年期[ 〜 生きる 〜 今日の1曲 <196> IL VOLO

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内ジャケットInner jacket
LP IL VOLO / Essere o non essere? Essere, essere,essere!


<196> イル・ヴォーロ IL VOLO / エッセレ Essere (BE)1975年



 〜 少年期[ 〜



  代休をとって、3ヶ月ぶりに少年院に○○ちゃんに会いに行きました。
  ○○ちゃんは、すっかり大人になってしまってびっくり仰天。
  まだクラブで踊っているこちらが子供のように思えて恥ずかしくなった。
  まったく立場逆転です。
  でも○○ちゃんが元気になって嬉しかったです。
  「いろいろお世話になりました」と言われたので、「いえいえ、○○ちゃんから元気をもらって救われて感謝するのはこちらです」と平身低頭で帰りました。

  半年前に鑑別所に行ったときは、冬の寒い時期でもあり、中にいる子供たちは皆不安そうで、尾崎豊の歌ではないが「まるで捨て猫」のように見えました。
  ○○ちゃんも何度か「死にたい」と言っていました。「みんな頑張って生きていってほしいなあ。」と鑑別所に行く度に思いました。

I went to the reform school to meet a boy after an interval of three months.
I was surprised at a boy having become an adult. Because I seemed to be a child than him, I became ashamed. But, I was glad to know that the boy got well.
When I went to the juvenile hall a half year ago, the boy said sometimes that he wanted to die.


○○ちゃんに最初にあげた本




〜 生きる Essere(BE) 〜


  イル・ヴォーロ IL VOLOは、1970年代のイタリアの凄腕ミュージシャンが結集したバンドで、Supergroupと呼ばれています。
  スポーツで例えるならば、オリンピックの400メートル走のリレーで、アメリカチームに唯一肉迫したイタリアチームとでも言えそうです。

IL VOLO(The Flying) was the 1970's Supergroup that Italian excellent musicians gathered.
If I compare it by sports of the Olympics,it may be said that IL VOLO was the Italian team which came close to U.S.A. team by a relay of 400 meters.


IL VOLO 英文紹介ページ
http://www.progarchives.com/artist.asp?id=480


  IL VOLO の1974年の1stLPは、そのジャケット(瞳の中に地球が描かれている)から、彼らが当時の世界最高峰の音楽を目指していたことがわかります。チック・コリアのReturn to foreverをバックに叙情派シンガーソングライターが歌っているような、躍動感と繊細さが同居した傑作でした。

1stLP of IL VOLO 1974 aimed at the music of the world highest peak of those days. It was the masterpiece which seemed that a lyrical singer-songwriter sang backed by Return to forever of Chick Corea.

  これに対して、イル・ヴォーロ IL VOLO の2ndLPのタイトル ”Essere o non essere? Essere, essere,essere!”は、シェイクスピアの台詞「To be, or not to be(生きるべきか、死ぬべきか)?」からとられています。

In contrast, the title of 2nd LP "Essere o non essere? Essere, essere, essere! " was taken from a part of Shakespeare "To be, or not to be?".

  イタリアでは、石油危機による経済不況と、反体制的な学生運動による批判によってロック音楽は、1975年を境に一挙に活動の場を失ってしまいました。
  IL VOLOも商業的成功を得られずに解散しました。
  1stLPとは対照的に2ndLP には1曲しかボーカル曲がありません。
  しかし、そのIL VOLO の演奏に凝縮された「生きることへの希求」は、聴く者の心を熱くさせます。

In Italy, Rock music lost a place of the activity by economic depressions by the oil crunch and student movements in 1975.
After the 2ndLP IL VOLO was dissolved without commercial success, too.
In contrast with 1stLP, 2ndLP has only one piece of vocal music. However, a condensed desire to living is felt from a performance of IL VOLO, and they heat up my heart.


イル・ヴォーロ IL VOLO / エッセレ Essere(BE)1975年
http://www.youtube.com/watch?v=Qh19SBFDf9Y&feature=related
イル・ヴォーロIL VOLO(飛翔)の名のとおりの飛翔する音楽。


イル・ヴォーロ IL VOLO / あの情景 Alcune Scene
http://www.youtube.com/watch?v=DlqGyUY-1fQ&feature=related
2:00〜3:00、4:25〜 水平線に向かって鳥が飛んでいく。イヤホンで。







2010年04月11日

〜 桜 cherry tree 〜 今日の1曲 <162> チロ・ダミコ <163> ダニエル・センタクルツ・アンサンブル

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木漏れ日の美しいチロ・ダミコのシングル。
遊園地のあった懐かしい場所で桜と一緒に撮った。
The Japanese national flower is cherry tree.
In a neighborhood, I took a photograph of cherry tree and the single CIRO DAMMICCO / UN UOMO NELLA VITA.
クリックすると画像が大きくなります(Please click the photograph, then it grows big.)


