2015年02月26日

衝撃 〜 元天井桟敷・昭和精吾独演会 平成26年12月14日事後報告

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昭和精吾さんからいただいたサイン


今日の1曲
 天井桟敷 / 邪宗門「くらま天狗」 1972年
 天井桟敷 / 邪宗門「1970年8月」 1972年
 昭和精吾 / 我に五月を





 昨年9月半ばから今年の1月半ばまで仕事が続いて余裕がありませんでした。
 特に、アンケートでは「経済効率が一番悪い、儲からない」の1位とされた少年事件が2件続いたのでたいへんでした。でも楽しかった。

 昨年12月14日に、元寺山修司の天井桟敷の俳優だった昭和精吾さんの独演会に行きました。天井桟敷の「邪宗門」のCDブック、中でも昭和さんの語りとアジテーションは、私の人生で最大の影響を与えられた一つでした。


1972年1月31日「邪宗門」CDブック LPより20分も長い完全版
この「1970年8月」が、私の好きな日本のロックNo.2 
No.1は同じ1972年11月23日の村八分/三田祭ライブの「あやつり人形」



 昭和さんの叫びが、私の脳に革命・覚醒を起こしました。何百回と繰り返して聞いていた自分を思い出します。「邪宗門」CDが、12年目でやっと1次試験に受かった年の前年に発売されていたことを確認し、その思いを新たにしています。

 平成25年のJAシーザー「邪宗門」の再演で昭和さんの活動を知りました。
 とはいえ、あの伝説の昭和さんも70歳を超えている。
 年相応の味わいのある詩の朗読会かと予想していました。

 喫茶店のようなこじんまりとしたホールです。
 ついに伝説の昭和さんが現われました。
 スタッフから写真はお控えくださいとのアナウンス。


劇団「天井桟敷」の由来はこの映画



 昭和さんは淡々と詩の朗読を始めました。
 だが徐々に磁力は強まる 
 予想もしない異次元の世界へ 
 これは「事件」だ 
 逃げた方がいいのではないか 
 逃げられない 
 そこで昭和さんの叫びに私は粉々にされた

 そして、1972年の天井桟敷公演「邪宗門」CDの昭和さんの「くらま天狗」が大音量で流れた。1972年1月31日の最後に暴動になったという渋谷公会堂の反対派や過激派が集結した会場の異常な状況が、細かいノイズと一緒に襲ってきた。 


1972年の天井桟敷公演「邪宗門」脚本:寺山修司 作曲:JAシーザー
https://www.youtube.com/watch?v=0KGi-KJQkak
「くらま天狗」38:08〜40:39  
「1970年8月」1:08:25〜 冒頭:昭和精吾


 昭和精吾は本気で1960年代の、1972年の天井桟敷を再現するつもりだ!
 単なる詩の朗読会だと思っていた。
 私はやっと自分のいる状況に気づきました。

 暗転したステージに突然明るい照明が。
 昭和さんは穏やかな笑顔で一言
 「さあ、どうぞ、ここからは写真を撮っていただいてもかまいません」


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 昭和さんの73歳のバースデイケーキも出てきました。
 ああ、やっぱり「演劇」だったんだと現実に戻された。
 谷底から山頂まで引き上げられるような落差です

 これほどインパクトのある芝居を見たのは30年ぶり。
 昭和50年代にたくさんの演劇芝居を見ました。今はなき月刊情報誌「シティーロード」で無名の劇団の招待券に応募すると毎月のように何かが届きました。


とても73歳とは思えない。30代のロッカーのようだった
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暗転
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なんと伝説の「力石徹」告別式の式次第が客席に回覧された
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 昭和50年代。今のようにネットも「チケットぴあ」もなく、事前情報もない手探りの時代では、芝居小屋から何が飛び出すか予想ができませんでした。
 今日の独演会はあのころの自分に戻してくれました。

 2013年に見たJAシーザーによる「邪宗門」の再演のときは初めから「演劇」だとわかりましたが、今回の昭和さんの独演会は1972年の「邪宗門」と同じく「事件」でした。
 最終的には「演劇」だったのですが、私にとっては「事件」でした。

 昭和さんは今回で独演会は最後にされるとのことでしたが、続けていただきたい。

 終演後、私は緊張しながら昭和さんにサインと握手をしていただきました。
 昭和さんはCDが出ていたことさえ知らなかったそうです。昭和さんの中にはまだ寺山さんが生きていた昭和の時代が息づいているのでしょう。
 


寺山さんと若き日の昭和さん
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