2010年06月30日

〜 障害者権利条約 〜 村八分・川崎クラブチッタ 〜 今日の1曲 <204> ショパン <205> 村八分 

P1010033.JPG
LP「ライブ村八分」の内ジャケットと、
チャー坊が死ぬ直前の川崎クラブチッタでの再結成ライブのチラシ
Inside of LP Live Murahatibu
クリックすると画像が大きくなります(Please click the photograph)



<204> ショパンChopin / マズルカ Mazurka Op.24, No.1
<205> 村八分Murahatibu / あッ!! 1973年




〜 障害者権利条約 〜



  全盲の弁護士の講演会を聞きに行きました。
  実際に点字などによる受験は、「人間の限界」といえるほど厳しかったとのことです。
  全盲だからといっても、仕事は甘く見てもらえないとのことです。国選事件の被害者に謝りに行ったところ、「本当に悪いと思っているならば土下座してみろ」といわれて、土下座されたとのことです。
  昨年、一緒に子供のころから苦労して応援してきてくれたお母さんが、病気を苦にして自殺されたそうです。

  2006年に障害者権利条約が採択され、日本はまだ批准していません。早く批准され、障害者もひとりの人間として尊重され、差別のない社会がくることを訴えていました。


障害者権利条約 wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E6%A8%A9%E5%88%A9%E6%9D%A1%E7%B4%84

I went to hear the lecture of a totally blind lawyer.
Convention on the Rights of Persons with Disabilitiesis adopted in 2006, and Japan does not yet ratify it.  He appealed for society that the handicapped person is respected as one human being, too. And he appealed for society without the discrimination coming.


  最後に、質問コーナーがありました。
  「どうして笑顔でいられるのか?」という質問に対して、弁護士になってから、相手が障害者だからといって甘く見ないことを知って、障害はひとつの要素に過ぎないということに気づき、肩の力が抜けて明るくなったとのことでした。

  私の「クライバーン・コンクールで優勝した辻井伸行さんのことをどう思いますか?」と質問には、「あの人は素晴らしいですね。あの繊細な1音1音は目が見えないからこそ出せる音だと思います」とのこと。
  好きな1曲を尋ねたところ、ショパンの民謡(マズルカのこと)だそうです。

  自分は障害者だからこそ、苦しんでいる依頼人と同じ土俵に乗れると言われていました。そして亡くなったお母さんのために自殺のない社会にしたいとのことでした。


辻井伸行 wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%BB%E4%BA%95%E4%BC%B8%E8%A1%8C

Nobuyuki Tsujii  wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Nobuyuki_Tsujii


辻井伸行 ショパン Chopin / Etude op10 No.3別れの曲
http://www.youtube.com/watch?v=bx-C-p3gl8A&feature=PlayList&p=EE1DF414EEB6439A&playnext_from=PL&playnext=1&index=18


ショパンChopin / マズルカ Mazurka Op.24, No.1
http://www.youtube.com/watch?v=UmKlYaygCek







〜 村八分・川崎クラブチッタ 〜 




  村八分というバンド名自体が放送禁止用語になっている伝説のバンドがありました。
  伊豆の研修旅行でも、私より20歳くらい若いHさんが村八分のファンで、話が盛り上がりました。
  村八分はRolling Stonesから強く影響を受けていましたが、彼らの存在感は、Sex Pistolsのように強烈なものでした。また、ステージでは、グラムロックの前から、Osannaのような化粧をしていました。

  私にとっては、「日本のロック」と聞いて、世界の歴史に残るようなバンドに匹敵するほどの興奮を覚えるのは、村八分以外にありません。

Murahatibu was a Japanese legendary band of 1970's.
They were strongly affected by Rolling Stones.
Their existence was strong like Sex Pistols. Chabo of the vocal died by a drug.


村八分 wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%85%AB%E5%88%86_(%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89)


村八分 Murahatibu Live 1972年11月23日 慶応大学三田祭でのライブ
http://www.youtube.com/watch?v=tZ9iQN1kmHM&feature=related
恐ろしいほどの存在感を見せつける伝説のライブ映像
1971年に山口冨士夫は、インタビューで「世界で一番すごいのは、ストーンズと村八分だ」と発言している。





  その村八分に、「あッ!!」という身体障害者への差別用語を多用した曲があります。
  作詞者でボーカルのチャー坊は、それらの差別用語で他人を攻撃するのではなく、すべて自分に向けて発していました。


俺はかたわ かたわ者 心のみにくいかたわ者
俺はめくら めくら者 すべての見えるめくら者


  チャー坊の妹さんによれば、この歌は子供のころに目が悪くてかたわと呼ばれていじめを受け、「ぼくは、かたわものです」と作文に書いていた「チャーボ兄ちゃん」自身のことを歌っているのだそうです。
  子供のころ、チャー坊のIQは180(ゲーテと同じ)あったと言われています。

  チャー坊は後に、「村八分は世界中にいるんや。障害者やらも村八分や」とも発言しています。
  チャー坊が障害者だったからこそ、村八分の音楽が、いつの時代でも一部の若い世代に、脈々と受け継がれているのかもしれません。

  チャー坊は、致死量をはるかに超えるドラッグの摂取で44歳で亡くなりました。

  私は、死の直前の村八分の再結成コンサートを川崎のクラブチッタで見ました。
  私は一番後ろで見ていました。
  チャー坊は白い服を着て、ステージを静かに漂っているようでした。
  最後に女性がチャー坊に花束を渡していました。
  あのコンサートは、今思うとチャー坊の生前葬だったようにも思えます。

  ライブが終わった後、次のライブ告知を送ってもらうための住所録に記名しました。
  しかし、その後、送られてきたのは、チャー坊のお兄さんからのチャー坊の告別式の案内状でした。
    


  
Chabo of the vocal was a handicapped person in his childhood, too. It becomes the cause that Murahatibu gets the sympathy of young next generation. The IQ of Chabo was 180 as well as Goethe.


村八分Murahatibu / んッ!!
http://www.youtube.com/watch?v=6bumY4hlg80
James Brownから影響を受けた山口冨士夫:ギター、チャー坊:ボーカルによる強烈なFunk Rock。1973年5月5日京都大学西部講堂でのライブ







この記事へのコメント
あの日、スタッフをしてた者です。なんとも感慨深いです。
Posted by 猫 at 2013年11月20日 23:18
そうですか、あのライブのスタッフをされていたんですね。チャー坊を東京公演で見ることができて本当に幸運だったと思います。クラブチッタに行くたびにチャー坊の歌っている姿や、フジオさんのAtmosphereライブを思い出します。あのお二人からは大きな影響を受けました。最近も中学生に村八分を聞かせたら興奮していました。ご来訪ありがとうございました。
Posted by カンカン at 2013年11月21日 11:53
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