2013年12月15日

神様と呼ばれた人・封印 〜 岡林信康45周年コンサート

P1010006.JPG
当日のチケット


今日の1曲
 岡林信康 / 山谷ブルース
岡林信康&はっぴいえんど / 今日をこえて
 岡林信康 / 私たちの望むものは
 岡林信康 / 友よ
 岡林信康 /今夜は朝まで踊りましょ
 キング・クリムゾンKing Crimson / In the Wake of Poseidon


 40年以上前に「フォークの神様」と呼ばれた岡林信康のコンサートに初めて行ってきました。場所は、伝統の日比谷公会堂。早めに買ったせいか、10列目の真ん中の席。4ヶ月前から期待していました。

 先月にテレビ朝日で岡林信康の特集があったせいか、今回のチケットは売り切れになっていたらしい。
 古館一郎アナも学生のとき、岡林信康の熱狂的なファンだったそうです。




岡林信康wikipedia 興味深い履歴
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E6%9E%97%E4%BF%A1%E5%BA%B7

岡林信康の作品の情報
http://blog.diskunion.net/user/yaji/yaji/

岡林信康 @ Zepp東京 2011年のセットリストとコンサート評
http://ameblo.jp/naka62/entry-11014090387.html


〜 第1部「神様」は漫才師だった 〜


 ブーというブザーとともに開演。まず、ギター1本の弾き語りから。曲を終えると、自分史を語るMCに突入。観客が拍手すると、「何ですか、この中途半端な拍手は?(笑)」とボケたり、突っ込んだり。神様と思っていたら漫才師でした。

 「神様」と呼ばれたほどの人でありながら、観客との暖かいコミュニケーションが貫かれた素晴らしいコンサートでした。
 満員の観衆も最後まで席を立たずに感動されたことでしょう。

岡林信康 / 山谷ブルース 
http://www.youtube.com/watch?v=qDa4Z11bcaI
労働者の重い歌ですが、歌い終わった後、「いい曲やねえ〜(笑)」ととぼけていました。

 岡林信康&はっぴいえんどは、今は日本のロックの元祖として高く評価されています。しかし、本人にとっては、フォークからロックに転向して客が3分の1以下に激減した辛い思い出のほうが強いようです。意外でした。

 同じ同志社出身だからでしょうか。
 岡林信康の声が、裸のラリーズの水谷孝に似ていると思いました。
 裸のラリーズは1996年から活動を停止しています。



岡林信康&はっぴいえんど / 今日をこえて
http://www.youtube.com/watch?v=vVhhQYmx8uM
「フォークを続けていれば、今頃田園調布に家が建った」「私の人生を狂わせた1曲です(笑)」と言ってこの歌をバンドで演奏しました。


〜 第2部 エンヤトット 〜


 フォーク〜ロックと変遷した岡林信康は一時演歌に傾倒し、美空ひばりとも深い親交をもちました。美空ひばりは「君にささげるラブソング」を自分の母のために岡林信康がつくった歌と思って感激していたとのことでした。

岡林信康 / お祭りマンボ
http://www.youtube.com/watch?v=9pij01hQ2v0
コンサートでも2部で歌われ、盛り上がりました。



 エンヤトット楽団が登場。日本の民謡を取り入れたエンヤトットは、岡林信康がロンドンでキング・クリムゾンのロバート・フリップから「日本の音楽をやれ」と言われたのがきっかけ。岡林信康がキング・クリムゾンのファンだったのかと思わせるエピソード。

岡林信康はエンヤトットこそ日本のダンスミュージックと言いました。岡林さんがエンヤトットを始めたときは疑問でしたが、小学校2年生のときに感動した盆踊りがルーツとのこと。特に打楽器の男性と女性が終始笑顔で演奏しているのがHAPPY!な気持ちに。

King Crimson / In the Wake of Poseidon
http://www.youtube.com/watch?v=pkMEultG8JE
岡林信康もメロトロンが好きだったのだろうか




〜 アンコール 〜


 アンコールの1曲目は、ギター1本で1stアルバムから「チューリップのアップリケ」を唄いました。エンヤトットとは変わって、貧困をテーマにした重い歌です。アンコール2曲目は、2ndアルバムから「自由への長い旅」をバンドで演奏。空気が軽くなった。

 1stの「友よ」、2ndの「私たちの望むものは」に限りなく接近しながら回避した選曲です。これらの曲を封印し続けることが、彼の音楽を続ける動機になっているようにも感じられました。

岡林信康・泉谷しげる 自由への長い旅
http://www.youtube.com/watch?v=vvt5kSk4j_8



 
 アンコールラストの3曲目は、バンドとエンヤトットが合体したお祭りソング。岡林信康が「全員立って踊ってください」と囃し立てます。私もロッキングなど踊りまくりました。笑いに癒されて体調も少しよくなったと思います。

岡林信康 /今夜は朝まで踊りましょ(エンヤトット)
http://www.youtube.com/watch?v=yIAn0qHC2-0


 


 「私たちの望むものは」を45周年コンサートで歌ってくれないか期待していましたが、やはり歌いませんでした。かつての左翼運動のシンボルだったこの曲は、1972年の連合赤軍事件による左翼運動への失望とともに完全に封印されてしまったようです。


岡林信康 / 私たちの望むものは
http://www.youtube.com/watch?v=o6R13Nx2Nhg
左翼のためだけでなく、もっと普遍的で人間的な歌だと思います。

はっぴいえんど 岡林信康 / 私たちの望むものは
http://www.youtube.com/watch?v=kjAI9V1G6bA

私たちの望むものは、生きる苦しみではなく、
私たちの望むものは、生きる喜びなのだ



岡林信康 高石友也 / 友よ
http://www.youtube.com/watch?v=9YyXP-Nq_LU
岡林信康を「神様」にした名曲。これも昔は左翼学生運動のテーマソングだった。こちらも岡林信康は封印。今は普遍的な人生の応援歌としてJリーグのサポーターに歌われている。

友よ この闇の向こうには 
友よ 輝く明日がある
夜明けは近い 夜明けは近い 

 


 「友よ」と「私たちの望むものは」は唄わないけれどいいよね?という岡林信康の心の言葉が聞こえてきたような気がしました。ほとんど60歳を超えている聴衆たちも、「友よ」と「私たちの望むものは」は唄わなくていいですよ、と思ったのではないでしょうか。

 最後のMCが、「私が45年間やってこれたのは、ひとえに今日お越しの皆様方、スタッフ、バンド、そして何よりも私の人徳によるものであります(爆笑)」「音楽がなければ私のような者は病院の鉄格子の向こうにいた」そして「以上、猪瀬直樹でした!(爆笑)」 

   〜 終演 〜

 コンサートの前は気分が不安定でしたが、音楽と笑いで元気をもらって帰りました。
 アンケートにも「元気をもらいました」と書きました。これからも50周年、55周年とご活躍を祈っております。HAPPY!な1日でした。


岡林信康_ストーム
http://www.youtube.com/watch?v=hQ6tRzeuAQg




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