<162> チロ・ダミコCIRO DAMMICCO / UN UOMO NELLA VITA 1973年
<163> ダニエル・センタクルツ・アンサンブルDaniel Sentacruz Ensemble / 哀しみのソレアードSoleado 1974年



〜 桜 cherry tree 〜


  電車に乗っていても桜が気になるこの頃です。
  散る前に近所で写真を撮りました。
  何か記念にレコードと一緒にと思ってレコードラックを探していたら、チロ・ダミコのシングルが出てきました。

  チロ・ダミコは、イタリアでメロトロンという幻の楽器を多用したLPを1972年に発表したシンガーソングライターです。これは、ほとんど捨て曲のない名盤です。メロトロンをこれだけ効果的に使って成功した歌物の作品は世界を見渡してもほとんどないでしょう。キング・クリムゾン、オザンナやイル・バレット・ディ・ブロンゾの重いイメージと異なり、愛情の表現としてメロトロンが使われています。
  1974年には「哀しみのソレアードSoleado」を世界的にヒットさせました。

CIRO DAMMICCO is a singer-songwriter who released the LP which used many mellotron in Italy 1972. This is an excellent record. There will be few successful songs with mellotron in the world. Unlike the heavy images of King Crimson,Osanna or IL BALLETTO DI BRONZO, mellotron was used for expression of the love in the LP. 
CIRO DAMMICCO let Soleado make a hit worldwide in 1974.

  今回のチロ・ダミコの UN UOMO NELLA VITAは 1973年に発売されたシングル。メロトロンはまったく使われていないのですが、Dario Baldan Bemboによる手作りの工芸品のようなアレンジが素晴らしい。
  10年以上前にイタリア人の有名なコレクターからから手に入れましたが、私にとってその年のベストソングになりました。

The single UN UOMO NELLA VITA was released in 1973. Mellotron is not used at all, but the arrangement like a handmade industrial art object by Dario Baldan Bembo, is splendid. I obtained it from an Italian famous collector more than ten years ago. It became the best song of the year for me.

チロ・ダミコCIRO DAMMICCO / UN UOMO NELLA VITA 1973年
http://www.youtube.com/watch?v=AzPdM59TH1U
エンディングが途中でカットされているのが少し残念ですが、音源がみつかりました。
感情を抑えた歌い方とオーボエの響きが静かな感動を呼ぶ。繰り返し聴いても飽きない。

Ciro Dammicco - Vorrei poterti di ti amo 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=V66UugAgzfM&feature=related
こちらは、LPからのシングルカット。こちらはメロトロンをバックに熱唱しています。
1st single of Ciro Dammicco used impressive mellotron.




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哀しみのソレアードのイタリア盤と日本盤のシングル。
Soleadoとは、森の中に燦燦と降り注ぐ陽の光、を意味するチロ・ダミコの創った造語だそうです。
The single of Soleado made in Italy and Japan.
Soleado is a coined word made by Ciro Dammicco, which means positive light pouring brightly in a forest.


ダニエル・センタクルツ・アンサンブルDaniel Sentacruz Ensemble / 哀しみのソレアードSoleado 1974年
http://www.youtube.com/watch?v=5WB8QGfm8js
インタビューを受けているのがチロ・ダミコ。
多くのオーケストラがカバーしているので一度は聴いたことがあるメロディーではないでしょうか。イタリアでは、最高位は2位。

ダニエル・センタクルツ・アンサンブルDaniel Sentacruz Ensemble / 哀しみのソレアードSoleado
http://www.youtube.com/watch?v=-nj7Ek3rSBw&feature=related
こちらの映像、音の方がきれいですので聴いてみてください。
In Italy, Soleado became the second place in singles chart.


日本では、哀しみのソレアードSoleadoはポール・モーリアで有名になりました。
In Japan, Soleado became famous by Paul Mauriat.