2018年03月17日

山口冨士夫と情報誌「シティロード」@ 1983年前半(1月号〜6月号)

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1983年の山口冨士夫と裸のラリーズのフライヤー


今日の1曲
 山口冨士夫 / からかわないで
 山口冨士夫 / Rock me
 Museo Rosenbach - Zarathustra (1973)


山口冨士夫 wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%86%A8%E5%A3%AB%E5%A4%AB
山口冨士夫は日本の伝説的ロックギタリスト。
2013年に死去の際には、朝日、毎日(写真付き)、読売等多くの新聞でも報じられた。


 最近、山口冨士夫の遺稿・追悼文集「天国のひまつぶし」を読んで、いろいろな世代の人たちの冨士夫さんに対する思いや、伝説の村八分の存在感を知り、感銘を受けました。また、冨士夫さんのライブ映像に自分が写っているのを発見して感激しました。

 そこで、昔の情報誌「シティロード」を見ながら、冨士夫さんの出演情報を探して、当時のことを回想することにしました。
 今回は、1983年の1月号から6月号までです。


村八分体験、冨士夫体験を聞かせてもらっているような「天国のひまつぶし」



 「シティロード」はインターネットのない時代に「ぴあ」と並ぶ東京の重要な情報誌で、私は1977年から「ぴあ」を、1980年から「シティロード」を購読。主に映画・演劇・絵画を探していましたが、1983年1月号で山口冨士夫を知ったことが大きな転機になりました。

 それまで私は日本のロックに関心がなく、1982年のタイガース再結成と加橋かつみライブに行った程度。1982年暮れに美輪明宏の銀巴里でバイトをして美輪さんの人間的な素晴らしさを知り、歌手を何十人も見ましたが、ロックのライブハウスは未経験でした。


★「シティロード」1983年1月号

 ・1983年1月1日 クロコダイル「新春おめでたデビュー フジオ復活!」KIZU(傷)
    山口冨士夫g.(元村八分)大木啓造vo(元スマイラー)ゲストFools Banzai

「1982年大晦日 サンハウス再結成か」と「1983年元日 山口冨士夫復活“傷”」
ライブ告知。後の山口冨士夫と鮎川誠の共演を予感させる。
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 「シティロード」1983年1月号の「ライブハウス・ニュース」の欄に異様な迫力のある写真(サンハウス)と「サンハウス再結成か」「ギターは当然あの人(鮎川誠のこと)が入り」という記事が目に留まりました。
 
 続いて「あの伝説のグループ村八分の山口冨士夫が元旦にKIZU(傷)を結成し復活ライブ」「村八分LP復刻企画中」いう記事が。「あの」という代名詞が2回も続き、えとせとらレコードで見た高額な「村八分」のLP復刻は、インパクトがありました。

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 この「シティロード」1月号が、山口冨士夫、村八分、サンハウス、ダイナマイツ(大木啓造)、裸のラリーズなどを知るきっかけになりました。


☆「シティロード」1983年2月号
☆「シティロード」1983年3月号
     → いずれも山口冨士夫のライブ告知はなし。


★「シティロード」1983年4月号


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ついにライブハウス情報に「あの山口冨士夫が本格的に始動」の記事が登場

 
 ・1983年4月26日 渋谷屋根裏「山口冨士夫」

 ついに「シティロード」1983年4月号で「山口冨士夫」のライブ告知を発見。初めて山口冨士夫のライブに行きました。ライブを見て、自分が探していたものがここにあったという感銘を受けました。偶然カセットに録音し、何度も繰り返してそれを聞きました。

「1960年代後半から1970年代の乗りで。だってほらみんな、表面ばっかり舐めてきただろ? もっと深くいこうぜ、いっちゃうぞ」  そして 新曲「Rock me」でスタート
「モナ」を大音量で聞いたおかげで、初めて黒人ブルースに興味を持ち、ローリングストーンズは1stアルバムが大好きになりました。
「もう死んじゃった奴だけど、おれが大好きだったマイク・ブルームフィールドをやるから」
「レゲエがやりてえんだ」

 山口冨士夫だけでなくバンド全員が実にマイペースで演奏しながら、音が全然ぶれず、余裕がある佇まい。特に「からかわないで」という曲がよかった。
 それから、山口冨士夫のいわゆる追っかけになっていました。

 手元にある「Ride On発売」ライブツアーのときのフライヤーは、屋根裏でもらったものだと思います。この時点では「山口冨士夫」とだけ記載され、メンバーも紹介されていました。4月は多くのライブハウスを回っています。

