2008年10月01日

タイガーマスクT 今日の1曲 <21> フジ子・へミング

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21 フジ子・へミング Ingrid Fuzjko Von Georgii Hemming / コンソレーション (慰め) 第3番 (フランツ・リスト作曲) Liszt:Consolation No.3 in D flat major


− 「タイガーマスク」は生きている −

  Youtubeであしたのジョーに続いてタイガーマスクL’uomo tigreのイタリア放送ヴァージョンを偶然発見してから、すっかりその世界に魅せられてしまいました。今なら放送コードにひっかかりそうな壮絶な最終回もイタリア人たちは絶賛。孤児のために命をかけて闘う勝者Naotoはカトリック総本山のイタリアではヒーローだ。
  1971年のSanremo音楽祭でも孤児である自分のことを歌ったLucio Dallaに同情票が集まって2位(あと1歩で優勝)になったというお国柄である。

 タイガーマスク・イタリア語翻訳スタッフはイタリア人の感性に合うように細かいところで表現を変えているように見える。ヨーロッパでは敗者が讃えられるという考え方が薄いと聞いた。たとえば、アニメ「フランダースの犬」でネロとパトラッシュが聖堂で凍死する最終回は、日本では「最終回」の代名詞になるほど人気があるが現地の人には理解できないらしい。あしたのジョーの「燃え尽きる」というラストなども意味が不可解だろう。

 タイガーマスクのホームページ 「平成虎の穴」
http://www4.airnet.ne.jp/pancra/tiger/index/anime.html
 
 「エピソード・ガイド」が素晴らしい プロローグの第1話、タイガーマスクが悪役から改悛する有名な第6話、男の友情にしびれる第29話、第33話あたりから、本編を総括する最終の5話まで息つく間もない。これを読むと小学生の頃はタイガーマスクの真意を5%も理解できてなかった。
  社会問題まで提起する当時の制作スタッフの熱意に頭が下がる。この20年間「あしたのジョー」ばかり賞賛して、「タイガーマスク」を見下してすみませんでしたと言いたい。1冊だけ持っていた「タイガーマスク」の単行本は一躍私の人生のバイブルに。今の時代にこそ「タイガーマスク」は必要なのかもしれない。


ー 「癒しのピアニスト」 フジ子・へミング −


 クラシックについて専門的な知識はないのですが、フジ子・へミングについてはNHK制作の「フジコ〜あるピアニストの軌跡〜」を見て関心を持たざるを得なくなりました。苦難の留学時代や、レナード・バーンスタインに認められ、やっと檜舞台にでるチャンスとなるはずのリサイタル直前に聴力を失いリサイタルは大失敗という悲劇、父親に会いに行ったが面会を拒絶された事、恵まれない人たちや捨てられた動物への援助等、フジ子・へミングの苦難の人生はタイガーマスク=伊達直人の人生に重なるものがある。

 「フジコ〜あるピアニストの軌跡〜」を見ていてフジ子・へミングの家が金子ボクシングジムの隣であることがわかりました。金子ジムはかつてプロボクサー・カシアス内藤のカムバックを追った沢木耕太郎のノンフィクション小説「一瞬の夏」の舞台となった場所。フジ子・へミングとカシアス内藤、時を隔てた二人の何かの縁・・・。

 フジ子・へミングのグローブのような太い指は、芸術家もまた格闘家であることを物語っている。
フランツ・リストはショパンと並んでフジ子・へミングが最も愛する作曲家。
  コンソレーション (慰め) 第3番は超絶テクニックを披露するものでもなく、芸術家=格闘家であるフジ子・へミングの自分自身に対する一時の慰めであり癒しのように聞こえる。それは限りなく優しい音だ。

小田急で金子ジムの前を通るとき、カシアス内藤やフジ子・へミング、高校生の時一緒にレコード店を廻った夭折した音楽家Kさんのことがいつも脳裏をよぎるのです。

  フジ子・へミング / リスト コンソレーション (慰め) 第3番
http://jp.youtube.com/watch?v=I7L0lMyqNnY&feature=related
他のピアニストと異なり,情感をこめてリズムを深く自在にコントロールしている。黒人ジャズThelonious Monkのピアノソロのようなタイム感覚を感じる。

  ボクシング・ノンタイトル戦 世界J・ミドル級チャンピオン輪島功一vsカシアス内藤 1971年2月
http://jp.youtube.com/watch?v=CxMKtwfh1js







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