2013年08月05日

原点に帰る 〜 聖母U・太田裕美コンサート

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桜新町駅前のサザエさん一家の銅像。ここから会場まで20分歩いた。

今日の1曲
  太田裕美 /赤いハイヒール1976年2位 年間13位 
 太田裕美 / 九月の雨1977年7位 年間40位
太田裕美 / 雨だれ1974年14位
太田裕美 / 君と歩いた青春1981年80位
太田裕美 / 木綿のハンカチーフ1975年2位 年間4位


 太田裕美のコンサートに行きました。太田裕美さんこそ、本ブログの第1回アーティストです。生死の境のような状態から回復しかかった頃に、遺書のようなつもりで始めたブログ。自分の原点に戻るつもりでコンサートへ出かけました。

 場所は馬事公苑。桜新町の駅から歩いて行くことにしました。桜新町の駅はさざえさんの作者の居た町ということで、駅前にサザエさん一家の銅像が仲良く立っています。
 よく盗難にあうという波平さんの頭の毛も残っていました。

P1010017.JPG

 早足で歩いて約20分。公園のざわめきが聞こえてきました。
 開演まであと5分。広い大きな芝生が会場になっています。
 ステージから30メートルぐらいの所に場所を取りました。

 3人の伴奏者が出てきて、歓声と共に太田裕美さんが登場。
 会場は、雨も降らず、風も爽やかで絶好のコンサート日和です。
 太田裕美の美しいハイトーンが夕暮れの空に響き渡ります。

太田裕美 赤いハイヒール
http://www.youtube.com/watch?v=VKmmb7brco4

 桜新町で缶チューハイを飲み、ここでアルコールを抜くためにポカリスエット900mlを飲んでしまいました。これが今回の失敗。
 ほろよい気分で太田裕美さんの歌に癒されていました。

 太田裕美さんはただのアイドルではなく、当時のニューミュージックとの橋渡しとも言われました。作曲は天才筒美京平、作詞は日本語のロックの始祖の一つである「はっぴいえんど」の松本隆をして「はっぴいえんど解散後に初めて戦った仕事」と言わしめたクオリティーの高いもの。そして、太田裕美の天上のハイトーンが響き渡ります。



 いよいよ本ブログの最初の曲、九月の雨。
 松本隆の詩は、私たちの日常のどこにでもある小さな悲しみや喜びを拾って紡いでいくものです。それが美しいメロディーに乗り、太田裕美のヴォイスが風になって私たちの耳を通り、心を浄化していきます

太田裕美 /九月の雨 
http://www.youtube.com/watch?v=vbGy3x5mDnw



 この辺りで、水を飲みすぎた誤算が現れました。トイレに行きたいのですが、このまま我慢して最後まで戦って聞きとおすべきか、いや一度トイレに行き澄み切った心でコンサートを聴き終えるべきか、心の中で葛藤を続けることで集中力が失われ、自分を見失いそうになりました。選択した結論がトイレに行くことでした。

 トイレから戻って来たときに、残念ながら、デビュー曲雨だれの半分が終わっているところでした。
 私は太田裕美さんの姿を追うように、会場後方から前方へ歩いていきました。
 太田裕美さんも世田谷区に来て23年になり、子供たちをつれてよく馬事公苑にも遊びに来たそうです。会場にも多くの子供がいます。

太田裕美メドレー / 雨だれetc 
http://www.youtube.com/watch?v=OWapEO35qDM

太田裕美 / 雨だれ 1975年ライブ 
http://www.youtube.com/watch?v=JnclY8JsVh4



 会場にはさまざまな世代の人が座っています。1500人ぐらいでしょうか。
 太田裕美さんと青春を歩み、今ここにいるという年配の人も多く見かけます。
 初めて太田裕美さんを聞いた子供や若い人でもこの美しい声とメロディーは、普遍性のある清涼水のように感動を与えてくれるでしょう。

太田裕美 ♪君と歩いた青春
http://www.youtube.com/watch?v=TWdY7YKI7Yc

 夕暮れからからすっかり夜になり、コンサートも終盤になりました。
 アンコールの手拍子に応えて太田裕美さんが再登場。
 「最後の曲です」と最大のヒット曲「木綿のハンカチーフ」が始まりました。今回のライブはドラムレスだったのですが、ドラムがなくても夜風に乗って歌が運ばれてきました。
 私は、より前方の席に移動して、太田裕美さんの歌を聞ける喜びを感じました。

木綿のハンカチーフと同じ年のイタリアのIL VOLOを聞きながらブログを書いている


太田裕美 /木綿のハンカチーフ
http://www.youtube.com/watch?v=y14wqnStskc

 太田裕美は心の治療師であることを再認識した夜でした。
私が、最初のブログを書くときに無意識で太田裕美さんを選んだのも、救いを求める一念だったのだと改めて知りました。

 追記:今回のコンサートで忘れてはならないのが、太田裕美さんの舞である。若き日のYoutubeでは見られない手や指のしなやかな動きと舞は、太田裕美さんが何十年と歌い続けてきたことによる楽曲のリズムとの一体感の表れと思われる。リズムを会得するのは一生かかるということを再認識すると共に、太田裕美さんのしなやかな動きと舞を自分のダンスに取り入れる決意をした。



3世代に渡る観衆で会場は満員だった
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