 ・1983年4月9日 クロコダイル (スタート)
 ・4月18日 新宿ロフト case of telegraph vol.6 山口冨士夫 ゲスト オートモッド
 ・4月24日 福生UZU 8:30PM開演 (フライヤーのみ。「シティロード」には告知なし)
 ・4月26日 渋谷屋根裏 山口冨士夫
 ・4月30日 横浜シェルガーデン 山口冨士夫(元村八分)

 ライブで「俺、今度レコード出したんだよな。買っても買わなくてもいいけど」と言っていた8インチの4曲入りレコードを五番街で買いました。
 インディーズを買ったのもこれが初めて。

 4曲ともいい曲で、特に「Rock Me」と「酔いどれ天使」(リフはJames BrownのI feel goodか)がいずれも乗りがよく、4月26日の屋根裏でも素晴らしかった。「日本でこんなオリジナル曲を作れるバンドがあるのか!」という驚きで、さらにハマりました。
 

最初に買った20cm4曲入りレコードと同じデザインのCD



★「シティロード」1983年5月号


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5月号は、山口冨士夫のお祭り状態。「ライブハウスロッカーズ53」として山口冨士夫の写真入り記事を掲載。「過剰な期待をしないほうが “聴こえてくるのでは” 」というライターの言葉は的を得ていると思います。

  ・1983年5月4日、5日 新宿ロフト
   「酔いどれ天使たちへ、、、」山口冨士夫Liveパーティ、大物ゲスト続々登場 と告知。

 2日も連続で、その月の「シティロード」のライブハウス情報の中でも、多く字数をとった最もインパクトのある告知のひとつです。


山口冨士夫 Tumblings Live trailer
https://www.youtube.com/watch?v=SHDqto3pjRc
初めて山口冨士夫を見た1983年ごろの屋根裏を思い出す。「んっ」など。


1983年5月5日ロフトでの映像を収録



 ・1983年5月10日 原宿ルイード「山口冨士夫」 安全地帯が対バン!

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 そして、5月10日には、JPOPの殿堂だったルイードで、なんと安全地帯(あんぜんバンドではない)と共演!? 安全地帯もこの年末に「ワインレッドの心」でブレイクするまではたいへんな苦労があったようです。

 ・1983年5月14日 クロコダイル「山口冨士夫」

 ・1983年5月22日 法政大学ホール「山口冨士夫コンサート」14時30分 
          ゲストFools 妹尾隆一郎 500円


 赤ペンで大きく「5月22日 山口冨士夫」と書かれたページがあります。
 ところが、この日のライブの記憶があまりありません。たぶん行ったと思うのですが。。。おそらく、この年の12月23日の同じ法政大学ホールでのライブがあまりに素晴らしかったので、印象が薄いのではないかと思います。

 ・1983年5月28日 屋根裏「山口冨士夫」

 このころの「シティロード」を見直すと、伝説の「村八分」を見たロック世代の人たちが一丸となって、何としてでも山口冨士夫復活を盛り上げようとしていたのがわかりました。

 また、このころ神保町のジャニスで山口冨士夫の「ひまつぶし」を借り、ビートルズの「ラバーソウル」に匹敵するような良い曲がそろっていて驚きました。「ひまつぶし」は私にとって「良い」レコードの代名詞になりました。





  他のメンバーも「外道」「トゥーマッチ」など、日本の伝説のバンドの元メンバーだということもわかりました。本物を目指している人たちだというのが改めて伝わってきました。「シティロード」の出る25日がいつも待ち遠しく楽しみになりました。


★「シティロード」1983年6月号

 ・1983年6月4日福生UZU 「山口冨士夫」の告知(チャージ700円)

 話がそれますが、この6月25日にTangerine Dreamが初来日しているのですが、当時は興味がなく行きませんでした。ELPなど1970年代前半に魅力的だったバンドはほとんど商業的なバンドになり、1982年以降のKing Crimsonもわかりませんでした。
 
 それだけに、1960年代後半から1970年代前半にこだわる山口冨士夫に魅力と希望を感じていたのだと思います。この1983年に日本で世界で最初に再発されたイタリアのバンドMuseo Rosenbachも、村八分と同じく1973年の傑作でした。


Museo Rosenbach - Zarathustra (1973)
https://www.youtube.com/watch?v=hqZZwrc-BNM&t=5s
「ライブ村八分」と同格のインパクトを受けた「ムセオ・ローゼンバッハ」
2:35〜、ラスト2分が強烈


 次回は、1983年後半の山口冨士夫と「シティロード」7月号〜12月号です。


タンブリングス結成の経緯も書かれている本


1月号
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5月号
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