2010年08月25日

さようなら渋谷HMVU 音楽の夢 音楽の力 今日の1曲  <247> スエニョ・ラティーノ

P1010037.JPG
これも懐かしの渋谷Ciscoで買ったSueño Latinoの12inch single


<247> スエニョ・ラティーノSueño Latino / Sueño Latino 1989年


〜 さようなら渋谷HMVU 音楽の夢 音楽の力 〜


  渋谷HMVで最初に買ったCDはスエニョ・ラティーノSueño Latinoの入った国内オムニバス盤です。

  Manuel GöttschingのE2-E4を1984年に聴いたときは失望した。
  Ash Ra Tempel以来、Manuel Göttschingの魅力の核心は、どんなに演奏スタイルが変わっても尽きない、メロディーの美しさ、アドリブのひらめきにあった。

  しかし、これは両面30分ずつ単調な繰り返し。こんなつまらない音楽のためにエンボス加工したLPのジャケットも無駄に思えた。これじゃあ、Tony Conrad with Faustと一緒だ。1975年以来聴いてきたヒーローの裏切りに、その後、数年間音楽そのものに対する興味も失ってしまった。

  Manuel GöttschingのE2-E4を再び知ったのは、1990年代にある雑誌で、イタリアのスエニョ・ラティーノSueño LatinoがE2-E4をサンプリングして成功した記事を読んでから。
  さらにE2-E4がイタリアだけでなく、デトロイトの黒人のDJに賞賛されていることにショックを受けた。

  Manuel Göttschingは終わったと思っていたが、実は遅れていたのは自分の方だったのだ!

  渋谷のレコード街を歩き回り、HMVの地下でスエニョ・ラティーノの入ったCDをついにみつけた。


渋谷HMVで初めて買ったCD



  スエニョ・ラティーノ自体は、クラブと違って小さな音のためか、あまり感動はなかった。
  後に、クラブで聞いて大きな衝撃を受けることになる・・・
  しかし、これによりイタリアのハウス(イタロ・ハウス)の存在を知ることができた。

  何よりも不思議だったのは、なぜ、デトロイトの黒人のDJがE2-E4をダンスミュージックとして評価したのか? ほとんど売れなかったE2-E4をどうやって手に入れたのか? 彼らは恒常的にAsh Ra TempelやPopol Vuhを聴いていたのか? 疑問は尽きなかった。

  そのころ、James Brownのビデオを新宿の三越の地下にあったVirgin Megastoreで購入して、その1960年代の黒人ダンスに天地が転ぶほどの衝撃を受けていた。黒人ダンスミュージックの歴史に対する無限の可能性が目の前に広がった。黒人にドイツがどう作用したのか? イタリアにどう影響したのか?

  また、ダンス音楽をきっかけに音楽人生が始まった。
  CDショップに通うのがどんどん楽しくなった。
  スエニョ・ラティーノ「ラテンの夢」によって、新しい音楽の夢と音楽の力を発見できたのです。


スエニョ・ラティーノSueño Latino / Sueño Latino 1989年
http://www.youtube.com/watch?v=9PxJNkoeWi8&feature=related
オリジナル・ヴァージョン。コンピューターによるダンスがいい。

スエニョ・ラティーノ - Sueno latino - Derrick May Remix
http://www.youtube.com/watch?v=gK_Nya6FRUA&feature=related
デトロイトの有名な黒人DJデリック・メイの独創性のあるmix







posted by カンカン at 16:51| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツのロック German Rock & Kosmische Musik Cosmic Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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