2013年05月10日

飛翔再現〜フォルムラ・トレFormula 3・イル・ヴォーロIL VOLO Live in Japanイタリアン・プログレッシブロック・フェスティバル最終章4

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Tシャツ。サインはまたしてもはずれ。

今日の1曲
 フォルムラ・トレFormula3 / 怒りの日Dies Irae 1970年
 Formula3 / 永遠Aeternum 1972年
 Formula3 / La Grande Casa 1973年
 Formula3 / Questo folle sentimento 1969年 伊3位
イル・ヴォーロIL VOLO / Il canto della preistoria 1974年
 IL VOLO / Come una zanzara 1974年
  IL VOLO / Svegliandomi con te alle sel del mattino 1975年
  IL VOLO / Gente in amore 1975年

 1年半続いた喧嘩ごとが、本日無事手打ちになり終結。ほっとしました。
 Italian progressive rock festival 2日目トリのフォルムラ・トレも、もう2週間前のことになりましたが記憶を残しておこうと思います。

 フォルムラ・トレFormula 3とは「公式3」という意味で、カーレースのフォーミュラ3から取ったとも言われています。イタリアで神格化されているシンガーソングライターLucio Battistiの提供した曲で成功。1969年の時点ではイタリアで最先端だったバンド。

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Lucio Battistiの設立したNumero Uno(No.1)レーベルからのシングル。

 当時イタリアに行ったことのある人が、一番の人気バンドだったCamaleontiは演奏が下手だったけど、フォルムラトレは滅茶苦茶に演奏が上手かったと言われていました。最近、当時のフォルムラトレのかっこいい映像が続々出てきました。

Formula 3 / Nessuno nessuno 1971年
http://www.youtube.com/watch?v=KfGjjMg7nRU
ギター、イケメンドラム、オルガンという世界的にも見たことのない編成。

Formula 3 / Sole giallo sole nero 1970年
http://www.youtube.com/watch?v=Y1_syQLfgWc
躍動感。あのStevie WonderがドラムとしてFormula3に参加した日の映像。

Formula 3+Stevie Wonder
http://www.youtube.com/watch?v=1GkZB6OireE
ラディウス対スティーヴィー・ワンダー。夢の競演。




 ギターのアルベルト・ラディウスAlberto Radiusは1942年生まれで70歳。
 昨年心臓手術で来日が急遽キャンセルになり、ブログでも「フォルムラトレは来なかった」と悲しいレポートを綴りました。 

  今年も、直前になって大事が起きないか心配でしたが今回は大丈夫。フォルムラトレは来てくれた。幕が上がりAlberto Radiusの姿が見えました。左にRadius、中央奥にドラム。右にキーボードが2人並んで接続しているのは「3」にこだわったせいでしょうか。

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シングルIo Ritorno soloの裏ジャケット。
 
 ライブの1曲目は日本で人気の3rdか4thの曲を予想していました。
 予想に反して1曲目は1st LPの1曲目 Dies Irae。
 ヘビーなドラムとギターの音。

 これはJimi Hendrixのコンサートに来たような衝撃。
 Alberto Radius とJimi Hendrix(1944-1971)が同世代だと気づきました。
 New TrollsのNico di Paloもジミヘンの真似をして歯でギターを弾いた時代です。




FORMULA 3 / Dies Irae 1970年
http://www.youtube.com/watch?v=fRGFMn72vms
Jimi Hendrix+ミサ曲。世界的にも聞いたことがないサウンド。

 2日目は離れた席から見ましたが、Alberto Radiusのギターは70歳とは思えない指さばき。ギターに熱中する少年のようにも見えます。レイドバックしたGolden Cupsのエディ藩のように、弾きながら他のミュージシャンに笑顔を送るような余裕もありません。

ジャケットも世界の終末。もちろん背景にはベトナム戦争が。


 続いて4thの中の表題曲La grande casa。このアルバムのライブが日本で行われる日が来るとは。Alberto RadiusのMCは全部イタリア語なので意味が不明。「コンニチハ」「ハロー」もなし。それだけにイタリアという国へのこだわりが感じられます。

Formula3 / La grande casa
http://www.youtube.com/watch?v=s4mVmSGC8Vs
残念ながら一番好きなCara Giovannaは演奏せず。



 かろうじてわかったRadiusの「Battisti-Mogol」という言葉の後に、Lucio Battistiが設立したNumero Unoレーベルの最初のシングルで、イタリアで3位になったFormula3のデビュー曲Questo folle sentimentoが演奏されました 。

Formula3 / Questo folle sentimento
http://www.youtube.com/watch?v=RFy9ZHksC7c
http://www.youtube.com/watch?v=xtnHJHAzFes
たった3分の曲なのにpart1と2に分かれているアルバムヴァージョン

 3rd LP Sognando e Risognandoの冒頭の時を刻むようなイントロが、レコードよりずっと長く繰り返されました。Cicoのボーカルパートはキーボードが担当。そして、最終曲のAeternumへ。今回はRadiusが主役で2人もいるキーボードは脇役でした。

