2010年06月05日

〜 2周年 〜 目黒Blues Alley 〜 HAIR 1969 LIVE 〜 パリParis Barclay 〜 青春のロックU 〜 Let The Sunshine In 〜

P1010023.JPG
7”sono sheets of Dalida Barclay recording made in Japan
朝日ソノラマのダリダのBarclay時代のソノシート
Hair 1969のチケット
クリックすると画像が大きくなります(Please click the photograph, then it grows big.)


今日の1曲 
<187> フィフス・ディメンションThe 5th Dimension / アクエリアス Aquarius〜Let the Sunshine In
<188> カーナビーツCARNABEATS / 恋をしようよジェニー1969年
<189> 加橋かつみ Katsumi Kahashi / つばさWing 1969年
<190> ダリダDALIDA / ロマンティカ Romantica 1960年
<191> ザ・タイガース The Tigers / 青い鳥 Blue bird 1968年
<192> ガロGARO / 地球はメリーゴーランド  1972年
<193> カンCan / デッドロックDeadlock 1970年
<194> Love Live Life+1 / Love Will Make A Better You 1971年
<195> "HAIR" / Let The Sunshine In




〜 2周年 〜 HAIR 1969 LIVE 目黒Blues Alley 〜



  早いもので6月2日で、このブログも2年になりました。
拙い文章ですが、読んでいただきありがとうございます。おかげさまでご来訪いただく方も増え、東欧や南米などからも来られるので、英語にもチャレンジし始めましたが、文法もいい加減で恥ずかしいです。
  これからもよろしくお願いいたします。

By June 2, this blog passed for two years. I have begun to challenge English. It is a poor sentence, but thank you for reading.


  6月2日に、伝説の反戦ロックミュージカル「ヘアーHAIR 1969東京公演」(2010年3月27日ブログ参照)の40年ぶりの再演LIVEを 目黒Blues Alleyに見に行きました。
目黒に行くのは、昨年クラブ「目黒食堂」にオールナイトで踊りに行って以来です。目黒Blues Alleyは、昔、裸のラリーズを見た鹿鳴館の近くにありました。
  伝説のライブということで、遅れないように午後は代休をとり、第1審で無罪をとった冤罪事件の講演会を聞きに行ったりしました。

I went to see legendary anti-war Rock musical HAIR 1969 LIVE on June 2.


ミュージカル ヘアーHAIR wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%A2%E3%83%BC






目黒Blues Alley Japan HP
http://www.bluesalley.co.jp/schedule/live.html


  30分前の7時に到着。今日は、立ち見でした。
  店内に「ヘアーHAIR」の開演前から場内にプロデューサーの川添氏や芸能人も何人かいたりしてびっくりしました。

  主役の加橋かつみさんも近くを通ったりして、緊張しまくりです。
  1982年の夏、六本木の路上でお会いして以来です。あのとき、LP「パリ1969」にサインをもらえなかったことを悔やんでいました。今度こそ、CD「パリ1969」にサインをもらうぞと意気込んで来ました。
  しかし、左ポケットにCDを入れてサインをもらう機会を伺っているのですが、自分の人生に大きな影響を受けた人があまりに近くにいるとビビッてしまって声をかけられない。Gianni Leone、Osannaや新沼謙治さんのときのようにサイン会形式でないと、チキンの私には無理なのか。

Famous persons and the leading role, Katsumi Kahashi went by me and I was tense.
I wanted to get a signature from him. However, I was tense and was not able to speak to him, because he was the person who gave me big influence.

  定刻より20分遅れて7時50分にスタート。
  まず、有名なアクエリアス Aquariusからスタート。


フィフス・ディメンションThe 5th Dimension / アクエリアス Aquarius〜Let the Sunshine In
http://www.youtube.com/watch?v=LANwIgpha7k&feature=fvw
アクエリアスはフィフス・ディメンションの定番でした。





「ヘアー」日本版(渋谷・東横劇場公演)Rock Musical "HAIR" at Tokyo 1969 / アクエリアスAquarius
http://www.youtube.com/watch?v=-dHZJ_wPUfk&feature=related
1969年の日本公演の録音です。







  今回、司会担当で「HAIR1969」の著者ポール岡田さんは、GSカーナビーツのボーカルでした。
  カーナビーツのドラムス(後にGOLDEN CUPS)だったアイ高野さんは亡くなられてしまいました。6年前、初めてアイ高野さんのドラムスをコンサートで見たとき、鞭のように鋭くて正確なビートで感動しました。アイ高野さんのご冥福をお祈りします。

Chairman, author of “HAIR1969”, Paul Okada was vocal of 1960’s Beat group CARNABEATS.
Drumer, Ai Takano of CARNABEATS died recently. Rest in peace.

カーナビーツCARNABEATS / 恋をしようよジェニー1969年 & インタビュー2005年 
http://www.youtube.com/watch?v=lfdktxDMOwg&feature=related
当時、The Whoを日本で聞いていた人は少ない。

カーナビーツCARNABEATS / Communication Breakdown  LIVE 1969年
http://www.youtube.com/watch?v=2ePLcebAiqM&feature=related
Led Zeppelinのカバー。





〜 パリParis Barclay 1969 - 1985 〜 



  ヘアーの主役は、クロード役の加橋かつみ。
  反戦ミュージカル「ヘアー」では、クロードが徴兵カードを破るシーンが重要になっています。
  そもそも「ヘアー」日本公演は、タイガースを脱退した加橋かつみが、「パリ1969」を録音した際にパリで「ヘアー」を見てこれを日本でやろうと企画したのが発端でした。

The leading role of Hair is Katsumi Kahashi of the part of Claude. In the anti-war musical "hair", a scene that Claude tears a draft card was important.  Katsumi Kahashi watched "hair" in Paris in 1969, while recording of LP”Paris 1969”. He planned it to do "hair" in Japan.

加橋かつみKatsumi Kahashi / つばさWing 1969年 from LP”Paris 1969”
http://www.youtube.com/watch?v=63Tpji-mnF4&feature=related





  「パリ1969」は、パリのバークレーBarclayレコードでレコーディングされました。
  学生時代に「パリ1969」を聴いてから、パリのBarclayレコードはずっと私の憧れでした。
  1985年に1ヶ月ヨーロッパ旅行をしたとき、自分のどうしようもないデモテープをパリのBarclayレコードに持って行きました。警備員のおじさんから新しい住所を教えてもらってBarclayレコードの受付の女性にデモテープを渡しました。謎の東洋人を女性は笑って迎えてくれました。

"Paris 1969" was recorded by a Barclay record of Paris. So, from school days, the Barclay record of Paris was my admiration. When I traveled in the Europe in 1985, I took my demo tape in Barclay record of Paris. The woman of the receptionist of the Barclay record met me, a mystery Oriental laughingly.

  バークレーBarclayレコードの代表的歌手といえばダリダDALIDAでしょう。
The representative singer of the Barclay record will be Dalida

ダリダDALIDA HP
http://www.dalida.com/menu.html

ダリダDALIDA / ロマンティカ Romantica
http://www.youtube.com/watch?v=7Yb9RGR3KZI&feature=related

ダリダDALIDA / ラストダンスは私にGARDE MOI LA DERNIERE DANSE
http://www.youtube.com/watch?v=QNKxNhJo30U





  今回の「ヘアー」の公演は、出演者たちのギャグも楽しく和やかな雰囲気でした。
  エッセイストの安藤和津さんの「あれから40年経って、着る物は自由になったけれど、結局、戦争はなくならなかった」ということばが重く感じられました。
  場内のモニターに、かつての貴重な写真が写されたり、初演のときの録音が流されたりしてひきつけられました。
  第1部のあと、第2部では、「特別企画」として、出演者たちが、自分の持ち歌を披露されました。

The next "hair" was a bright atmosphere. I felt heavily the words of Kazu Ando of the essayist, “Though it passed for 40 years, there was the war after all.”


  加橋かつみが、スペシャルゲストのガロのボーカルと一緒に歌いだしたのは、意外にも「廃墟の鳩」ではなく、「青い鳥」でした。ハーモニーも素晴らしい貴重な歌を聞かせてもらえました。

It was "Blue bird" of the Tigers that Katsumi Kahashi had begun to sing with Vocal of Garo of the guest. I heard the precious song that the harmony was splendid.

ザ・タイガース The Tigers / 青い鳥 Blue bird 1968年
http://www.youtube.com/watch?v=wmWNw19prYE




  
  深水龍作さんは、亡くなった元テンプターズの大口広司さんの曲を歌いました。

  
  今度は、ガロの登場です。
  35年ぶりにボーカルとマークが一緒に歌うという、これも貴重な体験をできました。

Pioneer of the Japanese soft rock, Garo appeared this time.
Mark sang with Vocal together after an interval of 35 years.

ガロGARO  wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AD_(%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97)

ガロGARO / 地球はメリーゴーランド 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=FpMMwZFV_6E
今は亡きトミーの作曲した2ndシングル。ソフトロックの傑作として取り上げられている。

ガロGARO / 水色の世界 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=dTEz6B2deoQ
地球はメリーゴーランドのB面でこちらも名曲。加橋かつみもLP「パリ2」で録音。

ガロGARO / たんぽぽ デビュー曲
http://www.youtube.com/watch?v=VGZ38cnt3fU&NR=1
今回のステージで、ロマンス、CSN&YのOHIO、学生街の喫茶店などと一緒に歌われました。

ガロGARO / 学生街の喫茶店 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=sGl_kTKNIro
オリコン7週連続1位の代表曲。






〜 青春のロックU 〜



  「ヘアー」は、世界で上演されました。ミュンヘンで行われたドイツのHAIRには、後にミュンヘン・サウンドでDisco Queenになったドナ・サマーDonna Summer、ミュンヘンの路上で奇声を上げているところをカンCanのメンバーにスカウトされた「新宿の最年少ヒッピー」ダモ・鈴木Damo Suzukiなどが出演していました。
  「ヘアー」では裸になるシーンがありました。ダモ・鈴木Damo Suzukiは、CANに入った後もよく裸で歌っていました。

Donna Summer, Damo Suzuki of Can appeared in HAIR of Munich.
"Hair" had a scene that performers undressed. Damo Suzuki sang in nude even in the days of CAN.

カンCan / デッドロックDeadlock 1970年
http://www.youtube.com/watch?v=olIrNodUtyk&feature=related
「ロック」という音楽の青春時代といえるのではないでしょうか。


カンCan wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3_(%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89)






  「ヘアー」のバックミュージシャンも日本のトップクラスの凄い人たちが揃っていました。
  今回も出演した水谷公生さん、柳田ヒロさんなどがいたLove Live Lifeの布施明さんをボーカルに加えた1971年のアルバムは、外国でも高く評価されています。

The back musician of "Hair" kept in the Japanese top-class. The LP Love Live Life of 1971 that there were Kimio Mizutani, Hiro Yanagita is evaluated highly in the foreign country.

Love Live Life+1(布施明)/ Love Will Make A Better You 1971年
http://www.youtube.com/watch?v=tl8vr5S8jLU&feature=PlayList&p=0E9838DFF1787B1F&playnext_from=PL&playnext=1&index=17
ソウル・ファンク、プログレッシブ・ロック、前衛など、日本が世界と同等のレベルにあったことを証明する1枚。






〜 Let The Sunshine In 〜



  ついに、最後のクライマックスになりました。
  Let The Sunshine Inで全員が、コーラスを繰り返します。
  伝説のベーシスト江藤勲さん等の作り出すグルーブ感がどんどん場内を高揚させる。
  ついに踊りだす人が出てきました。
  私も踊ったら、3時間半の立ち見で棒のようになっていた足が元気になりました。

It became climactic at last. All the members repeat a chorus with Let The Sunshine In.
A feeling of groove that legendary bassist Isao Eto creates let the hall become exalted steadily.
When I danced with the groove, my foot got well.

"HAIR" Let The Sunshine In
http://www.youtube.com/watch?v=NY1PpQ4ULAc&feature=related


  加橋かつみさんが感極まって泣いていました。
  今回のステージで加橋さんの涙が一番真実を伝えていたと思いました。
  左のポケットに加橋かつみ「パリ1969」のCDを入れたまま帰りました。
  サインはもらえませんでしたが、後悔はありませんでした。

Katsumi Kahashi was deeply moved and cried. I thought that tears of him expressed the truth most on this stage.
I returned with having put a CD of Katsumi Kahashi "Paris 1969" in the left pocket.
I did not get the signature on the CD, but there was not the regret.







  翌日のニュースで、前日6月2日の2時ころ、弁護士が殺害されたニュースが入りました。
  偶然、私の知り合いが多くいるクラスの出身の人でしたのでショックでした。
  こういった悲劇や戦争が少しでも無くなるようにしていきたいです。

In the news of the next day, I knew the news that a lawyer was killed at about 14:00 of June 2.
Because it was a person from the class where there were a lot of my acquaintances accidentally, it was a shock. I want to reduce such a tragedy and war a little.



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