2010年01月16日

少年期Y 新春・熱唱ボーカル特集V 銀巴里U 幻の歌手 今日の1曲 <139> ミーナMINA <140> 村上進Susumu Murakami

P1010007.JPG
ミーナMina / 蒼い河 Fiume Azzurroを収録したLP「5043」(邦題 パローレ・パローレ)
とダリダで大ヒットしたミーナMinaの「パローレ・パローレ(甘い囁き)Palore Palore」のシングル2種


 <139> ミーナMina / 蒼い河 Fiume Azzurro 1972年
 <140> 村上進Susumu Murakami / 蒼い河 Fiume Azzurro


  少年の審判が終わり○○ちゃんのその後が心配で鑑別所に行ったら、○○ちゃんから開口一番「この前、先生がまた少年院にも来てくれると言ってくれたとき、お父さんやお母さんが来るほうがいいなんて心にもないことを言ってごめんなさい。あのとき自分は自分に対して怒っていたんです。」と言われました。
  あれだけ懸命にやって振られたら少年事件は自分には向かなかったのかと悩んでいたのですが、ほっとして元気になりました。これからもめげずに採算の合わない少年事件をやろうと思います。

  今回は複数の共犯者と被害者の事件でした。少年事件では加害者も被害者も皆、本当は大人たちの犠牲者なのだと再認識しました。関係者に何が起こるかわからない、綱渡りをしているような緊張感が続く事件でした。
  でも私には突然子供を持てたような感じで、少年が会うたびにどんどん変わっていくことに感動した夢のような3週間でもありました。

In the boy case, I realized again that, in fact, everybody was the victim of adult.



〜 新春・熱唱ボーカル特集V 〜



  前回、前々回は、男性歌手の超大物、大親分でしたが、今回は女性歌手の超大物です。
  ミーナMinaはイタリアで最大のスーパースターで、70歳になるのに、いまだに新作を出せば1位になります。日本で例えれば、ミーナと同世代の美空ひばりの人気が1970年代に入っても落ちずに今日まで続いているといった感じです。かつてルイ・アームストロングが「世界で一番偉大な白人歌手はミーナだ」と発言したように、史上最高の歌手の一人と言えます。

  前回で(2009.4.22)紹介したように、1970年代初頭にピークを迎えたミーナは、ルイジ・テンコLuigi Tencoの作品を積極的にとりあげたりしていました。このころのイタリアのヒットチャートは、シングルもLPもミーナとルチオ・バティスティLucio Battistiの独壇場でした。ミーナが歌ったルチオ・バティスティの作品で1位になった曲が3曲あります。

  ミーナの蒼い河Fiume Azzurroは、1972年のLP「5043」の1曲目を飾る彼女の代表曲のひとつです。
  ミーナはもともとオペラ歌手として将来を期待され、エルビスにショックを受けてポップスに転向しました。この曲ではオペラでも通用するミーナの声量と高度なテクニックが見事に披露されています。
  その後、ミーナもミルバと同様に前回紹介したリッカルド・コチャンテRiccardo Coccianteの登場に衝撃を受け、コチャンテの壮絶な作品マルゲリータMargheritaをコンサートの18番で取り上げるようになり、さらにコチャンテとデュエットの作品を発表します。

Mina is the greatest superstar in Italy. Mina is over 70 years old. She still makes a hit regularly .
Louis Armstrong once spoke that "The greatest white female singer in the world is Mina".
Fiume Azzurro is one of her representative song from LP "5043" of 1972,.
Afterwards also Mina was shocked by Riccardo Cocciante like Milva.


ミーナMina / 蒼い河 Fiume Azzurro 1972年
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=u0_hlap-AHE
イタリアで天下無敵状態だったころのミーナが司会を務めたテレビ番組Teatro 10での映像。Teatro 10では、世界中からJames Brownなど有名ゲストを呼んだり、PFMのような前衛的プログレッシブ・ロックも紹介した。
The picture by the TV program “Teatro 10” that Mina acted as chairmanship
With Teatro 10, Mina introduced famous guests from all over the world such as James Brown and the avant-garde progressive rock such as PFM.

ミーナMina / 蒼い河 Fiume Azzurro 1972年 
http://www.youtube.com/watch?v=zSaGZGLj-Nw&feature=related
カラー映像のライブ

ミーナMina & アドリアーノ・チェレンターノA. Celentano /パローレ・パローレ(甘い囁き) Parole parole 1972年 Teatro10
http://www.youtube.com/watch?v=HweU-Nc__HE&feature=related
再生数からもわかるようにイタリア最大のスーパースター2人によるデュオ

ミーナMina & アルベルト・ルポ A. Lupo /パローレ・パローレ(甘い囁き) Parole parole 1972年
http://www.youtube.com/watch?v=wrlew2G6nvA&NR=1
Teatro10のエンディングの映像 イタリアで1972年の年間11位になったパローレ・パローレのオリジナルの音源を使用。



Fiume Azzurroを収録したミーナの2枚目の自選ベスト盤




〜 銀巴里U 幻の歌手 〜



  これも2009.4.22以来になるシャンソン喫茶「銀巴里」の紹介です。
  私がウェイターをしていたとき、イタリアンポップスを歌う村上進さんという歌手がとても人気がありました。ウェイターたちにも「よう!」と気軽に声をかけてくれました。階見ルイジさんが陰とすると、村上さんが陽で、対照的ながら魅力的な人たちでした。

  その後、村上さんは若くして喉頭ガンで亡くなってしまいました。読売新聞にも訃報が出て、彼が初期のスパイダース(堺正章、井上順がいた日本のロックの先駆者)のボーカルだったことを知りました。
  3年前、知り合いから録音してもらった村上さんのCDに蒼い河Fiume AzzurroなどミーナMina の曲が数曲入っていました。ミルバMilvaのCanzoneなど難曲も入っていました。あの明るかった村上さんが、喉頭ガンで夭折されたのは、命がけで歌っていたからなのだと思うと胸に迫るものがありました。

Susumu Murakami was a superior singer in Japan. He was a member of the famous beat group “The Spyders” in early 1960's. Later, he respected Mina and Milva and sang many Italian songs. He died young for cancer of the larynx.


村上 進 Susumu Murakami / 「忘却」
http://www.youtube.com/watch?v=r6cWs3HTm3c
彼の経営していた店は尊敬するミーナから名前をとったようだ。





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