2013年06月04日

ブログ 「あしあとLe Orme」 5周年 〜 今のお前はそれでいいのか 〜

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テンプターズTempters デビュー曲/ 忘れ得ぬ君
(見本盤シングル・赤レーベル=最初のテンプターズのレコード)

今日の1曲
  テンプターズTempters / 忘れ得ぬ君 1967年
  テンプターズ / Tell me more 1968年
  ザ・モップス / 御意見無用(いいじゃないか)1971年
  モップスMOPS / 朝まで待てない1968年版 
  ザ・モップス
     / たどりついたらいつも雨ふり 1972年 オリコン26位
 ザ・テンプターズ / エメラルドの伝説 1968年 オリコン2週1位
 モップスMOPS/朝まで待てない1973年版



 おかげさまで、本ブログも丸5週年、6年目に入ることになりました。ライブやクラブのことなどをブログに残して後になって読み返すと、下手な文でアホなこと書いているなと思いつつ、記憶力が落ちてきた分、その時のことが懐かしくなります。

 £さんとも2ヶ月のお付き合いでしたが今日でお別れ。最後は£さんも泣いていました。£さんのグループサウンズやボクシングなどリアルタイムの凄い話に驚きました。矢吹丈のモデルはリングネーム「ジョー」ことボクサー時代のジョー山中だった!

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忘れ得ぬ君のB面はショーケンが歌う「今日を生きよう」 オリジナルはイタリアのRokesで英語版は世界的にもヒット。Il Balletto di BronzoのGianni Leoneもカバー。

テンプターズ「今日を生きよう」
http://www.youtube.com/watch?v=zEbiRvjQjKM

  特に一世を風靡したタイガースやテンプターズのデビュー前のライブを£さんが何度も見た話は羨ましかったです。タイガースは、京都大阪時代の熱心なファンが見に来るぐらいでお客さんもまばら。そんな頃のタイガースも目の前で見たそうです。



 タイガースやテンプターズと他のグループの違うところは何ですかと聞きました。演奏技術ならば、他に上手なバンドはいくらでもあったそうです。しかし、タイガースやテンプターズは、無名時代から沢田研二と萩原健一のスター性が突出していたそうです。

テンプターズ / 忘れ得ぬ君〜Tell me more
http://www.youtube.com/watch?v=rxTHfzp6Ov4
松崎が泣きながら歌い最後に崩れ落ち、その傍らでショーケンがハーモニカを吹いていたという「忘れ得ぬ君」は、TV史上最大級の衝撃映像だったと複数の人から聞いた。

片親同士の2歳年上の松崎ヨッチンとショーケンは、ビートルズのジョンとポールのように結束が固かった。



 2年前に私がガンのジョー山中への応援ライブで、ショーケンがそばにいたが「怖くて話せなかった」話をしました。£さんから「なんだ、サインもらっとけばよかったのに。GSやってる人たちはみんな気さくでショーケンも喜んでサインしてたよ」と言われました。

 £さんは「安岡力也も武勇伝ばかり流れるけれど、酒も一緒に飲んだけど普段は気さくで面白い人だった」と言っていました。491時代のジョー山中を見た人に初めて会いました。ジョー山中はあまり歌わなかったけれど491の頃から存在感があったそうです。

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日本初の3面開きのジャケットが当時のPhilipsの意気込みを感じさせる。
天才作曲家で後のアルファレコード社長の村井邦彦の出世作。

 タイガース、テンプターズなどがRolling Stonesの曲をやるときにも、ゴールデンカップスのように体に突き刺さってくるような衝撃があったそうです。幻想的な歌詞のテンプターズの「エメラルドの伝説」も、現実の世界に迫ってくるような迫力だったそうです。

ザ・テンプターズ / エメラルドの伝説
http://www.youtube.com/watch?v=-wCoZA5m5Tc

 £さんは目の前でエメラルドの伝説のライブを見たという。
 オリコン1位の曲にもかかわらず、ライブ音源が全く発掘されない。
 伝説の不協和音Sus4のコードを大音量で体験してみたい。

テンプターズ / Tell me more
http://www.youtube.com/watch?v=P-T7Vp44d8s
テンプターズの貴重なライブ音源。田辺昭知が怪しい役。

 Tell me moreは英詞なので、てっきりカバー曲と思っていました。
 外国の同時代のバンドと比べても見劣りしません。
 さりげない半音下降など松崎の作詞作曲センスが光っている。

エメラルドの伝説、Tell me moreスローヴァージョン収録


 £さんによれば、たくさんあるバンドの中で、圧倒的に一番凄かったのはゴールデンカップス。その次にモップス、ダイナマイツ、ビーバーズなどが凄かったとのことでした。
 このあたりは、一般的な風評どおりです。


 
モップスMOPS/朝まで待てない 再録1973年版
http://www.youtube.com/watch?v=vDRf3jyilLY
日本のロックの最高到達点のひとつ。イヤホン大音量で。

 朝まで待てないは1973年版と5年前のサイケデリック1968年版と比較すると興味深い。朝まで待てない1973年ニューロック・ヴァージョンは、個人的にフラワー・トラベリン・バンドのMAKE UPと並ぶ日本ロックの両横綱だと思います。




 £さんは、ライブハウスでモップスの鈴木ヒロミツの歌を目の前で聞いたとき、「歌を聴いているというより、自分に対してなにかメッセージを投げかけられてくるようだった。問いかけてくるようだった」と、何度も話していました。そのメッセージとは...。

 「お前たちは、それでいいのか?」
 「お前たちには、何かやりたいものはないのか?」
 「今の生き方で満足か。幸せか?」
 
 そのころの£さんは、喧嘩ばかりして人生に投げやりになっていました。鈴木ヒロミツの歌を聞いて「お前には、何かやりたいものはないのか?」と感じ、「自分には何があるのか?」と思ったとき、今の仕事の道で日本一になりたいと思ったそうです。

ザ・モップス / たどりついたらいつも雨ふり
http://www.youtube.com/watch?v=Ko5lsyVV_eQ
星勝が自分たちが目指した日本語のロックの一応の到達点に達したと評する曲。



モップスMOPS/朝まで待てない 1968年版
http://www.youtube.com/watch?v=Q4ZPkBM14_w
これが、あの阿久 悠の最初の作詞。なかなかできず、ディレクターから「明日の朝まで待てないよ」と言われて「朝まで待てない」というタイトルになったという。



ザ・モップス / 御意見無用(いいじゃないか)
http://www.youtube.com/watch?v=UCU0EKHL0-A
「野良猫ロック 暴走集団'71」より貴重なライブ映像。

 £さんは、「このまま老いさらばえて野垂れ死にしたくない。若い頃の10分の1ぐらいの情熱しかもてないかもしれないが、もう一度やり直したい」と言われました。「£さんと会えてよかったです。私もたくさんの刺激を受けました」と言って別れました。




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