Formula3 / Sognando e Risognando
http://www.youtube.com/watch?v=9KyPpF_U-yM
Sognando e Risognandoの後、L'Ultima Fogliaを数秒やった記憶。Storia…はカット。27:30からAeternum。30:00以降のキーボードの活躍部分からラストまではライブではカット。



 続いてフォルムラトレの最大ヒット曲(2位)のEppur mi son scordato di te。
 圧巻は、その後からのSuper Groupと呼ばれたIL VOLOの再現ショー。
 果たしてどのようにIL VOLOを演奏するのか一番期待していました。

 おそらく1974年では世界最高レベルの音楽集団だったIl Volo。ジャケットの瞳の中には、世界制覇を目指すように地球が描かれています。結局英米では発売されず、日本で再発されるまでドイツAriolaだけで発売されました。 

 Il Voloの1曲目は、1stLPのA@Aとの予想を覆してA面のスローな4曲目 Il canto della preistoria。続いて1曲目のCome una zanzara。2曲目、3曲目は順番を忘れましたが、A面の4曲をすべて演奏しました。

Il Volo 1st 
http://www.youtube.com/watch?v=uTvsWidDW08
A@、BBのような圧倒的な演奏力の速い曲が好きだったが、大音量のライブで聞くACBAは迫力があった。A@はテンペラ、カレロを欠くためかFunkyな躍動感を欠き、Rockよりの演奏になっていた。



 今回のライブで個人的に一番感動したハイライトは歌のないIl Voloの2ndの2曲。Il Voloとは「飛行」の意味です。来日前は70歳のRadiusにIl Voloを再現できるのか杞憂がありました。しかし、Radiusはそれをファンのために実現しました。

 Il Voloの2ndの1曲目はLPのB面のA。Radiusが直前のMCで「Mario Lavezzi」と言いましたが、この曲はRadiusとLavezziの共作です。続いてやはり二人の共作のA面の@。複雑な人間関係のためか、Radius、Lavezzi作品に限られたようです。

Il Volo / Essere o non essere? essere, essere,essere!
http://www.youtube.com/watch?v=E6NmtRReSao
BAのライブでは、まどろみの中から一転し25:20〜26:00で力強く大空へ飛翔した。全身でリズムを体感した。A@は混沌としたギターソロから3:30〜3:50のメロディーを崩さずに2回再現。このメロディーはRadiusの作った一番大事な一つだと思った。 

「生きるべきか死ぬべきか?」というタイトル。当時のイタリアの音楽情勢の悪化を反映していた。


 ここでIL Volo飛翔再現ショーは終了。2ndで好きなAB、B@は演奏しませんでした。もちろん70歳のRadiusは、30歳のときのように高くは飛べませんでした。
 でも感動しました。

 続いてChe cosa sei。RadiusのソロとBattistiの作品のコーナーになりました。会場も知らない曲が多くなったせいか、反応が鈍くなっていく感じです。昨年の同じベテランのI Poohのときと異なり、PAのバランスも苦しい。自分もしんどくなってきました。

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 背中の丸まった1年前に心臓手術をした70歳のRadiusの姿だけが目に映りました。
 今年1月に私はバイクで右折したところ、後ろからバイクにぶつけられて転倒しました。後で会ったら話題のK連合系列の暴走族の素直な少年でした。

 肘、膝、足首からかなり出血し、しばらく化膿しました。でもRadiusは1年前に胸部を切って心臓の手術をしたんだなと思うと、これは命がけのライブだと気づきました。
 Radiusは日本で死んでもいいと思って来日したのかもしれません。

 フォルムラトレのライブもクラブチッタのオフィシャルブートが限定1000枚で発売されます。当日のライブよりクリヤーなMIXと期待できます。Radiusの日本での記録を聞きたい方には早めに確認・オーダーをされることをお勧めします。



 Alberto Radiusの父親は上級の将校で、Minaがそうだったように音楽業界に入ることには猛反対されたそうです。Formula3には「Come James Dean(ジェームス・ディーンのように)」という後期の曲があります。
 
 最後から2番目は「ラディウスのラプソディー」で、久々の喝采。最後の曲はわかりませんでした。PFMやI Poohのように皆が知っている曲で最後を演出することもなく、頑固一途のギター職人Alberto Radiusの命がけのライブは終わりました。

 フォルムラトレのライブは「夢のまた夢」ではなく、夢ではない厳しい現実でした。なぜか、昔辰吉丈一郎がガードを下げる戦法で、誰が見ても危ないと批判されても頑固に「一々助言に従ってたら世界なんて取れませんよ」と反論していたのを思い出しました。

 

この記事へのコメント
このレポをお待ちしてました
私はイタロは詳しくないのですが
このバンドだけは音もジャケも大好きで今回は見たかったけど都合がつかずあきらめました
でも、昔から好きだったバンドが10時間以上かけ日本まで来てくれライブをしてくれる
そのこと自体が素晴らしいと思います
詳しいレポ感謝致します
Posted by pin at 2013年05月11日 10:47
ありがとうございます。私もこのバンドについては来てくれたこと自体が素晴らしいことだったと、後になるほど感じています。
Posted by カンカン at 2013年05月11日 12:21
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