2010年12月11日

一輪のバラ 〜 紅白初出場 〜 銀巴里V 今日の一曲  <307> 高橋久美子(クミコ) <308> バルバラ <309> ジュリエット・グレコ

P1010012.JPG
ジュリエット・グレコJuliette Gréco の25cmLP「たそがれのワルツ」。
右横に一輪のピンクのバラの花。下に30cmLP「ボビノ座リサイタル」。
現在の貨幣価値でLPが1枚15000円位した時代にグレコは年に4枚発売された。


<307> 高橋久美子(クミコ)/ 我が麗しき恋物語Ma plus belle histoire d'amour
<308> バルバラBarbara / 我が麗しき恋物語Ma plus belle histoire d'amour
<309> ジュリエット・グレコJuliette Gréco / Jolie Môme


バルバラ絶頂期のボビノ座でのライブ



〜 紅白初出場 〜 銀巴里V  〜


  紅白初出場歌手に若手に混じってクミコが出ていました。
  う〜ん、ついにここまで来たかと感慨深いです。27年前、銀座のシャンソン喫茶銀巴里でウェイターをしていたとき、月に3度ぐらいクミコのライブを見ていました。

  当時、クミコは高橋久美子という名前の新人でした。
  銀巴里では毎日、4人か3人の歌手がワンセットで、4回ステージがありました。
  新人はトップバッターで年功序列になっていました。

  トリになる歌手の中でも美輪明宏の日は別格で通路にも人が並びました。
  美輪さんの声量は凄かった。あの小さな体で。
  昔の「ぴあ」を見ると高橋久美子と階見ルイジが一緒に出た日もあって懐かしい。  

  テレビ朝日「愛しの銀巴里物語」
  http://www.youtube.com/watch?v=BDAOP2h_Yik

  高橋久美子は新人なのに存在感がありすぎて浮いていました。
  昔、原節子という伝説の女優が、微笑みながら「悲しい」と言うシーンがあってゾクッとしたのですが、高橋久美子にもそれに通じるものがありました。

  ずっと後になって彼女が早稲田で演劇をやっていたと知り、やっと秘密がわかった。 
  しかも24歳のとき、世界歌謡祭の日本代表になったこともあるという。
  ひえー、本当に凄い人だったんだと驚きました。

  紅白初出場の高橋久美子も銀巴里の1ステージ目のときは、客が数人ということもよくあった。銀巴里が閉店した後、別の店で客が1人しかいなくて歌手を止めようと思ったこともあるという。改めて、30年続けてきた彼女に敬意と拍手を送りたい。

高橋久美子(クミコ)/ 我が麗しき恋物語
http://www.youtube.com/watch?v=YidOk202Yx8
クミコの出世作。




  我が麗しき恋物語の元歌はバルバラ。30歳を過ぎて成功。世界的に見ても女性シンガーソングライターの先駆けです。美しいメロディーと詞の素晴らしさでフランスでは高い評価を受けています。昔のレコードも高額です。

バルバラBarbara / 我が麗しき恋物語Ma plus belle histoire d'amour
http://www.youtube.com/watch?v=-kYo2pGVTZc&feature=related
1930年生まれのユダヤ人バルバラには、戦争と死が深い影を落としている。

バルバラBarbara / 我が麗しき恋物語Ma plus belle histoire d'amour Live
http://www.youtube.com/watch?v=5Jd16gc4zHM&feature=related
3:30〜 表現行為とは何か。会場がバルバラの世界に呑みこまれていく。

バルバラBarbara / ピエールPierre
http://www.youtube.com/watch?v=nB-mYuAa5QY
バルバラの作った最も美しいメロディーのひとつ。




  最後に、バルバラと同世代のフランスのシャンソン歌手ジュリエット・グレコです。ジュリエット・グレコが15歳のとき、両親がナチスにレジスタンス活動を理由に収容され、グレコは浮浪者のようにパリを彷徨いました。

  戦後、貧乏のため黒の上下の服と長髪でサンジェルマン・デ・プレの地下酒場を歩いていましたが、その姿が評判になり、サルトルたちに「実存主義のミューズ」と呼ばれ、アメリカのTIMESにも載り、戦後初のフランスのアイドルとなりました。

ジュリエット・グレコJuliette Gréco / Jolie Môme
http://www.youtube.com/watch?v=AD7qYCvGUbM
珍しいカラー映像。

ジュリエット・グレコJuliette Greco / Les Amours Perdues
http://www.youtube.com/watch?v=hcOIZgwLA6M&feature=related

昔は、海外アーティストの来日ということが一つの事件でした。
http://www.aflo.com/mainichi/gallery/gallery_06.html

P1010001.JPG
絵画展並みに豪華な1964年来日パンフレットより。
ヘリコプターに芸者…1961年初来日のときはVIP扱いだったジュリエット・グレコ。
かつて、シャンソンが日本でアメリカンポップスのように売れた時代がありました。





posted by カンカン at 00:57| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | シャンソン〜70年代フレンチポップス French Pops | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック