2010年07月04日

ATOM 12・肉体の叛乱 〜 七月の庭 〜 <206> アヴリル・ラヴィーン <207> ルチオ・バティスティ <208> ミーナ

P1010034.JPG
1972年の7月までイタリアで1位だったルチオ・バティスティのシングル「三月の庭」とジャケ違いの日本盤LP
7’single of Lucio Battisti / I Giardini di marzo, diff. jacket of LP Umanamente uomo : il sogno made in Japan with Obi
クリックすると画像が大きくなります(Please click the photograph)


<206> アヴリル・ラヴィーンAvril Lavigne / Girlfriend 2007年
<207> ルチオ・バティスティ Lucio Battisti / 三月の庭 I Giardini di marzo 1972年
<208> ミーナMina / 三月の庭I giardini di marzo 1975年



〜 ATOM 12・肉体の叛乱 〜



先週、全盲の弁護士の講演会の後に、ATOMに踊りに行きました。


Club ATOM Shibuya, Tokyo HP
http://clubatom.com/event-report/


  元気な若者が一人で飛び跳ねるように踊っています。
  若さはいいなあと思いながら、私も踊り始めました。
  彼がずっと同じステップなので私は対照的に曲ごとにどんどんステップを変えます。

  今日は、アヴリル・ラヴィーンのライブ映像がバックに流れていました。
  アヴリル・ラヴィーンやバックダンサーの振りを真似しました。
  いろんなバリエーションのダンスが万華鏡のように即興で作れます。


アヴリル・ラヴィーンAvril Lavigne - Girlfriend
http://www.youtube.com/watch?v=RDlAQciI4LU&feature=channel





  今回は、今まで以上にギャラリーの反応が大きくて楽しかったです。
  何人かが近づいて来た。

  「おもしろい。俺が見てやるよ。」と言わんばかりに、外国人の男が目の前に腕を組んで私を見に来ました。

  「いらっしゃいませ。じゃあ、せっかくですから日本で生まれた暗黒舞踏をお見せしましょう。」
  禁じ手の暗黒舞踏を今日は堂々とクラブでやってみることにしました。


暗黒舞踏 wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%97%E9%BB%92%E8%88%9E%E8%B8%8F
今や舞踏は、海外では歌舞伎のように高く評価されています。
時代は変わったものです。

Butoh  wikipedia in English
http://en.wikipedia.org/wiki/Butoh

慶應義塾大学アート・センター「土方巽アーカイヴ」
http://www.art-c.keio.ac.jp/archive/hijikata/


土方巽 暗黒舞踏リサイタル「肉体の叛乱」
Hijikata Tatsumi /Dance Butoh ”Physical revolt” 1968年 
http://www.youtube.com/watch?v=dANmcbepNdY&feature=related
2:10〜 空中に吊り上げられる伝説の「肉体の叛乱」ラストシーン。
3:10〜 高校生のとき、この人に暗黒舞踏を習いました。この人は「肉体の叛乱」ラストシーンを見てショックを受けたとのこと。
昔は、今のようにあちこちにHiphopスクールなどなくて、バレエ以外でダンスを習おうとしたら暗黒舞踏しかなかった。
今の高校生はいいなあ。






  これから私は、日本の暗黒舞踏Black-danceを、黒人の作ったBlack-music − Soul, Funk, Hiphop,House,Electroに結び付けて、まったく新しいダンスを創造していきたいと思います。


  5階のフロアーではずっとアヴリル・ラヴィーンとバックダンサーが映っていました。
  暗黒舞踏を切り上げて普通のクラブダンスに戻ります。
  アヴリル・ラヴィーンは、可愛い女の子でした。


アヴリル・ラヴィーンAvril Lavigne - Complicated
http://www.youtube.com/watch?v=3O2cADxdFXE&feature=related






〜 七月の庭 〜



 「肉体の叛乱」のダンスの夜が明けて、日曜は癒しの音楽を。


  ルチオ・バティスティ Lucio Battistiは日本では知られていませんが、イタリアでは神格化されたシンガーソングライターです。
  作曲家としてヴィヴァルディVivaldiぐらい偉大かもしれません。


Lucio Battisti  wikipedia
http://it.wikipedia.org/wiki/Lucio_Battisti

  三月の庭 I Giardini di marzoは、1972年の5月27日から7月8日までイタリアのヒットチャートで1位でした。


ルチオ・バティスティ Lucio Battisti / 三月の庭 I Giardini di marzo(作詞:モゴールMogol)
http://www.youtube.com/watch?v=6Z-i0HwgOZA
Gianpiero Reverberiのストリングスアレンジが美しい。このオーケストラを多用した音楽は、イタリアでシンフォニック・ポップと言われて一時代を築きました。

    (2:12〜2:52の訳詞)
    無限の空と無限の愛がある
    そして再び、再び愛が、君への愛が
    蒼い川、丘、そして草原
    それは僕の悲しみが優しく包まれるところ
    世界は僕の心の中に宇宙をみつけた
    しかし、僕にはまだ生きていく勇気がない



CDルチオ・バティスティ / 人間の夢
捨て曲なしの最高傑作。1972年6月から12月までイタリアで、ミーナやELPと競いながら断続的に1位を続けました。




さらに強力なミーナの熱唱ヴァージョンを

ミーナMina / 三月の庭I giardini di marzo 1975年
http://www.youtube.com/watch?v=drAnnrfXe4c




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