2021年02月28日

追悼RIP  ダニロ・ルスティチDanilo Rustici 〜 オザンナOsanna ・ウーノUno  Al Di Meola級のスーパーギタリスト

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2010年初来日のステッカーが貼られたSuddanceのCD       


今日の1曲
  Osanna / Chiuso Qui 1978年
  Uno / Right Place 1974年
  Uno / Uomo come gli Altri 〜 Uno Nel Tutto
        (英語版ドイツ盤では、Away 〜 Gone)  1974年
 OSANNA / L' Uomo  1971年





オザンナ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%8A


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 以前から体調不良が伝えられたOsannaのギタリスト・ダニロ・ルスティチDanilo Rusticiが亡くなりました。若き日のDanilo Rusticiなどの勇姿が見れるOsannaのドキュメンタリー映画Osannaples が完成したところでした。

OSANNA L' Uomo (1971)
https://www.youtube.com/watch?v=cAWQVkLyv3A&feature=share&fbclid=IwAR0bT569oqrjWnp15U8R9WkaxhOMtjChEpL88yNFrFeHv2gKWaFUL-cknQU
1970年代初頭では極めて斬新で、貴重なカラー映像。イタリアでコンサートを行ったGenesisのPeter GabrielがOsannaの衣装から影響を受けた話は有名。

 Osannaの1st、2nd、3rd、5thとUnoの5枚は、本当に素晴らしくよく聴いたアルバムです。Danilo Rusticiのギターは、メロディアスで力強く一度聴いたら忘れられないフレーズがたくさんあり、今思い返すと自分にとってはイタリアで最高の、また世界的に見ても10指に入るギタリストでした。 

 日本では、まず、バカロフがアレンジしたMilano Calibro9とメロトロンMellotronのPalepoliが大きな話題になり、1979年からのイタリアンロック再発・発掘のきっかけとなりました。

Milano Calibro9のDiffジャケット



 当時素晴らしいと思ったのが、1978年の新譜で、当時日本では未発売でほとんど話題にならなかったSuddanceです。しかしイタリア本国では、1stのL’uomoに続いてイタリアで権威のあるイタリア批評家賞を受賞しています。  

 特にChiuso Quiは、イタリアンプログレッシブロックとナポリ民俗音楽に加えて、当時世界の潮流だったクロスオーバーのテクニックも融合しており、自分にとって1978年の世界最高の楽曲です。

Osanna ☆ Chiuso Qui (1978)
https://www.youtube.com/watch?v=OdCmsPuauFM
4:50から当時のスーパーギタリストAl Di Meola級のギターソロが聴ける。





 また、DaniloとElio Dannaが世界進出を目指した1974年のUnoも全曲捨て曲がない素晴らしいアルバムでした。Osannaの曲はOsannaが作者にクレジットされていましたが、Unoは作曲がDanilo、イタリア語の作詞がElioと明記されており、Osannaの作曲においてDaniloの貢献が大きかったことが伺えます。

 Chiuso QuiもVairetti-Rusticiと明記されており、Daniloの作曲でLino Vairettiの作詞と思われます。

 Unoは結局イギリスで発売されず、New Trolls、Ibis、Latte e mieleと同様に英国進出は果たせませんでした。しかし、Unoはドイツとフランスでは、楽曲の美しさに相乗効果を与えるヒプノシスHipgnosisの素晴らしいDiffジャケットで、全曲英語詞で発売されています。

ドイツ盤Uno ヒプノシスの本でも傑作ジャケットの一つとして掲載。 
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Uno - A-1 Right Place
https://www.youtube.com/watch?v=McxUvlOeE6E
UnoのA面1曲目。Daniloは好きなアーティストとして、同様に世界進出を目指したPFMやVittorio Nocenziを挙げていた。この曲もPFMのRiver of LifeやBancoのLeave me aloneからの影響が感じられる。

Uno - A-3 I Cani E la Volpe
https://www.youtube.com/watch?v=bpwY5NGDVLk
A面の3曲目。憂愁のある歌メロとサックスが素晴らしい。ドイツ盤ではLost and foundのタイトルで英語詞だった。

左:ドイツ盤のラベル 右:長年謎だったシングルは白ジャケプロモ盤だった
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UnoのレコードのB面の1曲目 Uomo come gli Altriと2曲目 Uno nel Tuttoは一連の組曲になっていて、CDの5曲目と6曲目にあたるのですが、曲の区切りがレコードとCDでは異なっています。

レコードではUomo come gli Altriは10:00の大曲、2曲目 Uno nel Tuttoは1:35の小曲ですが、CDではUomo come gli Altriが1:28で、Uno nel Tuttoが10:11に長く区切られています。

Uno -B-1 Uomo come gli Altri(1:28)CD版
https://www.youtube.com/watch?v=jRKVSIiPqP4&list=PLn6IUYFGu6PJzXjqO7muvREpv58yHNu5Y&index=5
フォークタッチの1分半の美しい序曲からの怒涛の展開が見事。

Uno - B-2 Uno nel Tutto (10:11)CD版
https://www.youtube.com/watch?v=SMCPVjfo1DM&list=PLn6IUYFGu6PJzXjqO7muvREpv58yHNu5Y&index=6
小曲から途切れなく繋がる10分の大曲。4:00から、弟のCorrado Rusuticiによれば当時キーボードの方に関心を持っていたというDaniloのMellotron的な音とシンセサイザーの空間の拡がりが素晴らしい。7:00の歌から転調し8:30までのパートが本アルバムの最大の山で、イタリア盤でもドイツ盤でも英語で歌われているが、いずれもこの部分の歌詞がジャケットでは伏されている。 

UNO - B-1 Away (10:00) 英語版 ドイツ盤
https://www.youtube.com/watch?v=wEc_SzvWd1s
Unoのドイツ盤のB面は、B-1とB-2が両曲すべて英語で、Away (Uomo come gli Altri)とGone(Uno nel Tutto)というタイトル。


英語版歌詞 B-1 Away 〜 B-2 Gone
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Uno - B-3 Goodbye Friend (1974)
https://www.youtube.com/watch?v=uT_o615IT1k&list=PLn6IUYFGu6PJzXjqO7muvREpv58yHNu5Y&index=7
B面最後を飾る曲。Pink Floyd「狂気」の「虚空のスキャット」のLiza Strikeがボーカル。Unoの詞にはPalepoliの後に分裂したOsannaのメンバー間の音楽的葛藤がそのまま表れていた。





 Osannaの他のアルバムも一言では表せない素晴らしい作品ばかりです。
 今回は追悼にあたって、特に思い出深いChiuso QuiとUnoをとりあげました。
 素晴らしい音楽をありがとうございました。RIP Danilo Rustici


Unoの1980年の再発盤LP(上 Danilo Rustici)
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2021年02月16日

ついに発見 1970年「ツーマッチ Too Much 自由広場の若者たち」 〜 村八分を支えたMojo West関連の野外ロックフェスティバルの先駆け

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今日の1曲
 「ツーマッチ Too Much 自由広場の若者たち」1970年
 ヘルプフル・ソウル / ファイア 1969年
 TOO MUCH/Song for My Lady 富田勲編曲 1971年
 Flower Travellin' Band / Louisiana Blues 1970年


 コロナで音楽フェスティバルがほとんど中止となる中、日比谷野音と並び、日本での最初の野外ロックフェスティバルといえる深大寺「ツーマッチToo Much」の1970年の貴重映像がみつかりました。

 「Too Much」は、京都で村八分を支援したMojo Westの木村英輝が東京で主宰したもので、山口冨士夫が著書「So What」で「キーやん(木村氏)に感謝しようぜ」と書いていたことからずっと気になっていました。

木村英輝
http://kyotocf.com/otomachi-chronicle/fuji-odyssey-1/
ローリングストーンズ、ジミヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンなどの出演が予定されていたが中止になった「富士オデッセイ」の日本現地のジェネラル・プロデューサーを任されていたすごい人物だった。





 NHKでは、間章が主宰し村八分も出演予定だった「自由空間」音楽祭も放映しました。保守的なイメージがあるNHKにロックの貴重資料が残っていたのも幸運です。NHK教育ではフラワートラベリンバンドのライブも放送したそうです。


深大寺Too Muchのヘッドライナーだったフラワートラベリンバンド



 深大寺の前、2月の京都での「Too much」イベントにもヘルプフルソウルが出演しており、「ツーマッチ 自由広場の若者たち」の映像ではヘルプフルソウルのジュニ・ラッシュが多くみられます。
 ヘルプフルソウルは、この後、そのToo Muchにバンド名を変えます。

ヘルプフルソウル 1stアルバム 1969年
「妥協を認めないニューロックの新星」と帯に書かれている
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< 当時のニューロック・シーン ・ヘルプフルソウル 〜 Too Much
    ・フラワートラベリンバンド・村八分の動向>

 1969年     The Helpful Soul ヘルプフルソウル
          ‎– ソウルの追求: The Helpful Soul First Album 発売
    5月    チャー坊が渡米
    12月31日 ダイナマイツ解散
 1970年2月28日 京都会館第2ホールイベント「Too Much」
         出演:ヘルプフルソウル、フラワートラベリンバンド
         山口冨士夫がセッションで出演し木村英輝と出会う。
    3月   東京で山口冨士夫と帰国したチャー坊が出会う
    5月   京都で「ななしのごんべ」として村八分が結成
    7月11日 東京 深大寺自由広場イベント「Too Much」
         出演:ヘルプフルソウル、フラワートラベリンバンド
    7月26日 富士急ハイランド
         出演:裸のラリーズ
         (村八分を名乗る前、裸のラリーズ名義で出演)
            フラワートラベリンバンド
    10月   フラワートラベリンバンド / Anywhere 発売
 1971年3月20日 京大西部講堂「Mojo West」
         出演:村八分(ステージデビュー)、PYG
    4月   フラワートラベリンバンド / Satori カナダ日本で発売
    4月11日 日比谷野音 出演:トゥーマッチ、村八分
    4月30日 村八分 / 草臥れて 大阪のスタジオで録音
    7月21日 LP Juni & Too Much「Too Much」発売
  
 
 「ツーマッチ」の放映ではバンドの映像が少ないのは残念ですが、1969年ウッドストックの翌年、日本でロックがまだ新しいころの情熱が伝わるフェスティバルや関係者の雰囲気を知ることができて、本当によかったです。


深大寺Too Muchでのジュニ・ラッシュ(ヘルプフルソウル)
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現代の映像「ツーマッチ 自由広場の若者たち」1970年7月24日放映
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=N7GKC2QT0mQ&feature=youtu.be&fbclid=IwAR1Brrm4sefNbaQ5YNh9xVLznASmE2uxMAZcQnlnHPANXREWwg0S5O78hUk
0:30「ロックコンサートを通して自分たちの文化を創ろうとする若者たちの記録です」
2:27 木村英輝が、Pink Floyd / Interstellar Overdriveをバックに登場。
5:54  開催に向けて調布警察署で交渉。 警察「ツーマッチとは?」
 木村「政治や宗教といった次元と関係ないところで皆で共通して楽しむために集まろうとしている。英語であまりにも素晴らしすぎるという意味」

9:59 ジョー山中(フラワートラベリンバンド)に見えたが、ジュニー・ラッシュ(ヘルプフルソウル)だろうか。 流れている曲は、Flower Travellin' Band / Louisiana Blues (Muddy Waters cover)
12:05 ひょっとして、ガロの「ボーカル」か? 1969年12月にはミュージカル「ヘアー」に出演していた。ポスター掲載の出演者以外でも飛び入りで参加できたようだ。
13:00 木村英輝だろうか。自身も音楽を楽しんでいるのが素晴らしい。
13:15 ジュニー・ラッシュのアコースティックギターでの歌
17:56 このビデオで一番バンド演奏が長く見られる貴重な場面。
  村八分の初代ドラマー恒田義見が参加する前のブラインド・バードか。
22:25 ジュニー・ラッシュ(ヘルプフルソウル)のバンド演奏。
23:50 Pink Floyd、Tangerine Dreamのような音楽がバックに流れている。 


ヘルプフル・ソウル ファイア 1969
https://www.youtube.com/watch?v=jUPkCkY-TvI




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ジュニー・ラッシュのインタビューを掲載。山口冨士夫とは同じ血が流れているので京都ではずっと交流があったという。



TOO MUCH/トゥーマッチ 日比谷野音 '71
https://www.youtube.com/watch?v=ShFVRiAuCl4
後に山口冨士夫のタンブリングスに1983年に参加する青木正行のベースと小林秀弥のドラムのグルーブがすごい

左:小林秀弥(山口冨士夫タンブリングス) 
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右:青木正行(外道、山口冨士夫タンブリングス)
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TOO MUCH/Song for My Lady
https://www.youtube.com/watch?v=rL7Ah4qTJbQ&list=OLAK5uy_miNpq2xIRWIjHMrrJsT_NiBLOxI6hgA3s
あの富田勲がアレンジを担当したプログレッシブな大曲


オリジナルLPは世界的にも高額で有名



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2021年02月12日

追悼チック・コリアChick Corea 〜 浪漫の騎士 Romantic Warrior

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1976年 浪漫の騎士 Romantic Warrior


今日の1曲
 Return To Forever - "Medieval Overture" 1976年
 Chick Corea - Spanish Fantasy Pt. II 1977年
 Miles Davis - Spanish Key 1969年


 チック・コリアが亡くなりました。
 クロスオーバー、フュージョンがブームのとき、1976年「浪漫の騎士」のリターン・トゥー・フォーエヴァーは神懸った存在でした。

 そのチームとは

Guitar : Al Di Meola 
Keyboards, Composer, Lyricist, Producer: Chick Corea
Bass:Stanley Clarke
Drums:Lenny White

 プログレッシブロックが下火になったときに現れたこの作品は、ELPのクラシカルロック、Yesのテクニック、Tangerine DreamのSynthesizerなどのプログレの全盛期の要素がすべて詰め込まれ、ジャズのテクニックによって高密度で結晶していました。 

Return To Forever - "Medieval Overture" 浪漫の騎士より
https://www.youtube.com/watch?v=pzFGBOeL0Xk&list=PLRZ1TNTj_p8LgEeRWhATN2OVdD-AUkDA-&index=1
浪漫の騎士の1曲目。まさに驚天動地という感じだった。





 チックコリアは不在でしたが、続く1977年のAl Di Meolaのソロアルバム「エレガントジプシー」のAB面のそれぞれ1曲目も驚愕で、当時のギターヒーローでした。1975年のLenny WhiteのPrince of the seaも素晴らしい。

 1976年には山下ツトムのGoセッションにKlaus Schulze(元Tangerine Dream、Ash Ra Tempel)とAl Di Meolaが参加。ドイツのCosmic MusicとReturn To Foreverがクロスオーバー繋がった。

 チックコリアのソロアルバムでは、FMで放送されエアチャックした1977年の2枚組My Spanish HeartからのSpanish Fantasyを繰り返し聴きました。ここでは、アコースティックピアノと電子キーボードの対峙が素晴らしい。

Chick Corea - Spanish Fantasy Pt. II
https://www.youtube.com/watch?v=QiAi1kfqFN4
凄いドラムだと思っていたが、今回Drums – Steve Gaddと初めて知った。





 マイルスデイビスの死の直後、FMでマイルスの歴史をドラマチックに辿る特集を録音。問題作ビッチェズ・ブリューを初めて聴きました。Spanish Keyは、冒頭から3:25までトランペットとエレクトリックピアノの絡みがカッコいい。
 
Miles Davis - Spanish Key
https://www.youtube.com/watch?v=ibanLlREjTk
Electric Piano – Chick Corea, Joe Zawinul, Larry Young
3:25まで緊張感が凄い。2:39鬼気迫るトランペットとエレピ。百回以上聴いた。





Miles Davis - Live In Rome 1969年 Chick Corea :Piano
https://www.youtube.com/watch?v=H3Xjm-C1VS8
今回偶然みつけたイタリアでの映像。マイルスはクールな印象だが、22:40からの演奏はコルトレーンのようだ。本気を出した時の凄さを思い知らされた。


Miles Davis - Call It Anything - Isle of Wight Festival - August 29, 1970
https://www.youtube.com/watch?v=qyJooHmRcdc
ELPがデビューしたワイト島フェスのマイルスも今回初めて見た。凄い映像が残っていたものだ。ヘッドホンで大音量で聴く。全く異次元の世界の音楽。チックコリアとキースジャレットのダブルエレクトリックピアノ。


 素晴らしい音楽をありがとうございました。
 RIP チックコリアChick Corea


LPを買った記憶がある。輸入盤店渋谷Diskroadを思い出す。



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2021年02月11日

鉄道併走バトルシリーズ3 〜 MANUEL GÖTTSCHING / E2 – E4 LIVE in Japan@<ZERO>幕張エッセ2012 + Echo Waves1975

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Ash Ra Tempel Y Inventions For Electric Guitar 裏ジャケット
Tangerine Dreamが、Phaedraで3人で最先端技術のSynthesizerで作ったミニマルミュージックを、ギター1本の多重録音で作ってしまった。

Inventions For Electric Guitar ジャケットより
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今日の1曲
 快速みえVS近鉄特急アーバンライナー
 京急快特VS JR
 MANUEL GÖTTSCHING - E2-E4 LIVE @ <ZERO>幕張2012
 Ash Ra Tempel – Echo Waves 1975年


 医療従事者の皆様、エッセンシャルワーカーの皆様、ありがとうございます。ステイホームで、鉄道の動画を見ていたところ、併走バトルでスピード感、迫力があるすごくよい映像がみつかったので、2年ぶりに特集を組みました。


京急快特 前面展望
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@快速みえが近鉄特急アーバンライナーを猛追
https://www.youtube.com/watch?v=XLGUpgFEKqs

A京急快特 横浜〜品川 ど迫力の広角前面展望 
https://www.youtube.com/watch?v=C6uV5wEgYao
2:30 JRを一瞬で抜き去る2本目の追い越し


 一昨年の併走バトルシリーズの対抗曲はJames Brownでした。
 今回は、前回のブログで1976年のベスト盤を紹介したMANUEL GÖTTSCHING(Ash Ra Tempel)が、2012年に幕張メッセで来日した際のE2-E4の疾走感、緊張感のあるライブです。

MANUEL GÖTTSCHING Official Website
http://www.ashra.com

MANUEL GÖTTSCHING - E2-E4 LIVE @ FREEDOMMUNE 0<ZERO>
https://www.youtube.com/watch?v=VTvHcHQkxSU
ヘッドホンで大きな音で聴くと会場にいるようだ。1990年ごろ、一度だけ行った伝説のクラブ芝浦Goldで初めてE2-E4を大音量で聴いたときの感動が蘇る。





 もう1曲Manuel Göttschingの対抗曲。ギター1本による画期的なミニマルミュージックで、E2 – E4の7年前に録音されたInventions For Electric Guitar (1974) の疾走感ある素晴らしい曲Echo Waves。

Ash Ra Tempel Manuel Göttsching - Inventions For Electric Guitar (1974) - ''Echo Waves''
https://www.youtube.com/watch?v=ngtHXSFSiOY
40年以上経って評価がどんどん上がっている。5年前に教わったギターの先生もこの作品のディレイが凄いとギタリストの間で話題になっていると話していた。


Ash Ra Tempelの名義が外されるようになったCD。1975年発表の名盤。



 INVENTIONS FOR ELECTRIC GUITARをGongのSteve Hillageなど4名で再現した METAMORPHOSE 2010の映像もみつかりました。2006年、2008年、2010年とMETAMORPHOSEのために来日しましたが、体調などのために行くことができませんでした。Tangerine Dreamの最後の来日も見逃して残念。


Manuel Gottsching – Echo Waves INVENTIONS FOR ELECTRIC GUITAR @ METAMORPHOSE 2010
https://www.youtube.com/watch?v=Um6FOLNniTo&t=245s





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posted by カンカン at 12:25| 神奈川 ☀| Comment(0) | ドイツのロック German Rock & Kosmische Musik Cosmic Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月06日

癒しのヒーリングミュージック特集 part2 1976年イタリアPDUのPopol VuhとAsh Ra Tempel のBest盤

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Popol Vuhの1976年イタリアPDU(Minaの会社)から出た最初のBest盤。


今日の1曲
  Popol Vuh - Aguirre I (L'acrime di rei) 1972年
  Ash Ra Tempel – Jenseits 1972年
  Ash Ra Tempel – Sunrain 1976年
  Ash Ra Tempel – Ocean of tenderness 1976年
  Popol Vuh – Nicht hoch im Himmel 1972年



★ 癒しのヒーリングミュージック特集 part2 ★

1970年代のドイツ音楽 Popol Vuh  Ash Ra Tempel 
 

 ヒーリングミュージック、ambient musicの先駆者と言えば、ドイツのPopol Vuh、Ash Ra Tempelなどが挙げられます。
 当時は最先端の音楽でしたが、今でも45〜50年前の音楽とは思えません。


PDUのBest盤の裏ジャケット。教会でのライブ録音時の写真を使用。AguirreはA面の1曲目で、パンフルートの部分を除いてフルに収録されている。
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Popol Vuh - Aguirre I (L'acrime di rei) 1972年
https://www.youtube.com/watch?v=1u7vzaqITMA
Electric music、シンセサイザー時代のAmbientの傑作





Popol Vuh - Nicht hoch im Himmel  1972年
https://www.youtube.com/watch?v=k0xZdwHLngo
シンセサイザーに限界を感じたFlorian FrickeはAcoustic musicに転向。
同じ1972年に、ElectricとAcousticの両方からAmbient musicの先駆的な傑作を生んだのは奇跡的。





Ash Ra Tempel の1976年PDUのBest盤。
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B面1曲目にJenseitsの一部を収録。世界最先端だったDieter DierksスタジオのミキシングルームでのInventions for Electric Guitar制作時の写真を使用。
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Ash Ra Tempel - Jenseits 1972年12月 Tarot録音時に行われたライブ
https://www.youtube.com/watch?v=hXkp9P3xnNU
Klaus Schulze関連の作品の中でも数少ないAmbient系の傑作。





Ash Ra Tempel のPDU1976年ベスト盤のA面1曲目は、1973年の美しい異色作Starring RosiからのFairy Dance、B面のラストは同アルバムからSchizoで、これらもAmbient musicの色彩が強い名曲。
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1976年ベスト盤を編集したRolf Ulrich Kaiserは裏ジャケット に「私はPopol Vuhの音楽を Perlenklänge(真珠の音)、Ash Ra Tempelの音楽をCommunicationと呼ぶ」と記載しており、 KaiserがこれらのグループにAmbient musicの先駆的要素を発見していたとも考えられる。
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Ash Ra Tempel(Ashra) – Sunrain 1976年 映像付き
https://www.youtube.com/watch?v=5lkGs0QEFHM
Ohrとの契約が切れたAsh Ra TempelはフランスRCA傘下のIsadraと契約してNew Age of Earthをリリース。その後Virginと契約し、Ashraとして1977年に世界に向けて再リリースされた

Ash Ra Tempel(Ashra) – Ocean Of Tenderness 1976年
https://www.youtube.com/watch?v=GiehI0NDubw
New Age of Earthで最もAmbient musicに近い曲。





Popol Vuh, Ash Ra Tempelなど1970年代初頭のクラウトロックの本






posted by カンカン at 16:12| 神奈川 ☀| Comment(0) | ドイツのロック German Rock & Kosmische Musik Cosmic Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする