2015年08月15日

山口冨士夫さんの命日・終戦記念日に 〜 「おまえがやれ」クラブチッタ1992年

150801_194100.jpg
故山口冨士夫のギターが渋谷のニコニコギターに飾られています


今日の1曲
 村八分 / 1972三田祭ライブ
 山口冨士夫 ATMOSPHERE ライブ1992年


 36度の猛暑の1週間が過ぎたと思ったら、朝の涼しさで夏風邪を引いてしまいました。今朝も、夜中に5回ぐらい咳き込んで起きたのでかなりしんどいです。歌の練習もできないので、呼吸や姿勢のイメージトレーニングをしています。


映画「山口冨士夫/皆殺しのバラード」予告篇 2014年
https://www.youtube.com/watch?v=HC7SXRUXQjQ


 8月14日は山口冨士夫の命日で、今日は終戦記念日。山口冨士夫は黒人米兵の孤児で「俺はあの戦争の傷跡そのものなんだ」と自伝で語っていました。そして2年前、白人米兵の喧嘩の仲裁のトラブルで押し倒されて頭部の怪我で亡くなってしまいました。





 冨士夫さんが死んだショックは意識しないように努めていました。ブログでも平静を装っていました。しかし、それは知らないうちにボディーブローのように効いていて、ついに10月31日の仕事の事件が引金で、自分が崩壊していきました。

 約1年間、死線を彷徨ったのですが奇跡的に回復しました。復帰2番目の仕事で会った人物が村八分の「ライブ三田祭1972」を持っていて、何かの因縁を感じました。私は村八分の「ライブ三田祭1972」の操り人形が日本のロックの最高峰と思っています。





 今年になって、また体調が下り坂になってきて危機感を感じました。そのとき、歌ったり、叫べば、この状況から脱することができるのではないかと直感しました。そこで、村八分の1972年のライブを目撃したというS先生のことを思い出しました。

 今まで、ダイナマイツの山口冨士夫を見たという人には3人会ったことがあるのですが(立川ドラム、池袋ACB、新宿ACB)、村八分を見た人に会った人は初めてで、しかも1972年三田祭です。そこで私はS先生から歌を教わろうと思いました。

村八分BOX -LIMITED EDITION Trailer
https://www.youtube.com/watch?v=G9EqrB0ISaw
0:25 日比谷野外音楽堂
1:38 京都円山音楽堂
2:24 同 操り人形
3:04 慶應大学三田祭
4:24 にげろ 唯一のカラー映像 ダンサーとしても素晴らしい


今日、初めて全部通して聴いた。音質は落ちるが他のバンドと違うテンションがある


 
 山口冨士夫がルイズルイス加部、元テンプターズの故大口ひろし、篠原信彦という凄い布陣で1992年にATMOSPHERE と言う作品を数年ぶりに発表しました。川アのクラブチッタにATMOSPHEREライブを見に行きました。

 私が高校生の時に神様のような存在だった故Kさんが会場にいて12年ぶりに目が合いました。恥ずかしくてすぐに目を反らしました。「ああ、Kさんも冨士夫さんやルイズルイス加部に憧れてベースを始めたんだなあ」と思いました。





 ライブは、ブラスセクション、女性コーラスも加え、今までと違うリラックスした大人のロックと言う感じでした。途中で冨士夫さんが、会場の空気を感じたのか「どう反応したらいいかわからないだろ?」と声をかけてきました。

 すると突然、客席最前列にいたスキンヘッドの若者が「村八分やれっ!!」と叫びました。一瞬空気が凍りました。冨士夫さんの対応によっては一触即発という事態です。
 冨士夫さんは、スキンヘッドに向かって「おまえがやれ」と一言。

 そして、冨士夫さんは振り向いてチューニングを始めました。会場は、どっと爆笑がおこりました。さすが冨士夫さんだなと思いましたが、冨士夫さんの中にも村八分を超えられないという葛藤はあったのではないかと思います。

 それ以来、冨士夫さんの「おまえがやれ」という一言はいつも私の記憶の中に留まっていました。今年、生まれて初めて歌の練習を真剣にやろうと思ったのも、冨士夫さんの「おまえがやれ」という声が聞こえたからでした。





山口冨士夫 ATMOSPHERE promotional film 1992年
https://www.youtube.com/watch?v=mw6v2OrUPwA
冨士夫さんのフレンドリーな1面が見える貴重な映像


 S先生から歌のレッスンを受けていると、先生の後ろに、先生が見たり関わってきた村八分の冨士夫さんやチャー坊、モップス、山下達郎、オフコース、サディスティックミカバンドのメンバーが立ってこっちを見ている気がして気合が入りました。

 昨日、高校時代からの親友の訃報が入りました。
 私が、今回倒れたときも「この仕事は他人事だと割り切らないとだめだ。自分のことのように抱え込むと続かない」とアドバイスしてくれました。ご冥福を祈ります。


今日2年ぶりに初めて封を切って聞いてみた。メロトロンらしき音も聞こえる






この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック