2020年05月31日

癒しのメロトロン イギリス編 グレイシャスGracious 1stアルバム 1970年

P1370798.JPG
1970年ワイト島でのGraciousのメロトロンMKU(鍵盤の左・右半分で違う音が出る)


今日の1曲
  Gracious / Heaven 1970年
  Gracious / The Dream 1970年


 やっと緊急事態宣言が解除されましたが、コンサート、音楽フェスティバル、イベント、カラオケなどはまだ回復できません。
 いままで当たり前だと思っていたことが、いかに有難かったかを感じます。

 今回の「癒しのメロトロン」はイギリス編で、1970年のGraciousの1stアルバムを振り返ってみました。Gracious は1969年のKing Crimsonからの影響を受けてポップバンドから音楽性を変えています。

 King CrimsonのEpitaph、In the court of the Crimson King(イアン・マクドナルド)や1970年のIn the wake of Poseidon(ロバート・フリップ)のメロトロンが世界の最高峰であることは, 多くが認めているところだと思います。

 イアン・マクドナルドがベトナム戦争の惨状を見た衝撃からKing Crimsonができたと言われており、ピート・シンフィールドの「混乱は我が墓碑銘」というEpitaphの歌詞とともにそのメロトロンは悲壮感に包まれた厳粛なものです。


P1370810.JPG
1970年の日本盤のグレイシャスの帯。「結果として生まれたサウンド。それがグレイシャスのクラシックロックですよ」と書かれている。
 
 King Crimsonの1stのメロトロンの使用が3曲で全面的だったのに対して、Graciousの1stでは2曲で、しかも2カ所で部分的にしか使用されていません。しかし、そこではメロトロンMKUの吸い込まれるような陶酔的サウンドを聴くことができます。

 メロトロンの「普及版」M400でさえ日本で1974年に約100万円でした。1960年代に高級楽器として開発されビートルズ、キング・クリムゾンなどしか所有できなかったMKUをたった2カ所だけ自分たちの真の心の「癒し」のために使用した印象を受けます。


Gracious / Heaven
https://www.youtube.com/watch?v=CBW61eKBTHU
1:07からまさに天国のようなメロトロンがオルガンに絡む。

Gracious / The Dream
https://www.youtube.com/watch?v=uSl2O-Nso7g
8:01からのメロトロンが本アルバムの最大の聴きどころ。

Gracious / Introduction
https://www.youtube.com/watch?v=53Vs5rn9W1I
アルバム1曲目の冒頭はEkseptionのようなチェンバロが美しい。

 Graciousの1stアルバムは、もともとビートルズを目指して書き溜められた小曲集が、キングクリムゾンの大曲主義とメロトロン、ナイスなどのクラシックから引用する手法などからの影響で再構成されたように思えます。

 



Gracious ‎- Once On A Windy Day (1970)
https://www.youtube.com/watch?v=jQ4nVUD-fyE
LP未収の1970年のシングルは、フルート、ストリングスのメロトロンが使用された佳曲。


 ELPがデビューした1970年のワイト島フェスでのGraciousのMKUの貴重映像が発掘。曲は1971年の2ndアルバムに収録されるSuper Novaと思われます。2ndでのメロトロンは1stアルバムと異なり、全面的かつ攻撃的なタッチで使用されています。

Gracious at the 1970 Isle of Wight Festival
https://www.youtube.com/watch?v=sbf_5kV73I8
13:15から癒し系のストリングス・メロトロンが聴かれる。


 ビートルズ、キング・クリムゾンとともにグレイシャスのMKUはブリティッシュロックの記憶に残るでしょう。


MKU、M400などのメロトロンの歴史が語られるDVD



P1370751.JPG



posted by カンカン at 22:31| 神奈川 ☁| Comment(0) | メロトロン Mellotron  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月13日

音楽の夢 〜 追悼 Kraftwerk フローリアン・シュナイダー 〜 癒しのフルート

P1370216.JPG
LP Ralf & Florianのジャケット裏側の写真 1973年の伝説のKling Klangスタジオ


今日の1曲
  Kraftwerk  Tongebirge 1973年
  Kraftwerk  Tanzmuzik Live 1973年
  Kraftwerk  Autobahn 1974年


Michael Rother (Kraftwerk, NEU! Harmonia)による追悼文
フローリアン・シュナイダーのフルートの魅力についても触れている。
https://www.uncut.co.uk/features/blogs/read-michael-rothers-eulogy-to-florian-schneider-126501/?fbclid=IwAR0e1dSd7HBHNJduV1ZHkxNWfEOlE4cmGTyFW5s996YvWp6ax7N9xgjrrPY


 Kraftwerkのフローリアン・シュナイダーが亡くなりました。Kraftwerkは「テクノのゴッドファーザー、テクノのローリングストーンズ」とも言われますが、私がクラフトワークで最初に買った3rdアルバムRalf & Florianは、まだMini Moogなどを使用せず、フルートの響きが美しいサウンドでした。

 少ない小遣いで買ったレコードは宝物でしたので、思い出深いです。
ノートによると1975年7月31日に西武渋谷B館地下1階にあったCiscoの前身Be-inで、ドイツ盤のRalf & Florian、同時にアメリカ盤のNEU! 75も買っています。

 これらは、BeatlesのLet it beから数えて14番目、15番目ぐらいの自分で買ったLPだったと思います。クラフトワークの1st〜3rd、ノイはまだ国内盤は出ていませんでした。初めて国内盤のクラフトワークのアウトバーンが出た頃です。

Be-inからの Ciscoの歴史を初めて知ることができた本



 当時、クラフトワークの情報は、ほぼ皆無でした。
 雑誌Music Lifeで、以下の記事を読んだだけでした。

  ダモ鈴木「クラフトワークって人気があったんだ。もう解散しちゃったけどね」1973年
  エノ(イーノ)「ノイ、ハルモニアなどドイツのグループが素晴らしいです」 1974年 

最初のKraftwerk研究書の出版は1999年。Neu!との関係などが解明された。



 LPを買うきっかけは、1975年6月に買ったTangerine DreamのPhaedraの解説です。このライナーは素晴らしいもので、間章はドイツロックを体系的に紹介し、その分類の中でこう書いています。

  「ノイ クラフトウエルク (どちらも二人だけのグループで電子機器と様々な楽器によって実験的即興演奏を行う注目すべき音楽性をもつ)」





 初めて入ったBe-in で、Ralf & FlorianとNEU! 75だけみつかりました。Be-inのレコード袋は黒い紙だったと記憶しています。輸入盤は初めてでした。Be-inでは、その後10月に「アモン・デュールU / 狼の街」の国内盤を買いました。3枚とも素晴らしかったのでBe-inは良き思い出です。買った時を想像すると、癒される気持ちになります。

1970年代前半と思われる渋谷西武Be-inの広告。レコードだけでなくヒッピームーブメントの関連商品を扱っていたことがわかる。レコード袋には右下のロゴが印刷。
P1370276.JPG


 Ralf & Florianは特大ポスター付きで音も素晴らしく、2人の写真は(このときは)好青年、他方NEU! 75は最初は音にがっかりし、写真も病人のようでした。
 しかし1976年に聞いた回数は、NEU! 75とFocus / Hamburger Concertoがトップで、Focus / Moving Wavesが3位、Ralf & FlorianとPhaedraが5位でした。初めはいい加減な音楽と思ったNEU! 75のHeroの細部の凄さに引き込まれました。後にデビッドボウイがHeroesを作るきっかけになるとは想像もつきませんでした。

 ベトナム反戦など反体制活動が世界で最も過激だったドイツで、Kraftwerkもまたその音響上の活動体であると自認していました。
 1972年までの作品や、ライブ音源、後のNEU!の2人とフローリアン・シュナイダーの3人によるライブ映像などでは過激な電子ノイズとドラムスが中心になっています。


1971年〜1972年のRalf不在の激動期も詳しく解明された本。



 しかし、Ralf が復帰した1973年のRalf & Florianは、理想郷を求めるようにLP全てがクラシックに通じる穏やかさに包まれています。Moogシンセサイザーの先駆者から1972年にアコースティック路線に転換し、当時絶賛されたPopol VuhのHosianna Mantraからの影響も感じられます。
 
 そこで、フローリアン・シュナイダーへの追悼として、思い出深い3rdアルバムRalf & Florianの全曲を、45年前の記憶を辿りながら振り返ってみました。
 その中から、癒しのフルートの曲を思い出してみました。


Kling Klang スタジオのイラスト(Ralf & Florian付録ポスターより) 
P1170091.JPG


Kraftwerk / Ralf & Florian 全曲
https://www.youtube.com/watch?v=YMdd1B9Q1wg

0:00 A面1曲目 Elektrisches Roulette 
 1975年、冒頭のエレクトロニクスの音は全く斬新だった。しかしフルートの主旋律は親しみやすく、表現はコミカルだった。この1か月前の6月30日に買ったベルリンのTangerine Dream / Phaedraの内宇宙に向かうシンセサイザーの世界とは全くアプローチが異なっていた。この音こそがベルリンの壁で閉鎖された中と外の違いなのだろう。

4:24 A面2曲目 Tongebirge 
 続く2曲目で完全にKraftwerkの世界に引き込まれた。癒しのフルートとシンセサイザーの共演は、他に類のないオリジナリティー。今聴いても新しい。Tangerine Dream / Alpha Centauliのフルートからの影響も感じる。Florianはクラシックの学校でフルートを学んだ後に、1960年代はジャズのバンドでもフルートを吹いていた。

EmilによるElektrisches Roulette, Tongebirgeのイメージイラスト、譜面
P1170075.JPG

7:17  A面3曲目 Kristallo
  2曲目からリズムの入った3曲目への展開が見事で、このLPを買ってよかったと心底思った。エレクトリックチェンバロとも言えるキーボードとシンセリズムの絡んだ音は聴いたことがなかった。ビートルズの影響を感じるテープの逆回転も新しかった。それまで聴いていたELPなどのProgressive Rockの音楽性とドイツのそれは全く異なっていた。

13:37 A面4曲目 Heimatklange
 A面ラスト4曲目は再び動から静へ戻り、ピアノとフルートの曲で癒される。それはB面への導入部とも言える。1st、2ndの過激な音から離れた穏やかな音と曲構成は、Popol VuhのHosianna Mantraからの影響を強く感じさせる。

17:21 B面1曲目 Tanzmusik
 このLPの中核になる曲。この曲は国内盤がなかったにもかかわらず、当時DJで人気No1だった落合恵子のラジオ番組のテーマソングに使用されていて驚いたが、違和感がなかった。Kraftwerkの音楽が革新的でありながら普遍性があったのはメロディーが美しかったからに他ならない。この曲のリズムのサウンドは次作アウトバーンへの布石となる。タイトルは「ダンスミュージック」。CanはJames Brownからの影響を公言しているが、Canの後輩になるKraftwerkも黒人音楽の影響を受けていたのであろう。KraftwerkがHiphopにまで影響を及ぼすとは1975年には想像もつかなかった。

24:00 B面2曲目 Ananas Symphonie
 Tanzmusikの緊張感から解放されたこの曲は、45年前はほとんど聴かなかった。イラストのポスターでは南国の海をイメージしていた。今回初めて最後まで聴いたが、1st、2nd にで聴かれた過激な実験的ノイズから離脱した脱力的な音楽であり、ベトナム反戦などの時代背景からの決別とも感じられる。初めてヴォコーダーを使用した曲。

★ Kraftwerk / Tanzmusik 1973 Live映像
https://www.youtube.com/watch?v=UIbSkw4yvec
Ralf & FlorianのB面1曲目Tanzmusikのライブ。A面最後4曲目Heimatklangeをイントロに置いて、フルート入りにした渾身のアレンジ。3人目のメンバーが電子ドラムを初めて使用したライブであり、Autobahnへの架け橋となる歴史的な貴重映像。


〜 Kraftwerk / アウトバーンAutobahn 〜


 1975年7月にRalf & Florianを買った前後に、クラフトワーク4枚目の作品アウトバーンの国内盤が発売されました。幸運なことにFMラジオでアウトバーン全曲の放送を録音でき、そのカセットテープは宝物になりました。
 アウトバーンのLPを買ったのは1977年12月8日で、青いジャケットのイギリスVertigo盤でした。今はオリジナルドイツVertigo盤よりもそちらの方が公式ジャケットになっているようです。

 アウトバーンは良曲ばかりで、A面に大曲を置く構成は、Tangerine DreamのPhaedraからの影響が感じられました。
 先週体調を崩し非常に苦しい状態に陥りました。そこで、昔、何回も聴いたアウトバーンについても、癒しの観点から45年ぶりに聴きなおしてみました。


Kraftwerk / Autobahn (2009 Remaster)
https://www.youtube.com/watch?v=vkOZNJYAZ7c&t=1165s
1:18 テクノの夜明けとも言えそうな美しいテーマ
3:21 グルーブ感のあるシンセサイザーリズムはPhaedraからの影響と思われる 
3:30 この曲では序盤でのみ、癒しのフルートが使われている。
8:15 ここからメロディーのない鋼鉄のビート。Man Machineの始まり
14:30 前作Ralf & Florianのキーボードの音
16:50 スローからアップテンポへ。ラストまで美しい展開。
19:00〜19:30 個人的にはKraftwerkの最高到達点。リズムはNEU!のFür immerそのもので、初期Kraftwerkに与えたKlaus Dingerの影響を感じさせる。ダモ鈴木もKlaus Dingerの存在が際立っていたと言っていた。KraftwerkはAutobahnの世界ツアーにMichael Rotherを誘ったがRotherはNEU! Harmoniaの活動を優先させたという。

 Autobahn のB面の「大彗星」はPart1で半分に落としたスピードをPart2で元に戻すというもので、これもNEU!2からのアイディアといえます。最後は朝の散歩というフルートの穏やかな音楽だったと記憶しています。




 1976年8月3日にKraftwerkの1st、2ndのドイツ盤を購入。カラーコーンを使った赤と緑の素晴らしいジャケットでした。しかし、メロディアスな3rd、4thを聴いた後にこれらを聴くと極めて実験色が強く、メロディーがないため、ほとんど聴きませんでした。
 ただ1st、2ndとも1曲目はRuckzuck、Kling Klangという後のテクノリズムの原型となる重要な曲が収録されています。

 最後に買ったクラフトワークのLPは5thアルバム放射能でした。
 
Kraftwerk - Radioactivity
https://www.youtube.com/watch?v=M0D7MBBI2Ik
RadioactivityのLPからはこの曲だけ繰り返し聴いた。2:00から2:40までメロトロンのようなコーラスの和声進行に癒される。モールス信号のようなサウンドを担当しているのがフローリアン・シュナイダー。




 
 クラフトワークの1stから5thまでのLPは深い記憶に刻まれています。

 RIP Florian Schneider


P1370426.JPG
posted by カンカン at 20:56| 神奈川 ☀| Comment(0) | ドイツのロック German Rock & Kosmische Musik Cosmic Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月05日

癒しのメロトロン スペイン編 Mellotron in Spain 1974年 ベトナム戦争終息への時代

P1370001.JPG
Music Life 1974年6月号でのメロトロンの広告。当時の価格が887,000円 (9000Euro) 。


今日の1曲
 Canarios – Ciclosより「春」1974年
 Eduardo Bort – Yann 1974年

 前回、1974年のエディ潘とオリエントエクスプレスの 9 O’clockで、メロトロンの癒しの力に改めて気づきました。デイブ平尾やエディ潘は、ゴールデンカップスの時代背景にはベトナム戦争があったと語っていました。

 1974年はベトナム戦争が終息に向かっていく時期であり、9 O’clockのメロトロンにも緊張から解放されるような安らぎが感じられます。
 そこで、昔好きだったメロトロンの作品をもう一度振り返ってみました。

 1974年にはスペインでもメロトロン入りの傑作が2作発表されています。ロス・カナリオスは1960年代からのビートバンドでしたが、突如ビバルディの四季をアレンジした2枚組のLPシクロスCiclosをリリース。

 なぜか日本ではLP1枚に編集され別ジャケットで発売されました。
 私が入手した2枚組ドイツAriola盤は、タイトルがCyclesで豪華なブックレットもついていました。

P1370119.JPG

 シクロスでは、シンセサイザーやメロトロンを多用していますが、今でも唯一印象に残っているのは、「春」の第3楽章の1カ所で感動的に使われるストリングスメロトロンです。昔もそこばかり聴いていました。

Canarios - Ciclos (Álbum completo)
https://www.youtube.com/watch?v=Za4DxmWkPak
13:20〜13:55 本作品中、最も印象的なストリングスメロトロン





 スペインのメロトロンではEduardo Bortも素晴らしい。最近来日して日本でもライブを行っています。最後の曲Yannの最終パートでは、フルートとストリングスを混ぜたようなメロトロンの哀愁漂うメロディーに癒されながらフエードアウトしていきます。

Eduardo Bort - Yann
https://www.youtube.com/watch?v=V4kxSmlVb28
8:35からラストまで癒しのメロトロン。宇宙でギターを弾くジャケットの世界が広がる。


オリジナルLPはジャケットが縦に拡がって、宇宙にBortが座っていたと思います。



 Los Canarios、Eduardo Bortのメロトロンは、いずれも1974年のベトナム戦争の終息と安らぎへの音と言えるでしょう。
 コロナの戦いも早く終息に向かうことを願うばかりです。

「免疫力を高める生活をしましょう!」(所沢市のホームページより)
https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/kenko/karadakenkou/hoiryo20200316135050451.html


 Eduardo Bort は今年亡くなっていたことがわかりました。
 一度だけ「今、Yannを聴いています」というメールを交換したことがありました。
 RIP Eduardo Bort (1948-2020)

 P1370249.JPG





posted by カンカン at 19:51| 神奈川 ☁| Comment(0) | メロトロン Mellotron  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月27日

癒しのメロトロン・日本におけるメロトロン使用曲・名曲選U Mellotron in JapanU

P1360809.JPG



エディ潘とオリエントエクスプレス1974年唯一のアルバム




今日の1曲
 エディ潘とオリエントエクスプレス / 9 O’clock

 
 今回は、昨年8月以来の日本でのメロトロン使用曲です。

  癒される音楽を探していたところ、前回のブログで紹介したゴールデンカップスが1972年に解散した後に結成されたエディ潘とオリエントエクスプレスの1974年の唯一のアルバムがみつかりました。LP発売当時Music Lifeの「Folk & Rock in Japan」のコーナーで見て、ジャケットが印象に残ったものの、ずっと入手困難でした。

 ホーンセクション入りのソウルファンク系の明るい音に癒されていると、メロトロンの音が聴こえてきました。4曲で使われています。軽快なアメリカンロックの中に、ヨーロッパの風が吹き込むようで心が爽やかになります。
  
  特に素晴らしいのが、ラストの9 O’clockです。エディ潘の優しい声のボーカルを包むストリングス、ブラスのメロトロンが美しく、フルートのメロトロンのソロも入ります。1日10回以上繰り返し聞いています。これほど新しい曲にはまり込むのは久しぶりです。

 エディ潘はインタビューで、キングクリムゾンの1stの詞について語っていたので、メロトロンも好きだったのではないかと思われます。このLPでメロトロンを弾いているのは、スパイダース、PYGのキーボード大野克夫です。

エディ潘とオリエントエクスプレス
https://www.youtube.com/watch?v=mCvEYCLGb3U&t=1567s
39:30 から「9 O’clock」 アコギ、ピアノの響きも癒される。


 このエディ潘とオリエントエクスプレスの音は、1972年のイタリアのCiro Dammiccoのメロトロン入りの歌曲集を思い起こさせました。
 イギリスと日本とアメリカとイタリアがつながったような気がします。

CIRO DAMMICCO / FORSE DOMANI RITORNO DA TE 1972
https://www.youtube.com/watch?v=s71URHfQRW0




posted by カンカン at 17:38| 神奈川 ☁| Comment(0) | メロトロン Mellotron  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月23日

追悼ジャッキー吉川・GSフェスティバル2003 〜 台湾のコロナ対策 〜 マスクの再利用 

P1360638.JPG
GSフェスティバル2003の新聞広告  


今日の1曲
 美空ひばり(演奏ジャッキー吉川とブルーコメッツ)/ 真赤な太陽1967年


日本初のロックバンドブルーコメッツ




 〜 台湾のコロナ対策 〜

 まずコロナについて。コロナのために音楽関係、イベントなどが中止になっています。関係者の為にもファンのためにも早く音楽が復活してほしいです。
 そのために、今回はコロナ対策が成功している台湾の動画を探しました。

【感染予防対策】なぜ台湾はコロナ感染拡大を抑えられているのか 4月1日の動画
https://www.youtube.com/watch?v=3ntOnwM3eqw

【ポイント】
1.台湾政府は12月の武漢の情報を重く見て1月からマスクなどコロナ対策を始めた。
   1月末に国内のマスクをすべて政府が買い取り、国民すべてに渡るように配分。
   マスクなしでの受診はできなくした。
2.1月〜2月から、民間での危機意識が高まった。
   入店や駅の改札で検温し、微熱があると入店拒否、出社拒否。
   一般の食堂などでもアルコール消毒液が置いてあった。
   感染者の指定ホテルを用意していた
  
台湾が1月〜2月から始めたコロナ対策
P1360636.JPG

台湾の3か月のコロナ対策で有効と思われたもの
P1360635.JPG


〜 マスクの再利用 〜
 
 台湾ではSARSのときにたいへんだったため、日本よりも危機感が強かったのかと思います。そして、現在の台湾の人出が復活してきた街の状況を見ると、やはりマスクの配布が重要だったことがわかります。

 以前から、マスクの再利用について考えていたのですが、マスクの洗い方の動画がみつかりました。

【コロナ予防】使い捨てマスクの洗い方
https://www.youtube.com/watch?v=PV_3xtaqR-Q&feature=emb_title

P1360641.JPG

P1360642.JPG


 マスクについては、ウイルスが小さいため、医師用のマスクでないと、使い捨てマスクや布マスクのレベルでは、ウイルスの侵入を完全に防ぎきれないと言われています。

 他方で、マスクをしていれば、咳や大声で出る飛沫の拡散をかなり止められます。コロナウイルスは、飛沫感染で拡大します。飛沫を直接吸い込むか、飛沫を触った手から口などに接触感染します。マスクが足りなくても、再利用によって、台湾のように全員がマスクをしていれば、コロナウイルスは、どんどん絶えると思います。

 コロナウイルスは潜伏期間が1週間もあるのが(インフルエンザは2日ぐらい)、怖いところです。沖縄でも、誰も咳をしていなかったのに30名の会議(マスク着用は10名だけ)で感染し、「これで感染するのか」と報道された事例がありました。大声でも飛沫は飛びます。

 コロナが収束し、ライブハウスや野外イベントなどが復活することを心から祈ります。



P1360331.JPG



〜 追悼ジャッキー吉川・GSフェスティバル2003 〜


 ブルーコメッツのジャッキー吉川さんの訃報が入りました(享年81歳)。
 ブルーコメッツは、スパイダースと共に、日本の最初のロックバンドと言われています。ビートルズ公演の前座をつとめ、レコード大賞をとり、アメリカのエド・サリバンショーにも出演しています。解散後もメンバーの2人が紅白歌合戦のオーケストラの指揮者になっています。

 私は2003年に1度だけ、ブルーコメッツのライブを見ました。
 その年、31年ぶりにゴールデンカップスが再結成し、グループサウンズフェスティバルにも出るとのことで、8月10日にパシフィコ横浜に行きました。ブルーコメッツ、オックスなどを見るのも初めてで、ブルーコメッツがトリでした。

映画「ゴールデンカップスワンモアタイム」DVDにもなったクラブでの復活ライブ
P1360639.JPG




 GSフェスの初めはカーナビーツです。今でも鮮明なのはアイ高野のドラムです。
 コンサートでドラムがすごいと思ったのは、それが初めてでした。時計の秒針のように正確で、真っすぐに振り落とされるスティックは鞭のようにしなやかで、聴いていて頭の中が爽やかになりました。再結成サンハウスの鬼平、ダイナマイツ再演の上原裕のドラムにも同様のものを感じました。やはり、1960年代ビートの人は違うと思いました。アイ高野は後期のゴールデンカップスのドラマーに選ばれています。




 オックスの野口(真木)ヒデトは、初めてライブで見る「スワンの涙」(2019年7月7日のブログで紹介)に感動しました。
 しかし、素晴らしかったのは、Rolling Stonesなどの外国カバー曲でした。野口ヒデトのアクションはリズムに乗ってうねっていて、VHSビデオで見ていた1960年代のMick Jaggerと比べて全く遜色がない表現者でした。ジャガーズの岡本信も同様で、外国カバー曲で見せる身のこなしは鮮やかでかっこいいものでした。席は前から16列目でよく見えました。
 当時James Brownのビデオを必死に見ては、たまにVelfarreなどに行って踊って真似していました。野口ヒデトと岡本信は、初めてステージを見て衝撃を受けた日本人ダンサーともいえます。




 タイガースは全シングル盤を集めるほど好きでした。1982年の武道館再結成、1983年の加橋かつみソロコンサート以来、20年ぶりに見るタイガースからは加橋かつみだけ出演し、花の首飾り、廃墟の鳩に加えて、沢田研二がリードボーカルの歌も歌いました。


ゴールデンカップスの31年ぶりのライブや60年代映像を収めたDVD

 
 ずっと憧れていたゴールデンカップスは横浜のバンドなので準主役でした。31年ぶりということで、デイブ平尾を中心に再会できてよかったというメンバーの喜びが感じられるライブでした。銀色のグラスのルイズルイス加部のベースを注目しましたが、このライブではオーソドックスなベースラインでした。初めて生で見られて感動しました。
 残念ながら、この後、アイ高野、岡本信、デイブ平尾が続けて亡くなりました。



ジャッキー吉川とブルーコメッツ ブルーシャトー


 そしてトリにジャッキー吉川とブルーコメッツが登場しました。ブルーコメッツはNHKの紅白歌合戦にも唯一出場を許されたGSの優等生とも言われていますが、私はこのライブで、ロックバンドとしての音の迫力に圧倒されました。
 ジャッキー吉川はこの時64歳でしたが、ゴールデンカップスよりも大音量でビートを叩き出していました。日本で最初のロックバンドを見ることができてよかったと思います。

 以前音楽スクールの先生から、プロのバンドで一番評価されるのは、どんな歌手にもどんな状況でも歌の伴奏ができる人たちだと言われたことがあります。ブルーコメッツも初めはロカビリー歌手などのバックバンドであり、ブルーコメッツの全活動中、最も緊張したのが美空ひばりとのレコーディングだったと言われています。ブルーコメッツは美空ひばりのバックを務めた唯一のロックバンドです。

 1990年ごろに「20年後のGSたち」というテレビドキュメンタリーで、ジャッキー吉川が早朝の大手町のビジネス街をジョギングしている姿が放映されたことがありました。
 数年前に脳梗塞で倒れて半身不随になった後も、リハビリで回復してブルーコメッツのライブでドラムを叩く姿が「徹子の部屋」で放送されました。
 ジャッキー吉川さんのご冥福をお祈りします。

美空ひばり(演奏ジャッキー吉川とブルーコメッツ)/ 真赤な太陽 1967年
https://www.youtube.com/watch?v=XRDYL9ZcnyI
ジャズも歌いこなしフランクシナトラも共演を望んだという美空ひばりとブルーコメッツの躍動感あるリズム。





P1360423.JPG

2020年04月13日

「大声の会話」「スマホの表面」からもコロナは感染します! 「咳・くしゃみ」「手すり」以外にもご注意。マスク(口を覆うもの)をし、スマホも消毒液で対策を

P1350181.JPG


 
今日の1曲
 イエスYes – 危機Close To The Edge 1972年


 感染経路不明の感染報告が増えています。
 Youtube動画で、咳・くしゃみだけでなく、「大声の会話」でもウイルスが入った飛沫が飛ぶことがわかりました!
 また、手を洗っていても、ウイルスが付着した「スマホ、携帯」の表面を新たに触り、その手で顔を触って感染する危険があります。


1 「大声」による感染の危険


[NHKスペシャル]  “マイクロ飛沫(ひまつ)感染” の映像
https://www.youtube.com/watch?v=rcf2ebG-zEM
★咳だけでなく、★大声の会話でも飛沫は飛んでいます!


 4月13日発表の国民へのアンケートによると、75%の人が、咳・くしゃみでウイルスが移らないようにマスクなどをしているそうです。
ところが、★「大声」で飛沫が飛ぶことを意識している人は、35%しかいません。

 「咳をしてないから大丈夫」と、近距離でマスクもせずに、熱を込めてコロナ対策などの会話をしていると、実は非常に危険です!
そして、マスクをしていれば、次の動画のように、危険性を低くすることができます。
 マスクを入手できなくても、顔を覆う布などがあれば、飛沫は飛ばなくなります。

[厚生労働省] 飛沫感染とマスク着用の重要性(ウイルスをうつさないために)
https://www.youtube.com/watch?v=9Mkb4TMT_Cc
マスクなどで口を覆えば、咳、大声で飛沫を飛ばして感染させるリスクが格段と減ります。

 ただし、感染者からの飛沫の中でも微細な粒子はマスクを通ってしまうので、人から飛沫が飛ぶ2メートルの距離を開けることが大事になります。


 ★密室の危険性については、次の動画が一目瞭然です。
 咳、大声で出した飛沫の中で、重い水分の粒子は2メートル下までに落ちるが、軽い粒子は★20分間も部屋の中に漂っています!!!

[朝日新聞社] 密室・密閉空間で漂う飛沫の粒子を見ると、★窓を開けて換気すれば危険が減少するのがわかります!
https://www.youtube.com/watch?v=M0klY9XR2sI


P1360264.JPG
東京でも病床が足りなくなっています



2  「スマホ」からの感染の危険

 感染経路不明の感染報告が増加しています。
 手すり、つり革だけでなく、知らずに「スマホ」からも感染の危険があります。 
「見えない敵」への不安も、可視化できれば、対策をしやすくなります。

 次の動画では、スマホ、電車の手すりなどに付着したウイルスが、どのように感染するかを、蛍光塗料による実験で、目に見えるようにしています。
 何か触ったら、 その手で顔を触ることがいかに危険かわかります。

[FNNプライムオンライン] ★スマホ、手すりのウイルス(蛍光塗料)の実験映像 
https://www.youtube.com/watch?v=3Uuw_ht4Ja8

★ 表面がツルツルしたところは、2日間感染力があるという。
★ 一度手を洗っても、スマホにウイルスが付着していると、また感染する!
★ 手だけではなく、スマホの表面を拭いて消毒すれば大丈夫!

対策としては、アルコールなど消毒液をいつも持っておくことや、こまめに石鹸で手を洗うことでしょう。


イエスYes – 危機Close To The Edge 1972年
https://www.youtube.com/watch?v=GNkWac-Nm0A

 1972年の危機はベトナム戦争でしたが、今はコロナとの戦争です。
 しかし、コロナに感染した英国のジョンソン首相が、容体が回復して治療室から出られたようでよかったです。

英国のプログレサイトでも、ずっとイエスYes – 危機Close To The Edgeが、ベストアルバムの1位です。 
http://www.progarchives.com/top-prog-albums.asp?salbumtypes=1




P1350399.JPG
posted by カンカン at 17:42| 神奈川 ☔| Comment(0) | 日記 Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月07日

「ニューヨークのドクターが発見したコロナに感染しない4つの法則」

P1350220.JPG


今日の1曲
  B'z (1985年の稲葉浩志 ICBM) / CrazyDoctor (LOUDNESS cover)
  LOUDNESS / Crazy Doctor 1985年


 日本もまず医師会が緊急事態宣言を出し、今日7都市で緊急事態宣言が出ます。
コロナウイルスが猛威を振るう中で、中国、イタリアなどでたくさんの医師や看護師が二次感染により亡くなっています。イギリスでは、医療関係者を付近住民が大声で声援していました。SNSの友人にイタリアの医師がおり、親戚が看護師のため他人事とは思えません。

 Youtubeで「ニューヨークのコロナウイルス担当ドクター」によるコロナに感染しない対策の貴重な情報がありました。

「ニューヨークのドクターが発見したコロナに感染しない4つの法則」
https://www.youtube.com/watch?v=2W3b4cU-Bfg&app=desktop

 このドクターDr David Priceは、患者がコロナ感染者か判断する最前線で毎日たくさんの患者を診察しています。ドクターによれば、「コロナウイルスは、空気感染よりも接触感染が圧倒的に多い。」「コロナ患者が触ったものを触った手で、自分の顔を触って感染する。」「1番大事なことは、自分の顔を触らないこと!」だそうです。

 Dr David Priceは以下の4つを守ればウイルスにはかからないと言っています。

1 「何か触った後は必ず、指をきれいに洗う。しかも爪先まで!」

2 「何か触った手で、顔を触らない!」 
   手を洗ったあとで、油断して、また何かを触り、目、口、鼻を触って感染してしまう!! (日本の医者では、顔を触らないように肩から上に手を上げないという人がいました)

3 「マスクをつけるべき!」 
  → なぜなら、マスクをしていれば、手で、口や鼻、目などの粘膜を触ることはなくなるから! 人は顔を触るくせがあるので、家の中でもマスクをして、顔を触らない習慣をつくるべき。日本人は普段からマスクをつける人が多いため、他の国と比べて感染が遅いとも考えられる。

4 「できる限り人と会わない・接触しない」 
   ニューヨークでは、レジに並んでも飛沫が飛ぶ4フィート(1.8メートル)は離れる。 
  投稿した日本人は、今ニューヨークでは、電車、バスに乗らず、自家用車にし、買い物は消毒してから冷蔵庫に入れ、気が付かないうちに指にウイルスがついていることも忘れないとのことです。

P1350913.JPG


 中国では、ウイルスがなくなった所も出てきました。ウイルスは空気中では数時間しか生きられないので(ステンレス、プラスチックなどツルツルした所につくと48時間とのこと)、油断せずにウイルスを人から人に感染させなければ、いつか解決できます。
 まず自分が感染しなければ、自分が他人に感染させることもありません。
 怖いのは、コロナが潜伏期間が1週間もあることです。自分がかかっている可能性があることを意識してマスクしようと思います。


 また、細菌やインフルエンザと比較した新型コロナウイルスの特徴を分かりやすく説明した動画もみつかりました。
これを見ると、新型コロナウイルスのワクチンがない現状でも、手洗い、マスク、外出禁止などを徹底すれば、「物理的」「化学的」にウイルスを克服できることが、理屈で納得できます。

新型コロナウイルス感染症対策講座「感染症の時代を生きる」
https://www.youtube.com/watch?v=aD_vMFWUf8Y&feature=share&fbclid=IwAR3gGzqFGijpYYhmBg_JDrCLW4571vKyeg1cK0gbVXJVPxkHr3PxQCwKgDA

→ ウイルスは裸では空中に存在しない。咳の飛沫などの中で生息し、それを人が吸い込んだり、それが手に触って、その手で口に触ることで感染する。
→ 細菌と異なり、人間に入ったウイルスは人間の細胞の中で増殖する。
→ ウイルスが人間の細胞から飛び出す時は、ウイルスは裸ではなく、油の成分をまとっている。
→ 石鹸で洗えば、ウイルスがまとっている油の成分を破壊することができ、ウイルスは生存できなくなる。

 今日の1曲は、医療関係者への激励を込めて、日本で初めて全米で成功したロックバンドLOUDNESSの名曲CrazyDoctor です。
 B'z稲葉浩志の1985年のアマチュア時代のカバーが凄い迫力です。

B'z (1985年の稲葉浩志 ICBM) / CrazyDoctor (LOUDNESS cover)
https://www.youtube.com/watch?v=40ENtaf2yq8&app=desktop

Crazy Doctor - LOUDNESS live at Pennsylvania 13.aug.1985
https://www.youtube.com/watch?v=_id9BFk_Law&app=desktop



P1350915.JPG



2020年04月05日

追悼・志村けん、Alan Merrillアラン・メリル 〜 ニューヨーク・六本木ウィナーズ 

P1360058.JPG
志村けんが通っていた六本木「ウィナーズ」で買ったJBのシングル「ビート天国」
志村けんが「ヒゲダンス」の元ネタにしたTeddy Pendergrassの交通事故後の名曲Hold me


今日の1曲
 東村山音頭 1974年
 James Brown - Let Yourself Go~There Was A Time 1967年
Teddy Pendergrass and Whitney Houston / Hold Me 1982年
Alan Merrillアラン・メリル / Namida 涙 ナミダ 1969年
The Beatles - A Hard Day's Night 1964年


 コロナウイルス。。。すっかりブログを書く気持ちをなくしてしまっていました。


1 希望はあります! コロナウイルスがなくなった都市はあります。こんな動画をみつけました。

 ★徹底した隔離政策が街に賑わいを取り戻した 
  新型コロナウイルスを封じ込めた中国・南京の今★
https://creators.yahoo.co.jp/takeuchiryo/0200060330

 
「テレビからの情報」 
 
 ・コロナウィルスは人間の細胞の200分の1という小ささ
 ・感染者の咳などの飛沫が、口などに入ると感染する。
 ・自分の手などについたウイルスは、口などを触ると粘膜を通して移る。

 ・咳などで飛ぶと、密室だと8時間は空中にいる。だからマスクをすべき。今大丈夫でも潜伏期間は1週間なので、もし自分がかかっていた場合に人に移る。マスクがなくても、顔にマフラーなどをしっかり巻き付ければ咳は飛ばない(ニューヨーク)。
  ・ウイルスは、空気中では8時間ぐらい生きている。
  ステンレスのようなところでは48時間生きている。
   → ドアノブなどは、指でなく肘などで押す。
     ある医者は、首から上に手を上げないとのこと(指が顔に触れると移るので)
 ・阪神タイガースの選手は、飲み会でなく、普通の昼食で感染した。
 ・石鹸による手洗いで十分落ちる。→ 手の甲、指の間、指の先まで洗わないとだめ。 
    → 手洗いによって、今年インフルエンザが激減した。
 ・コロナの感染者(その後回復)によると、インフルエンザよりも30倍ぐらいきつかったとのこと(40度近い熱が1週間)。 


 ★コロナウイルスは、空気中では長時間生存できない!

  → 人(動物)の細胞から人(動物)の細胞へ感染させなければ、いつか収束する 

  → したがって、1 手洗いが重要 2 マスク着用(またはそれに代わるもの) 
          3 密室・密接・密着はだめ 4 不要な外出禁止

P1350981.JPG


2 ★ ニューヨークからの3月31日の在住日本人の500万回再生のYoutube投稿をさらにシェアします 

 ⚠️ほんまに聞いてほしい⚠️マジでコロナを舐めたらアカン
 https://www.youtube.com/watch?v=kRr_j2dq4lE&feature=youtu.be&fbclid=IwAR2XterstrjNsdlfxWVrzC4llyLHX_tCzizQ31qXM_cCeig3_77TPYDROp8&app=desktop

ニューヨークからの投稿の内容
「ニューヨークはどんどん死者が増えてる。自分の身内も。」 「3週間前の、のんきなニューヨークが、今の日本の状態。だからこの動画を上げようと思った。」「今、ニューヨークは医者も看護師もいない! 5%の重傷者に入ったら死ぬ。」「日本では、今は家に待機すべき。本当に止めれるのは今。今ならコロナを止めれる。これ以上になったら病院がパンクして終わり。今は、とにかく家にいるべきだと思います。」


3 アラン・メリルAlan Merrill死去

 昨年6月にブログで紹介したアラン・メリルAlan Merrillが、そのニューヨークで亡くなってしまいました。本ブログで紹介した人で初めてのコロナによる死です。彼は、日本の1960年代GSを体験した唯一の外国人の生き証人であり、本当に惜しまれます。
 アラン・メリルが入院後、奥さんは会わせてもらえなかったとのことです。
 今、ニューヨークでは「重症者しか病院に入れません。」「重症になったら手遅れ死ぬだけ」「死んだらプレハブへ」という状態とのこと。


Alan Merrillアラン・メリル / Namida 涙 ナミダ
https://www.youtube.com/watch?v=k4U9D5IB3Ms





4 志村けん死去

 そして、志村けんが亡くなってしまいました。ドリフ見習いのころから見ていたので、とても寂しく思います。志村動物園のパン君のころは毎週見ていました。先月亡くなる前のテレビで、志村けんの元交際相手の女性が、彼が音楽に非常に詳しかったと言っていました。よく六本木のレコード店に一緒に行って封がされた新品レコードを山のようにジャケ買いしていたそうです。おそらくウィナーズだと思います。ウィナーズは六本木と、新宿西口のOMの後の場所に店がありました。OMはKraftwerkの1stと2ndのドイツ盤を2650円で買ったのが思い出です。

ウィナーズのレコード袋
P1360055.JPG

 六本木店はディスコのDJご用達の店で、1970年代からあったダンスミュージック専門店の元祖でした。1990年頃からのDJブームでCiscoがダンスレコード店を出したり、Manhattan Recordが有名になるずっと前です。現在のドン・キホーテよりも交差点側の雑居ビルの3階に店があり、店内はアメリカっぽい雰囲気でした。
まだ渋谷のタワーレコードや六本木Waveでもあまり扱ってなかった12インチシングルもたくさんありました。新宿店は壁に細かい解説やチャートなどが書かれていました。
 
 私はウィナーズに、まだ六本木が全盛だったころの1982年から5回ぐらい行ったと思います。1990年前後にウィナーズでジェームス・ブラウンのビート天国Let Yourself Goの珍しい日本盤シングルを買いました。ほとんど輸入盤の中でひっそりとカウンターのそばにシングル盤が置いてあったので、店主の人のコレクションかなとも思いました。

James Brown - Let Yourself Go~There Was A Time~It's Alright (medley)
https://www.youtube.com/watch?v=2EmOUbRM13s
ジェームス・ブラウン「ビート天国」Let Yourself Goの有名なApollo Live2でのライブ~There Was A Timeへのメドレー。

 志村けんがビートルズの来日公演に行ったほど音楽好きだったことは前から聞いていましたが、あのヒゲダンスの元ネタがウィナーズで買ったTeddy Pendergrass - Do Meだと知って驚きました。

8時だよ! 全員集合 ドリフターズ 「ヒゲダンス」バケツ編
https://www.youtube.com/watch?v=fTdCUHmg5XI
改めて見ると、ドラマーだった加藤茶とともにリズム感が抜群で、それが子供たちを引き付けたことがわかる。

Teddy Pendergrass - Do Me
https://www.youtube.com/watch?v=XKHHxy_jMBU
「ヒゲダンス」の元ネタ




 子供の頃、ドリフには本当に笑わせてもらいました。志村けんがお笑いを目指した理由は、厳格な父親が生まれて初めてテレビを見て笑うのを見たのがきっかけでした。彼の父は交通事故で記憶喪失になり、志村けんが誰かも、ドリフに入ったこともわからいまま亡くなり、志村けんの「けん」はお父さんの名前からとったそうです。また、志村けんがビートルズの前座だったドリフターズの付き人を志願したのは、ドリフターズの「音楽」を通した笑いに共感したからだそうです。彼の生い立ちや、いかりや長介の逸話などを聞くと、彼らが必死にお笑いを追求したのは自分自身を救うためだったのではないかと思えました。


8時だよ全員集合 東村山音頭
https://www.youtube.com/watch?v=XnTEIOnG_g4
名曲。志村けんが、番組の会議中にさりげなく歌った東村山音頭に対して、いかりや長介が「それをやれ!」と言ったという。
「1丁目!」よくここまでテレビでやったと思う。


ウィナーズは、左の駐車場のあたりにあった
P1180746.JPG


 志村けんとは、もしかしたら1982年に六本木の「ウィナーズ」あたりですれ違ったことがあったかもしれません。お別れにTeddy Pendergrass とWhitney HoustonのHold Me、ビートルズ A Hard Day's Nightを贈りたいと思います。

Teddy Pendergrass and Whitney Houston / Hold Me in Your Arms
https://www.youtube.com/watch?v=iT3WjAmJPjQ

The Beatles - A Hard Day's Night
https://www.youtube.com/watch?v=Yjyj8qnqkYI
志村けんは、頭脳警察のような日本のロックにも造詣が深かったという。村八分も聞いていたのだろうか。





P1360031.JPG

2020年01月18日

謹賀新年2020年・令和2年 ミルバMilva回顧



P1310715.JPG
1967年来日パンフレット


今日の1曲
  ミルバMILVA – “La Califfa" 1972
  E. Morricone: La Califfa
  ミルバMILVA – カンツォーネCanzone 1968
  ミルバMILVA – ウナ・セラ・ディ東京 Una Sera di Tokyo1964

 遅くなりましたが2020年令和2年になりました。拙いブログですが本年もよろしくお願いいたします。ブログも今年で12年目になるのですが、やはり体力、気力、書くスピード等が衰えているのがわかります。謹賀新年のブログも1月18日になってしまいました。

 太川・蛭子コンビの「ローカルバスの旅」のテレビが、72歳になった蛭子さんの体力的な理由で12年目に最終回になったのも共感しました。
 ブログはのんびりですが頑張ろうと思います。

 令和2年は、令和元年の最後がミルバだったので、ミルバからスタートしようと思います。ミルバは1964年の初来日以後、20回以上来日しており、ベンチャーズと並ぶ最も親日のアーティストと言えます。「日本で最後のコンサート」からもう10年以上経ちます。

 1曲目は1972年にエンニオ・モリコーネEnnio Morriconeが「ミルバに捧ぐ」というタイトルで制作したLPの1曲目“La Califfa"です。1971年の「エディット・ピアフを歌う」のころからミルバはシングルよりもクルト・ワイル、タンゴなどLPに力を入れます。

 ピアフ、モリコーネの2枚がミルバのLPの最高作ではないでしょうか。ミルバはVangelisとも2枚制作しており、BeatlesやProgressive Rockの影響も受けていると思われます。“La Califfa"は1972年当時の空気が漂うシンフォニックな名曲です。

P1310636.JPG

MILVA – “La Califfa" Morricone (1972)
https://www.youtube.com/watch?v=0EuGTgm5ulA





E. Morricone: La Califfa
https://www.youtube.com/watch?v=EnJsHSF6zgg
オーケストラによる原曲

Hayley Westenra / La Califfa ・Roma Sinfonietta
https://www.youtube.com/watch?v=6bnyX1aYNIY
別の女性歌手によるもの

Milva - Metti una sera a cena  LP「Morricone」より
https://www.youtube.com/watch?v=Of84p0PbpP0

1964年初来日パンフレット
P1310644.JPG

 1964年のミルバの初来日は伝説的。「ウナ・セラ・ディ東京」のレコーディングでは、作曲者の宮川泰をはじめ、オーケストラなどそこにいた人々は「これはたいへんなことになる」と思ったそうで、シングルは大ヒットしました。翌年も外国歌手では異例の再来日。

ミルバMilva / ウナ・セラ・ディ東京(日本語)1964 / Una Sera di Tokyo
https://www.youtube.com/watch?v=Fk_bx3f-9lo
0:56から異様な盛り上がり。同じ曲をカバーしたピーナッツ、カテリーナ・ヴァレンテのような世界最高レベルの人たちでもかなわない。





1967年来日パンフレット
P1310642.JPG


 1967年のカンツォーネの王様、クラウディオ・ビルラとの来日共演“決闘ライブ”も伝説です。1968年のサンレモ音楽祭で3位になった「カンツォーネCanzone」がミルバの音楽人生の頂点と言えるでしょう。サンレモ音楽祭自体も1968年が頂点とされています。

1967年、1968年のミルバについてはよろしければ、12年前の古いブログをご覧ください。ブログを開始して10回目の投稿です。

★ブログあしあと2008年06月21日 今日の1曲 I Milva ミルバ★
         ↓
http://soleluna.seesaa.net/article/101194185.html

ミルバ / カンツォーネ (詞Don Backy 曲Detto Mariano)
https://www.youtube.com/watch?v=DvXdLbkrIO8
1968年サンレモ音楽祭ライブ。指揮は1967年にサンレモでの落選を抗議して自殺したLuigi Tencoのアレンジを行ったLe OrmeのプロデューサーGiampiero Reverbelli。1967年の来日時に、ミルバ自身が来年の1968年サンレモではすごい曲で参加すると語っていた。このころのMilvaはJanis Joplinとも競えるのでは。

 本年もよい年でありますように。
P1310648.JPG
渋谷で見たミルバのラストライブのパンフレット




2019年12月18日

祝! 美輪明宏 復帰

P1300386.JPG


今日の1曲
 美輪明宏 / 22歳時の映像 + 愛の賛歌
 エディットピアフ Edith Piaf / 私の神様Mon Dieu (My God)
 ミルバ Milva / 私の神様Mon Dieu


 脳梗塞で入院していた美輪明宏が昨日復帰されたニュースを見てほっとしました。脳梗塞は、発症してから3時間が勝負と言われています。私の父も脳梗塞になったとき一時半身不随になりました。美輪さんの場合は軽症で、すぐに病院に搬送されたので後遺症も少なく、嵐の松潤と普通に歩いていて驚きました。
医師のコメンテーターも美輪さんはものすごくリハビリをしたはずですと言っていました。やはり美輪さんはすごい精神力の持ち主だと改めて思いました。

P1300380.JPG
左:1984年銀巴里スケジュール 右:1990年12月29日 銀巴里閉店


 37年前に銀巴里でウェイターをしていたころは、まだ美輪さんのような人に対しては偏見がありました。しかし、美輪さんは歌の力で圧倒していました。私よりずっと背が小さいのに、銀巴里のホール全体が美輪さんの声で充満し、体が圧縮されるような感覚がありました。そのような歌手は他にいませんでした。美輪さんのときだけミキサーでボリュームを大きくしていたわけではなく、声を遠くにまで届かせるクラシックの声楽で基礎を身につけた上で、シャンソンのようなポピュラー音楽をレパートリーにしていたので、それができたのだと思います。なかにし礼も次の動画で、美輪さんを成功させたのは歌の実力だと言っています。

美輪 明宏 / 驚愕の22歳時の映像 + 愛の賛歌
https://www.youtube.com/watch?v=v7TvqQiion4
4:28 22歳のときの貴重カラー映像。美輪さんのように80代の歌手が紅白などに出ていること自体が奇跡なので、他の人と実力を比べようがないが、22歳でこれだけ表現力があるというのは見たことがない。凄い実力者とわかる。

 この22歳の時の美輪さんの映像を見ると、やはり美輪さんがエディットピアフに憧れ、目標としていたことがわかります。ピアフの愛の賛歌は、日本では岩谷時子の訳詞で越路吹雪の歌が一番有名ですが、美輪さんは、ピアフの原詩にこだわった訳詞で歌っています。

愛の讃歌 エディット・ピアフ
https://www.youtube.com/watch?v=SbMtfYBlbm8




P1300396.JPG
美輪さんのサイン





P1300092.JPG

 私はピアフの中では「私の神様」が好きです。しかし、ピアフが「私の後継者」とまで称賛したミルバのヴァージョンを実は一番聴いています。ミルバもピアフに憧れ、「ピアフを歌う」というLPを出しています。美輪さんより5歳年下になります。

エディットピアフ Edith Piaf / 私の神様Mon Dieu (My God)
https://www.youtube.com/watch?v=RgvEV9B-IEw

ミルバ Milva / 私の神様Mon Dieu
https://www.youtube.com/watch?v=CxZn1_E2B8E


P1300381.JPG
美輪明宏の原点は長崎で聴いたピアフのSP盤と原爆体験。
それをもとにした「ふるさとの空の下で」。リサイタルでも最大の山のひとつ。




P1290456.JPG

P1280729.JPG
posted by カンカン at 22:20| 神奈川 ☁| Comment(0) | シャンソン〜70年代フレンチポップス French Pops | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月26日

追悼 KARA ク・ハラ

P1280926.JPG
KARAのマウスパッド


今日の1曲
  KARA / ジャンピン
  KARA / Honey
  KARA / 今、贈りたい「ありがとう」





 元KARAのク・ハラさんが亡くなりました。ショックです。体調が悪いと言っていたそうです。自分も苦しい時期がありました。2010年にKPOPブームの火付け役となりました。HMVに当時は珍しかったブックサイズのジャケットが並んでいたのを思い出します。

 この10年では、個人的にはKARAのメロディーが一番いいと思いました。
 コンサートは5回行き、ブログも書いてKARAのカテゴリも作りました。
 ご冥福をお祈りします。今回は一番好きなKARAの3曲を。

KARA / ジャンピン
https://www.youtube.com/watch?v=CxZn1_E2B8E
懐かしい。KPOP初の東京ドームライブ。テクノ・プログレ・ファンク・ダンスポップ

KARA / Honey
https://www.youtube.com/watch?v=vRjoBqM2j3I
最初のヒット曲。80年代哀愁ユーロビート系。

KARA / 今、贈りたい「ありがとう」
https://www.youtube.com/watch?v=MtULxX9KNe4
音楽の夢をありがとうございました。

ク・ハラさん
https://www.youtube.com/watch?v=9ZkoweZelRM
今月のイベントでは日本語で「みなさんと一生懸命歩いていきましょう」「歩き続けましょう」と言っていた。






P1280717.JPG

P1280706.JPG


posted by カンカン at 12:14| 神奈川 ☁| Comment(0) | KARA & 女性ボーカル Female vocalists  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月18日

矢沢永吉 7年ぶりニューアルバム『いつか、その日が来る日まで...』

P1250866.JPG


今日の1曲
 矢沢永吉 黒く塗りつぶせ
 矢沢永吉『愛しているなら』


 台風の被害がどんどん明らかにされています。お見舞い申し上げます。
 私の家も壊れた部分があり、修理を予約して待っています。
 夜中の嵐の音は本当に怖かったです。
 
 9月4日に矢沢永吉が7年ぶりに新譜を発表しました。
 それに関連して、たくさんテレビ出演があり、見ていて元気になりました。
 やっぱり凄い人です。心に残った言葉を集めてみました。





 ミュージックステーションでは、初めてタモリと共演。お互いに「初めてとは思えない」と言っていました。ライブは「黒く塗りつぶせ」 と新曲を屋上で行ない、久しぶりにテレビのブラウン管(?)が振動するような感動がありました。
 70歳なのに本当に20代のバンド以上の迫力がありました。若い人たちの中にも「何かやれ」というような強いメッセージを受け取ったという感想がありました。

矢沢永吉 黒く塗りつぶせ 2009Tokyo Domeゲスト 氷室京介・甲本ヒロト・真島昌利
https://www.youtube.com/watch?v=7bGe2KC_dQU

 作曲家などが出た関ジャニの番組では、Augコードなどを意識的に使っていることを初めて明かし、出演者たちが盛り上がっていました。若い作詞家を褒めまくって作詞家が感激していました。

 アメリカでの録音の番組では、ミュージシャンの個性を尊重しながら、自分の希望をうまく伝え、楽しく修正しつつ、全体の乗りを作っていくところが素晴らしい。

 嵐の番組の質問コーナーでは、「自分も歌をやっています。すごいと思うシンガーはいますか?」という質問に対して、「名をなしているような歌手は必ず何かを持っている。あなたも頑張ってください」と言っていました。

P1250868.JPG


 FMラジオでは、娘さんと共演。35億の借金を負ったときに、家族とアメリカに6年移住し、全額返し終わったという話。だれでも人生でたいへんなことがあるかもしれないけれど乗り越えられると言っていました。アメリカで斎藤さんという人にお世話になったとのことで、「斎藤さんがもしこのラジオを聞いていたら、連絡してください」と言っていました。

 どの番組も、矢沢永吉から、特に若い人たちに「がんばれ」と伝えているようでした。
 キャロルのころから50年近くも音楽だけでなく、メッセージを伝え続けているというのは本当にすごいと思います。

 ミュージックフェアでは、70歳になったけれど、もっと上のミック・ジャガーやポール・マッカートニーもバリバリやっている、日本もそうでなくては、と言っていました。

 6年前に残念ながら亡くなってしまった山口冨士夫は、矢沢永吉と同い年で1か月違いでした。7年前に日産スタジアムで矢沢永吉は「70歳までやります」と言っていましたが、これからも山口冨士夫の分まで続けてほしいです。


矢沢永吉『愛しているなら』新曲
https://www.youtube.com/watch?v=iNyy2SpcKK8
山口冨士夫の「おさらば」や尾崎豊の「I love you」を想起した




P1250665.JPG

2019年08月21日

暑さを吹き飛ばせ 〜 反則・場外乱闘編    元議員さんたちによる

P1230859.JPG


今日の1曲
 野々村先生の作品群
 豊田真由子先生の作品群


厳しい暑さが続いております。今も夜なのに31度です。
メロトロン編、JPOP編に続き、「暑さを吹き飛ばせ」シリーズ。
今回、久々の反則編を投入いたします。10年ほど前、当ブログでは「反則編」として、たいへん個性的な作品を何度か紹介しました。
今回は、昨年の夏37度の日が続いたころに暑さで苦しくなり、その苦しさから逃れるために聴いて集めた楽曲です。

再び、暑さと闘うために、1年遅れましたが反則編を実現させます。
主人公は、野々村元西宮市会議員と豊田真由子元国会議員です。
先生方の言葉をコラージュした音楽ですが、パワーがありYoutubeでも高評価です。
自分は5年前に人生で一番苦しかった時、野々村先生に救われました。
少しでも暑さを吹き飛ばすことができればと思います。


1 野々村元議員シリーズ

明石家さんまをして、「お笑いでは自分が1番やと思っていましました。けど、野々村議員が1番でわしは3番やった」と言わしめた野々村元議員。
和田アキ子も「あっこにおまかせ」で「芸人よりおもろい」と語り、芸人の人たちに「もっとしっかりせい」とはっぱをかけるほどでした。

野々村元議員が世の中を変えたくてヘビーメタルバンドを結成しました。
https://www.youtube.com/watch?v=wt4-WeTmpqU

「野々村議員 政務費不正疑惑 泣き乱しながら潔白主張」を弾いてみたょ
https://www.youtube.com/watch?v=-ApwKs3eU9g

野々村議員 大号泣 元ネタの映像
https://www.youtube.com/watch?v=C-876w-HpPI&t=4s
3:00からのミヤネ屋さんの眼差しが温かい

かき氷



2 豊田真由子先生シリーズ


紅 MAYUKO.Ver 【豊田真由子】
https://www.youtube.com/watch?v=n1f1YNobbWw
2:25 レコーダーが暴行罪の「暴行」を立証。他人事のようなバックのコーラスが凄い。
2:35 どこ吹く風と言わんばかりの達観したギターユニゾンは、牧伸二のギター漫談を思い出させる。
何が起きても、他人事のようなコーラス、他人事のようなギター、周りがどうあろうと冷静沈着になれ、自分を持て、と諭されてる気がします。
XJapanのファンの方もコメントで、これは悪くないと書かれています。

B'z『恋鴉』元豊田議員ヴァージョン
https://www.youtube.com/watch?v=qiosScKzQ5M&list=RDn1f1YNobbWw&index=2
稲葉さんに代わって豊田先生がボーカルを担当

豊田真由子議員VS松岡修造
https://www.youtube.com/watch?v=c_JvnbOmQmg
お二人の会話のやりとりによって、哲学が刻み込まれます。。。

最新音声【DJ豊田真由子様】マユトランス - MayuTRANCE [PV]
https://www.youtube.com/watch?v=sLne9PY_wAE
ダンスミュージックに見事に融合。

Highway Star / MAYUKO_Ver. (フィーチャリング. 野々村)
https://www.youtube.com/watch?v=apl4KnaeZ_0&t=192s
最後にDeep Purpleの名曲。豊田先生と野々村先生の共演です。
お二人ともたいへんだったと思いますが、どうかご自愛ください。
ありがとうございました。




P1230257.JPG
posted by カンカン at 21:57| 神奈川 ☁| Comment(0) | 日記 Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月10日

暑さを吹き飛ばす 〜 納涼 J・POP編

P1230781.JPG
天国にいちばん近い島


今日の1曲
<U-1319> EPO 音楽のような風
<U-1320> 山下達郎/ Sparkle ~ Plastic Love
<U-1321> Mariya Takeuchi 竹内 まりや Plastic Love
<U-1322> 原田知世 / 天国にいちばん近い島


 相変わらず暑さが続いております。
 クーラーを入れずに頑張っておりますが思考が停止状態です。
 そこで、今回は、暑さを吹き飛ばすJPOPを集めてみました。


EPO 音楽のような風
https://www.youtube.com/watch?v=udmu_k02FRo
以前も花火の日にブログに挙げました。本当に風のような曲。桑田佳祐がこの曲がヒットしなければ日本のポップスはだめだと言ったそうです。EPOは子どもの頃家庭問題で苦労したことを新聞で読みました。





山下達郎 LIVE ライブ ビデオ (15分) (promotional footage)
https://www.youtube.com/watch?v=UxbZfOjwiCc
最初のSparkle ~ Plastic Loveは、熱さで暑さを吹き飛ばす勢いです。青山純のスネアがかっこいい。Sparkleは一時カラオケの練習曲でしたが、点数が全然上がらないのでやめました。





Mariya Takeuchi 竹内 まりや Plastic Love
https://www.youtube.com/watch?v=3bNITQR4Uso
2年前から世界で突然大ヒット。こちらが本家。今一番聴かれている日本の曲です。これも青山純のドラムが中毒になります。Dr.Ba.Key.プログレファンによるプログレッシブファンク。





原田知世 / 天国にいちばん近い島
https://www.youtube.com/watch?v=EK-F-Iqa1gI
南の国の物語。作詞家、作曲家、編曲家たちにとっても思い入れのある曲で、林哲司は一番好きな曲だそうです。






P1230227.JPG

2019年08月03日

熱さで暑さを吹き飛ばす メロトロンMellotron編

P1230268.JPG

本物のメロトロンの内部。録音テープが並んでいて、鍵盤を押すと鳴るという凄い仕組み



今日の1曲

<U-1314>  Genesis Watcher of the Skies Live

<U-1315>  King Crimson - Easy Money - 6/25/1973

<U-1316>  Czesław Niemen & Aerolit - Cztery ściany świata 1974

<U-1317>  Earth and Fire - Song of the Marching Children

<U-1318> Tangerine Dream "Ultima Thule Part 1"



 34度という暑さが続いております。そこで、今回は、前回のメロトロン特集に続いて、熱さで暑さを吹き飛ばすというテーマでメロトロン実物を弾くライブ映像を集めてみました。


 まずは王道ジェネシス全盛期。

1973年メロディーメーカーのライブパフォーマンス部門で1位だったころ。


Genesis Watcher of the Skies Live


1:35神妙にメロトロンを聴くガブリエルとフィルコリンズ 6:30最後に爆発






 キングクリムゾンは初期に残念ながらメロトロン実演映像がありません。後期はいくつか残っています。


King Crimson - Easy Money - 6/25/1973


イケメンメロトロン






 続いて、ポーランドのヒーロー、ニーメン。


Czesław Niemen & Aerolit - Cztery ściany świata (Sopot 1974)


8:00 あるようで見たことのないメロトロン弾き語り(鍵盤がすごく重いとのこと)。

 かっこいい。他の部分もすごい。


P1230267.JPG

PC+DAWソフト+メロトロンソフトで自分でメロトロンの音が出せます。








 女性ボーカルとメロトロン。1972年


Earth and Fire - Song of the Marching Children


別次元


Earth & Fire - Memories


これだけメロトロン漬けでシングルヒットというのは珍しい。オランダで2位。






P1230248.JPG


 ライブではありませんが最後は極めつけ

 タンジェリン・ドリーム。プログレシングルの極北Ultima Thule


Tangerine Dream "Ultima Thule Part 1"




P1230230.JPG


P1230255.JPG

posted by カンカン at 11:13| 神奈川 ☀| Comment(0) | メロトロン Mellotron  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月25日

日本におけるメロトロン使用曲・名曲選 Mellotron in Japan

P1220773.JPG
メロトロンの幻のパンフレット


今日の1曲
ザ・スリー・ディグリーズ - 天使のささやき live in Japan 1976
チューリップ「風のメロディ」
Mops / Nobody Cares



 今回は、日本でのメロトロン使用曲の特集です。メロトロンの記事は5年ぶりになります。今まで紹介した日本のメロトロンは、稲田保雄の「感覚思考」、BUZZの「レクイエム・イン・ザ・シティ」の中の「まちのうた」、ピーナッツの「エピタフ」のライブです。


メロトロン誕生の歴史、世界の使用ミュージシャンを紹介したDVD



 今回は、意外なところから、スリー・ディグリーズ 「天使のささやき」の日本での人気絶頂期のテレビでのライブ。名曲冒頭でのまさかのメロトロン・ストリングスに引き込まれます。あえて生のストリングスを使わなかった編曲家に敬意を表します。

ザ・スリー・ディグリーズ - 天使のささやき(1976)
https://www.youtube.com/watch?v=9ZxM3XbwZ2I

 次は、チューリップの隠れたシングル「風のメロディ」。大仰ではない単音のストリングスが逆に情感を引き立てています。特に3番でそれまでの単音が2和音になる部分が詞と相まって哀感を漂わせています。日本のメロトロン使用作品で一番好きな一つ。

風のメロディ 🌷 チューリップ
https://www.youtube.com/watch?v=DXrUgigcWgg
0:20 で単音、2:10で和音のストリングス・メロトロン





 最後に日本のニューロックの雄、モップス。当時、山口冨士夫、石間秀機と並ぶ日本最高のギタリストの一人で、「氷の世界」など最高のアレンジャーでもある星勝がメロトロンを大々的に使用した解散ライブEXIT。

 明らかにキングクリムゾンを意識した音です。星勝はRCサクセション「シングルマン」のある曲で、「キングクリムゾンを意識した」ストリングスを配した編曲をしたが、忌野清志郎から却下されたとのこと。

 「わらの歌」では哀愁系、Nobody Caresでは攻撃的な音が見事。フォーク、ニューミュージックブームの中で、早すぎたロッカー、モップスは最後に素晴らしいメロトロンの遺産を残してくれました。

Mops / Nobody Cares
https://www.youtube.com/watch?v=zYhJzBu_skY





 イギリス、ヨーロッパと比べるとメロトロンの使用が目立たない日本ですが、まだまだ隠れた逸品がありそうです。


デジタルによってメロトロンM400を再現したキーボード




P1220769.JPG
posted by カンカン at 10:45| 神奈川 ☁| Comment(0) | メロトロン Mellotron  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月07日

祝 世界遺産登録 古市古墳群 白鳥陵 〜 オックス / スワンの涙

P1210830.JPG
大阪のGSオックス The OX were a Japanese rock band formed in Osaka in 1967. They were famous for radical performance.


今日の1曲
 オックス / スワンの涙  1968年
 オックス / ガールフレンド 1968年
 近鉄南大阪線・吉野線 観光特急 「青の交響曲(シンフォニー)」


 明るいニュースとして、大阪百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録が決まりました。
 子供のころに古市に住んでいたので嬉しく思いました。安閑天皇陵のそばでしたが、一番懐かしいのは白鳥陵でした。誉田山古墳も遊びに行きました。

空から見た白鳥陵。写真の右下の枠外に住んでいた。
P1210826.JPG


 白鳥陵の正式名は軽里大塚古墳で、友達のT君、Y君がそばに住んでいました。
 古墳は、そばで見ると大きな池の向こうに鬱蒼とした森があるだけにしか見えません。
 大きなお墓であることは知っていました。今思うと、歴史と郷愁を感じます。

古市古墳群〜未来に伝える羽曳野の文化遺産〜
https://www.youtube.com/watch?v=C9bAiCuVIMQ
12:00から白鳥陵。よく歩いた御陵とT君の家の間の脇道が最古の竹内街道だった

近鉄南大阪線・吉野線 観光特急 「青の交響曲(シンフォニー)」
https://www.youtube.com/watch?v=wFw2M0PnNxM
20:48からの車内放送で、古市古墳群を紹介。
スピード重視の京急「快特」の対極にある豪華特急。鉄道シリーズ。

パワースポットだった白鳥陵。日本武尊(やまとたけるのみこと)の墓とされる。
P1210829.JPG

 そのころはGSの全盛期。
 タイガース、テンプターズ、オックスがカッコいいなと思いました。
 野球は、江夏対王が凄いときでした。

江夏豊 vs 王貞治 江夏シーズン奪三振新記録達成 (1968)
https://www.youtube.com/watch?v=ANC485sGG3E

 中でも、大阪のGSといえばオックス。
 宝塚の男性版という戦略で売り出されて「芸能」を追求し、ゴールデンカップス、モップス、ダイナマイツなど「音楽」を追求した実力派の対極にあるバンドと言われます。

 しかし、野口ヒデトは後に全日本歌謡選手権で10週勝ち抜いて演歌歌手になり、ギターはビーングを起こして一世を風靡するなど、実際は実力者揃い。当時は「スワンの涙」以外は知らなかったのですが、映像を見てオックスも凄かったと改めて思いました。

 「白鳥」は「スワン」だったことに、いま初めて気がつきました。
 通っていた保育園は白鳥保育園でした。
 自分の中で「白鳥陵」と「スワンの涙」がつながった気がしました。


ビジュアル系ロックの元祖OX
P1210832.JPG


オックスThe OX / スワンの涙 カラー映像
https://www.youtube.com/watch?v=L9C9kVot25E
筒美京平の最初期のヒット曲。間奏のピアノはビートルズのインマイライフの影響とも思える。野口ヒデトの歌には情念がある。芸名は野口英世にあやかった。

オックスThe OX / ガールフレンド
https://www.youtube.com/watch?v=p7cIGXXDZmo
貴重なライブ音源。古参GSキングスからの叩き上げのドラム、ベースのコンビと、オルガンのグルーブが素晴らしい。ライブ盤ではドアーズ / ハロー・アイラブユーもカバー。

オックスThe OX / テルミーTell me(Rolling Stones cover)
https://www.youtube.com/watch?v=LwsFM2u9M7o&t=1s
オックスの伝説の失神パフォーマンス。

オックス 失神について 赤松愛
https://www.youtube.com/watch?v=KZ5XD-7YYbA
野口ヒデトは、Xのヨシキ君が今やっていることをオックスはやっていたと語っていた。




P1210499.JPG

2019年07月03日

〜 幻の村八分出演 〜 間章プロデュース「自由空間」音楽祭1972年4月29日 

P1210565.JPG
村八分が出演キャンセルした間章プロデュース「自由空間」音楽祭 1972年4月29日



今日の1曲

  Tangerine Dream / Phaedra
  村八分 / 脳みそ半分


 久々にYoutubeでびっくり映像を発見しました。
 1972年4月29日新潟体育館での間章プロデュース「自由空間」音楽祭の30分のライブドキュメント映像です。NHK総合で「ある青年の試み」として放送されたそうです。

 間章(1946-1978)は夭折した伝説の音楽評論家です。私が小学5年生のときに読んだ東芝の石坂敬一による冊子「Beatles Forever」の次に大きな影響を受けたのが、中学2年生のときに読んだ「タンジェリン・ドリーム / フェードラ」の間章の解説でした。

Tangerine Dream / Phaedra
https://www.youtube.com/watch?v=URssLwPXkVk


間章 ドイツロックなどのエッセイ



 「自由空間 ~ 副題 今からの光 さらに寒くさらに北へ」現代音楽祭は、9時間23グループ60人による演奏です。

 ビデオ前編の9:14で、間章は、「ロック、ジャズ、現代音楽、伝統音楽、といった既成の音楽ジャンルにはとらわれない。セッションで一堂に会し、ミュージシャンは晒され、観客も晒されながら、孤立化と寒さに震えていこう。」と発言しています。

自由空間 前編 間章 NHK 1972年
https://www.youtube.com/watch?v=2BcmjAThuLg
Akira Aida was a famous music critic and organizer. He introduced Free Jazz (Ayler, Dolphy...), German Rock (Tangerine Dream, Schulze, Faust...), etc. This video is about a contemporary music concert titled "Free Space" which Aida organized.

三輪車に乗る子どもの頭をなでる間章
P1210558.JPG


 ビデオ前編の冒頭から3:00のPink Floyd的な音はファーラウトだと思われます。
 間章が街で自らチラシを配り、子どもの頭をなで、頑固なサラリーマンにチラシを見せて「音楽は、北しかないの」と話しかけるシーンなど、行動的で、意外な面があります。

 笛の演奏家の歌代鉄之助という老人との事前の打ち合わせでは、「歌代さんに、この20分間で今までのことを叩きこんで全部出してほしいんです」と話しかけています。技巧ではなく、50年間も続けている涙が出るほど寂しい壮絶さが好きですとも語っています。


〜 幻の村八分出演 〜


ロック画報 特集「最も危険なロック 頭脳警察・村八分」



 ビデオ前編の3:58から出演者の出たポスターが出てきます。
 三上寛、村八分、イエロー、ロストアラーフ、マジカルパワー、ファーラウト、吉沢元治などが出ています。笛、津軽三味線などの伝統芸能も出演します。

 「マジカルパワー」は、マジカルパワーマコがデビュー前に現代音楽として出演したものと思われます。出演者を見ると、自由音楽祭は、1971年の三里塚の幻野祭から政治的な色彩を取り除いたような印象を受けます。

 間章が、「裸のラリーズ」をイギリスのヴァージンから出そうとしたことがありました。
 「もっと北へ」とたびたび語っていた間章が、「村八分」にも関心を持って出演依頼していたことを、今回の映像で初めて知りました。どういう経緯か興味深いものがあります。


ニューミュージックマガジンに掲載された1971年10月29日の村八分。
この直後の11月に間章が村八分に出演を依頼。インタビューで、チャー坊は、一言「夢」、青木真一は、日本に俺たちの演奏をきけるやつはいないと述べている。P1210568.JPG


 非常に印象に残ったのが、ビデオ前編の6:53での「村八分」からのキャンセルとも思われる電話の会話です。1972年4月29日に村八分が演奏したという記録は、今まで見たことがありませんので、出演しなかったのは事実でしょう。

 そこで、間章は以下のように話しています。

 「最終的に降りることになったんですか?
 出るって、昨年の11月から言っていたはずですよ。
 ワングループ、10人のバンドでも1万円と言ってるじゃないですか。ギャラですか? 
 現代音楽祭自体が気に入らないという話も聞いたんですけど、本当ですか?」

 当時の村八分はメンバーが流動的なときでした。
 また、ギャラのことで「今日の客は村八分を見にきたんだから半分はほしい」ともめたことがあります。そこで、キャンセルの電話は村八分の可能性が高いと思われます。

ロック画報、村八分BOXの解説などによれば、当時の村八分は、

1971年
  1月 村八分を名乗り始める
  3月 京都Mojo Westでデビュー。PYGと共演
  4月以降 最初のピーク。
       CD「草臥れて」「ぶっつぶせ」を録音。
  9月〜10月 高円寺ムービン周辺のアーティスト、カントとの交流始まる。
       ドラムの上原ユカリ脱退、カント加入。
  10月29日 ニューミュージックマガジンに掲載された有名な写真を風月堂前で撮影 
  11月6日 慶應大学三田祭をキャンセル。
  
1972年1月10日東京体育館での村八分。チャー坊、山口冨士夫、カントの三人で出演
P1210560.JPG


1972年
  1月10日 東京体育館 チャー坊、山口冨士夫の二人でブルース、脳みそ半分など2-3曲を演奏。
   カントはステージを歩いていた。「それが刺激的だったようだぜ」(山口冨士夫)。
  1月 カント脱退。同月ベース青木真一脱退
  4月 ベース加藤義明加入
  5月 ドラム村瀬シゲト加入

 1971年は、ドラムが村八分では一番上手かったと山口冨士夫が語った上原ユカリで、日比谷、各地音楽祭を精力的に廻っていました。ところが、秋に村八分は芸術的な方向に転換し、ドラムを叩いたことがないカントにメンバー交替しています。

 おそらく、間章は上原ユカリの頃の村八分を見て、その音と「あやつり人形」「あっ」などの詞に共感して、村八分を「自由空間」に招聘したのだと思います。しかし、もしかすると、カントの芸術的な人脈との交流で繋がったのかもしれません。

 1971年11月の時点では、間章と村八分の間で、ギャラや「自由空間」の趣旨も納得していたと思います。しかし、1972年4月は、ドラムがなく、音楽的方向も定まらず、4月29日に村八分は演奏できなかったのだと思われます。

 このように、1971年秋から1972年5月まで村八分に激しい変動がありました。
 そして、新生村八分が、ディスコ以外の公の場で現れるのは1972年8月27日、京都の円山音楽堂「村八分No.1コンサート」になります。


円山音楽堂「村八分No.1コンサート」を収録した村八分BOX



 ビデオ後編では、音楽祭のヘッドライナーの三上寛が出てきます。間章は、「彼はギターも歌もできないのに叫び続けてきた。フォークで自由空間に呼べるのは彼しかいない」と語っています。間章は、「村八分」にも深い思いを持っていたと思われます。

 
自由空間 後編 間章 NHK 1972年
https://www.youtube.com/watch?v=p2QjTDVM8Kc
13:30「もっともっと寒くならないと何も見えてこないと思うんですよね」


没後40年。間章の著作集3部作


P1210053.JPG

P1210425.JPG

2019年06月14日

海外から見た日本の60年代GS・70年代ニューロック 〜 ロンドンCamden Palaceの思い出 

P1200876.JPG
ロンドンのライブハウス・ディスコクラブ Camden Palaceの1985年2月のフライヤーと、その水曜Twist & Shoutの日にかかったゴールデンカップスの「銀色のグラス」
ジャケット右下は、エディ藩のサイン


今日の1曲
 「内田裕也とフラワーズ」with麻生レミ
タイガース / 廃墟の鳩
アラン・メリルAlan Merrill /あなたがほしい Anata Ga Hoshi 1970
ハプニングスフォー /あなたがほしい
 Rolling Stones / Let's Spend the Night Together
 Golden Cups / 銀色のグラス
 ダイナマイツ / トンネル天国
 マドンナ / ホリデイ



〜 海外ニューヨークから見た日本の60年代GS・70年代ニューロック 
   アランメリルの日本のGS体験レポート 〜


 タイガース、フラワーズ、フラワートラベリンバンドを世に出した内田裕也、テンプターズ、PYGのショーケンと日本の60年代GS、70年代の日本のロック史における重要な人たちの死が続きました。

 先日、Youtubeで、元テンプターズの大口広司とウォッカコリンズを作ったアランメリルが、「内田裕也とフラワーズ」の麻生レミの歌にRemi was so cuteとコメントしていました。彼は日本にいたころフラワーズを直接見たのでしょう。

REMI ASO with FLOWERS - Psychedelic Flower
https://www.youtube.com/watch?v=GOx4jBdw1hM

 今まで読んだ、外国人によるリアルタイムでの日本のGSやロックの唯一のレポートは、2002年8月の「ロック画報 (09) - 特集 ディスカヴァー・GS」におけるアランメリルのインタビューだけです。それを読んだときは感動しました。





 彼は、その中で、「タイガースやテンプターズなどは自分がニューヨークで見たバンドにひけをとらなかった。ショーケンのアクションはよかった。タイガースのトッポの歌で涙したことがあるよ。」と語っていました。また、ゴールデンカップス、山口冨士夫のダイナマイツなど、日本でも実力派と評価されていたバンドを彼も特に評価していました。

タイガース/廃墟の鳩
P1200781.JPG


 Alan Merrill は後にArrowsとして,イギリスでI Love Rock N Rollを1位にし、また、Clifford Brownとの共演盤で有名なHelen Merrillの子息でもあり、この人によるGS評はたいへん信ぴょう性が高いと言えます。

 アラン・メリルの1stアルバム「ひとりぼっちの東京」は、すべてが安井かずみ作詞のオリジナル曲で、1曲だけハプニングスフォーの「あなたがほしい」 Anata Ga Hoshiがカバーされています。「あなたがほしい」 はオリコン70位ぐらいで、GS通しか聞かなかったハプニングスフォーを彼が評価しているのも興味深いところです。

アラン・メリルAlan Merrill /あなたがほしい Anata Ga Hoshi1970
https://www.youtube.com/watch?v=be7MQujlgvk

あなたがほしい/ザ・ハプニングスフォー
https://www.youtube.com/watch?v=DfdmXiBKxTs





 アランメリルのレポート以前で、海外からのGSへの反応や評価について読んだのは、1994年10月の故黒沢進著「日本ロック紀(GS編)」で書かれた「GS海外コンピレーションの現状」が初めてです。そこでも、GS海外コンピの存在は、今までの「日本のGSは世界に通用しない」という常識を覆す事実だ、と熱く語られています。

今までで一番読んだ本の一つ 黒沢進著「日本ロック紀(GS編)」初版
P1200889.JPG


 その中で「1987年、アメリカでとんでもないレコードが出た」と紹介。A面1曲目のGolden Cups / 銀色のグラスは「驚かない」としつつ、日本でもめったに見ないアウトキャストのLPの音源に驚き、アメリカ人が求めているのはFuzzの音だとしています。

ザ゙・ダイナマイツThe Dynamites/トンネル天国Tunnel Tengoku (album Version)1968年
https://www.youtube.com/watch?v=8FGJMUxnr78
アメリカ盤コンピ「Sixties Japanese garage psych sampler」A面2曲目に収録。





 さらに続けて、「1990年、まったく思いがけない国イタリアから突如GSのコンピ2枚(Monster a GoGo)が発売されたのだ」「日本のコレクターでもほとんど持っていないボルテージをどうやって入手したのか」等と紹介しています。

 また、1990年代前半ころだったと記憶していますが、雑誌「宝島」で、来日したイギリスのロックバンドにダイナマイツの「トンネル天国」を聞かせたところ熱狂して、これはなんだと言っていたという記事を読んだことがあります。





 2008年にすごい本が出ました。ジュリアン・コープの「JAP ROCK SAMPLER ジャップ・ロック・サンプラー -戦後、日本人がどのようにして独自の音楽を模索してきたか」です。トップ50アルバムで、FTB、シーザー、裸のラリーズ等が上位に挙げられています。

 これは、GS以降の1970年代前半のニューロックに焦点を当てた本です。レコードが非常に入手が困難で、情報もほとんどない時代について、誤解もありますが日本人でさえ手をつけていなかった分野をよくここまで調べたものだと称賛されています。

 この本で、「内田裕也とフラワーズ」がフラワートラベリンバンドに変化していった過程が詳述されています。ジュリアン・コープは、ドイツのTangerine Dream、Ash Ra TempelなどCosmic系のバンドについての本が最初に話題になりました。





〜 1985年 ロンドンCamden Palaceの思い出 〜


 実はこれらより以前、1985年2月13日に私はロンドンで日本のGSが評価されているのを体験していました。老舗のライブハウスで、夜はClubDiscoの営業をしていたCamden Palaceで、Golden Cupsの銀色のグラスがかかったのです。

 初めての海外旅行で、ロンドンに着いた私は翌日、さっそくアビーロードなどの名所を廻りました。夜はパブで、「我々は船員で日本に行ったことがある」と言って近づいてきた男たちに詐欺にあう洗礼を受けました。
 その後、ロンドンのDiscoで有名だったCamden Palaceに踊りに行きました。

Camden Palace wiki
https://en.wikipedia.org/wiki/KOKO_(music_venue)

地図
https://www.residentadvisor.net/club.aspx?id=729

Camden Palaceの歴史 history-koko
http://www.koko.uk.com/history-koko
1964年にRolling StonesのレコーディングやSex Pistols、1983年にMadonnaの最初のUKツアーが行われた。

Madonna Holliday (1983)
https://www.youtube.com/watch?v=lTpA0_uNSGI


Camden Palaceの内部
P1200785.JPG


 1982年の夏に私はDiscoに2か月ほど通い、これ以上速いステップで踊れないと思ったときにダンスへの意欲を失い、2年以上全くDiscoに行かなくなりました。その後、私のダンスは伝説になっていたらしく、知らない人から声をかけられたりしました。

 1985年2月初旬に知人から「おまえ昔、六本木で一世を風靡したんだって」と強く誘われて、久々に赤坂の日本初のDisco Mugenに隣接していたビブロスに行きました。しかし、そのときもしぼんだ風船のようであまり踊れませんでした。

 しかし、このCamden Palaceの日は徹底的に踊りました。
 冬用の靴が汗でびしょびしょになったのを憶えています。
 日記によると、そこで21:30から23:40まで、終電に間に合うまで踊りました。

 その日は水曜日で、「London’s Most Popular Night of Nostalgia. All the hits of the 60’s」というオールディーズのイベントでした。
 最新の音で踊りたかった私は少しがっかりしました。

 なぜ徹底的にやるスイッチが入ったかというと、知っている曲がかかったからです。
 特に、Rolling Stonesの「夜をぶっとばせ」Let's Spend the Night Together を大音量で聴いたのは初めてだったので感動しました。

Rolling Stones Let's Spend the Night Together COLOR エドサリバンショー
https://www.youtube.com/watch?v=ks9gCpVsdgY
1964年のTAMIショーで、トリだったRolling StonesはJames Brownに打ちのめされ、以後、Mick Jaggerはアクションを積極的に取り入れた。


The Golden Cups (1968)
P1200882.JPG


 さらに驚いたのは、ゴールデンカップスの「銀色のグラス」がかかったことです。
 Discoに行かなくなった私は、1983年、1984年頃は山口冨士夫のライブをきっかけに日本の昔のGSなど古いロックに希望を見出していました。

 「銀色のグラス」は、そのころ、雑誌や本などでもルイズルイス加部のベースがGS最大の伝説の一つとして紹介されていました。「日本のGS人気投票ベスト100」というFMラジオを偶然録音でき、「銀色のグラス」に驚愕しました。

 これは世界レベルだ、
 こんなバンドができたのはどういう所だったのかと思い、
 1984年に横浜の本牧を探訪したこともありました。

ザ・ゴールデン・カップスThe Golden Cups/銀色のグラスLove Is My Life 1967
https://www.youtube.com/watch?v=cyZRRMr85s4
ベトナム戦争で明日死ぬかもしれないアメリカ兵のために、ゴールデン・カップスは本牧Golden Cupで演奏していた。「甘い音を出したらぶっ飛ばされるよ」(デイブ平尾)


 DJが日本人が踊っていると気が付いてかけてくれたのかもしれません。
 「銀色のグラス」で完全に踊る気になった私は、1982年に掴んだThird World、Gino Soccio、EWF、John FoxxなどDiscoやFunkのグルーブで、初めて1960年代の曲ばかり2時間踊りました。Camden Palaceは観客席もあり歓声も上がりました。

 地下鉄の終電に近づいてきたため、切り上げて帰ることにしました。帰るときに男たちが花道のように並んで、私に大声をかけてきました。直前にパブで詐欺に遭い、人間不信になっていた私は、罵声を浴びせられていると思い、逃げるように出ていきました。
 
 しかし、10年前オーストラリアのゴールドコーストのClubで踊った時、ゴリラのような白人の大男たちが応援してくれました。Camden Palaceでも、私の踊りに何かを感じた60年代のロッカーズモッズファンなどが声をかけてくれたのかもしれません。


1987年 世界初の海外制作のアメリカ盤GSコンピレーションLP。
ゴールデンカップス「銀色のグラス」、ダイナマイツ「トンネル天国」等を収録。
P1200912.JPG


 どちらにしても、1987年のアメリカ盤コンピが出る前に、1985年にロンドンのDJがGolden Cupsの「銀色のグラス」の日本盤レコードを所有し、それがロンドン最盛期1960年代のRolling Stones等と同格に、Clubでかけられたことは事実です。


The Golden Cups-I'm So Glad (1968)
https://www.youtube.com/watch?v=IrXJ3vpvKww
Creamのカバー。テレビ出演の貴重映像





P1200794.JPG

2019年05月14日

令和元年 〜 平成ラスト・綾戸智恵ライブ 〜 昭和「音楽の夢」・秋葉原散策    石丸電器レコードセンター & LAOXのシンセサイザー

P1190402.JPG
昭和の夢「ローランド第1号シンセサイザーSystem100」


今日の1曲
 綾戸智恵「Let It Be」
The Beatles - Let It Be
Guru Guru - Känguru (1972)
Magma - Mëkanïk Dëstruktïẁ Kömmandöh (1973)
ヴィヴァルディ:「四季」 (イ・ムジチ合奏団)
Emerson Lake & Palmer-Hoedown
冨田勲Isao Tomita – アラベスクArabesque No. 1


 ついに令和元年になりました。
 早いもので、もう2週間がたちました。

 先月、平成の最後に元気をもらおうと思い、ジャズシンガー綾戸智恵のライブを初めて見に行きました。この日は、ルイス・バジェ&アフロキューバミーゴスとのラテンライブです。以前、NHKの「課外授業・ようこそ先輩」というテレビ、本で、綾戸智恵が母校の小学校で、Let it beを一緒に歌う番組がとても印象に残っていました。

綾戸智恵「Let It Be」
https://www.youtube.com/watch?v=5K1DIaRqx9s

The Beatles - Let It Be LPヴァージョン
https://www.youtube.com/watch?v=eOXDt1XvHgY

 綾戸智恵というと、大阪弁でパワフルな人で、独学で英語、ジャズをマスターしたすごい人というイメージです。しかしWikipediaを読むと、苦労した生い立ちから、黒人音楽に傾倒した理由がわかるような気がしました。お母さんの介護も、心中しようと思ったほどたいへんだったようです。私も祖母の介護をしました。

 令和になり、これからも大阪弁で頑張ってほしいと思いました。自分も昔、大阪に住んでいて、綾戸智恵の出身地の阿部野橋に近鉄電車でよく行きました。今の阿部野ハルカスなどは想像もつきませんでした。





〜 昭和「音楽の夢」・秋葉原散策・part 1 石丸電器レコードセンター


 綾戸智恵のライブの後に、隣駅の秋葉原を散策しました。
 3年前にGuru GuruのManiさんのライブを見て以来です。

 秋葉原で忘れられないのが、今はなき石丸電器レコードセンターです。ビルがすべてレコード店。さらに、通りの反対側に2号店もできました。おそらく、当時、日本一売り場面積が広いレコード店です。夢のような場所でした。

 令和になっても、昭和時代のレコード店の思い出は心の支えになっています。

 石丸で見たレコードで印象に残っているのが、1号店で見たグルグルのテイチク盤の「カングルー」「不思議の国のグルグル」。後で買えばよかったと後悔したので記憶しています。日本盤は買い逃しましたが、ドイツのBrainの緑ラベルを新宿OMで購入。東中野の中野レコードでもGuru Guru – Känguruのジャケットは鮮明に覚えています。そのKänguruのCDに3年前にManiさんからサインをもらいました。

P1190471.JPG
石丸電器レコードセンターのサービス券(昭和56年)とManiさんのサイン付きCD

 ManiさんのGuruGuruは、Ohrからカイザーが1973年に新設したCosmic Ohrとは契約せず、”We are not Cosmic Rock. We are Comic Rock.“と言って、Brainに移籍したようです。

Guru Guru - Känguru (1972)
https://www.youtube.com/watch?v=F0zO5ujSjx0&t=1740s
4:50〜、17:00〜、28:13〜、47:30〜など各曲要所に聞きどころ。ふざけているように見せて凄いレコード。Walter Wegmuller / Tarotと並ぶ1972年のドイツの傑作。





 石丸で買ったレコードは、10枚以上はあります。
 最初に購買額の10%のサービス券を出したのが石丸だと思います。
 はっきり覚えているのが、1号店で買ったイ・ムジチの「四季」「調和の幻想」。

 2号店で買った記憶は、マグマの後にMDKと呼ばれる邦題が「呪われた地球人たちへ」という凄いタイトルのLP。マグマは盤に反りがあったのですが、最後の1枚の在庫で買いました。バンコのLP「イタリアの輝き」も石丸のどちらかの店で買いました。

Magma - Mëkanïk Dëstruktïẁ Kömmandöh (1973)
https://www.youtube.com/watch?v=7hDOK-IN_cU
最初は、とんでもないレコードを買ったと思ったが、18:20からのドラムが中毒に。





ヴィヴァルディ:「四季」 (イ・ムジチ合奏団)
https://www.youtube.com/watch?v=wXBif2qcT_g&list=PL8AR013iOUOCoIZWCJgucqnhbJYLfTl7K
ヴィヴァルディも、マグマ、グルグルもアルバムのトータル性という点では、同格だった。


P1180250.JPG


 神田川を渡り、秋葉原の中心に入っていきました。
 3年前の夜、旧石丸電器レコードセンター1号館のあたりにあったビルは、廃墟のように何も入っておらず真っ暗で、取り壊しになるのかと寂しく思いました。

 ところが、その場所にアニメの商品が売られているビルが建っています。

P1180260.JPG

 近くに行って見てみると、あのレコードセンターのビルに面影が似ている。

P1180261.JPG

 思い切って入ってみると、夢か幻か、2台並んだエレベーターが45年前のまま!

P1180279.JPG
 
 石丸電器レコードセンターは、まだ生きていた! 
 エレベーターを7階まで上がり、階段を歩いて、昔の感動が甦ってきました。

P1180270.JPG


売られている商品は、アニメばかりですが、白い壁の内装は、あの夢の世界そのもの。

P1180265.JPG

感動して店を出ました。

P1180278.JPG




〜 昭和「音楽の夢」・秋葉原散策・part 2  LAOXのシンセサイザー


 P1180288.JPG

 石丸電器レコードセンターのビルを出ると、次のお決まりのコースだったLAOXのビルへ。石丸電器もLAOXも当時テレビのCMが盛んに流れていましたが、LAOXはまだ営業を続けています。LAOXに通った理由はシンセサイザーのコーナーです。

 LAOXには、当時65万円だったMini Moogと60万円だったArp Odesseyが神々しく並んでおかれていました。触った記憶はないので、「触れないでください」という張り紙があったかもしれません。


P1190401.JPG


P1190397.JPG


Emerson Lake & Palmer-Hoedown
https://www.youtube.com/watch?v=iFCniNYZoFg
「シンセサイザーのハイウェイスター」とも言える定番ホウダウン





 そして、売り場では、当時Rolandの第1号シンセサイザーSystem 100が置かれていました。今は伝説になっているこの第1号も、当時はMini Moogより格下という印象で、値段も4分の1ぐらいだったと思います。

 しかし、Rolandの第1号は、ウルトラセブンのキングジョーのように、全体が5つぐらいのパーツに分割されて斬新でした。その後、RolandやKorgが世界を席巻することなど、当時は全く想像できませんでした。

冨田勲Isao Tomita – アラベスクArabesque No. 1
https://www.youtube.com/watch?v=igHOaMOzzUo
日本のシンセサイザーのパイオニア





P1180291.JPG
LAOXのエスカレーターも43年前と同じだった。


 30年ぶりぐらいに入るLAOXは、今は免税店になっていて、外国語が飛び交っています。しかし、1階から上がるエスカレーターは昔のままです。楽器売り場は4階か5階だったと思います。

 Mini MoogとArp Odesseyが鎮座していたあの場所に近づいてきます。エスカレーターのそばにありました。このあたりだろうか、と思いながら、絶対に買えない高価なシンセサイザーを拝むように見ていたときのことを思い出しました。

 最初のシンセサイザーの強烈な記憶は、1971年に買ったビートルズのアビーロードの「ビコーズ」だと思います。その後、イエスの危機、リック・ウェイクマンのヘンリー8世の6人の妻、地底探検を買い、ELPをFMで録音し、Moog、ARPに憧れました。

RICK WAKEMAN - Anne Boleyn
https://www.youtube.com/watch?v=1ngFpAIKLfI
B面の中盤でも集中が切れない名盤





 昭和の秋葉原は、安売り以上に、特にプロの人が特殊な部品を調達する電気店街という印象でした。今や秋葉原は世界的な観光地で、いろいろな国の人がいて全世界の縮図のようです。令和には、どのような街に変貌するのでしょうか。

 石丸、LAOXという秋葉原が夢の世界だった昭和の建物と記憶に元気をもらって、また、令和の時代も頑張ろうと思います。

P1180318.JPG
EDIONの2つ左が、旧石丸電器レコードセンター
 

P1190331.JPG


P1190159.JPG
posted by カンカン at 15:47| 神奈川 ☔| Comment(0) | 日記 Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月24日

加藤登紀子 頭脳警察 いとうせいこう @アースデイ東京2019コンサート

P1170854.JPG
加藤登紀子とPanta


今日の1曲
 ホセ・フェリシアーノ「ケ・サラ」1971年
 加藤登紀子 愛のくらし
 頭脳警察 それでも私は 
 いとうせいこう ポエトリーリーディング


 世界で環境問題を取り上げているアースデイコンサートに行きました。

 加藤登紀子のライブは残念ながら終わっていて、頭脳警察のPantaとのトークショーになっていました。1971年の幻野祭のライブに頭脳警察だけでなく加藤登紀子も出演していたことを初めて知りました。





 NHKや紅白などで見てきたイメージと違って、加藤登紀子は危険な発言を連発。7歳年下のPantaがそれを穏便にフォローしていくという絶妙の会話で、笑わせてくれました。76歳の女性が過激なことを言うと、とてもいい塩梅で刺激があって、とても前向きな元気の力をもらうことができました。






加藤 登紀子 Wikipedia 凄い作品の数に驚く
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E7%99%BB%E7%B4%80%E5%AD%90

加藤登紀子 愛のくらし 
https://www.youtube.com/watch?v=Av20x26yrFI


 そして頭脳警察。Panta、Toshiの揃った頭脳警察を見るのは、ジョー山中の支援ライブ以来です。あのときは1曲目が「あしたのジョー」でした。
 今回は、アコースティックライブ。地球環境問題のイベントに力を吹き込むような歌と演奏で、ベテランの力の素晴らしさを再認識しました。

頭脳警察 さようなら世界夫人よ アースデイ2019
https://www.youtube.com/watch?v=b7BDAIoPMBk





 最後のホセ・フェリシアーノの「ケ・サラ」が特によかったです。もとは1971年のサンレモ音楽祭で2位になったカンツォーネですが、日本語の歌詞がついて現代の歌になっているようです。

コミック雑誌なんか要らない 頭脳警察&遠藤賢司with制服向上委員会
https://www.youtube.com/watch?v=kh3Onq4dOUE
この日は、「裕也さんのために」と演奏

内田裕也&ジョー山中/コミック雑誌なんかいらない
https://www.youtube.com/watch?v=6VusVDcCDLs
1993-1994 New Year Rock Festival HIROKO

P1170878.JPG

頭脳警察 それでも私は
https://www.youtube.com/watch?v=H9sjp107kXA

Jose Feliciano - Che sara (sanremo '71).
https://www.youtube.com/watch?v=OpJawDFqoAI






 最後は、日本のヒップホップ、ラッパーの元祖の一人であるいとうせいこうのポエトリーリーディングを初めて見ました。
 有名な環境問題、足尾銅山事件の田中正造の言葉も読んでいました。終始ダンスビートに乗って、踊れ踊れとも言っていました。


東京アースデイ2008 いとうせいこう
https://www.youtube.com/watch?v=S2Qb27s3Hm0


P1170887.JPG

いとうせいこう□□□(クチロロ)/ヒップホップの初期衝動
https://www.youtube.com/watch?v=2LHzmejwUtY





P1170898.JPG


 最後は、出演者が全員で「ケ・サラ」を歌いました。
 ホセ・フェリシアーノもとても喜ぶと思います。
 すごい力のある表現者たちのライブ&トークで前向きな気持ちをもらいました。

ケ・サラ合唱「アースデイ東京2019:フィナーレ」2019.4.21 @代々木公園
https://www.youtube.com/watch?v=b151qEU1-zw&t=571s
加藤登紀子、Panta、大高清流、いとうせいこう



P1170771.JPG


P1170750.JPG



2019年04月04日

ついに再発!! CD+DVD「村八分 / 三田祭 1972」 2019年リマスター


P1160679.JPG
旧2000年版CD。買ったとき、Producer浅田哲の名前に驚いた。山口冨士夫は哲のギターがリズムをうねらせていたと書いていた。Superviserが山口冨士夫、Directorが加藤義明と表記。


今日の1曲
  CD「村八分 / 三田祭 1972」 2019年リマスター


 2000年に初めてリリースされた「村八分 / 三田祭 1972」が、ついに5月に19年ぶりに再発されます。

 今回、2000年と2019年のリマスター音源の比較動画が出ています。2000年版は、音がこもってモノーラルのようでしたが、今回は、ステレオのように音像が左右に拡げられています。リマスターで、ここまで作り直すのはたいへんな作業だったと思います。

「ねたのよい」村八分 三田祭 1972 リマスター音源比較用サンプル
https://www.youtube.com/watch?v=ATJdBv6w1cQ&feature=youtu.be
リマスター作業がよくわかる。ヘッドホンで聴くとリマスターはライブの現場にいるようですごい




P1160690.JPG
2000年版は3面開きジャケット。一番右が浅田哲。
「ポスター引換券」と「ビデオ引換応募はがき」。
改めて2000年「ライブ三田祭1972」の発掘は大事件だったと思う。


 完全限定のデラックス版には写真集と、別の音源も入っています。
 今までの人生で、私が日本のロックで一番聴いた回数が多いのは、「村八分 / 三田祭 1972」の「あやつり人形」ではないかと思います。

 ずっと廃盤で作品自体が忘れられているようで寂しかったのですが、ここまでデラックス版を出すということは、やはりこの作品が高評価であることの証だと思います。本当に素晴らしいことだと思います。





P1160685.JPG

2019年03月30日

さようならショーケン 追悼萩原健一・追悼内田裕也

P1160255.JPG
ショーケンのデビュー曲「今日を生きよう」。テンプターズの赤ラベル見本盤。


今日の1曲
ザ・テンプターズThe Tempters/純愛
 ザ・テンプターズThe Tempters / 雨よ降らないで
 タイガース / 僕のマリー
 Flower Travellin' Band - ''Broken Strings''


〜 さようならショーケン 追悼萩原健一 〜




テンプターズからの大ファンだったショーケンこと萩原健一の訃報がありました。

最近、人生で大事なことを学びました。亡き父が尊敬したアーティストと、父のビデオ映像を見て、故人からエールを受け取る気持ちを持つことができました。今まで人が衰弱し死ぬたびに、自分も病気になり苦しんできました。しかし、当然ながら、亡くなる人たちは、残された人たちに、悲しんで体調を崩してほしいと思うはずがないと気づきました。

ショーケンの死に接してショックを受けました。しかし、以前なら落ち込むところですが、今回はテレビでショーケンの生前のプラスになる言葉(「できるだけ集中を無駄にしたくない」など)をメモに書き取り、前向きな気持ちになることができました。ショーケンもファンに心配をかけないように、今まで重大な病気にかかっていたことを秘密にしていたとのことです。改めて凄い人だったんだなあと思いました。




ザ・テンプターズThe Tempters/純愛(1968年)
https://www.youtube.com/watch?v=oblKy_Upskk
プログレッシブなロックンロールとも呼びたい村井邦彦の名曲。

ザ・テンプターズThe Tempters / 雨よ降らないで
https://www.youtube.com/watch?v=dmPbgTJ9-yk
シングルとLPのヴァージョンあり。子供の頃好きだった曲。

テンプターズ / 秘密の合言葉
https://www.youtube.com/watch?v=TsFdcNNRMaU
海外で人気の高い曲。かっこいい


P1160250.JPG
テンプターズの最大ヒット曲「エメラルドの伝説」の3面ジャケット

 以前、クロコダイルでのジョー山中の癌の支援コンサートで(2010年8月15日の当ブログ)、初めて萩原健一のライブを目の前で見ることができました。憧れのショーケンが近くに座っていたのですが、緊張して声はかけられませんでした。ショーケンがステージに向かう時に通路が狭かったので、体が少し触れたので感激しました。山口冨士夫著「So What」でもテンプターズとダイナマイツがよく対バンになったとの記述があります。村八分とショーケンのPYGは1971年に京大西部講堂でも共演していました。ご冥福をお祈りします。






〜 追悼・内田裕也 〜

 昨年、8月2日のブログでドキュメンタリー番組を紹介したロックの重鎮内田裕也も亡くなりました。内田裕也がまだ若いころに近所に住んでいたことがあるとのことで、親しみを感じていました。ご冥福をお祈りいたします。

内田裕也が世に出したのが、タイガース、フラワーズを前身とするフラワートラベリンバンドでした。
1984年の浅草ニューイヤーロックフェスでは、内田裕也が紹介して山口冨士夫のタンブリングスがテレビに出演しました。

P1160273.JPG

タイガース / 僕のマリー
https://www.youtube.com/watch?v=mr6Y57PP6wk
タイガースも好きな曲がありすぎるが、これはデビュー曲。
タイガースは1982年と2012年に武道館でライブを見ました(2012年1月25日の当ブログ)。




Flower Travellin' Band - ''Broken Strings''
https://www.youtube.com/watch?v=0OsJZapb0P8
フラワートラベリンバンドのたくさんの曲から追悼を込めてこの名バラードを。
Satori1に続いてなんと、Beyoncéがこの曲をサンプリング。

 思えば、テンプターズ、萩原健一、タイガース、沢田研二、フラワートラベリンバンドなどを、今までの人生でどれだけ聞いたり見たかわかりません。
 内田裕也、萩原健一のお二人には心から感謝したいです。





P1160165.JPG

2019年03月16日

命の洗濯・昭和Deep・鶴見線の旅Part2海芝浦駅 〜 序章「ジャーマンロック1972年・Walter Wegmuller / Tarotの時代」

P1150101.JPG
海芝浦駅の公園から見た海


今日の1曲
 Jerry Berkers ‎– Seltsam 1972
 Walpurgis-Disappointment 1972
 Walpurgis ‎– Hey You, Over There 1972
 Wallenstein - Dedicated to Mystery Land (1973) live

 クイーンの映画を見た後、youtubeの動画で、鶴見線の魅力にはまってしまいました。 そこで、日を改めて一番行きたい海が見える海芝浦駅に行くことにしました。 

Youtube動画 鶴見線・海芝浦駅に行ってきた
https://www.youtube.com/watch?v=dQ8OT7trvdY

 浅野駅から新芝浦に向けて電車がカーブし、運河が見えてくるとわくわくしました。
 小冒険の気分です。

P1150079.JPG
新芝浦から左の単線路線になる

P1150084.JPG
海が見えてきた

P1150086.JPG
 ついに秘境にふさわしい海芝浦駅に到着。駅と海が隣接。ここも異次元

P1150118.JPG

 この駅は東芝の敷地内のため社員しか下車できません。
 駅に併設された公園で、電車が発車するまで海の景色を存分に味わいました。

P1150107.JPG
関東の駅100選に選ばれている駅に隣接する公園。奥が駅舎。

P1150103.JPG
公園から見たベイブリッジ

 海風を受けているとWallensteinのJurgen Dollaseが2曲だけゲストで参加したWalpurgisでのピアノの音が感じられました。Walpurgis/ Queen of SabaのLPもドイツの秘境Ohrレーベルの中の最秘境ともいえるレコードです。
 Walpurgisの音はOhrの中では実験色の薄いBirth Controlに近く、さらにブルース色が強いです。Ohrの23番(20番Ash Ra Tempel, 21番Tangerine Dream/Zeit, 22番Klaus Schulze/Irrlicht)で1972年の発売。Wallensteinは1972年8月にMother Universeがフランスで月間ベストアルバム(ドイツのバンドでは初めて)に選ばれてPilzレーベルの中では筆頭格になっていました。
 OhrとWalpurgisの契約の経緯は謎ですが、ドイツ人とポーランド人の混成メンバーで、やはり何か歴史的な影を感じさせ、Jurgen Dollaseのピアノがそれを引き立てています。

Walpurgis-Disappointment
https://www.youtube.com/watch?v=6R8fqWi_ni4&list=PL94gOvpr5yt1JaDD8nmL82D1kFXgHHjV2
シンフォニックなブルース。イントロのオルガンとピアノからBeatles / Let it be,「俺たちの旅」の昭和1970年代に引き込まれる。英語は稚拙かもしれないがボーカルにピュアな情熱が感じられる。

Walpurgis ‎– Hey You, Over There
https://www.youtube.com/watch?v=2l2xy8W6wJs&index=2&list=PL94gOvpr5yt1JaDD8nmL82D1kFXgHHjV2
この曲もJurgen Dollaseのイントロのオルガンと5:30からラストまでのピアノが郷愁を誘う。




P1150141.JPG
乗換駅の浅野で電車を見送る

P1150145.JPG
浅野駅海芝浦線ホームのレトロな駅舎
住みたい街1位の横浜の昭和Deepな一面

 海芝浦も約10分ほど楽しんで帰りの電車に乗り、いよいよ海ともお別れです。
 浅野駅や再び浜川崎駅の陸橋を見た時に思い浮かんだのがWallensteinのJerry Berkers ‎の1972年のソロアルバムUnterwegsの最後の曲Seltsamです。ここでもJurgen Dollaseの詩的なピアノが聞かれ、同年に同じPilzレーベルから出たPopol VuhのHosianna Mantraに通じるものがあります。

〜 序章「ジャーマンロック1972年・Walter Wegmuller / Tarotの時代」〜

 Jerry Berkers ‎はコカインで亡くなりました。
 今芸能界でコカインが話題になっています。Berkers ‎は世界を回っていた時に戦争中のベトナムで演奏することになりました。あるライブのときに銃弾が撃ち込まれ、彼の隣の女性ダンサーが死亡しました。彼はその日、銃声の中で恐怖の一夜を過ごしました。
 1971年にWallensteinに参加した Berkers ‎は1972年に精神に異常を起こし、8月のソロアルバム、12月録音のWalter WegmullerのTarotが彼の最後の作品になりました。Tarotには、やはりドラッグで1973年2月に演奏不能になったAsh Ra TempelのHartmut Enkeも参加していました。今回のブログを今後予定している「ジャーマンロック1972年・Walter Wegmuller / Tarotの時代」の序章としたいと思います。 
 1973年初頭のWallensteinのフランス・スイスツアーにBerkers ‎は参加せず、ベースなしの3人でライブが行われました。1988年にオランダの公園でコカインの過剰摂取で死亡したJerry Berkers ‎が発見されました。

Jerry Berkers ‎– Seltsam (Germany 1972)
https://www.youtube.com/watch?v=8zwQKBPdTec



Wallenstein - Dedicated to Mystery Land (1973) live
https://www.youtube.com/watch?v=6ZIq2m9OCWQ
演奏者たち自身も驚愕した一昨年の秘蔵発掘映像。Mother Universe成功によるツアー。Berkersなしで、ベースはDollaseの鍵盤の左手でフォロー。Jurgen Dollaseのイントロの電子音響は、直前にTarotで共演したKlaus Schulzeからの影響と言える。続くピアノソロもTarotのB面の冒頭と同傾向。



P1150206.JPG
浜川崎駅にあった古い機関車

 帰りに電車で片足がないお年寄りが車いすに座って眠っていたので、終点ですよと声をかけました。声をかけてくれて嬉しいと言われて、しばらく話をしました。自分は霊能者だという老人は私にオーラがあるというので、私などは何度も病気になったダメな人間ですと話しました。
 話題が海芝浦のことになり、老人から「あの駅から見える海は素晴らしい。命の洗濯になったでしょう?」と言われたので、「本当にそうですね」と答えました。老人と握手をして別れました。海芝浦の駅でJurgen Dollaseのピアノの音が聞こえてきたのですが、老人に会えて海芝浦に行ってよかったと心から思えました。

 海と音楽は命の洗濯です。

P1150442.JPG



posted by カンカン at 23:07| 神奈川 ☁| Comment(0) | ドイツのロック German Rock & Kosmische Musik Cosmic Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月07日

映画クイーンに泣く 〜 昭和Deep・鶴見線の旅  ※おまけ 鉄道併走バトル3

P1150292.JPG
クイーンの1stアルバム。日本では1974年(昭和49年)1月に発売
ELEC「ライブ村八分」「山口冨士夫/ひまつぶし」の時代。川崎にキャロルがいた頃。


今日の1曲
 クイーンQueen / ナウ・アイム・ヒア Now I'm Here
                          1974年(昭和49年)
 Queen - Somebody To Love 愛にすべてを 1976年(昭和51年)
 Mia Martini / Un Uomo per me (Somebody to love)
                         1977年(昭和52年)
 Queen - Another One Bites the Dust 1980年(昭和55年)
 Queen / We are the champions 伝説のチャンピオン
                         1977年(昭和52年)
 思い出の国鉄(鶴見線)1979年(昭和54年)
 鉄道併走バトルシリーズpart3 「ディーゼル特急スーパーはくと」





〜 映画クイーンに泣く 〜

P1140928.JPG

 大評判のクイーンの映画ボヘミアンラプソディーを見に行くか昨年末から迷っていたのですが、大音量で聞ける機会なので行くことにしました。

 ホールではカンチューハイ350ccを飲むとトイレに行きたくなって何度も失敗してきました。ところが、今回も飲んだ方が泣けるだろうと甘く考えて大失敗。映像中に2回もトイレに立ってしまい、ストーリーが分断してしまいました。愚か者です。

 それでもラスト20分は評判どおり感動しました。
 40年前はクイーンが生活の一部のようにラジオから流れていました。
 昭和の時代の記憶に泣かされた映画でした。



クイーン / ナウ・アイム・ヒア Now I'm Here 1974年 Rainbow Theater   
https://www.youtube.com/watch?v=7WZ8zYy6pi4
2:00から2:10までのパフォーマンスは、Genesisの1973年のWatcher of the skiesのPeterGabrielそのもの。完全にQueenのものにしているところが凄い。
偶然だがこれに似た白装束を、村八分のチャー坊が1972年11月三田祭の1曲目やフレディーが死ぬ1991年のクラブチッタでも着ていた。チャー坊は1994年に死亡。

Queen - Somebody To Love 愛にすべてを
https://www.youtube.com/watch?v=kijpcUv-b8M

Mia Martini / Un Uomo per me (Somebody to love di Freddie Mercury/Queen)
https://www.youtube.com/watch?v=bm9DEja1Jms
イタリア史上最高の女性ロック・ポップ歌手とも評されるミア・マルティーニのカバー。

Queen - Another One Bites the Dust
https://www.youtube.com/watch?v=rY0WxgSXdEE
映画でのこの曲の録音シーンも印象的。時代に適応するフレディーもさすが。

P1140934.JPG

Queen / We are the champions 伝説のチャンピオン
https://www.youtube.com/watch?v=Vktk3T1N9Xo
昔から気になっていたコード進行。Diminishが多用されていた。




〜 昭和Deep・鶴見線の旅 〜


 クイーンの映画を見る前に、初めて念願の鶴見線探訪の旅にチャレンジしました。

 謎の秘境海芝浦、超秘境の大川は時間の関係で到底無理。事前の計画が必要。
 そこで、この日は浜川崎駅を中心に回ることにしました。昨年の1月、鉄道の併走バトルシリーズをブログで書いたのですが、久々に鉄道と音楽というテーマです。

思い出の国鉄(鶴見線)1979年(昭和54年)
https://www.youtube.com/watch?v=vpJcP0dPvCM
まさに昭和。キラークイーン / ボヘミアンラプソディー / 伝説のチャンピオンの時代。
レトロなオルガンの音。3:15の大川駅。3:35の海芝浦駅。鉄道でも泣ける。

P1140868.JPG
浜川崎。これが鶴見線か!始発電車だがまだ客がいない。貸し切り状態。
JR川崎に「浜」がつくだけで同じ区内でこれほど違うとは

P1140871.JPG
路線橋。夢か幻か昭和30年代にタイムスリップ。
川崎が生んだ世界のスター坂本九の時代。鉄道自体は昭和8年の開業。

P1140889.JPG
浜川崎を出発。廃線跡のような雑草が続く。
ディズニーランドのアトラクションのようで妙に新鮮だ。上の高架線は廃線らしい。

南武支線・鶴見線 205系前面展望 尻手〜浜川崎〜鶴見
https://www.youtube.com/watch?v=LrwYiy9U1wk

 この日は、クイーンの映画と鶴見線の感動の相乗効果で、充実した1日になりました。

 ちょうど1年前の1月に鶴見にお墓参り、3月に川崎にコンサートに行った頃と比べると体調がずいぶん回復していました。山口冨士夫のブログを書いたこともよかったと思います。音楽に改めて感謝したい気持ちです。

 
※ おまけ1 鶴見線のお勧め映像

鶴見線のクモハ12の1両編成 1991年
https://www.youtube.com/watch?v=UHLR6Ykjw1I

鶴見線特集 空襲の傷跡 JR国道駅を探検
https://www.youtube.com/watch?v=3nVAip_03zQ&list=PLqywjykWRHtoDAdaFh9eUZpZa0fNQc7a_&index=2
戦中の銃弾が駅舎に残存しています。

鶴見線・扇町駅の猫
https://www.youtube.com/watch?v=9a7EJ3RL6RE

JR南武支線101系 前面展望「尻手〜浜川崎」 (外観走行入り)
https://www.youtube.com/watch?v=SyRAokj4WsE

P1140877.JPG
浜川崎の猫。


※ おまけ2 傑作鉄道併走バトルシリーズpart3 「ディーゼル特急スーパーはくと」

併走バトル「快速vs特急スーパーはくと」 高速通過集 島本駅
https://www.youtube.com/watch?v=tYzu5toxstg
8:30の「快速vs特急スーパーはくと」は鉄道ファンに超お勧め。

併走バトル「スーパーはくとvs223系電車」 JRさくら夙川駅高速
https://www.youtube.com/watch?v=T0YWNXp9VFQ
3:20からバトル。次は6:30

「特急スーパーはくと」前面展望
https://www.youtube.com/watch?v=ppScmmFrdDc
54:35から56:50までがお勧め。加速音と海の景色が爽快
1:56:15からも凄い。トンネル〜山と緑〜追い越し。異次元の世界
 



P1150311.JPG
posted by カンカン at 17:09| 神奈川 ☔| Comment(0) | イギリスのロック British Rock & Pops  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月27日

ベートーベン第7交響曲 〜 プログレ、ダンス、ポップスファンなどに広くお勧め

P1140262.JPG
下町商店街の真ん中に突然現れたコンサート会場。
民衆の作曲家ベートーベンにふさわしい。好きな雰囲気です。

今日の1曲
 ベートーヴェンBeethoven 交響曲第7番
 本田美奈子「新世界」「つばさ」「Amazing Grace」
 Yes – 危機Close To The Edge
 CD〈タワーレコード限定〉100%JAZZ FUNK!
          『HEADZ UP THE GROOVE!』
 Chaka Khan / Like A Lady 2018
 ピンクフロイドEchoes

 いよいよ春の気配も感じられるようになってきました。久々のブログ更新です。
 今年初めてのコンサートに行きました。ベートーベンの交響曲7番です。表題付きの「運命」、第九交響曲などと比べて目立ちませんが、本当に素晴らしかったです。

P1140266.JPG
会場のそばにあった初代ボンカレー等の大塚グループのプレミアム広告群。
建物ごとお宝探偵団行きか。ますますベートーベンにふさわしい立地です。

ベートーヴェンBeethoven 交響曲第7番・第一楽章 
ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 
https://www.youtube.com/watch?v=sPEnEM_kUDM

 第7交響曲の第1楽章は、プログレッシブロックでいえば、冒頭はイエスの危機、全体の展開はPFMのRiver of lifeを思わせ、0:50からの渦巻くようなCosmic宇宙的なリフ旋律からドイツのTangerine Dream / Phaedraのルーツが感じられます。

 第1楽章に続く第2楽章は、緩やかな映画音楽のようなこれも名旋律。
 ポップスの世界でも、LPのA面の1曲目がアップテンポのヒット曲で、2曲目では名バラードが続けば、もう名盤の仲間入りでしょう。

交響曲第7番・第二楽章 カラヤンBeethoven
https://www.youtube.com/watch?v=2B9zf_rRN_4

 第3楽章は、ダンサブルなビートで美しい旋律。解説のパンフレットによると、第7交響曲は4つの楽章すべてがダンス舞曲になっていて、同世代のウェーバーが初めて第7を聴いた時、ベートーベンは気が狂ったと言ったそうです。

交響曲第7番・第三楽章 カラヤンBeethoven
https://www.youtube.com/watch?v=6Os1OouU2J0

 最終の第4楽章は、第3楽章のダンサブルポップスをビートを重くFunkにして、第1楽章のCosmicな部分と、第2楽章の抒情性を加えた感じです。30分以上に渡って中だるみのない名曲。コンサートが終わって、ごちそうさま満腹ですという感じです。

交響曲第7番・第四楽章 カラヤンBeethoven
https://www.youtube.com/watch?v=uPRpUXlBel4
モーツァルトのジュピターからの影響も感じられる。

 ベートーベンがもし現代に生まれたら、プログレッシブロックをやっていただろうと言われることがあります。パンクとも言われます。しかし、今回コンサートを聴いて、意外にFunk系のビートにはまっていたのではないかと思いました。

ベートーベン交響曲第7番・全楽章 カラヤンBeethoven
https://www.youtube.com/watch?v=B16Aj4GvNS8





 コンサートの帰り道で、たい焼きをお土産に買いました。第7交響曲は頭から尻尾までアンコが入ったタイ焼きのように名旋律が第1楽章から第4楽章まで詰まっています。
 しかし、たい焼きは、残念ながら尾っぽまではアンコが入っていませんでした。


P1140274.JPG

 せっかく東上線で来たので、10年前に毎日通った本田美奈子さんの記念碑がある朝霞駅まで行き、ホームからご冥福を祈りました。
 ベートーベン交響曲第7番・第二楽章のような厳粛な気持ちです。

本田美奈子「新世界」  朝霞駅前メモリアルモニュメント
https://www.youtube.com/watch?v=aJ2b6LkF2eU
クラシックの名曲に日本語をつけて歌いました。



本田美奈子「つばさ」
https://www.youtube.com/watch?v=d2JFsf9s3Jk

本田美奈子 『Amazing Grace』  たけしの追悼番組にて
https://www.youtube.com/watch?v=QdREx2mmM8A

伝説の歌姫「本田美奈子」の足跡と秘蔵映像
https://www.youtube.com/watch?v=XJUHr5KjSOs
「本田美奈子はまったく新しいタイプの歌手だったのだ」

P1140282.JPG
ちびっ子とお母さんの真ん中にある四角いものが本田美奈子さんの碑

 その後、イエスの来日ライブを行っている東京ドームシティホールに寄って行きました。危機の頃のイエスはストラビンスキーの火の鳥から影響を受けたと聞いたことがありますが、当然ベートーベンからも影響を受けていると思います。

P1140301.JPG
Yesイエス50周年ライブの表示。サードアルバム完全再現の日は当日券も売り切れ。

 クリス・スクワイア存命中の2014年のイエス来日公演には行きました。
 ご興味のある方は、右の「イギリスのロック」のカテゴリーから「2015年2月11日」のブログをご覧ください。

Yes – 危機Close To The Edge
https://www.youtube.com/watch?v=GNkWac-Nm0A
スティーブ・ハウは次男が亡くなられてしばらく活動ができなかったという。

2018年 新リミックス版「危機」



P1140598.JPG


 新宿駅の南口に行くと、以前よりストリートのスペースが広くなり、いろいろなミュージシャンがいます(ドラムが入ると止められるのか、ほとんどドラムレスです)。地方からプロを目指して上京している人が多く、頑張っています。

 タワーレコードのJazz Funk Soulコーナー試聴機で、JAZZ FUNKの強力なコンピCDを発見。新宿店20周年のタワーレコードの限定販売。最初から最後まで、アンコのぎゅうぎゅうに詰まったたい焼き、あるいはベートーベン第7交響曲のようなCDです。JAZZ FUNK、ダンスミュージックファンの方は、ぜひタワーレコードでGETしてください!!

〈タワーレコード限定〉100%JAZZ FUNK!とにかくアツい!心も体も揺れ動く“アゲアゲ”なジャズ・ファンク・コンピレーション
https://tower.jp/article/feature_item/2018/09/28/0102

「タワレコ発、最先端かつ最強のジャズ・ファンク・コンピレーションが降臨。
その名も『HEADZ UP THE GROOVE!』世界中に溢れるファンキーなサウンドの中から2010年代以降の最新グルーヴをタワレコ新宿店スタッフが厳選セレクション。」

 Chaka Khanの新譜もすごい。
 いい音がタワーレコードの店内に鳴り響いているので、どんな新人かと思ったらチャカカーンでした。

Chaka Khan / Like A Lady 2018
https://www.youtube.com/watch?v=sDDTOoG8bJU

Rufus & Chaka Khan - Once You Get Started 1975
https://www.youtube.com/watch?v=7fgKhuqNtxw



 再び新宿駅に行くと、Hiphop系のドラムが聞こえたので急いで行ってみると、ちょうど終わってしまいました。その近くでモダンダンスをやっている女性たちを見て、すごい度胸があるなあと感心しました。

P1140333.JPG
Hiphopやギリヤーク尼崎のような大道芸系ではないダンスは初めて見た。

 モダンバレエでは、ローラン・プティ振付、ピンク・フロイドの楽曲使用の『ピンク・フロイド・バレエ』があります。1973年にピンクフロイドのライブで初演がされています。
 そのときの曲目は、One Of These Days、Careful With That Axe, Eugene、Obscured By Clouds、When You're In、Echoes

ピンクフロイドEchoes
https://www.youtube.com/watch?v=53N99Nim6WE
やはり、この曲は18:00〜。



 ベートーベン第7交響曲の招待券をいただいて聴きにいったおかげで、いろいろなところを回って体調もよくなりました。
 過去のこともかなり吹っ切れて、良い一日になりました。 

P1140600.JPG
本田美奈子 シングルCD「新世界」

P1140434.JPG
posted by カンカン at 19:12| 神奈川 ☁| Comment(0) | 日記 Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月12日

謹賀新年2019 かっこいいジャズロック Il Baricentro / 祖父とファミリーストーリー

P1120234.JPG
昨年暮れから祖父のことを調査中。自分探しの旅、ファミリーストーリーです。


今日の1曲
  Il Baricentro - Sconcerto 1976
  Festa Mobile - Ljalja 1973


 遅くなってしまいました。新年あけましておめでとうございます。本年も、拙い文章で投稿も不定期ですが、お時間がありましたらご訪問ください。テーマやジャンルも飛び飛びになっておりますので、右の「カテゴリー」のご興味のあるジャンルをご利用ください。

 新年1本目の投稿予定のWalter Wegmuller / Tarotが諸般の事情で長引いてしまっているので、急遽変更しました。新年1曲目は、最近一番ヘビーローテーションのイル・バリチェントロ。リアルタイムの時は店頭で見向きもしなかったLPでしたが、あまりにカッコいいのでびっくりしています。Festa Mobileから発展したバンドと最近知りました。

Il Baricentro - Sconcerto (1976)
https://www.youtube.com/watch?v=Jd14cRO3k_4
これでもかのカッコよさ。チックコリアRTF「ロマンの騎士」を凌ぐ?

Festa Mobile - Ljalja 1973
https://www.youtube.com/watch?v=kd8PR_SR9WA&list=PLF-92rCh83Er7pkkXCMKBoAZB5rhkSEkX
ピアノ、歌、ギター、シンセサイザーすべてが美しい。



posted by カンカン at 22:13| 神奈川 ☔| Comment(0) | 日記 Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月30日

約束 2018年 1年間お世話になりました

P1110229.JPG
ブログで宣伝する約束でもらったコーヒーCEBADA


今日の1曲
 fox capture plan / 疾走する閃光
 カルロストシキとオメガトライブ / 君は1000%
 John Coltrane - Giant Steps
 Tony Kosinec / Medley: It's Raining--Car, Car, Car
 James Brown - There Was a Time
 UMBERTO BALSAMO - CREPUSCOLO D'AMORE
 MILVA "La Califfa" - Morricone
 Average White Band - Pick Up The Pieces 
Al Di Meola / Race With The Devil On a Spanish Highway
 il baricentro - sconcerto
 スーパーロボット マッハバロン
 YMO - Technopolis
 John Coltrane / A Love Supreme, Pt. 3 - Pursuance
 TRF / BOY MEETS GIRL
 Kraftwerk - Kometenmelodie 2
 Snap! - Rhythm is a Dancer 
Antonio Carlos Jobim / Corcovado
NEU! - Lila Engel


 2018年も音楽から元気をもらいました。ブログは山口冨士夫の記事に5か月間費やしたため、書かなかった記事を今回まとめました。スペインフェスでは、ブログに書くという約束で新発売のコーヒーCEBADAをもらいました。飲み心地がいいですよ。

 今年も約5万人の方にブログにご来訪いただきました。
 ありがとうございました。
 寒さが厳しくなってきましたが、どうぞよいお年をお迎えください。




(選曲はイメージです)

1月

・洗足学園 ジャズ 邦楽

3月

・伍代夏子コンサート

 このときは体調がまだ不調で、会場に行くのもしんどかったです。
 前座の物まねの人の歌がホールで聴くと上手で感動し、ロビーで声をかけました。

P1110365.JPG
昔ELP、ピートベスト(元ビートルズ)を見た産業文化会館は閉館になっていた。
 
Rijchary(リチャリー)/ 愛燦燦
https://www.youtube.com/watch?v=atr_DwQq-Us
伍代夏子が憧れた美空ひばりの歌。Rijcharyは、以前外国人歌合戦で感動した。


・タイフェスティバル

 ダニー・ハサウェイを歌ったニックさんの歌がうまくて、練習法を教えてもらいました。

Roberta Flack ft. Donny Hathaway - The Closer I Get To You
https://www.youtube.com/watch?v=_jhYENBxRVo


5月

・六本木MAPS

P1150764.JPG 

fox capture plan / 疾走する閃光
https://www.youtube.com/watch?v=KFstP0C9sVk
ドラムに合わせて踊りました。


・池袋ジャズ

P1170011.JPG

John Coltrane - Giant Steps Live
https://www.youtube.com/watch?v=IgdiffT71HA


・東大5月祭

P1160931.JPG
フラメンコのサークル

カルロストシキとオメガトライブ / 君は1000% 1986年
https://www.youtube.com/watch?v=zucKzC2Gs0E
今年よく聞いた曲。今聞くとかっこいい。


6月

・カリブ中南米フェス

P1190458.JPG

Antonio Carlos Jobim / Corcovado
https://www.youtube.com/watch?v=_8xnQZ86fN4&list=PLyWkimUk_VvMAbmxbDDT0kBzJrUOL95_B


7月

・慶應SFC七夕まつり

P1190953.JPG

Tony Kosinec / Medley: It's Raining--Car, Car, Car
https://www.youtube.com/watch?v=shZghJ-LOSE&list=RDshZghJ-LOSE
1971年カナダ年間ベストアルバム


・洗足学園ロックポップス

P1020258.JPG
鋭い女性ボーカルユニット

Madonna - Like A Prayer (Official Music Video)
https://www.youtube.com/watch?v=79fzeNUqQbQ


・平和島競艇

P1020653.JPG
「がんばれ〇〇選手 ! 」 私は絶叫したがビリだった。

Sonny Clark Cool Struttin'
https://www.youtube.com/watch?v=W3FLd1eBmTU


・町田ジャズ

P1020436.JPG
ボサノバシンガー

James Brown - There Was a Time
https://www.youtube.com/watch?v=UVAWD0FF3cY



8月

・すみだジャズ ・ディスコ祭 ・カニ坂ロックフェス ・江の島特設ステージ 

・ラテンビッグバンド
UMBERTO BALSAMO - CREPUSCOLO D'AMORE
https://www.youtube.com/watch?v=JVfBlJ5XX1c
ラテンの哀愁。Giaipiero Reverberiの編曲


10月

・川崎ジャズ

Average White Band - Pick Up The Pieces
https://www.youtube.com/watch?v=FnH_zwVmiuE

Patty Pravo - Da soli noi (We're all alone) 1977
https://www.youtube.com/watch?v=7zQXB5g0iUs

P1060711.JPG
素直になれなくて、We're all aloneのAORの女性Voが素晴らしかった。


11月

・府中ジャズ

・アースガーデン

P1070077.JPG
音程がぶれない上手い女性歌手がいました

MILVA "La Califfa" - Morricone (1972)
https://www.youtube.com/watch?v=0EuGTgm5ulA


・スペインフェス

P1080399.JPG
フラメンコの凄く速いステップを真似しました。

Al Di Meola / Race With The Devil On a Spanish Highway
https://www.youtube.com/watch?v=b0aMCpRZPZE


・法政大学 ・ポールマッカートニー


・専修大学

男性アイドルダンスグループやアニソンで踊りました。

New Kids On The Block - Step By Step
https://www.youtube.com/watch?v=ay6GjmiJTPM


11月

・慶應三田祭

P1080661.JPG
クロスオーバー研究会のポリリズム

il baricentro - sconcerto (1976)
https://www.youtube.com/watch?v=Jd14cRO3k_4


・洗足学園祭 

P1070904.JPG
アニソンの手ダンスで盛り上がりました。足は衰えましたが、新たな活路が。 

スーパーロボット マッハバロン
https://www.youtube.com/watch?v=JzQ7Uins0WY
ブルーコメッツの井上大輔がNEU!2から啓示を受け(?)、
ブルーハーツの甲本ヒロトが最も音楽性で影響を受けたという名曲。

NEU! - Lila Engel
https://www.youtube.com/watch?v=LfODdusZu-o



12月

・音楽区民祭

YMO - Technopolis Official Video
https://www.youtube.com/watch?v=Y2lOyCxRp5s
初めてYMOのコピーバンドを聞きました。 YMOのドラムの元ネタはNEU!


・映画エリッククラプトン

・タワーレコード

John Coltrane / A Love Supreme, Pt. 3 - Pursuanceコルトレーン 至上の愛 part3
https://www.youtube.com/watch?v=sHkMFLhcKJg
至上の愛の高音質CDが、タワーレコード限定で新発売


・TRF MAX 東京競馬場

P1100968.JPG
初めてTRFのライブを見ました。

TRF / BOY MEETS GIRL
https://www.youtube.com/watch?v=EgGnreyPmaQ


・WOMB

P1110187.JPG
Progressive Houseの日。Kraftwerkが流れて懐かしかったです。

Kraftwerk - Kometenmelodie1 
https://www.youtube.com/watch?v=KEJM6IAdoic
1975年に発売されたときにFMでLP全部をかけてくれた

Kraftwerk - Kometenmelodie 2
https://www.youtube.com/watch?v=hlHFlrXZmKQ

Snap! - Rhythm is a Dancer いろいろダンサー登場
https://www.youtube.com/watch?v=fDWFVI8PQOI
平成30年最後のダンスはSNAPで


来年2019年もきっといいことがありますように!
P1110232.JPG



2018年12月05日

映画 エリッククラプトン 12小節の人生


P1090662.JPG





今日の1曲
 Cream / I’m so glad
 Eric Clapton / Tears in heaven
 Golden Cups / I’m so glad



映画「エリッククラプトン 12小節の人生」 公式サイト
http://ericclaptonmovie.jp/


 イギーポップ以来、久々に映画を見ました。私の年代だと、エリッククラプトンを最初に知ったころは、「クラプトンはビートルズのWhile my guitar gently weepsに参加した人で、リッチーブラックモア、ジミーペイジよりも古い世代の人」という印象で、以後ずっとそれを引きづっていました。

 Eric Claptonを好きになったのはTears in heavenでした。また、数年前、Youtubeで初めてCreamのフェアウェルコンサートの I’m so gladを見て、凄かったんだなあと初めて驚きました。I’m so gladは、3 0年前に買ったゴールデンカップスのSuper Live Session (at Zen)のLPで聴いたのが最初でした。

Cream / I’m so glad フェアウェルコンサート 1968
https://www.youtube.com/watch?v=0Yi7AJvzRUA
3:40〜がクリームのベストと思える。Jimi Hendrixからの影響が大きい。

【映画】Jimi Hendrix played at the Eric Clapton concert  1966
https://www.youtube.com/watch?v=jMZooJFMunM
4:00〜 クラプトンに憧れたジミヘンがクリームのライブに飛び入りして、クラプトンを圧倒するシーン。

The Golden Cups-I'm So Glad (1968年テレビ)
https://www.youtube.com/watch?v=IrXJ3vpvKww

The Golden Cups-I'm So Glad (Live at Zen) 1969年
https://www.youtube.com/watch?v=vulqQwVGePA

Cream - I'm So Glad (Royal Albert Hall 2005)
https://www.youtube.com/watch?v=iF-pMingp6A&index=11&list=RD4Gze0PxDKgQ


P1090665.JPG
映画館渋谷クイント。昔、この右側に渋谷パレス座があり、1976年に山口冨士夫、ルイズルイス加部 ( Golden Cups ) のリゾートが出演した。山口冨士夫は1971年のインタビューで、ギターを何年か続ければクラプトンのように弾けると述べている。


 映画を見て知った事実や感銘を受けたことを記録しておこうと思います。


< ※ 以下、ネタばれになりますので、映画を見る予定の方はご注意ください ※ >


 クラプトンは、とても聡明な話し方で自分を分析している。

 9歳のときに、クラプトンは実母に初めて会った。「ママと呼んでいい?」と聞いたが拒否された。以来、人間不信になった。

 ヤードバーズで成功、シンガーではなくギタリストが追いかけられたのはクラプトンが初めて。「Clapton is God」の壁書き。音楽業界が嫌で、自分の音楽をしたいためヤードバーズを脱退。

 ジョンメイオールと生い立ちが似ていて共感し、メイオールの家族と一緒に生活し、家にあるレコードを聴きまくった。 

 メイオールにだまってクリームを作った。ブルース、ロック、ジャズを融合しようとした。インドのシタール音楽の音を出そうとした。

 アトランティックのスタジオで、アレサ・フランクリンはクラプトンのサイケな服を見て笑ったが、ギターを演奏した瞬間、真剣な顔になった。

 クリームは、当時、アメリカではビートルズ、ストーンズよりも売れた。

 クリームは、ドラムとベースが対立し、解散。クリームでは攻撃的な音楽しかできなかった。

 初期ビートルズのライブでは嬌声しか聞こえなかったが、クラプトンはジョージのギターだけは認め、後にWhile my guitar gently weepsに参加。

 クラプトン「白人が黒人のブルースを演奏することによって、白人自身の音楽を作らざるを得なくなる。白人はブルースから拒絶される」(記憶不正確)

 BBキング「それまでは、ロックンロールだけが表に出られたが、クラプトンのおかげで、ブルースも出れるようになった」

 マディーウォーターズ「ブルースギターを真似することはできても、私の歌は真似できない。ソウルがないし、苦労していないからだ」

 クラプトン「ザフーはギターに対して攻撃したが、自分は音楽で攻撃した。」 (と言って実演する)。

 「アドリブのフレーズは普段からストックしておいた。」と言って実演。

 クラプトンは、オールマンブラザーズバンドを聴いてショックを受けた。デュアンに録音を持ち掛けた。レイラでたくさんの音が混ざり合った。

 サザンロックはのんびりした音楽だと思っていたが、デュアンは宇宙的な高音を弾いていた。

 デレク&ドミノスは実名を出さずにアメリカでヒットせず失望し、音楽から離れた。

 Little Wingを録音した直後にジミヘンが死んだため、ショックが大きかった。

 ヘロイン、コカイン中毒時代については、多くのクラプトンのプライベート映像が残されていて、当時の問題の深さが映像からわかった。

 461のころ復活したが、アルコール漬けで、90分のライブを30分で切り上げたりして、聴衆と口論になる。「過去の栄光に浸るな」と言われ、クラプトンは聴衆にモノを投げつけたりした。

 ついにクラプトンは有色人種に対する差別発言まで公言し、後にそのことをたいへん恥じた。

 子供が死んだとき、音楽で自分を救おうとした。

 Tears in heavenでグラミー賞をとったとき、James Brownがプレゼンターだった(他にも大物2名)



渋谷の新しいビル群
P1090685.JPG

P1090698.JPG

P1090707.JPG

区画整理される一角。右下にJazz喫茶Lady Jane(メリージェーン?)の入り口があった。
P1090723.JPG

渋谷東急東横百貨店
P1090730.JPG


P1090145.JPG
posted by カンカン at 21:40| 神奈川 ☁| Comment(0) | イギリスのロック British Rock & Pops  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月04日

ポールマッカートニー来日2018  東京ドーム

P1070419.JPG


今日の1曲
  The Beatles - Back In The U.S.S.R


 法政大学学園祭の後、ポールマッカートニーが東京ドームに来日したのでドームに寄ってから帰りました。2014年のときは会場で見て、3時間水も飲まないで演奏するポールの超人的なエネルギーに驚きました。


P1070408.JPG
水道橋駅に到着


P1070415.JPG
東京ドームに向かって歩くと、Can't buy me loveが聞こえてきました。


The Beatles - Back In The U.S.S.R.
https://www.youtube.com/watch?v=zobzZlNwTbk
Disk1のA面の1曲目。この後、途切れなくDear Prudenceにつながる。


 「真実のビートルズ」という213曲全曲のデータが書かれた本で久々にビートルズの凄さを知り、夢中になって読みました。録音の日付が全部書かれているので、現場の追体験のようで興奮しました。ジョンとポールの関係、ヨーコの存在などが具体的によくわかりました。




P1070423.JPG
正面玄関でポールを拝む。


P1070092.JPG

posted by カンカン at 18:23| 神奈川 ☔| Comment(0) | ビートルズ The Beatles  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする