2020年09月28日

追悼ルイズルイス加部 ザ・ゴールデンカップスThe Golden Cups

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今日の1曲
 ザ・ゴールデン・カップス The Golden Cups/銀色のグラス Love Is My Life 1967年
  The Golden Cups / Got my mojo working 1969年
  PINK CLOUD / WASTED 1983年
  加部正義MASAYOSHI KABE - ONLY THE YOUNG 1983年
  加部正義Masayoshi Kabe – Hatsunecho 初音町 2015年


「ザ・ゴールデン・カップス」ルイズルイス加部さん死去 71歳、圧倒的なベースプレー武器に活躍
https://news.yahoo.co.jp/articles/4cc4435aa03c6e5d19a2c607a5fb82f63130a4ad


 また悲しいニュースが入りました。マモルマヌーさんに続いてゴールデンカップスのルイズルイス加部さんが亡くなりました。伝説のスーパーベーシストでした。今までたいへんな影響を受けてきました。思い出を振り返ってみました。

1979年ごろ
 ラジオで「グループサウンズベスト100」という人気投票がありました。子供のころ好きだったのが、タイガースとテンプターズとオックスでした。このラジオを録音して、初めてゴールデンカップスを知りました。驚いたのは「銀色のグラス」の速いスピードのベースです。ベスト100にカップスは4曲入っていてこのカセットは宝物になりました。2位がテンプターズの「エメラルドの伝説」で、これも初めて聞いて感動しました。

 ネットのない時代は情報が少なく、雑誌POPEYEの「1960年代特集号」で「銀色のグラスのベースにみんなびっくり仰天した」、また1981年の「グループサウンズ最高!」という本にも「銀色のグラスのベースにはハッとするようなカッコよさがあり、ゴールデンカップスが伝説となっているのもわかる」という記述がありました。また鈴木いずみの小説にも書かれていました。

ルイズルイス加部の自伝「気ままに生きる」より「銀色のグラス」の記述
https://www.berrys-cafe.jp/pc/book/n730755/30/
「気ままに生きる」によると、村八分のチャー坊が山口冨士夫とバンドをやろうとルイズルイス加部を誘ったが、ジョニー・ルイス&チャーが決まっていたので実現しなかった。

ザ・ゴールデン・カップス The Golden Cups/銀色のグラス Love Is My Life
https://www.youtube.com/watch?v=cyZRRMr85s4

エメラルドの伝説/ザ・ゴールデン・カップス(カバー)
https://www.youtube.com/watch?v=55tLTdUcw5s
1969年4月10日発売のオムニバスアルバム「なかにし礼作品集・四つの明星」より。ルイズルイス加部のチャンネルに登録されている。加橋かつみも1971年のライブでこの曲を歌っていた。



 

1982年か1983年ごろ
 ルイズルイス加部のいるピンククラウド(ジョニー、ルイス&チャー)のライブを本多劇場に見に行きました。当時ジョニー、ルイス&チャーは「かっこいい」日本のロックバンドの王道でした。

PINK CLOUD / WASTED 1983
https://www.youtube.com/watch?v=HYElwr4V_MI
ピンククラウドといえば自分はこの曲。2年前の下北沢ガーデンでのジョニー吉長追悼ライブで、ルイズルイス加部が飛び入りで参加しこの曲を演奏したとのこと。 





1983年
 4月から山口冨士夫のライブに行く。1976年にルイズルイス加部とリゾートというバンドを作ったという情報を知る。6月ごろ加部正義名義のソロアルバム「MOON LIKE A MOON」が出て、ベースでなくギターを弾いていたが、ピンクフロイド的な音もある素晴らしいアルバムだった。

加部正義MASAYOSHI KABE - ONLY THE YOUNG
https://www.youtube.com/watch?v=cCIOYpRN0DA
アルバム最後の曲。ジャケットのイラストも本人によるもの。





1984年
 夏、「ゴールデンカップ」など本牧を訪ねる。本牧の住宅街にあったクーラーのない小さな図書館で休んだのが懐かしい。
 1984年の終わりごろ、カップスの「スーパーライブセッション」を入手し、LPの1曲目「モージョワーキン」のジャズのようなランニングベースに驚く。

The Golden Cups / Got my mojo working -
https://www.youtube.com/watch?v=UuDrdz86bVQ





浅草リバーサイドフェスティバルのパンフレットより
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1986年
 野外フリーの浅草リバーサイドフェスティバルで、再びピンククラウドのライブを見る。小雨だったと記憶しています。
 このころ、ミッキー吉野さんからサインをもらい、六本木「ゴールデンカップ」でデイブ平尾さんと握手してもらう。

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1992年
 ルイズルイス加部は、テンプターズの大口広司、フラワートラベリンバンド篠原信彦とともに山口冨士夫の「Atmosphere」に参加し、4月12日に川崎クラブチッタでライブを見ることができました。





1993年
 8月14日横浜寿町のフリーコンサートで、パワーハウスのチーボー、陳信輝、ピンククラウドのルイズルイス加部、ジョニー吉長によるバンドのライブを見ました。最後の曲はクリームのクロスロードでした。その後に、山口冨士夫がアコーティックギターだけで出演。

1998年
 日本のニューロックのCD再発が始まり、伝説のフードブレインやスピードグルー&シンキを聴けるようになりました。

Liver Juice Vending Machine - Food Brain
https://www.youtube.com/watch?v=xWVzVXW3P9s
1970年





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1999年
 ゴールデンカップスが取り上げられた「天使はブルースを歌う」を読む。






2003年
 ゴールデンカップスのコンサートを初めて横浜パシフィコで見る。ゴールデンカップスは31年ぶりの再結成で話題になっていた。


映画「ワンモアタイム」の半券とチラシ
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2004年
 ゴールデンカップスの記録映画「ワンモアタイム」を見る。初めて「愛する君に」「I'm So Glad」の全盛期の映像を見て驚く。映画館でマモルさんからサインをもらう。

The Golden Cups-I'm So Glad (1968)
https://www.youtube.com/watch?v=IrXJ3vpvKww

2006年
 夏、本牧ジャズ祭の帰りにバスを降りて、初めて「ゴールデンカップ」に入る。ピザを頼んでジャズを聴いた。

2014年
 横浜高島屋に「ゴールデンカップスの時代展」を見に行く。エディ藩さんにサインをもらう。

2017年
 幻だったリゾートの音源が発売される。

リゾート(山口冨士夫&加部正義)  / One more time (Them cover) live 1976
https://www.youtube.com/watch?v=LhzznWdoQRw





加部正義Masayoshi Kabe – Hatsunecho 初音町
https://www.youtube.com/watch?v=1RdJ2ygIZ3g
2015年.加部正義作曲


 今回振り返って、ルイズルイス加部のライブには40年間で5回も行っていたことがわかりました。これは山口冨士夫の9回に次ぐ回数でした。加部さんが武相高校3年生のとき2年生で1人だけマモルさんが加部さんたちのグループに入ったそうです。
 今までありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。





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エディーさんのサイン




2020年09月24日

追悼 ジュリエット・グレコ RIP Juliette Gréco



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今日の1曲
 ジュリエット・グレコ Juliette Gréco - 街角 Coin de rue
 Juliette Gréco - La Javanaise


ジュリエット・グレコさん死去 仏シャンソンの大御所
https://www.asahi.com/articles/ASN9S2H3GN9SUHBI004.html?iref=comtop_photo


グレコ自身の選曲による2015年の62年間の集大成ベスト盤



 フランスの歌手、ジュリエット・グレコが93歳で亡くなりました。1950年代から1960年代まで日本ではシャンソンもたいへん人気がありました。グレコはアイドルで、かつフランスやパリを象徴する文化人として1961年の初来日では国賓並みの扱いを受けたそうです。そこでジュリエット・グレコという名前だけは子供のころからよく聞いていました。

1961年初来日時の写真(1965年来日パンフレットより)
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726ページの大作「シャンソンのアーティストたち」でもグレコに最大のページがとられている。



 1983年にシャンソン喫茶の銀巴里でウェイターをしたのがシャンソンに関心を持ったきっかけでした。美輪明宏さんは、小学生時代からの憧れがSP盤で聴いたエディット・ピアフだったので、グレコは歌っていなかったと思います。しかし、多くの歌手がグレコやジャック・ブレルを目標にしていました。

 まだ動画が貴重だった1992年にVHSビデオ「シャンソン・フランセーズ / ジュリエット・グレコ / 街角」を買いました。それまでに持っていた1960年代のRolling Stones、James Brown、Doorsや1973年のGenesisのビデオと同じぐらい1950年代、1960年代のグレコは「かっこいい」と思いました。

 James Brownが「動」の極みとすると、Juliette Gréco は「静」の中に「動」が隠れているイメージでした。そこで、6800円もしましたが、予備にもう1本ビデオを電話で注文したところ「残念ですが品切れです」と言われました。


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25pLP「枯葉」

 1949年にデビューしたジュリエット・グレコは、世界初のビジュアル系かつ社会派シンガーとも呼べるかと思います。グレコはサルトルなど実存主義者たちに支持されてサン・ジェルマン・デ・プレのミューズと呼ばれ、写真がライフ誌に掲載され有名になりました。グレコはジャズが好きでマイルス・デイビスと恋人になりましたが、マイルスから自分と一緒にいてはいけないと言われ、別れることになりました。1954年にグレコはまだ無名だったジャック・ブレルの「OK悪魔」という反戦歌を歌うようになりました。

ジュリエット・グレコJuliette Gréco / 街角Coin de rue  
https://www.youtube.com/watch?v=0M3ksNml--M
1950年代末期と思われる。VHSビデオにも収録されビデオのタイトル曲となった映像。





Juliette Gréco - Moulin Rouge
https://www.youtube.com/watch?v=cg0VlriQaYs
1950年代のかっこいい画像が多く登場。

Si Tu T'Imagines - Juliette Gréco (Tokyo, 1961)
https://www.youtube.com/watch?v=zcrujIHaNiU
1961年初来日。厚生年金会館の貴重映像。

 
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 無名時代のSerge・Gainsbourgもグレコに憧れ、グレコに捧げたのがゲーンズブールの最高傑作とも言われるラ・ジャヴァネーズ。グレコの生涯通じての代表曲の一つとなりました。

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Juliette Gréco "La Javanaise"
https://www.youtube.com/watch?v=GEpaVG3As-c

Ibrahim Maalouf & Juliette Gréco - La Javanaise  Live 2014
https://www.youtube.com/watch?v=t9fpMy5iE0I
87歳とは思えないオランピア劇場でのライブ。この後の来日公演がグレコの最後の日本でのコンサートになった。



1996年来日時のパンフレットと曲目
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2列目で見ることができた
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 1996年に1度だけグレコの来日コンサートを相模大野で見ました。
 そのときもグレコは、街角とラ・ジャヴァネーズを歌いました。
 ありがとうございました RIP

グレコの自伝



国内ベスト盤25pLP
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posted by カンカン at 15:24| 神奈川 ☁| Comment(0) | シャンソン〜70年代フレンチポップス French Pops | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月22日

追悼岸部シロー ザ・タイガース

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ファンクラブ限定と思われるシングル盤 あわて者のサンタ


今日の1曲
 ザ・タイガース / ハートブレイカー 1970年ライブ
 ビー・ジーズ Bee Gees/若葉のころFirst Of May



シローが加入した後期タイガース



 またGS関連、ザ・タイガースの岸部シローさんが亡くなってしまいました。
 タイガースは40年程前に全シングル盤を集めるほど好きでした。LPも最後の解散ライブが虎模様のカラーレコードで、リーフレットなども豪華でした。
 

ザ・タイガース /ハートブレイカー ライブ
The Tigers / Heartbreaker (GFR cover)
https://www.youtube.com/watch?v=zGAVr41IuLM
伝説の1970年田園コロシアム野外ライブ。このころすでに解散することが決まっていたため、鬼気迫るライブになったという。岸部シローがサイドギター、森本太郎がリードギターを担当。





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山野楽器の写真展。初めてタイガース・アゲインのLPを見たこと、会場の司会者の人が「みなさんが持っていないレコードもあるかもしれません」と言っていたことを覚えている。


 タイガースは1982年の同窓会ライブ(ピー不在)、2012年の沢田研二のタイガース実質再結成ライブ(トッポ不在)をいずれも武道館で見ました。2013年には6人全員揃った完全再結成ライブを東京ドームで行いました。
 2012年1月25日のブログで2012年ライブのレポートを書きました。

[感涙 ザ・タイガース コンサート at 武道館 2012年1月24日]
http://soleluna.seesaa.net/article/248405402.html

 2012年のライブのときは、シローさんは兄の岸部一徳さんに押されて車いすで登場し、闘病の中で自虐ネタのギャグを連発して笑わせ続け、すごい人だと思いました。 
 ご冥福をお祈りいたします。









ビー・ジーズ Bee Gees/若葉のころFirst Of May (1971年)
https://www.youtube.com/watch?v=hFDc_TmY4TE
2012年1月のタイガース再結成ライブの千秋楽、解散からちょうど40年ぶりの武道館公演で、岸部シローが車いすで座って歌った名曲。





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2020年09月10日

追悼マモルマヌー ザ・ゴールデンカップス

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1967年7月15日発売のデビューシングル「いとしのジザベル」


今日の1曲
 ゴールデン・カップス / 愛する君に
 ゴールデン・カップス / グロリア
 ゴールデン・カップス / もう一度人生を
 ゴールデン・カップスThe Golden Cups / Let me love you


 ホームセンターで、歌謡ヒット曲集などと並んでゴールデンカップスの廉価CDを初めて見ました。ゴールデンカップスは改めて一般にも凄い人気だったんだなと思っていたところ、マモルマヌーさんの訃報を新聞で知りました。

 今年の4月23日のジャッキー吉川さん追悼のブログでも書いたように、2003年に横浜でゴールデンカップスのライブを見ることができました。そして、2004年、ゴールデンカップスの記録映画「ワンモアタイム」のロードショーのときに、「今、マモルマヌーさんが来場されていて、サイン会を行います」とアナウンスがあり、サインをもらうことができました。

 以前、山口冨士夫がダイナマイツの解散後に、ドラムがマモルマヌー、ギターとキーボードが成毛滋で4人のバンドを作る予定だったという記事(日本のロック体系・白夜書房)を読みました。それが事実だったのかをサインのときに尋ねたところ、マモルさんが笑顔で「本当ですよ」と答えてくれました。





ゴールデンカップス「愛する君に」1968年 テレビライブ
https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=X4SmagtyIe4&feature=emb_title
1968年9月1日発売「愛する君に」の驚きのカラー映像が登場。マモルマヌーのドラムはグルーブ感がある。


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マモルマヌーさんのサイン

 
 ゴールデンカップス「スーパーライブセッション」の赤盤LPを買ったのは30年ぐらい前でした。これが日本のバンドか?!と40年前に初めて聞いた「銀色のグラス」以来の衝撃を受けました。特にB面の1曲目「Gloria」イントロのマモルマヌーのドラムの深くえぐる重い緊張感は何かの儀式のようでした。ゴールデンカップスは「ゴールデンカップ」でベトナムに向かう米軍兵のために演奏していました。

ゴールデンカップス / グロリアGloria (Them Cover)
https://www.youtube.com/watch?v=fMAfO2DojX4
ゴールデンカップスの実力が世界レベルだったことを証明するLP「スーパーライブセッション」(ライブハウス・ゼン)より。リードボーカルは父がアメリカ将校で、自身も兵役に服したケネス伊東。最後の曲「ゼンのブルース」ではパワーハウスの柳ジョージと陳信輝が参加。





ザ・ゴールデン・カップス もう一度人生を 
https://www.youtube.com/watch?v=5eC53-F2tcE
ゴールデン・カップスの傑作の一つと評価されている名曲。マモルマヌーの名唱。





ザ・ゴールデン・カップスThe Golden Cups Let me love you (Jeff Beck Cover)
https://www.youtube.com/watch?v=65IGqwrAyDE
ルイズルイス加部がギターで、ハードロック寄りのサウンドが炸裂する渋谷公会堂でのライブ「ゴールデンカップスリサイタル」より。本家ジェフ・ベックより凄いのでは。「スーパーライブセッション」の発売が1969年8月1日、「ゴールデンカップスリサイタル」の発売が10月10日。2か月でライブ盤2枚というのはとてつもない。世界でもトップクラスだったのではないか。このアルバムを最後にマモルマヌーが脱退。

 全盛期のグループサウンズをライブハウスでたくさん見た人が、ゴールデンカップスが一番ずば抜けていて突き刺さるような音だったと言っていました。
 マモルマヌーさんのご冥福をお祈りします。


マモル・マヌー 夕陽は傷だらけ
https://www.youtube.com/watch?v=QKw0aApCWJc
ゴールデンカップス脱退後のシングル。筒美京平作曲。
Rare BirdのSympathyからの影響を感じるドラマティックな曲と歌。





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2020年09月01日

癒しのメロトロン Mellotron ドイツ編 Wallenstein Jürgen Dollase 再び

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Cosmic Music [Gilles Zeitschiff]の付録ポスター
Jürgen Dollaseがメロトロンを使用したWitthuser und Westrupp、Wallenstein、Sergius Golowin



今日の1曲
  Witthuser und Westrupp - Die Schlusselblume 1972年
  Sergius Golowin - Die weisse Alm 1972年
  Walter Wegmüller / Der Weise 1972年〜1973年
  Wallenstein / Song Of Wire 1973年
 Wallenstein - Dedicated to Mystery Land 1973年ライブ 


 7月の長雨に続き、8月の猛暑も終わりそうな気配がしてきました。台風で大きな被害が出ないことを祈るばかりです。コロナについても、日本でも外国でも少しずつですがコンサートの告知が出るようになってきました。

 久々の「癒しのメロトロン」はドイツ編、すでにブログ「カテゴリー:メロトロン」で紹介したWallenstein、Cosmic JokersのJürgen Dollaseです。彼は幼少からピアノを学び、普段からベートーベンを弾き、セミプロとしてバーでピアノなどを演奏していました。

 Wallensteinの1stから3rdの歌詞には直接的、暗喩的にベトナム戦争が書かれ、メロトロンにも重い時代背景があります。Jürgen Dollaseの幽玄の美学ともいうべきメロトロンをもう一度振り返ってみました。


[1971年]


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Blitzkrieg時代の写真:左からHarald Grosskopf Wolfgang Steinicke Jürgen Dollase

 最初期のWallensteinはBlitzkriegというバンド名で、現在は有名な天文学者Wolfgang Steinickeがギターを担当していました。Blitzkriegの名のイギリスのバンドがあったため、Wallensteinに変更しました。

 Wallensteinの1stから8thは、Scorpionsで世界的に著名なプロデューサーDieter Dierksスタジオで制作。Scorpions以前、WallensteinはDierksが最も力を入れて最初に成功したバンドでした。WallensteinのメロトロンM400はDierksスタジオのもの。

 1971年に加入したギタリストのBill Baroneによると、DierksスタジオでWallensteinの1st録音の際、M400をJurgenが弾くときに自分がチューニングしたそうです。BaroneもMellotronが好きで、Moody Bluesのファンとのこと。

Wallenstein / Audiences [Blitzkrieg]
https://www.youtube.com/watch?v=jTHoKm0jD9o
1971年録音の1stアルバム最後の曲。6:10からラストまで、暗黒に光が射すようなストリングス・メロトロン。VocalはJerry Berkers。ベトナム戦争現地でバンド演奏の際にダンサーの銃殺と銃撃戦を体験し、そのトラウマから後にコカインで死亡。






[1972年]

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左から Bill Barone Harald Grosskopf Jürgen Dollase Jerry Berkers 
オムニバスLP「Rapunzel」より


 Wallenstein の2nd、Mother Universeは、1972年8月のフランスの音楽誌で月間ベストアルバムに選出。ドイツ本国以外で高く評価されたドイツロックの最初のLPといえます。このころはKraftwerkもTangerine Dreamも外国ではまだ無名で、Can、Amon Duul 2がイギリスで発売されていた程度でした。

Wallenstein / Mother Universe
https://www.youtube.com/watch?v=E_ATd5vRvWk
1曲目。1:12からストリングス・メロトロン。5:07「天国への階段」の影響と思われる転調を経て、ラストまでメロトロンが響き渡る。Jerry Berkersの生前葬ともいえる深い歌詞。

Wallenstein / Mother Universe 歌詞Lyrics
https://lyricstranslate.com/ja/wallenstein-mother-universe-lyrics.html





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Witthuser und Westrupp / Bauer Plath の内ジャケットのJürgen Dollase


 1972年6月には、同じPilzレーベルのフォークデュオWitthuser und WestruppのBauer PlathにBerkersベース、Harald Grosskopfドラムス、Dollaseキーボード・メロトロンがゲストで参加しています。

Witthuser und Westrupp - Die Schlusselblume [Bauer Plath]
https://www.youtube.com/watch?v=d-GewRK3bgE
冒頭から鈴のようなサウンドの背後のストリングス・メロトロンはまさに幽玄の美学。後半はMother Universeに匹敵する名演。





 さらにDollase、Berkers、Grosskopfは、Ohr、Pilzレーベルから選抜されたCosmicセッションに1972年から参加。Klaus SchulzeやManuel Gottschingらとセッションを重ねます。

Sergius Golowin - Die weisse Alm  [Lord Krishna von Goloka]
https://www.youtube.com/watch?v=ZUclO6TwqIo
Dollase作曲。Witthuser und Westruppのツインアコースティックギターと癒しのコーラス・メロトロン。 





Sergius Golowin - Die weisse Alm 別ヴァージョン [The Cosmic Jokers / Gilles Zeitschiff]
https://www.youtube.com/watch?v=QAv5ds6Kt48
9:45からDie weisse Almの別Mixで、ウインドチャイムとDollaseの語りが加えられている。この曲の前後は、Timothy Leary+Ash Ra Tempel / Seven Up。全般にKlaus Schulzeのシンセサイザーが使用された。





Walter Wegmüller / Der Weise  [Tarot]
https://www.youtube.com/watch?v=j7sV9byAAjY&list=OLAK5uy_mK2tTYWP8rE7TV0qKAGqelbB0lUuFACds&index=10
TarotアルバムでKlaus Schulze自身が詞を朗読する異色作。0:36、3:31のDollaseのコーラス・メロトロンに癒される。

Walter Wegmüller / Die Zerstörung  [Tarot]
https://www.youtube.com/watch?v=2BhPg6VoPRc&list=OLAK5uy_mK2tTYWP8rE7TV0qKAGqelbB0lUuFACds&index=18&t=0s&fbclid=IwAR3WYAZPkTBbK6exjfVRMM_AT1AxqRvAGJNqx3oFFV2tIhi0GHAX4InE2xc
ピアノ、ストリングス・メロトロンにコーラス・メロトロンが加わる陶酔の音。2枚組LPのC面の最後で、D面の大曲への導入部となる。






[1973年]


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「BRAVO LP」と印字されたWallenstein / Cosmic Centuryの2ndプレス。


Wallenstein - Dedicated to Mystery Land (1973)ライブ [Mother Universe]
https://www.youtube.com/watch?v=6ZIq2m9OCWQ
Wallensteinの当時の人気を証明するスイスTVでの驚愕のカラー映像。ボーカルだったベースのBerkersは精神に異常を来して脱退し3人で演奏。イントロで、Tangerine DreamやCosmicセッションからの影響と思われる効果音を使用。

 1973年4月〜7月ごろのDierksスタジオでのThe Cosmic JokersのセッションではGalactic Supermarketで、Dollaseがコーラスメロトロンを大胆に使用しました。

The Cosmic Jokers / Kinder des alls [Galactic Supermarket]
https://www.youtube.com/watch?v=e_icIBkF5CA
DollaseのコーラスメロトロンにKlaus Schulzeのシンセサイザー、 DollaseのPianoが絡む。Tangerine Dreamの全盛期にも匹敵するCosmic musicの傑作。





 Mother Universeで勢いを得たWallensteinは、3rdアルバムCosmic Centuryを発表。1973年11月にドイツで月間ベストアルバム「BRAVO LP」に選出されています。Song Of WireではCosmic セッションで発見したコーラスメロトロンを大々的に使用。

Wallenstein / Song Of Wire [Cosmic Century]
https://www.youtube.com/watch?v=-Qa-XHc9cV4
6:36コーラスメロトロン。7:20からラストまでが、Baroneのギターと絡むDollaseのメロトロンの最後の輝き。

Wallenstein Symphonic Rock Orchestra / Silver Arms (オーストリアTV, 1973) [Cosmic Century]
https://www.youtube.com/watch?v=t1G8OEPqTus
これもWallensteinの当時の人気を証明する貴重なカラー映像。2:13でバックにメロトロンを使用。





 Wallenstein、Jürgen Dollaseの「癒しのメロトロン」もまたベトナム戦争の終結とともに役割を果たしたと思えます。Wallensteinは4thでメロトロンの使用を止め、1977年から1981年までメンバーを変え、ポップバンドとして別の道を歩むようになりました。

Wallenstein-Charline 1978
https://www.youtube.com/watch?v=iGCjzXVPgtQ
ドイツで17位にランクされたヒット曲。


1970年代初期のドイツロックを網羅した著作



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posted by カンカン at 23:46| 神奈川 ☁| Comment(0) | メロトロン Mellotron  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする